第171話
レーヴアジト。その地下にて行われていたエイミーとゲッコウの模擬戦闘は僅か三分で佳境を迎えていた。
「……どういうことなのよ、これ」
その状況にコルネリアは呻いた。
最初の一分間はエイミーの猛攻が続き、ゲッコウは劣勢に立たされていた。それを見て彼女はエイミーの勝利を確信していたとともにゲッコウにはレーヴから出ていってもらう計画を立てていた。
勝負の状態が完全に『ひっくり返った』のは勝負開始から二分後の事である。ゲッコウが今までやられっ放しだったにも関わらず――。
それが起きた決定的な出来事とは何だろうか?
答えは単純明快――。
エイミーの使っているリリーファー、そのコイルガンのエネルギーが尽きた。
電子空間上で、そんなことは有り得ないはずだった。はじめはプログラムのエラーかと彼女は思った。
だが、ドクターはそれを止めなかった。
「ドクター! これは何らかのミスじゃないのか!?」
「ミス? いいや、そんなことは無いね。いひひ、そんなことがあるわけない! 僕が作ったプログラムは完璧だ……。そうだ、完璧なんだよ! それ以上でもそれ以下でもない。イッツコンプリートッ!!」
「……いや、そうなのかもしれないけれど、バグとかあるかもしれないでしょう?」
「いいや、バグなんて無いね! バグがあるとすれば、このコンピュータに映し出されているはずさ! いひひ、どうだい。見てみたまえ! このコンピュータの画面には何も書かれていない! それは即ち、プログラムが何もエラーを起こしていないということさ!」
コルネリアは画面を見つめる。確かにそこには何も書かれていなかった。表示を消しているということも無さそうだ。
……となると。
「ほんとうに……『偶然』エネルギーが尽きたということなの……?」
コルネリアはモニターを見つめる。
突然エネルギーが尽きてしまったリリーファーは、その攻撃手段を一つ失うということである。
だからエイミーは攻撃できなくなった。
その一瞬を突いて、ゲッコウはコイルガンによる猛攻を開始した。
一分間エネルギー最大のコイルガン射撃で攻撃し続けたリリーファーと、一分間一度もコイルガンの攻撃を使っていないリリーファー。
前者であるエイミーからすれば、それは絶望そのものだった。
後者のゲッコウからすれば、それは好機そのものだった。
その偶然によって、形成は逆転。ゲッコウはそのままエイミーの乗るリリーファーをダウンさせた。
ゲッコウのリリーファーはすでに満身創痍だったが、形勢が逆転してエイミーのリリーファーもボロボロになっていく。
Q波によってシンクロしたリリーファーと起動従士は、リリーファーの『痛み』も起動従士に継続される。右腕に攻撃を受けると起動従士の右腕もダメージを受ける。リリーファーの右腕が抜き取られると、『まるで抜き取られたような』錯覚に襲われる。
「がああああああああ!」
右腕を抜き取られ、それを口に頬張るゲッコウのリリーファー。
右腕を抑えながら、呻くエイミー。
「まさか……こんなことになるとは思いもしなかったよ……」
彼女にとってみれば、右手が千切られている錯覚に襲われているのである。
それでも正常な思考を取ることが出来るのは、彼女が起動従士として訓練と教育を受けているからなのだろう。
(右腕を取られてしまえば……リリーファーを動かすことが難しい。Q波によるシンクロは、利き腕というのが非常に重要になる。それを抜き取るとは……)
エイミーは考える。
起動従士の不安が、そのままリリーファーの動きに直結する。
即ち今の状況は最悪。
「最悪だな……」
モニターを通して二人の戦闘を見ていたエイムスは溜息を吐いた。
このままではエイミーが負けてしまう。それは彼女のプライドが許さない――そう思っていたからだ。
彼女のプライドが破壊されてしまえば、何があるか解らない。
無論それまでの人間と言われてしまえばそれまでなのだが、人間のプライドは脆く醜いものなのだ。それをエイムスはよく知り、理解していた。そういうつもりだった。
「コルネリアさん、もう戦闘は終わりだ。このままじゃ彼女のプライドが――」
「エイムス」
エイムスの言葉にコルネリアは短く答える。
「エイムス、お前の言い分も解る。しかし、ここであきらめるならばエイミーには起動従士の座を降りてもらう。彼女にはそれ程の『看板』を背負っているのだから」
