第141話

 その頃イグアス・リグレー大臣率いる騎士団はコロシアム近辺に攻め入っていた。元はと言えばここはターム湖の畔ということもあり、多くの観光客が訪れる。さらに観光地以上にここがリゾートとしても有名なので別荘も多く建てられている。

 その後の記録に依れば、当時そこには三万人程度が暮らしていたらしい。富裕層が大半を占めていた。理由は単純明解、大会を見に行くために別荘を利用していた富裕層が多かったのだ。

 別に彼ら騎士団はそれを狙ったわけではない。だが、結果的に、彼らは富裕層を狙って攻撃したのではないかという疑念が、未来に長く残ることとなってしまった。

 圧倒的破壊と、圧倒的非道を尽くす彼らの姿は後にこう語られている。



 ――同じ人間同士なのに、なぜこうも争わなくてはならないのか。同じ人間だからこそ争うことはやめて、手を取り合うべきだ。

 ――少なくともその時の光景はそのような言葉が通るような場所ではないことが明らかだった。まるで肉食動物が獲物を狙うかのように……否、肉食動物が逃げることもままならない非力な動物の群れを食い散らかしていくようにも見えた。



 多くの人間はそれを見て絶望したはずだろう。自らの身体を、存在を様々な敵から守ってくれるはずの、自分の国のリリーファーが、自分の町を破壊し、自分の家を破壊し、自分の家族を踏み潰していく姿を見たことによって、多くの人間は困惑し、そして絶望したことだろう。

 彼らに感情は無いのか。彼らに慈悲は無いのか。人々はリリーファーに疑問と怒りを覚えた。

 しかし彼らがどう考えようとも、彼らが抵抗の意志を示そうとも、リリーファーと人間では戦力の差が明確に着いていた。

 人々の心は絶望に染まっていた。絶望は次第に悲しみに、悲しみは次第に怒りへと姿を変えた。

 しかしながら、敢えて改めて言おう。

 リリーファーと人間とではその戦力の差は圧倒的なものだった。後に、その状況から生き延びた人間は語る。



 ――あの時、あの圧倒的戦力差を見て思った。やはり人間は無力なのだ……と。行動力があったとしても、強い意志があったとしても、強力な兵器があったとしても、リリーファーには敵わない。まるで『こんな事態を予想していたかのように』、リリーファーに対抗する術など何も無かった。



 人間がリリーファーに対抗する術は無い。強いて言うならリリーファーを持ってくるほか無いという訳だ。

 しかしながら、それは本末転倒と言えるだろう。リリーファーに対抗するにはリリーファーしかない。単純明解な解答ではあるが、どこかしっくり来ない。

 ただし、その場に居た殆どの人間はこう思ったことだろう。



 ――この事件は歴史に大きく名前を刻むものだということ。



 それを思わなかった人間は、きっと誰一人として居なかった。



 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇



 その頃ハリー騎士団は漸く全員がリリーファーに搭乗することが出来た。時間はかかったが、ここからは早い。そんなに時間もかかることなく決着が着くのではないか……マーズはそんなことを考えていた。

 そもそも国のやっていることは人道に反するものだ。罪の無い人間を大量に殺すなどは法律以前の問題だ。人として間違っているのである。


「そんなこと間違っている……。間違っているんだよ……。そんなことがあってはならないんだ……」


 マーズは自らのリリーファー、アレスのコックピットにて呪詛のように呟いた。

 マーズからしてみれば、間違っているのは国だ。

 しかし国からしてみれば間違っているのはマーズたちだった。マーズたちハリー騎士団がテロリスト集団『赤い翼』を匿っているのではないかという可能性も浮上しているためだ。

 しかし実際にはそれは、ハンプティ・ダンプティが用意した罠だった。人間を攪乱させるために用意した、罠だったのだ。

 それを疑うことなく騙された人間を見て、ハンプティ・ダンプティは笑ったに違いない。人間はこうも容易く使うことが出来るとおもったに違いなかった。


「人間はかくも使いやすい。それは君も思っていることだろう」


 精霊――ハンプティ・ダンプティの耳元に声が届く。程なくして、それが帽子屋の声だと気付く。

 ハンプティ・ダンプティはファルバートに気づかれないように、独り言を装って、答える。


「面白いくらいに事が進んでいるよ。まるで君が実際に動かしているかのようだ。この計画は君が書いた紙の上で実際に動いているかのように、そのように再現されているようにも思える。……ここまで緻密な作戦を立てていたというのなら、素直に感服するよ」

