第13話.最優先すべき事、間違った選択をする男
こちらへと向かってくるエイジを追ってツェーも走り寄ってくる。
???
何やってるんだ?コイツら。
昌樹の手足は黄色いガムによって固定されている一方、キナコは痛む額を押さえてしゃがみ込んでいる…。なので、お互いに傷付けられる心配は全く無い。
エイジにしろツェーにしろ、お互いの宿主の事は放っておいて目の前の敵に集中、専念しろと言ってやりたい。だが。
「もしかして!」
昌樹はエイジが戻ってきた真の理由を知る事となる。
額を押さえてしゃがみ込んでいるキナコに、今まさにエイジがダガーナイフを振り下ろそうとしているではないか。
「エイジ!!」
続く『止めろ!』の声は発せない。この切羽詰まった状況、さらに短いメッセージなら送れるかもしれないが、今は彼の名を呼ぶだけで精一杯。
しかし、耳には届いているはずなのに、振り下ろされるエイジの手は止まらない。
彼が最優先すべき事は敵を殺すことではないはず。
ならば!
「ツェー!!」
昌樹の口から発せられたのはツェーの名。それは。
何とも呼びやすい名前なのだろう。彼なら『キナコを守れ!!』と言わずとも実行してくれるに違いない。いや、意図した通りに実行してくれた。
事前に伸ばした手でキナコのブレザーの裾を掴み、それを引き寄せたのだった。
キナコに向けて振り下ろされたダガーナイフはただ空を斬るだけ。
エイジがツェーへと向き直る。そんなエイジに。
「待て、エイジ!」昌樹が呼び止めた。
エイジは昌樹の方へ向くこともせず。だけど昌樹は続ける。
「エイジ。宿主の彼女を殺せばツェーは消えて無くなるのか?」訊ねるも返事は無く、頷くこともしない。だけどエイジが取った行動から返事を聞くまでもなくツェーの存在は消えて無くなるのだろう。
「止めろ!エイジ。俺は人殺しなんて認めない」
告げるもエイジは昌樹の声を無視してキナコに斬りかかる。が、ツェーが左腕でガード。あんなに柔軟に伸び縮みする腕なのに、斬り付けられれば真っ赤な血を流していた。
ツェーはキナコの盾になろうとしている。
エイジの標的は間違いなく宿主であるキナコ。本能ゆえにツェーは盾に成らざるを得ない。あのままでは、いずれツェーは倒されキナコもエイジによって命を奪われてしまう。
殺人なんて以ての外。看過できない。
力を振り絞って脱出を図るも、これだけ力を込めても2センチほど腕が抜けかけたところ。
「ツェー!俺を解放しろ!早く!」
昌樹の声に一瞬ツェーは顔を向けたが、すぐさまエイジへと集中した。
「あの野郎、俺を敵だと思っていやがる…」
エイジの猛攻にツェーの両腕は傷だらけになり鮮血が次々と地に飛び散ってゆく。
あんなになりながらも、奴はきっと『俺を信じてくれ』と訴えても耳を傾けてくれないだろう。
味方だけど、まるで言う事を聞いてくれないエイジに、敵ゆえに耳を貸してくれないツェー。
面倒臭いと感じつつ頭を巡らせる。彼の元警察官としての初心がそうさせているのだった。
“市民の命を第一に護る”
事故だろうと事件だろうと、それは警察官の義務であり、過去納得いかない部分も多々あったが、相手が犯罪者であろうとも、その命だけは必ず守らなくてはならない。
自身の命は二の次としなければならない規則など無いが(警察官の仕事は社会への奉仕であって個人への奉仕ではない)、事実選択を迫られた事がとにかく多かった。多くの警察官はきっと自らの信念に従い身を挺して危機から市民を護ることだろう。
それを国民も理解しておいて欲しいと常々思う。
彼らも血の通った人間であり当然ながら親兄弟だっている。
みすみす命を捨てるようなマネを押し付けてはならない。
探偵になってまで、このような選択を迫られようとは…あまりにも馬鹿馬鹿しく思えて、つい口元がゆるんでしまう。
