第74話 無い物ねだりしたところで仕方無い

 あれから進は、美冬とマトモに話していない。日付を跨いで、朝になればいつもどおり送り出されて、学校へ着く。

 席について、スマホを見る。

 まだ早朝だと言うのに、早速満里奈から「今日、市ヶ谷来れる?」とメッセージが届いていた。

 昨日の今日だ。返事をする前に、美冬に連絡を入れておく。端的に一文だけ書いた。



「おはよー、日戸」

 隣の席の、菅谷飛鳥が机に鞄をおいて、言った。

 進も一度視線を飛鳥に移して挨拶を返し、そしてスマホの送信ボタンを押した。

「そういえば、昨日はどうしたの」

「昨日……? ああ、あれか」

 彼女は、進が満里奈に連行された瞬間を見ていた。気になるのは当然といえば当然だ。

「仕事手伝えって言われただけ」

「仕事? やっぱり、妖怪とかそういうの?」

「そう。でも、何も決まってないらしくて、よくわからない」

 嘆かわしい事だが、愚痴を言っても仕方のないことだ。だが、溜息は出る。飛鳥の「大変そうだね」という言葉だけが、彼にとっての微妙な慰めだ。

「菅谷は、バイトとかやってる?」

 珍しく、会話を続けた。気付いて、頭がオカシイのかと自分に対し怪しくなる。普段であれば、誰とも喋りたくない程なのに。

「うん、ファミレスの店員」

「明らかに大変そうな仕事……」

「うん、めっちゃ大変。とくに店長がうんこ」

 あはは、と二人して苦笑い。

 その後はしばらく、飛鳥のバイトがどう大変だとか、そういう話を色々聞きつつ、ホームルームまでの時間を潰した。



 †



 放課後、いつもとは真っ反対の方向の電車に乗り、市ヶ谷へ向かう。

 近いとは言えない。途中の駅で本八幡行きに乗り換えられたので、京王線から直通で、都営の市ヶ谷駅まで行ける。

 帰宅ラッシュが始まりつつあり、車内は混んでいた。

 暇を持て余したせいか、朝に美冬へ送ったメッセージを今一度開いてみる。トーク欄には「OK」と大きく書かれたアニメキャラクターのスタンプが返事として届いていた。美冬はアレでも、現役アキバメイドの女友達とオタク街へ繰り出すサブカル女子だ。いつの間にかああいった趣味に目覚めていたらしく、それを進が気付いて知ったのは最近だった。

 ただ、このキャラクターが登場する作品とか、名前とかは一切知らない。

 美冬の趣味くらい、しっかりと把握しておくべきか。理解しておくべきか。クリスマスと、来年の誕生日は、これ関係のモノをあげたほうが喜ぶだろうか。

 今更になって、実は美冬のことをそこまで理解しきれていないことに気付く。

 

 無理やり、美冬と会話する口実を思案する。昨日、怒らせたままほとんど喋っていない。どう接したらいいかはわからないが、言葉を絶やすことは嫌だった。

 謝ったら、怒るのをやめてくれるのか。そもそも、謝ったところで何も解決しない気も

する。

 進は下手に考えて、出そうになった溜息を、電車の中だからと我慢した。

 満里奈の事が好きだったのか、そう問われてもわからない。あの時は色々必死だったし、縋り付けるものになら、何にだって縋り付きたかった。

 そもそも、好きだという感情をいまいち理解できていない。そういう経験をしてこなかったせいか。周りは勝手に言うが、初花のことならば、アレは単に「かっこいい年上」に対する憧れのようなものでしかなかった。

