第119話
その頃、シルヴィアは違和を抱いていた。今まで攻撃を繰り返していたファルバートが、ここ暫く守りだけなのだ。何か作戦があるのかもしれないが、だとしても不気味だった。
(何を企んでいる、ファルバート……)
彼女は考える。だが、少なくとも今このタイミングが攻撃を行う絶好のチャンスだということは、彼女にだって解っていた。
とはいえ、やはり気になるのはファルバートが攻めから守りに転じたことだ。今の状況でそんなことをする必要などない。特に今は模擬戦だ。彼女たちの魂は『0』と『1』に量子化されたものだ。はっきり言ってただのデータに過ぎない。それはもちろん今彼女たちが戦っているフィールドもリリーファーもだ。
(このまま……攻撃を続けてしまって問題ないだろうか?)
シルヴィアは何か嫌な予感がしていた。それは彼女の経験というよりもただの勘に近い。
このまま攻撃を続けていけばいつかはファルバートの乗るリリーファーは行動不能に至るに違いない。
だがしかし、そうだとしても。
やはりどこか腑に落ちないところなのは事実だ。何が起きるか解らないから……というのもあるし、こうしている間にも相手のペースに乗せられてしまう。
(だったら乗せられる前に、こちらからのせてやってやれば……!)
彼女はそう思って、リリーファーコントローラを強く握る。そしてそのリリーファーはファルバートのリリーファーの方へと駆け出していった。
◇◇◇
ファルバートのリリーファーがゆっくりと姿を現す。
気がつけば彼女たちのリリーファーが戦っている場所には霧が立ち込めてきていた。
「いつの間にこんなに霧が……!」
シルヴィアは独りごちると、改めて発見したリリーファーを見る。
そこにあったのはリリーファーだった。それは間違いなかった。
だが、問題だったのはそのフォルム。頭から角を生やし、丸くなっていた身体は何処と無く角張っているようにも見える。
「おかしいわね……。ファルバートが乗っていたのはわたしと同じ、何の変哲もないそれだったはずなのに……」
そう。
ファルバートとシルヴィアが乗っているリリーファーは何れも標準的に存在しているものだ。
だが、今目の前にあるファルバートのリリーファーは彼女の乗るリリーファーとは違う、別のものだった。そのリリーファーというよりも、そのリリーファーの別のフォルム……という言い方のほうがもしかしたら正しいのかもしれない。
その別フォルムになった、ファルバートのリリーファーは動くことなくただその場に立ち尽くしていた。
「……あれは……ほかのフォルムとして見ていいのかしら? というかあれって若干反則めいた気もするけど」
シルヴィアはそう言いながらも、「ま。別にいいよね」とだけ言って、リリーファーに装備されてある銃を撃ち放った。
ファルバートは『少女』の言ったとおりに同調を行った。
しかし、同調ははっきり言って失敗に終わった。同調しようとしたが、断られたのだ。
「あらあら。リリーファーからそれを断られるケースなんてあまりにも珍しいことですよ。珍しいケースです。はっきり言って、この学校に通うことが出来ながらもそれが起きるなんておかしな話です。それくらいのこと。なのにあなたはそれが達成できてしまった……。あなたはもしかしたら『悪運』がいいのかもしれないですね」
少女は笑いながら、ファルバートに問いかける。
「何が言いたい……!」
笑みを浮かべてこの状況を喜んでいるように思える少女とは対極的に、ファルバートは憤りを感じていた。
どういうことだ? 同調は誰でもできるんじゃないのか? どうして自分には同調ができないのか? このままでは力及ばずして負けてしまう……ザイデル家の面目が丸潰れになる。また、ゴーファン家に?