「それはありがとう。確かにこれは緻密だ。少し誰かがミスした瞬間にパアになってしまう。だが、そのスリルが心地いい。僕はそう思うんだよ。思ったことはないか? 君も今回は前線に進んでいるが、いつ計画がおかしくなるかというスリルに追われていないかい?」


 追われていないと言えば嘘になる。

 インフィニティによる計画は彼にとっても、世界にとっても未知数だった。強いて言うならば帽子屋の考えがどこまで正しいのかも彼には解らなかった。

 それを確かめるために参加している……ようなものであり、実際にはまだ帽子屋を信用しているわけではない。

 一番の目的はアリスの監視だ。

 アリスを使うと言った帽子屋。その目的こそ理解しているが未だに信用していないからこそ、アリスから生まれた最初の存在であるからこそ、アリスの存在を一番に思っているのがハンプティ・ダンプティだった。


「……とにかく、僕はこれから計画の最終段階へと移る。アリスとインフィニティの融合だ。そしてベスパに乗り込むファルバート……彼の制御は任せたよ」


 そしてハンプティ・ダンプティが返事する暇もなく帽子屋の気配は消えた。


「さて、無事に乗り込みましたか。ファルバート・ザイデル」


 気分を入れ替える。

 これからはハンプティ・ダンプティではない。精霊としてこの作戦を成功に導かねばならない。


「ああ。大丈夫だ。……それにしてもこのリリーファー、古くないか? ところどころ反応が悪いぞ」

「それは致し方ない。もっと性能がいいやつも探せばあるだろうがそれゆえに個人個人に鍛えてしまっているからね。何も無い、いわば真っ新な状態であるそれが一番というわけですよ」

「成る程……そんなことも考えていたのか」


 無論、嘘だ。

 そんなこと、作戦を成功に導くためのデマカセに過ぎない。


「とにかく見えてきましたよ。あれがインフィニティです」


 嵐の中心に居る、未だ沈黙を保つ一台のリリーファー、インフィニティ。

 ファルバート・ザイデルの乗り込むリリーファー、ベスパはそれを目視出来る距離まで迫ってきていた。



 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇



 そして、インフィニティ内部。


「……やあ」


 コックピットには崇人以外の人間が居た。

 それは人間というよりも少女と言ったほうがよかった。若干ゴスロリチックな黒を基調にした格好をした少女は、崇人を見て微笑んでいた。


「……お前は誰だ」

「誰だ、というのは流石にひどいんじゃないかな。相手は子供だよ?」


 その声は聞き覚えがあった。

 舌なめずりするような、耳障りというか、どこか耳にひっかかる声。


「帽子屋……、何故お前までここに居る」

「まさか僕のことを認識出来る程まで自我が回復しているとはね。……もしかして催眠がうまく言っていないとか?」

「催眠? どういうことだそれは」

「……あ、部分的に切れているのか。まあ、いいや。そのほうが都合がいい」

「都合がいい? それはいったい……」

「君は、エスティ・パロングを救いたいとは思わないかい?」


 空気が凍りついた。


「エスティを……救えるのか?」

「そりゃ、勿論。嘘はつかないよ、僕」

「……信じていいんだな?」

「ああ。エスティを救いたいんだろう? そして、最終的には、君は元の世界へと戻りたいのだろう?」


 元の世界。

 崇人はそれを聞いてふと思い出した。昔、前の世界で働いていた時のことを。あの時は何もなかった。あの時は仕事しか無かった。暇で仕方なかったわけではないが、ただ、満たされなかった。

 満たしてくれるものが欲しかった。

 そう思っているとき――彼はクローツへとやってきた。


「君はもしかしたらこの世界に居続けたいと思うのかもしれない。別にそれは構わないよ。それは自分自身の意志だからね? だけれど君が曲げられない意志の一つが、……エスティ・パロングの『蘇生』だろう?」


 蘇生。というよりも彼女がいた世界。彼女がいた時代。彼女がいた空間。その凡てが愛おしい。その愛おしい一欠片が、その愛おしい世界が欲しかった。失って気づく、その愛おしさに……彼はもう一度触れたかった。


「だったら、彼女の腕を取るんだ。タカト・オーノ」


 帽子屋の言葉に首を傾げる。


「意味を言っている時間ではない。君がエスティの居る世界を取り戻したいのであれば、君がこの世界よりもエスティ・パロングの生きている世界の方が重要と考えるのならば、彼女の手を取るがいい」

