第113話

 昼食。いつもの通り食堂でカレーうどんを注文する崇人、カレーを注文するヴィエンス、なんだかよくわからない定食を注文するリモーナとケイス、そして――。

 ――カレーうどんを注文し、崇人の隣でうどんをすすっているマーズ・リッペンバー。


「いやいや、おかしいだろ!?」


 崇人がうどんを啜るのをやめ、この状況につっこみを入れた。それを聞いたマーズは驚いてうどんを啜るのをやめる。


「ど、どうした……? 何か悪いことでもあったか……?」

「そういうことじゃなくて! どうして俺たちと一緒に食べているんだ、って話!」

「別にいいじゃんかタカト。僕だって光栄だよ? 『女神』マーズ・リッペンバーと食事が出来るなんて」


 そう言ったのはケイスだった。

 さらに、ほかの反応。


「別に一緒に食べるもなにも変わらないだろ。そもそも俺たちは同じ騎士団なのだから」とヴィエンス。

「そうですよ。私は別に同じ騎士団とかそういう高尚なアレではないですけど……それでもマーズさんを仲間はずれにするのはよくありません!」とリモーナ。


 とどのつまり。

 崇人の意見に味方する存在など、今この時点において居なかったのである。

 仕方なく崇人は再びうどんをすすり始める。もうこれ以上抵抗しても仕方ないことだ――そう思ったからだ。


「そういえば、ほんとうにどうしてマーズはここに来ることになったんだよ。何か理由でもあるんじゃないのか?」


 崇人は昨晩言った内容を再び彼女に訊ねる。

 対してマーズはうどんを啜ったあと、


「まだ言えないんだよねえ……。部活動ってもう完全に決定したらしいし、部室でさわりだけなら話してもいいけどさ」

「部室で? というかなんでお前が完全に部活動の許可が下りたことを知っているんだよ」


 崇人の言葉と同時にマーズは崇人にある紙をつきつけた。

 それにはこう書かれていた。

 ――マーズ・リッペンバー特別教師を『騎士道部』の顧問に任命する。

 短く、そう書かれていた。


「……は?」


 崇人はそれを見て言葉を失う。

 マーズはその表情を見て鼻で笑った。


「つまりそういうこと。私がしばらくのあいだあの『騎士道部』の顧問になるってわけ。たぶん大会が終わっても私はこっちの顧問でいると思う。あの国王、前と変わって結構積極的に後進を育てているのよねー。まあ、それはけっこうなことなんだけど。それで私たち『先輩』がだいぶ逼迫した状況になるってのはちょっと勘弁願いたいけどね」


 そう言ってマーズは残りのうどんを啜った。


「遅れました」

「メルがいろいろ手間取りまして」


 シルヴィアとメルがやってきたのはちょうどその時だった。お昼休みも三分の一が経過しているためか、彼女たちは手っ取り早く食べることの出来るうどんを注文していた。

 はじめ彼女たちはマーズの存在に気づかなかったらしいが、シルヴィアが何かに気がついたらしく、メルの肩を叩く。


「どうしたのシルヴィア。そんなに驚いて……え」


 メルはうんざりしながらシルヴィアの方を見て、さらにシルヴィアが差した方向を見て、彼女は目を丸くした。

 シルヴィアとメルの視線を受けているマーズは彼女たちの方を見て、小さく笑みを浮かべた。


「びっくりしました。まさかマーズ・リッペンバーさんがこの学校に来ているなんて」


 シルヴィアの言葉にメルは頷く。それを見てマーズは、


「やっぱり双子って聞いたからすごいそっくりなのかってことを期待していたんだけど……期待通りねえ。すごいそっくり。なんというか、鏡写しみたいに」


 ……ものすごく見当はずれな発言をするのだった。

 崇人は溜息を吐いて、まだ情報を完全に把握していないシルヴィアとメルとに情報を共有するため、簡潔に述べた。


「はっきり、簡単に言ってしまえば今日から一ヶ月程度マーズはここの教員となる。僕たちの授業も担当してくれるだろうし、もしかしたら一年生の授業も担当するだろう。ここは学年に応じて先生を分けられるくらい先生が過多にいるわけでもないからな。そして、もう一つ。僕たちが結成した部活……騎士道部の部活顧問としても、マーズが入ることになった。こっちはいつまでやるかは不明だということだから、まあ、かなり長いあいだずっといることになると思う」


 それを聞いてさらにシルヴィアとメルの目が丸くなる。当然だろう。これほどのビッグニュースを聞いて驚かない方がおかしいというものだ。

 シルヴィアは心を落ち着かせるために水を一口。喉が潤い、気持ちを整えたのを自らで確認して、マーズに言った。


「そ、それじゃ……マーズさん自らが指導してくださる……ということですか!?」

「まあ、そういうことになるわね。少なくとも、今年の『大会』は大分波乱になるらしいし」


 それを聞いて崇人は首を傾げる。


「どういうことだ?」

「あら、聞いてないの? 『大会』にはもちろん起動従士となった学生は出ることができない。ということはあなたたち全員今度の大会には出れないのよ。ということは今出る確率が高いのはここにいるシルヴィアただ一人。まあ、メルちゃんが出るっていうのならまあまあ話は別だけど、あなた確か技術士志望なのでしょう?」