 そして、美冬の場合は──



 やはり、考えるのをやめた。



 美冬からの、OKというキャラクターのスタンプを最後に途切れたトーク欄。

 指を動かし、スマホのキーボードをタップする。

『帰りに、晩御飯の惣菜とか買って行こうか?』

 訊いてみる。その、帰りが何時になるのかはまだわからないが。ただ話しかける理由が欲しかっただけだ。

 既読はまだつかない。いつもなら、気にしないことだった。



 †



「それじゃあ会議を始めまぁーす」

 狭い事務所で、満里奈が正面に立ちホワイトボードにマグネットで紙を貼り付けていった。

 その場に居るのは、進と満里奈、加えて今の所参加可能の他の強襲隊メンバー2人だ。

 一人は、モワッとした頭で、スーツを着た青年、蒼樹。もう一人は人間ではなく、ボーダーコリーの魔犬、サラ。そして、この魔犬はこの中でも最年長者だ。非常にモフモフしている。

「えっと、なに、この4人だけでやるの? 大丈夫?」

 ご尤もな疑問を呈したのはサラだ。

「これが限界。あっちこっち声かけたけど、だめだーってぇ」

「なら諦めましょう。そして自衛隊に投げましょ

う」

「やだー手続きめんどくさいー」

「全く……この子はホントに……」

 サラは肉球で頭を抑えて、やれやれと言ったふうに首を振った。

「無い物ねだりしたところで仕方無い。この4人で上手くいく行動を考えよう」

 クールに言うのは、蒼樹だ。腕を組み、足を組んで、視線をずっと下ろしている。子供の頃に拗らせた中二病がなかなか治らないのだ。

「進は、状況があまりわからないだろう。説明してやれ」

 蒼樹が促して、満里奈が「は、そうだったっ」と間抜けな顔をする。



「えっと、妖怪のヤクザ同士が抗争してたっていうのは知ってるでしょ?」

 ホワイトボードに「水竜組」と「銀獅子組」と並列して書く。

「八王子の水竜組と、杉並の銀獅子組が、争ってたんだけど」

 そして、それらの間に「USM」と書き足す。

「学生魔導師連合……?」

 霊感を持っていたり、魔法が使える学生達が立ち上げた組織だ。最近は、危険だとしてマークされている。

「そぉ」

 そして、ホワイトボードに貼ってあった一枚の写真を指差す。

 神社の鳥居だが、柱に龍が刻まれているものだ。片方に昇龍、もう片方に降龍。

「馬橋稲荷神社にある鳥居。USMはこの龍を狙ってるらしいの」

「馬橋稲荷? 杉並区か。そこを守ってる銀獅子組が邪魔で、妖怪同士で潰し合わせた……って言うこと?」

「察しが早くて助かるー。タダの学生じゃ、マトモに妖怪と戦えないからね〜」

 だが、1つ気になる。

「その鳥居って、何か特別なこととかあるのか……?」

「ん? 特に無いよー。神仏習合の象徴で、仏教の教え的な意味はあるっぽいけど」

「じゃあなんで」

「求めよ。さらば与えられん」

 するとサラが間に割って入って、突如言った。

 だが意味がわからない。

「怪異現象だよ。人がそう思うと、その通りになる。ヒトが『有る』と思えば、そこに『有る』。まー多分、USMの人たちは、この鳥居になにか特別な力があると思ったんだろうね」

「じゃあ、ホントは何も──」

「無いとも言い切れないんだよな〜それがぁ〜。魔法って真の意味で万能だって、進もよくわかってるでしょお?」

 予測は出来ない。だが、直接その鳥居に特別な何かが無いとしても、願いのうようなものが魔法となって、特別な何かが現れる可能性もある。



「それで……対処は?」

「それを今から決めるのよぉ」

 ああ、なるほど、と何となく悲しくなる。相変わらず、グダグダな組織だな、と。

 しばらく帰れそうに無い。あと何時間、話し合うハメになるのか、もはや検討もつかない。

 美冬に連絡をするために、一度スマホを見る。

 すると、先程送っていたメッセージに返信が来ていた。

『作って待ってます』という返事だ。進にとっては、とても助かる返答だった。何時に帰れるかもわからないのに、それまで食欲の化身たる美冬を待たせるわけにはいかなかったから。

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