「……ほんとうに、エスティは」

「それは、君の覚悟次第だよ」


 帽子屋の言葉は未だ信用出来ないことがあった。

 しかし今は……エスティを救うことが出来るという唯一の方法に縋りたかった。初めて好きになった人にもう一度会いたかった。

 たとえ世界を敵に回したとしても、彼はエスティに会いたかった。

 そして、彼はゆっくりとその右手を、少女の右手に――添えた。


「交渉成立、だね」


 帽子屋は微笑む。それと同時に彼の身体に鈍い痛みが走った。


「ぐあっ……。な、何をした!?」

「何をしたか、と聞かれて答えられる程大層なものではないよ。今君は彼女と一つになろうとしているんだよ。それはとても名誉なことなんだよ?」

「名誉だか何だか知らねえが……、ほんとうに彼女に会わせてくれるんだろうな?」

「ああ。当たり前だ。僕は嘘が大嫌いなんだよ」

「嘘が大嫌い…………その言葉、絶対に忘れるなよ」


 睨み付けながら、崇人は帽子屋に言った。


「いやはや、恐ろしいなぁ。そこまで睨み付ける必要も無いよ? 僕は約束を必ず守るから……但しエスティ・パロングが人間の姿であるかどうか、保証はしないけれどね」


 後半の言葉はあまりにも小さく、崇人に聞こえることは無かった。

 寧ろ、聞こえない方が彼にとって良かったのかもしれない。

 彼は救いを求めていた。そしてそれ以上にエスティを求めていた。

 だから彼と彼女が共通で乗った、あの黄色の|機体(リリーファー)を見た時に、そしてその機体が近付いて来るのを見た時に、彼はエスティが帰ってきたのではないかと思った。彼への救いが来たのではないかと思った。


「……が……は……!」


 少女――アリスの姿は最早何処にも無い。だが崇人は未だ彼女を身体の中で感じていた。

 少女の凡てが彼に流れ込んでいくのを感じる。脈打つ心臓の鼓動が徐々に落ち着いていく。否、さらに低下していく。

 最終的にはこのペースでは心臓が停止してしまうのではないか――そんなことすら疑ってしまう程だった。


「……どうやら成功したようだね、ジャバウォック」


 帽子屋の言葉を聞いて俯いていた崇人は、ゆっくりとその顔を上げた。

 そして、口角を緩ませた。


「いやはや、まさかこんな強引にやってしまうとは思わなかったよ、帽子屋」


 その声は崇人によるものではなかった。

 落ち着いた、深みのある声だった。


「僕だって段階を踏んでゆっくりと進めたかったけれどね。時間の問題もあったから、仕方無いよね。強引に……とは言うものの言うほど強引なやり方でも無いし」

「まぁ……いい。それにしてもこの身体……いい身体だ」


 掌を握ったり広げたりを繰り返す。身体に自分の魂が定着したのを、この身体の使いやすさを確かめているのかもしれない。


「はじめて僕が君を産み出した時のことを思い出したよ。……確かあの時もこれくらいの少年の身体を使ったな」

「……ところで、何故今更私を? 何か意味でもあるのか?」

「意味が無かったら君を呼び出したりしないよ。魂の摩耗を防ぐため、魂を『アリス』に封じ込めた時にも僕はそう言ったじゃないか」


 ジャバウォックはシリーズの中でも異色の存在だった。シリーズでは古参とされるハンプティ・ダンプティですら知らない情報だからだ。

 況してやアリスがジャバウォックの『魂の器』など知る由も無い。知るはずが無いのだ。


「魂をアリスに……。あぁ、そうだったな。確かにそうだった。僕が封印される時君はそう言っていたね? その方が僕にとってもいいことばかりなる……君はそう言ったはずだった」


 どうせ隠すのならば、同じ種類の存在の中に隠した方がいい。そう考えたのもまた、帽子屋だった。帽子屋の考えはいつも同じだった。同じとは言っても細かいところは適宜変更されるしパターンによって構成されていた。緻密な計算によって生み出された計画だということを、ここで改めて思い知ることとなるのだった。