「そうかもしれない……。だが!」
「そこまで言うのなら、君にも起動従士の座を降りてもらうが? はっきり言って、ツクヨミと呼ばれるあのリリーファーを失うのは惜しい。あれを失わないために君たちを失うのならば、それすらも仕方ない」
「……そこまで言うのかよ」
エイムスは立ち上がり、椅子を乱暴に蹴り上げる。
「そこまで言うんだったら、僕は降りる。今すぐここを出ていってやる」
「構わないよ。ただしその場合リリーファーには一切乗ることが出来ない。それでもいいのならね」
「いいよ。リリーファーに乗らなければ、平和な日常を送ることが出来る。寧ろ清々した。このまま模擬戦を終了次第、僕とエイミーはここから出ていくよ」
それを聞いてコルネリアは溜息を吐き、首を横に振る。
「それは構わないよ。君たちの選択ならばね」
◇◇◇
旧ハリー騎士団は目視出来た基地らしき構造物へとたどり着いた。
実際に降りて確認するため、ヴィエンスがリリーファーから降りて地面に降り立った。
「何というか……、こんなところにほんとうに基地があったんだな。しかも十年前の古いタイプのものだ。きっとあの時は戦争続きで自分たちが統治しているぞ、ということを認識させるために設置させたものばかりだろうが……、しかし好都合だ。電源装置さえあればここを改めてハリー騎士団の……いや、今はハリー傭兵団の拠点とすることが出来る」
「これはこれで素晴らしいものだと思うがね。問題は外装だよ、ヴィエンス・ゲーニック」
基地の屋上は半壊していた。周囲が砂漠に包まれているからか、テーブルは砂埃を被っていた。そのため、メリアは心配していた。ここを掃除することは構わない。しかし機械が長年砂埃を被っていることが問題なのである。
「掃除をすることは別に問題ないだろう? スタッフはそう多くないが、時間はある。そう簡単に攻め入られることも無いだろうから、それについては何の問題も無いだろう」
「そういうことではないのだよ。あそこから急いで逃げ出したから私が持っているのはハードディスクとノートパソコンだけだ。一応凡てのデータを移したからいいものを……、ここにあるものは凡て砂埃を被っている。いや、被っているというよりは浸かっていると言ったほうがいいかもしれないな。それについては、もう使えない。砂を取ったとしても人間の力じゃたかが知れているからな」
「……つまり電源装置も?」
「いや、電源装置は地下に埋まっているだろうから問題は無いだろう。聞いたことがあるのではないかな? 地上にミサイルを撃たれても地下の基地は無事だということを。それくらい強固にしているのだよ。地下にリリーファーを格納しているからこそ、ね」
メリアは歩いて、唯一無事だった綺麗なテーブルに腰掛け、持っていたノートパソコンを開いた。
「ネット環境は生きているようだな……。ということは、地下に電源が生きている、ということなのか……?」
ぶつぶつと呟きながら、メリアはノートパソコンのキーボードを用いて何かを打ち込んでいく。それだけではなくトラックパッドを撫でているので何かを確認しているのかもしれない。
基地の詳細を調査するのはメリアに任せるとして、ヴィエンスは通信を行うことにした。
通信の相手はダイモスとハル。二人の起動従士に現状報告を行うためだ。
「こちらヴィエンス。現状を報告する。取り敢えずここは基地ということが確認された。基地であるから、リリーファーが格納出来ることも可能なはずだ。今メリアがそれについて調査している。すぐに終わると思うから、そこで待機していること。以上!」
簡略に説明を済ませ、通信を切るヴィエンス。
「調査終了したよ。取り敢えずここの基地は十年前に作られた旧式のようね。けれど、充電できることも確実。中に入るパスも入手できた」
「リリーファー格納庫へのパスワードも?」
それを言ったと同時に、何もなかった地面がゆっくりと競り上がっていく。
「何だ!?」
「私がいつ、格納庫へのパスワードを手に入れていない、と言った?」
メリアは笑みを浮かべながら、地面を眺めていた。
競り上がった地面はある位置で停止し、それがゆっくりと四つに分かれていく。煙突のように、中心に穴が開いた形となって動いていく。