彼の頭の中ではずっとそんなことが巡り巡っていた。だが、それからひとつの結論を導くことは非常に困難と化していた。
「……簡単なことです。あなたは同調ができなかった。同調が出来ないということはリリーファーと安定した……そうですね、人間と人間どうしで言えばこの場合は『絆』とでも言うんでしょうかね。それがないってわけです。リリーファーと絆があって、『心』が通じ合っていればこそ、起動従士は起動従士としての真価を発揮するんですよ」
「心……絆……。ふざけるのも大概にしろ! これはロボットだぞ!? そんなものに心だの絆だのあるわけが……」
「それが、あなたの失敗した原因」
そう言って、少女はファルバートの頭を指差した。
「有名な起動従士を父に持つ割にはリリーファーに対する考えがおかしいと思いますがね。少々改めてみる必要があるんじゃないですか?」
「考えがおかしい……? 馬鹿いえ! 僕はザイデル家の長男! リリーファーを操る才能に秀でているのはもはや当然のことだ!」
「慢心、ってやつですかね。そこまできたらなんかもう恥ずかしいとも思わないんですか。慢心は自分を滅しますよ。それくらい理解したほうがいいと思いますがね?」
「あんた……僕の心情を理解している『つもり』なのか知らないが、さっきから言葉が出過ぎなんじゃないのか!」
「言葉が出過ぎ? ああ、もしかしたらそうかもしれませんね。ただ少なくとも私はそんなことを思った覚えなど一度たりともありませんが」
そして。
ファルバートの乗るリリーファーは動かないまま、そのままシルヴィアのリリーファーから放たれた銃弾をモロに受けて、崩れ落ちた。
「なんというか……あまりにもあっさりとした決着だったな。特にファルバート、後半のあれはなんだ? まったく動かないまま、何か独り言のようなことをぶつぶつと。それでリーダーになろうと思ったんだから片腹痛い」
対戦が終わり、シミュレートマシンから出たファルバートとシルヴィアを出迎えたのはマーズだった。先ず彼女は戦闘を終えた二人に慰労の意味を込めて拍手を送ったあと、それぞれに評価を下した。
ファルバートに対する評価は、誰がどう見てもひどいものだった。当然だろう、後半のあれは彼自身以外が見たらただの呟きにしか見えない。恐れをなして動くのをやめた、だけにしか見えないのだから。
マーズはファルバートからシルヴィアの方に視線を移して、
「対して、シルヴィアはよくやったと言える。さすが父親が有名な起動従士だけある。父の名前を語っても申し分ない実力だった。これならシルヴィアを改めてリーダーとして選出しても誰も文句を言う人間もいないだろうな」
「ありがとうございます」
シルヴィアはマーズの評価に顔を赤らめながら、感謝の思いを伝えた。
ファルバートはもう、何も考えたくなかったのか、誰にも挨拶を交わさず、そのままゆっくりと部屋を後にした。
それを見てマーズはただ小さく溜息を吐くだけだった。
シルヴィア・ゴーファンとファルバート・ザイデルの戦いはシルヴィア・ゴーファンの圧倒的戦力差による勝利によって終了した。
ファルバートは帰り道、サイダーを飲みながら歩いていた。その様子はあまりにも憔悴しきっていて、とても声をかけられる様子ではなかった。
「……おい、出てこいよ。すぐそばにいるんだろ?」
それを聞いて少女は小さく舌打ちして、外に飛び出してきた。
「バレてしまったか。……で、どうかした?」
「どうかした、じゃない。同調ができないなんて聞いたことないぞ!」
「聞いたことない、なんて言われてもなあ」
少女は肩を竦める。
「あれは君自身とリリーファーの問題だよ? リリーファーが君に『合わなかったら』同調しようなんて思わない。よく、馬が合うなんて言うでしょ? それと一緒のこと」
「それと一緒、ねえ……。即ち、僕はリリーファーに合わないということか」
「それどころか、起動従士に向いてないかも。今からメカニックに転向する手もあるよ?」
ファルバートにとってそれは死んでも嫌だった。起動従士になることを望んだ彼だからこそ、今この立場に居るのだ。それを無碍にしたくはなかった。
だから、彼は首を振った。それは少女の提案を明確に拒否するものであった。
「ふうん……強情だねぇ。そこまで拘る必要もなかろうに」
「あんたに何が解る……」
ファルバートは怒りのあまり、持っていたサイダーの缶を握り潰した。
それを見て少女は口を隠し、クスクスと笑うと、
「そこまで怒らなくてもいいだろうに。私はあくまでも君に力をあげているんだよ? それによって君はあの戦闘を実現出来たと言っても過言ではない。だがね、君はそれでも敵わなかった。相手の実力のほうが、さらに上回っていたんだよ。君がそれを理解しているかどうかは別の話になるけど」
