第53話 遊んでみようかな······って

 進は、教室に設置されたビニールプールをしゃがんで睨みつけていた。

 初めて見る代物だった。

 つまり本来の用途であれば、ここに水を張って、なかで子供たちが戯れる……と。

 そういえば、今年は海も川も行かなかったし、水遊びすらしなかった。

 ガキの頃は、仙台にある美冬の実家に行くと、近所の川で遊んだものだが。

 最近はあまりそういうこともしなくなった。大人になってしまったというか。

 

「ひ、日戸? なんか怖いんだけど、どうしたの」

 感傷に浸ると何故か必ず邪魔をしてくるのが、この菅谷飛鳥という人物だ。

「穴でもあいてる?」

「あいてない」

「じゃあなんかどうしたの? すごい表情して睨んで」

「何もないけど」

「……えぇぇ。 とにかくとにかくっ、買い出し行くよ!」

「あぁ……はい……」


 生憎、学校近辺に買い出しで必要なものが売っているような店はない。

 男女2人ずつの合計4人での遠征で、電車に乗る。

 目的地は府中。定期券の圏内で行ける人員を募ったらこの4人が良かったという。

 進と、菅谷と、あと二人。

 4人で歩き、4人で電車に乗った。

 菅谷はこの二人と交友があったらしく普通に喋っているがか進はだんまりを決め込んでいる。

 知らない人と喋るのは苦手だ。


「じゃあ、日戸もこっちの方面なんだよな? 家どこ?」

 と、突然話をふられる。

 そうだ、この4人の面子は全員同じ方向に家がある。

「え……あ、立川」

 とっさに答える。

「じゃあ乗り換えてんのか。俺、百草園なんだよ」

「え、まじ? 斉藤って百草園なんだ! 私、聖蹟桜ヶ丘」

「めちゃくちゃ近所じゃん」

 と、すぐに菅谷が入って話題を持っていく。ついでに、その男子の名前が斉藤であることもわかった。

 非常に助かる。

「百草園って、じゃあ山の上に住んでんの?」

「そうそう。山の上のマンション」

「と言っても、山の上のマンション多すぎてわかんない」

「それなー!」

 地元の話題で盛り上がる現役高校生共

「え、じゃあ正木ちゃんは?」

 と、今度はいかにも文学少女な女子に話題が振られる。

 この女子の名前は正木、と言うことも把握した。

「あ、うん、あたしは八王子」

「なんか地味に遠いね」

「それでも30分かからないし、全然遠くないよ」

「私、ほら、電車に乗ってる時間は15分だから」

「いいなー近くて」

「まー近い高校選んだし?」

 文学少女正木、応対が素晴らしかった。

 つまりは、なんだかんだで乗り換えがあるのは自分だけらしいと、進は気付く。


 引っ越す前は立川周辺のことなんて何一つ知らなかったから、失敗した。高校から近い家を選べばよかったと、いまさら思う。

 

 †


 府中に着いたら、駅からすぐ近くのショッピングセンターに入る。

「えっと、とりあえずはスーパーボールとか、あと適当に水に浮くやつと、ポイと、持ち帰る用の袋だっけ?」

 スマホのメモアプリを開いて菅谷が確認する。

「水流ポンプは?」

「それは通販で買うってさ。多分店じゃ売ってないだろうって」

 頭のいい人がちゃんとクラスに居たらしい。

「とりあえず、100均とおもちゃ売り場に別れていこう。私と正木ちゃんはおもちゃ売り場言ってくるから、あんたら男共は100均ね」

 菅谷が仕切る。指図される方は楽でいい。

「りょーかい。行こうぜ、日戸」

「ぁ、ぉぉぅ……」

 そしてさっそく行動開始

「あ、そうだ、斉藤! あんた変なもの買わないでよ」

「わぁってるよ」

 釘を刺されたが、今度こそ行動開始。


 野郎二人で100均を闊歩する。

 おもちゃコーナーで、スーパーボールをしこたまレジかごに入れて、そして斉藤は気付いた。

「日戸! これ面白そうじゃね!?」

「……高難易度向けか」

 絶対にポイに収まらないであろう大きさの、潜水艦のおもちゃだった。

 100均とは本当に何でも揃っている。

 馬鹿な男共は、バカで意気投合し、馬鹿なものを買うのだった。


 †


「ほんっと馬鹿じゃないの!? なんでこういうの買ってくるかな!?」

 当然、合流したあと菅谷に説教を食らった。

「センスイカンとか絶対に取れないじゃん!! それをこんなに大量に買うわけ!?」

「いや10個だからそんな多くねえし!」

 斉藤が講義する。

 店員に頼み、店頭に出ていない分まで引っ張り出してもらった程だ。

「多いわ!! なんでこれに1000円も使うわけ!? 予算もね!! 有限なの!!」

「いいじゃねえか! 高難易度向けだ!」

「誰が挑むと思ってんの!?」

「全人類!!」

「人類舐めんなよ!! そこまで馬鹿じゃねえよ!!」

 二人の潜水艦抗争は徐々にヒートアップし、進と正木が仲裁する形でとりあえずは幕を閉じた。途中、「日戸も元凶でしょうが!」と菅谷に凄まれたが。

 

 で、4人してポイの存在を忘れていた。景品に意識を取られすぎて、スーパーボール掬いに一番大事なポイを忘れていたのだ。

 それを買うために100均にまた戻る。

 

「日戸、何やってんの」

 100均のおもちゃコーナーで、ボールを吟味していたところ、ジト目の菅谷に見つかった。

「あ、いや、ちょっと個人的な買い物を」

「何に使うの、これ」

「遊んでみようかな……って」

 と、手のひらに収まるサイズのゴムボール3つ入りを手に取り、レジに言って自分の財布から小銭を出した。

 

 †


「斉藤! お前見直したぞ!!」

 教室に帰ると、教室の者共が斉藤にぞろぞろと群がった。

 教室には3つの水が張ってあるビニールプールがあり、それにはスーパーボールや金魚のおもちゃ、魚のおもちゃ、プラスチックのキャラクターモノのおもちゃが浮かべられている。ポンプはまだ届いていないから、水流はない。


 だが、試遊と称して、者共は学園祭当日に使うはずのポイを今使って、遊びだした。

 そして例の潜水艦だ。

 何故か異様な人気があったのだ。

 そして見た目とイメージに反して、潜水艦の難易度は激低だった。

 ポイの紙が破れても、潜水艦は巨大なため、ポイのフレームに引っかかりいとも容易く取れてしまったというオチだ。

 大物を釣り上げた達成感

 潜水艦というビジュアル

 人気間違い無し

 考案者の斉藤の評価はうなぎのぼりであった。


 その時の菅谷飛鳥の複雑過ぎる表情は如何にして形容すべきか。

 

 その場で潜水艦とポイはカンパを出し合い増量することが決定した。

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