数分後、完全に終了したとき、そこにあったのは格納庫への入り口だった。
「……これが格納庫への入り口、か」
「ええ。私は先に地下の方へ向かうから。トラックに乗っているスタッフも。人数が少ないから大変だけれど、それについてはどうにかするしかないでしょうね。まあ、先ずはリリーファーを安全なところに運ばなくちゃいけないから、よろしく」
「了解」
ヴィエンスは短く答えて、リリーファーに乗り込むため踵を返した。
リリーファー格納庫にリリーファーを格納し終え、ヴィエンスとダイモス、それにハルは漸く外に出ることが出来た。
昔から使われていなかったためか、蛍光灯が疎らにしか点いておらず、暗いというイメージがすぐに着いてしまった。
「……それにしても、十年前の基地にしてはよく使えるなあ……」
ヴィエンスは天井を見つめながら、歩く。
「十年前、ってことは僕とハルが生まれる前のことですよね。その時に作られた最新鋭が未だ通用するというのも、なんというか面白い話ですよ」
「『あれ』があってから寧ろ人類の技術レベルは大きく後退してしまったからな。僅か十年でここまで戻しただけでも素晴らしいことではあるけれどね」
「『あれ』が無ければ今頃第七世代はとっくに生まれていたのでしょうか」
「難しい話だな。実際問題、『あれ』が無ければ十年で一世代以上の進化をすることは無かっただろう。だから、『あれ』が無かったからと言って人類の技術がさらに進歩するかどうかは難しいところになる。メリアならもう少し話が解るかもしれないけれど。何せ僕はただの起動従士だからなあ。しかも時代遅れときた」
「ヴィエンスさんは時代遅れじゃないですよ。未だ現役です」
「嬉しいねえ、そう言ってくれるだけで涙が出るよ」
涙を拭くような仕草をして、ヴィエンスは言った。
対してハルは冷淡な様子。
「確かにヴィエンスさんは現役です。ですが、そろそろ私たちに任せていただいてもいいのではないですか?」
「何を言っているんだ。まだ僕はやれるぞ? まだ若い人間には負けないよ」
とはいえヴィエンスは二十二歳なので全然若い部類に入るのだが――それは今語ることでは無い。
ヴィエンスとダイモス、それにハルは通路を歩き、リリーファー格納庫を後にする。
格納庫からの通路は天井がとても高かった。しかし幅は狭く、三人が横並びに歩くとそれだけで殆ど埋ってしまうくらいだ。
「それにしても天井が高いな……。ここはただの基地だったのか?」
「ただの基地じゃないのですか?」
「解らん。どちらにせよ僕たちは十年前の時はヴァリス城の地下にあった基地を利用していたからね。一番使い勝手のいい場所と言えばその通りだ」
「末端の基地、と言えばそれまでですけれど……。環境がまったく違うということですものね」
「ああ。その通りだ」
ヴィエンスたちは通路を抜けて広い空間に出た。
中心に高台と椅子、その椅子が向いている方向にはたくさんのパソコンとモニターが置かれている。その逆側にはたくさんの本棚とその中には乱雑に本が並べられている。そこから挙げられる結論は――。
「ここは――コントロールルームか」
「その通り。ここはコントロールルームだよ。やはりこういうところは綺麗にしているようで良かった。砂が一切入っていないだけで機械の摩耗が変わるからな」
椅子にはメリアが腰掛けていた。
「メリア、もう荷物を入れ終えたのか?」
「未だだ。だが、そのために強力な味方を見つけたよ」
「味方?」
ヴィエンスはメリアの言葉を反芻する。
メリアの椅子――その傍らにあるものが置かれていることに気が付いた。
それはタンクだった。液体燃料などを入れておくドラム缶くらいの大きさだろうか。躯体はシルバー、数本の黒線が引かれている。上部には楕円が二つ横に並んでいる。
「……何だ、これは?」
「私はロボットです」
「……は?」
それを聞いたヴィエンスは何を言っているのか理解できなかった。
「メリア、悪戯は止せ」
「悪戯? これが悪戯に見えるのかね?」
メリアが言った瞬間、楕円が赤く光り出した。
「わわっ」
ハルはあまりに驚いて少し後退ってしまう。
ヴィエンスも少しだけ慌てていたが、それ以上にそのタンクに対する興味が出てきた。
「……メリア、そのタンクは?」