それは遠回しに、ファルバート本来の力じゃシルヴィアには敵わなかった――ということを意味していた。彼もそれは実感していた。でも、受け入れたくなかった。受け入れようとは思いたくなかったのだ。
ファルバートは舌打ちしてさらに歩くスピードを早めていく。
「そもそも少年少女はかなりの確率で起動従士になろうなんて考えているけど、はっきり言ってそれってどうなんだろうね? 起動従士という地位が、人間にとってそれほど羨ましいものだということなのかもしれないけど」
「起動従士という地位を君は理解していないようだから、ここではっきりと言っておこう。この世界においてリリーファーに乗ることが出来る……もっと言うならその資格を持っている人間はまさに『英雄』になれる。人々のためにその力を発揮することが出来る。それこそが英雄に定められた使命だ」
「……使命、ねぇ。なんというか人間らしいが、くだらないものだよね。そんなものに囚われるからこそ、人間は成長しようとしないのだから」
「君はさっきから人間に対して猜疑心を抱いているようだが……」
ファルバートはふとここで気になったことを少女にぶつけてみた。それは、少女が人間を憎んでいるのではないか、ということだ。
それを聞いて少女は薄らと笑みを浮かべる。
「……どうしてそう思ったのですか?」
「疑問を疑問で返すとは、知的ではないな」
「だから、何がどうしたというのですか、ファルバート? 私は別に人間に対して猜疑心など抱いては……」
「いない、と? それは神に向かってでも言えるか?」
「神」
少女は反芻する。
「神、ね。わたし、神って存在がどうも好きじゃないの。自分が『精霊』だからかしら?」
くるくると回りながら、少女は答える。
精霊だから――か。ファルバートは呟くとさらに歩を進めていく。
もう疲れてしまった彼は、そのまま帰宅して――そのまま眠りたかった。
「……なによあいつ。ぶつぶつと独り言をぶーたれて。なんというか不気味なやつね」
リリーファーシミュレートセンターの屋上。双眼鏡を覗いているマーズ・リッペンバーの姿があった。
なぜ彼女がファルバートを監視しているかといえば、それは簡単だ。彼女がファルバートの行動に疑問を抱いていたからである。ファルバートは途中まったく動かなくなってしまっていた。あれは未だに彼が手を抜いたから――マーズはそう考えていたが、しかし彼女はファルバートが退出するとき、あるものを見逃さなかった。
それは微小な口の動きだ。ほんとうにわずかなものであったが、しかしそれは確実にマーズに違和を抱かせるには充分な証拠にもなった。
「……幻聴に答えている。いや、そういうわけでも無さそうね……。うーん、姿が見えないから今のところは『幻聴』で処理するしかないのだろうけれど」
マーズにはファルバートの話し相手が誰であるか見えなかった。少女は可視化していないから当然のことでも言えるのだろうが、それがマーズの疑問をさらに深めていった。
「結局……何と話しているんだ、あいつは? 理解が出来ない。見えないものを理解しようなんて無茶な話だが……ひゃんっ!」
言葉の最後にマーズがそんな呆気ない反応を示したのは、頬に冷たい何かが当たったからである。
そちらの方を見るとそこには冷たい缶コーヒーを二つ持ったメリアの姿があった。
「……メリア。驚いたわよ、急にそんなことして」
「べっつにー。何かマーズが面白そうなことをしているから、ちょっとちょっかい出してみようかなーと思っただけです」
「タチが悪いわね、ほんと」
そう言ってマーズは再び双眼鏡を覗く。もうそこにはファルバートの姿は写っていなかった。見失ったということだ。そう思い、彼女は小さく溜息を吐いて、メリアと向き合った。
缶コーヒーのタブを起こすと、プシュと空気が抜ける音がした。そしてタブを元に戻し、マーズはそれを一口啜った。
「……苦い」
「あれ? あんたまだコーヒー飲めなかったっけ?」
悪戯っぽくメリアが微笑む。わざとだ――マーズはすぐにそう思うと、もう一口飲んでやった。
「苦い、苦いぃ……!」
マーズはそう言って咳き込んだ。どこかにコーヒーが入ったわけではなく、あまりの苦さに……ということだろう。余談だが、このコーヒーはカカオ豆がたくさん入っているとかそういうのではなく、ごくごく一般的に販売されているコーヒーである。
メリアは笑うと、マーズに別のものを差し出す。
それはココアだった。ココアとホット・チョコレートはそれぞれ似たような飲料であるが、だからといってそれが等しいものではない。ココアはカカオ豆から|油脂(ココアバター)を減らしたものをパウター化したものから作られ、それ以外を溶かして作るのをホット・チョコレートだという。よってココアとホット・チョコレートは同義ではなく、まったく別物の飲料であるのだが、時折それを誤用して、同義であるとする場所もある。ちなみにマーズに手渡したのは、列記としたココアである。