「そうだ。確かにそうだ。僕は君の魂をアリスの中に隠した。正確に言えばアリスだったもの……になるがね」

「アリスだった……もの?」

「君の知るアリスと今までいたアリスとは違う……というわけだ。正確には改造した……と言えばいいかな。改造したアリスはもはやアリスの型を為してはいないよ」


 ジャバウォックは首肯する。

 帽子屋は笑みを浮かべた。

 二人はただ、それだけだった。



 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇



 その頃。

 ベスパに乗り込むファルバートはインフィニティに攻撃を仕掛けていた。

 いや、正確には何度もインフィニティに砲撃を与えている。ダメージを与えている、はずだった。

 しかし攻撃が当たったようには見えなかった。まったくもって無傷だったのだ。


「さすがはインフィニティ……硬い……! おい、インフィニティのプログラムにはハッキング出来たのか!?」

「未だ……ね。忙しいから、あまり話しかけないで!」


 それを聞いてファルバートは舌打ちする。別に精霊のことを信じていないわけではないが、……だからといって少々怪しさを覚えてくる。

 彼は現在催眠状態にかかっている。だからそんな疑念など抱くはずもないのだが、今はそれが薄れてきてしまっているのか、その疑念を抱きつつあるのだ。


「……まあ、そんなことよりもやるしかない。インフィニティを奪えばあの父さんも納得するはずだから……!」


 殆ど独り言のように呟くファルバート。

 それを聞いていた精霊は北叟笑んでいた。はっきり言って精霊――ハンプティ・ダンプティはインフィニティのプログラムへハッキングなどしていなかった。否、出来るはずが無かった。

 そもそもインフィニティのプログラムの重要な構成部分を知っているのは帽子屋であり、ハンプティ・ダンプティはその中でも一部の情報しか帽子屋から聞いていない。そのため、ハッキングはおろかどこがインフィニティのプログラムが書かれているのかも解らない状況だった。

 にもかかわらず、ハンプティ・ダンプティはどうしてそのような嘘を吐いたのか?

 答えは単純明快。


「インフィニティにアリスの魂を寄生させ……『ジャバウォック』を構成する。それまでは……、未だバレるわけにはいかない。いや、未だ気付いてもらっては困る」


 ファルバート・ザイデルは重要なパーツだった。

 インフィニティの起動従士であるタカト・オーノが現世に区切りをつけるために必要な存在だった。正確には、エスティ・パロングのいない世界に見切りをつけるため……といえばいいかもしれない。

 エスティがいない世界等必要無いと彼は幾度となく思ったことがあった。しかしそれは徐々に薄れつつあった。

 理由はマーズ・リッペンバーだった。彼女の献身あってか彼は普通に戻った。

 だが、そんな甘くは無かった。

 フラッシュバック、という言葉を知っているだろうか。あるタイミングでそれが再燃してしまうことだ。それまでは完全に断ち切ったように見えたのに、急に復活してしまうのだ。

 そう。

 崇人を催眠によりフラッシュバックさせ、そして世界に見切りをつける。

 それが帽子屋の計画だった。絶望が心に植えつけられた存在である崇人はジャバウォックの受け皿にはうってつけだった。

 そもそもジャバウォックとは何か。

 ジャバウォックはシリーズ最後の存在であったがその存在を知るシリーズは少ない。強いて言うなら帽子屋とハンプティ・ダンプティしか知り得なかった。

 さらに言うとジャバウォックの正式な意味を知っているのは帽子屋だけだった。


「……それにしても、あんたも今や僕と同じ存在か。感慨深いね。どうだい? 同じシリーズになってみて」


 ジャバウォックは帽子屋に訊ねる。

 帽子屋は鼻で笑うと、首を横に振った。


「寿命の概念が完全に取り払うことが出来るから便利かと思っていたが、失敗だよ。残念だと言ってもいい。こんなんだったら普通に早く実行していればよかったかもしれないね」

「そりゃあいい」


 ジャバウォックはどこか擽られたように堪えながら笑った。

 帽子屋はそれを見て幸せそうに笑みを浮かべた。

 当然だった。帽子屋はジャバウォックを再生させたくてずっとここまでやってきたのだ。ジャバウォックが帽子屋の計画の最終パーツと言っても過言では無かった。

 ジャバウォックは帽子屋――正確には帽子屋『だった』人間が作り出したエゴイズムの塊だった。


「長い時間がかかってしまったが……フフフ、漸くここまでやって来た。君の器になっているタカト・オーノ……いや、ここまで来たら敬意を表して前の名前で言うべきかな。君の器になっている大野崇人もさぞかし喜んでいるだろう。こんな歴史的場面に対面することが出来るのだからね」