「タンクではありません。私はロボットです。正確に言えば危険作業補助ロボット、名前はセイバーと言います」
「セイバー? 危険作業補助ロボット?」
「十五年前、人間が行う作業を補助するためにロボットを活用する計画があってね。最終的にそれは頓挫してしまい、人型の小さいロボットを試験運用するところまでは来ていたのだけれど……。結果、これだけになってしまったというわけだ。まさかこんなところで見つかるとは思いもしなかった。私も開発に携わっていたわけではないからね」
十五年前。未だリリーファーの世代が第五世代或いは第四世代だった頃。
人間のかわりに荷物を運搬する対象を、実際に基地で労働する労働者が所望していた。
調査を進めたところ、基地に備え付けてあるクレーンやベルトコンベアを利用するまで、すべて人間の力で行っていることが判明。それが基地の労働者の危険に繋がっているという調査結果となった。
労働者の危険を危惧したラトロは労働者の負担を軽減するためのロボットを開発することを決定、設計を開始した。
それから僅か二年で開発を終了。危険作業補助ロボット、その名前をセイバーと命名された。
その後幾度のハードとソフト両面のアップデートを経てヴァリエイブルが各基地への配備を決定し、試験運用としていくつかの基地に配備されたのだが――。
「その試験運用を行う基地の一つがここだった……と。何というか、未だ知らないことが多くて、時折びっくりすることがある」
「試験運用と言うか、実際に運用されていたというのが正しいのかもしれないがね。どちらにせよ、リリーファー関連の設備を動かすことや、重い荷物を運搬する場合はそれを利用していた。電池もかなり持つからね。充電は自動でやってくれる設定にしているようだし」
「何台あるんだ?」
「五台だね。相当ここのトップが力を持っていたのかもね。優遇も相当だし」
「何かございましたら何なりとお申し付けください」
セイバーはそう言って、目を光らせる。なお、ここで言うところの『目を光らせる』は慣用句のそれではなく、まさしく目のライトを光らせたということである。
「ああ、取り敢えず今は問題ないよ。機器も全部搬入したし。あとは掃除くらいかなあ」
「かしこまりました。掃除ですね?」
そう言ってタンクに収納されていた箒を取り出したセイバー。
その行動は一瞬だったため、見ていて何も言えなかった。
「……掃除も出来るのか。すごいな。最近のロボットは」
「いや、十年前の最新技術だろ。……それはさておき、ここで少し話をしておきたいんだが」
それを聞いてダイモスとハルも首を傾げる。
しかし唯一メリアだけは解っていたようだった。
「『彼』の話だね?」
「……ああ」
少しだけ溜めて、静かに頷いた。
◇◇◇
「どうしたんですか、急に」
「話が長くなるかもしれないからな。そのために椅子を用意してもらった」
因みに椅子を用意したのはほかならないセイバーだ。
「椅子に座らなくてはいけない程、時間がかかるということだよ。ただ、その話を信じるか信じないか、或いは受け入れるか受け入れないかは君次第ということになるけれど」
回りくどい言い方をして、ヴィエンスは話を始めた。
その話は彼が、或いは彼女たちの母親(マーズ・リッペンバー)が、隠し通したおはなしだ。
その話は子供たちが聞いたことで何が起きるか解らないから――もしくは子供たちに罪の意識をして欲しくないから――聞かせたくなかったのかもしれない。しかし、ほんとうの意味はもはやだれにも解らない。
「この話を語るには物語を十年前に遡る必要がある。十年前、或いは十年という時間はとてつもなく短かったようでとてつもなく一瞬のように思える程の、永遠。それでいて世界の普遍なる真実を追い求めるもの。……おかしな話だよなあ、あいつが突然入学してきたときは驚いた。どういう人間かとも思った。なぜあんな人間が、とも思った。ほんとうに、ほんとうに……」
そして――ヴィエンスは語り始める。
ここで時系列は十年前――正確に言えば十一年前に遡る。
それはヴィエンスが崇人と出会う少し前の話。
正確に言えば、ヴィエンスが崇人を初めて見た、その時のおはなし。
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