マーズはココアが大好きだ。だからそれを手に取ると、鼻歌を歌いながらタブを開け一口啜る。すぐに口の中に濃厚な甘味が広がった。
「……ほんと、あんたって子供っぽいものが好きよね……。『女神』を信仰している人たちから見ればどう映るのかしら」
「あら? きっとこういうのも新鮮だとか言ってこれも含めて信仰してくれるわよ。というか、別に信仰してくれと言って信仰してもらっているわけじゃないのだから、好き勝手しても自由だとは思わない?」
メリアはマーズから半ば強引に渡されたコーヒーを啜る。
「……まあ、そういう苦労もあるのよね。起動従士って。大変ちゃあ大変か」
「そうよ。それに今は騎士道部という部活の顧問もやっているし、しかも大会の顧問もやらなくちゃならないわけ。アリシエンス先生が一応大会に来てくれるから、私は補佐という役割で収まりそうな感じはするけれど……それでも大会時に何かあった時にすぐに駆けつけられなくなるんじゃないか、って心配はあるわね」
「そんな縁起でもないことを言わないでよ。去年のアレですら、大会の運営を辞めるべきだって声が出てきたんだから。今年もあったらそれこそ運営形式を変える必要がある……なんてことを言われているくらいなのに」
「あら、そうなの? それは初耳」
マーズは目を丸くして、ココアを啜った。
「だって、去年のあれですら結構被害があって、国としても運営としても頭を下げる羽目になったそうよ。特に去年はペイパスのお偉いさんが来てて、ペイパスと共同でやったから尚更」
「尚更、ねえ……。まあ、流石に今年は問題も起きないでしょう。去年よりも警備は厳しくしているとのことだし」
そう言ってマーズはスマートフォンを弄る。
「だったらいいんだけどね。私としてもシミュレーションコースを作るための最終調整が佳境を迎えていてね。それが終わらない限りは手があかないという現状」
「大会でシミュレートマシンを使うってこと?」
メリアはその言葉を聞いてスマートフォンを取り出し、マーズにその画面を見せる。
メリアが少し操作すると、そこにはあるものが映し出されていた。
アスレティックコースの、その断片だった。
「これは……?」
「オフレコでお願いね」
そう言ってメリアは口の前に指を当てる。それを見てマーズも頷く。
「これは大会の競技、アンリアル・アスレティックのコース案。あくまでも案というだけだけどね」
「案、ねえ……」
それよりも彼女が気になったのは、これが大会の競技になるということだ。この競技は去年一年生だった人ならば進級試験という形でやるはずだったもの。それを大会で行おうというのだ。
「本当はあの進級試験でやるはずだったもの。それが結局ボツになってしまったからそれを元に再構成したものを使う。アスレティックとは言うけど、コースがこういうところだけでルールとかはただの障害物走になるとか聞いたよ」
「それってアスレティックというよりも」
「でもコース的にはアスレティックなんだからそれで良いだろう、ってオプティマスから手紙による通達があったからね」
マーズは唾を飲み込む。嘘だとは思いたいが、今までの付き合いからしてメリアがこんな真剣に話しているのに嘘を言うことは無いだろう。
だとしたら、メリアが言っていることはでたらめなんかじゃなくて正真正銘の真実だっていうことだった。
「……それにしても、ほんとうに今年の大会って何もかも変わるのね」
メリアが見せてくれたそれを再度見て、マーズは小さく溜め息を吐く。
メリアは肩を竦めて、
「大会のエンターテイメント性を高めるのが狙いって聞いたわね。去年のあれで観覧者が減ってしまってチケット売上が減ることを恐れたのかも」
『大会』は何もボランティアで行われているわけではない。運営するためには資金が必要だし、スポンサーとなっている各企業及びヴァリエイブル連邦王国から出される資金では足りないのが現状だ。
資金が足りない主な原因としてリリーファーの整備やスタッフの賃金などが挙げられる。リリーファーは年々世代が変わるために、幅広いリリーファーを備えておく必要があり、かつ古くなったリリーファーを変える必要があるから、毎年数台は買い換えているのだ。国から譲り受けることが出来ない理由は、国も『バックアップ』育成のために世代が古いリリーファーを使用するからである。
さらに技術スタッフは学生が最大限活躍出来るようにするため、また、リリーファーの量から必然と多くなってしまう。彼らは手に職を持った……謂わば専門職である。チケット販売を行ったり、会場でビールを売ったり、売店の管理を行うスタッフ――『大会』ではそれを一般スタッフと規定している――とは違うのである。
仕事の種類がより専門的かつ技術的な技術スタッフの賃金は自ずと高くなる。技術スタッフの賃金は今や一般スタッフの二倍近くにまで跳ね上がっているのだ。