「退け!エイジ!」
言ったところでエイジの猛攻は収まらない。だが。
「お前が止めないのなら!俺は舌を噛み切って死んでやるぞ、コラァ!!」
体を張った脅しに、ついにエイジの手が止まった。
「できるのか?マスター」
手を止めたまま、それでもなおツェーを捉えたまま見向きもせずに訊ねてきた。
「正直言って
その隙にツェーが血だらけの腕でキナコを抱えながら大きく後方へと跳んだ。
「高潔だな、マスター」
感心しつつ追撃に入るべくエイジはダガーナイフを構えて姿勢を低くする。
「人間なんて、こんなもんよ。いつだって何かを天秤に掛けて生きているから間違った選択なんてしょっちゅうよ。だけどな、俺は後悔しない間違いなら、いくら犯したって構いやしねぇよ」
言葉を聞き届けたエイジの口元が緩むのを昌樹は見逃さなかった。彼はもうツェーもキナコも殺害しない。
昌樹にも笑みがこぼれた。
「確かに、貴方は間違った選択をしている」
エイジのダガーナイフを持つ手が下された。その時!
ツェーが体をバネにして高速でエイジにタックル。
「ツェー!そいつを
その命令を遂行するのは極めて難しい。すでにツェーの腕は戦闘に耐えられないほどにダメージを被っている。
それは昌樹を捕えていた黄色いガムの粘性と弾性が落ちて手足をスルリと抜け出せるくらいに明らかであった。昌樹は再び自由を取り戻した。一方。
エイジを締め上げるにしても、元々ツェーはそれほどのパワーは持ち合わせていない。
組み付いたツェーは、エイジに無防備にも背中を見せたままの姿勢でいる。
エイジはダガーナイフを再び逆手に持ち替えてツェーの背中に突き下ろす体勢に入った。
「エイジ!そいつは彼女を護っているだけなんだ。ナイフを下せ」
昌樹が告げる傍ら。
「構わないわ。そのまま突き刺してしまっちゃって」
処刑執行を命じたのは、何と!ツェーのマスターである那須・きなこの方だった。
「なっ?」
さすがのエイジも驚いた表情を見せてキナコへと向いた。
「4分の1よ!そいつが居なくなれば、何の苦労も無しに4分の1の体重が減るの。大助かりよ」
そんなちっぽけな理由で!!
バチンッ!バチンッ!
ツカツカとキナコの元へと歩み寄ってきたかと思うと、昌樹の彼女の胸座を掴んでからの往復ビンタが廃寮の廊下に響き渡った。
「見ろ!コイツの傷だらけの身体を。コイツは体を張ってお前を護ろうとしたんだ。それなのにお前は体重が減るから?そんなつまらん理由で命の恩人であるこのツェーを殺させようとは、お前、鬼畜だな。人間として最低だよ!」
昌樹の説教など耳に届いていないのか?キナコはキッと昌樹を睨み返した。
「俺たちの体はマスターの4分の1で構成されている。それは体重だけに留まらずに記憶や身体能力の4分の1も流用している事になる。つまり、お前はこれまでの人生で培ってきたものの“4分の1”を失う事になる」
エイジの説明に、キナコは目を見開いて驚いていた。
「な、何なの?それ。そんなの聞いてないよ…。じゃあ、ツェーが死んだら私…どうなっちゃうの?」
「知らんよ。だけど、コイツはお前にとってかけがえのない“4分の1”だよ。大切にしてやりな」
なだめるように告げつつ、内心では自身の身体の中から出てきたのが見た目一般人とさほど変わりのないエイジで良かったと胸を撫で下ろしていた。
「さて、命を取らない代わりに、何でお前さんがツェーをはべらせているのか教えてくれないか?」
明らかにエイジと同種と思われるツェーを、何故“那須・きなこ”が連れ立っているのか?まずその経緯からハッキリとさせておきたいと考える昌樹であった。
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