「……成る程。お前と同じ世界からやって来た人間か。ならば、抵抗が無いのも頷ける。まさか……『喚んだ』か?」


 ジャバウォックの言葉を聞いて、帽子屋は「まさか」と答える。まるでそれはジャバウォックの言葉が冗談だと受け取られているようだった。


「彼がこの世界にやって来たのは全くの偶然だよ。でもまあ、彼が居なかったらこの世界は何度も滅んでいただろうね。それを考えると、やっぱり誰かに『喚ばれて』いたのかもしれない」


 帽子屋は舌なめずり一つする。

 ジャバウォックは小さく溜息を吐いて、話を続けた。


「……で、僕はどうすればいい? まさかインフィニティを操って世界を破壊するのが、僕を喚んだ目的……とは言わないだろうね?」

「惜しいね、半分正解だ」


 帽子屋は悪戯めいた笑みを溢す。

 ジャバウォックはそれで苛立ちを募らせることは無かった。帽子屋がそういう性格だということはよく知っていたからだ。


「君にインフィニティを操らせるのは正しい。ただ、それじゃ足りないんだよ。問題はそれからだ。インフィニティを操って世界の文化レベルをある段階まで下げる。その後君にはもう一度封印してもらって欲しいんだ」

「……理由を聞いても?」

「この計画の終焉は今ではない。まだ舞台の配役が足りないんだよ。そしてその配役が揃うのはそう遠くない未来だ。確定は出来ないがね……。それが一年後になるか五年後になるか、はたまた十年後になるか……それは僕にだって解らない。世界に対する挑戦状とも言えるだろうね」

「百年後の可能性もあるのか?」

「それは無いかなぁ。だってインフィニティの起動従士が生存しているのが条件だからね? 肉体が持たないよ」


 やろうと思えば直ぐにでも出来るだろう計画に、未確定要素を混合させる。

 そんなことは普通ならば有り得ないだろうに、それを平気で行う。それが帽子屋という存在だった。


「……話は解った。だが、もうひとつ問題がある。インフィニティは『暴走』に見立てるべきなのか? それとも理性に則って行なった方がいいのか?」

「前者がいいだろうね。後者でもいいんだけど、その場合捕獲された時起動従士が即時射殺されかねない。それは流石にまずいことになるからね」


 帽子屋の言葉にジャバウォックは頷き、時折質問をしていく。そうして帽子屋の計画を短時間で、かつ自分が知っておけばいい情報だけを仕入れるわけだ。


「……一通り理解した。取り敢えず先程聞いた通りに実行しよう。それでいいのだろう?」


 帽子屋は首肯。

 そしてジャバウォックはリリーファーコントローラを握った。

 強気な発言をしたジャバウォックだったが、リリーファーの操縦などしたことは無い。

 だが、インフィニティに関してはそのことについて心配する必要など無いのだった。


「あぁ、最後に言っておくよ。このインフィニティには便利な機能が備わっていてね? 『インフィニティ・シュルト』って言うんだけどさ……それがいわゆる暴走形態なわけ。何処かの言葉で罪、って言うんだっけかな? まぁ、あんまり記憶に無いから断言は出来ないのだけれど、どちらにしろその便利な機能を使うっきゃ無い……ってわけだ」

「成る程。インフィニティ・シュルト……か。でも模擬的にそれを実現出来るのか? |その形態≪インフィニティ・シュルト≫は暴走形態だから、普段のコマンドでは実現出来ないのだろう?」


 それを聞いた帽子屋は、その言葉を待っていたのかとても嫌みな笑みを浮かべた。

「僕を誰だと思っている。このリリーファーに関しては誰よりも詳しく知っているぞ? 暴走形態にするプログラムなんて容易に改竄出来る。しかも痕跡も残らない」

 そもそも。

 インフィニティに実装されているオペレーティングシステム『フロネシス』はこの世界においてオーバーテクノロジーであった。

 声紋及び網膜認証と完全コンピューティングにより実現したシステムはその時代では|解析不可能部分≪ブラックボックス≫が非常に多く、解析も進まないというわけだ。科学者曰く、その解析には人類の科学技術があと数世代上にシフトしないと厳しいくらいだった。


「この時代にフロネシスを解析出来る人間が居ないことは確認済みだし、フロネシス自体さらに進化を続けている。そう簡単には解析などさせないよ」

「……解った。帽子屋がそこまで言うのなら、そのプログラムを、インストールしてくれ」

「言われなくてもするつもりさ」


 そう言って帽子屋は持っていた携帯端末を起動させた。

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