「大会もボランティアでやってたらあんな規模で出来ないもんねぇ……。まぁ、だからその分をスポンサーとチケット売上で賄っているのだろうけど」
「それに今年はスポンサーが一つ減ったって。ほら、ユーモルド・コーポレーションってあったでしょ?」
メリアの言葉にマーズは頷く。
ユーモルド・コーポレーションは三大軍事企業の内の一つに指定されている巨大企業である。主な製品は銃であり、リリーファー用と人間用を販売している。
「確かユーモルド・コーポレーションが販売した銃を『赤い翼』が使っていたんだっけ? それで企業イメージががた落ちしたからそれから避けるために今回は……ってことよね」
「たぶんそうだと思う。まぁ、しょうがない話よね。企業イメージが落ちたら企業自体傾いてしまうからね」
そう言ってマーズはココアを啜る。空になったのか、缶を振ってそれを床に置いた。
「……そういう訳で、実際問題、今年はかなり苦しいことになるでしょうね。このモデルがうまくいけば問題ないだろうけど、うまくいかなかったらさらに刷新されて……最終的に大会もろとも無くなることだって……。まぁ、考えたくないけど」
「流石に大会そのものは無くならないでしょ。だってこの大会は学生にとって試験とか卒業とか面倒臭いカリキュラムを凡てすっ飛ばして起動従士になれる登竜門に近い場所だし。無くなったら学校から批判が来るのは、もはや当然のことともいえるでしょう?」
メリアはそう言ってマーズが床に置いた缶を拾うと、屋上から出ていった。
彼女たちの対話は、そうして半ば強引に打ち切られた。
その日の夜。
マーズと崇人、その食事でのこと。
「……大会がそこまで大変なことになっているなんて、まったくもって知らなかったな……」
崇人はフォークでスパゲッティを絡めとりながら、言った。
マーズはそれに頷きながら、アップルティーを一口。
「大会のルール及び競技内容が判明するのは明後日になる予定だって、メリアは言っていたわ。少なくとも三つの競技があり、それぞれ難易度は計り知れない……とのこと。まぁ、今回私たちはサポートに回るだけになるけど」
「なるほどな。それにしてもこんなタイミングで発表しても対応出来ないよなぁ……。大会の運営側は何を考えているんだ?」
「そんなこと、私が知りたいわよ」
マーズはガーリックトーストをかじり、それを掴んだ手を紙ナプキンで拭いた。
「一先ず今のところ言えるのは去年みたいなトーナメントとかそういうのではないということ、さらに会場も変わったから対策が非常に取りにくいということかしら」
「去年と会場が違うというのは痛いな……。何とかならなかったのかなぁ?」
「それを私に言われても困るわよ。現に私にはそれほど発言力が無いんだもの」
マーズの呟きに崇人は頷く。
マーズは女神と呼ばれ、起動従士の間では有名な存在だ。だが、だからといってマーズがリリーファーに対して有名だからといって、それが凡てに通用するわけでもない。
マーズの顔が利くのは起動従士で、さらにその狭い範囲でのこと……だからまったく意味の為さないことなのだった。
「ともかく、これに対して詳しい、正式な通知が来るのは明日ってこと。それだけは理解してもらえると助かる」
「理解もなにも今年は出ないからな……。理解してもらうのはどちらかといえばこっちよりも参加する選手の方じゃないのか?」
「選手については、とりあえず私の方から報告しておくからあなたが心配しておく必要はないかな」
「それは真実として受け取っておくよ」
そう言って、崇人はグラスに注がれた水を飲み干した。
◇◇◇
「ファルバート・ザイデルの様子はどうだ?」
「大丈夫だ。きちんと命令をこなしているよ。今は、とにかく僕が入っていることを気付かれないように大会に参加しろ、とだけ言っている。それを忠実に守っているよ……。まったく人間というのは常常面白い生き物だよ」
「そういう生き物を僕たちは使っているわけだ」
「それもそうだ。……さて、次はどうする? このまま大会に向かわせるということは……何かビッグなイベントでも待ち構えているということかな」
「察しがいいね。そうだ、そういうことだよ。大会では、それこそドデカイ花火が打ち上がる。ひとつの時代の夜明けにもなりかねない、大事なことだよ」
「ふうん……。それにどう彼らをぶつけていくつもりだい?」
「そりゃあまあ、大会のルール変更だ。うまくそれに噛み合わせていくに決まっている」
「なるほど、悪いねえ君も」
「君ほどじゃないよ、ハンプティ・ダンプティ」
そして。
白の部屋での二人の会話は、静かに終了した。
ゆっくりと、ゆっくりと、時間が動き出す。
夜明けが、すぐそこまで迫ってきていた。
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