「いいえ、起動従士も技術士も学んでいきたいと思っています。だから、私も出ます」


 話がまったく読めなかった。


「……つまり、あなた技術士にもなりたいし起動従士にもなりたい……『|多重技術(デュアルスキル)』を手に入れようとしているの?」

「なんだ、そのデュアルスキルって」


 マーズの驚きが理解できず、崇人は訊ねる。


「多重技術ってのは名前のとおり複数の技術を持つ人間のことよ。今の時代では、起動従士として極めるまでの才能を持った人間は、技術士や魔術師になるまでの才能を持たないと言われているの。それもそうよね。起動従士と技術士と魔術師は頭の仕組みが全部違うって言われている。まあ、昔は魔術師で魔術を極めている人間が起動従士として強い力をその|恣(ほしいまま)にした人間だっているわけなんだけどね。実際にはもう百年以上出ない計算らしいよ」

「その計算って、どこが計算したんだよ」

「リリーファーシミュレートセンター。ひいてはメリアね」


 またあいつか……とかそんなことを思いながら、崇人は再びメルを見る。

 メルはぎこちない態度をとっていた。当然だろう。今彼女たちの前にいるのは最強のリリーファーを操縦する起動従士で、さらにその隣に立っているのは『女神』と謳われるこちらも最強の起動従士なのだから。


「どうした、メル? なんだか落ち着かない様子だが……」

「ええっ?」


 メルは答える。その素振りはどう見ても普通ではなかった――その正体をシルヴィアだけ気づいていたためか、シルヴィアはくすくすと笑っていた。

 だが、崇人はそういうものにイマイチ鈍感だったためか、まったく分からないのであった。




 『騎士道部』の部室は空き教室の一つを利用することとなった。教室が余っているから致し方ないことにも思えるが、やはり部活動ともなれば特有の空間を得たいものである。

 教室は閑散としていた。当然のことだが、どうやらこの教室は数年は使われていないらしい。何故なら教室の扉を開けた瞬間に溜まっていた埃が外に飛び出て来たからだ。


「……どうやら先に、この部屋の掃除を済ませなきゃいけないようね」


 マーズの言葉に拒否反応を示す人間など、居るはずもなかった。




 片付けのみで二時間ほど時間を費やし――結果としてその日の部活動はそれだけで終了してしまった。

 しかし漸く綺麗になった教室を見ると、やはり綺麗にして正解だったのは自明だ。

 マーズは、恐らく自分の家から持ってきたであろうティーカップを傾け、中に入っている紅茶を啜った。


「あ、ずるい! 俺たちは自前の水筒に入っている飲み物か、或いは売店で済ましているってのに……こいつお湯を沸かして紅茶を飲んでいやがる!」

「別にイケナイことではないでしょ? だってこの学校の教員は皆お湯を沸かしてコーヒーなり紅茶なり飲んでいるわよ? カップラーメンを作って一人寂しいお昼を過ごしている教員だって、私の時代にはいたし」

「そういうわけじゃないんだよなぁ……。つまりだな、俺が言いたいのはどうしてお前だけ飲んでいるんだって話だよ」

「私が持ってきたんだから私が飲むのは当然でしょう? それに私は『私専用の』とは一度も言っていないんだけど?」


 つまり、それは『誰だってその紅茶を飲んでもいい』ということだ。もちろん、マイカップは持参する必要はあるが。

 崇人は適当なところから椅子を持ってきて、腰掛ける。


「で、マーズ。おまえ、どこまで今回の大会の内情を知っているんだ?」

「あっ、早速それ聞いちゃう?」


 マーズは悪戯めいた笑みを浮かべて、ソーサーを机の上に置いた。


「僕は出ないから何にも対策を取りようがないが……要はこの学校の教師陣の狙いは、クラスから一々輩出するのではなくて、『この|部活(チーム)』で大会に出場する……ということを言いたいんだろ」


 その言葉に学生たちは驚いた。

 中でも一番驚いたのはヴィエンスだ。立ち上がり、目を見開いて崇人に訊ねる。


「タカト、そりゃ本当か?」

「あぁ。とはいえ、確証が掴めない以上僕の妄想であり戯言に過ぎないがな」

「いいや、それは本当だよ」


 しかしマーズは、あっさりとそれを認めた。


「もとはといえば先輩……アリシエンス先生がいち早く大会制度の改革に乗り出していてね。本当は来年あたりからこの制度を開始しましょう、って話だったんだけど、結局この学校は制度開始前のモデルケースとなった。モデルケースだからといって、それなりの成績を出さなくては学校の名が立たない……とアリシエンス先生が考えたかどうかは甚だ疑問に感じるけど、要はそういうこと」


 クラスから出すのではなく、大会専門の部活動をつくりチームとして参加する。

 大会のシステムとしてはそれが一番合理的とも言えよう。だって大会に出たい人間は自ずとその部活動に入ることになるのだから。


「なるほどなぁ……、アリシエンス先生も考えたね」


 そう言ったのはリモーナだった。


「そういえば崇人と俺は参加出来ないが、別に『起動従士ではない』ということだけが条件ならリモーナも参加出来ないか?」


 ふと、思い出したように言ったのはヴィエンスだ。そして、それは紛れもない事実だった。リモーナは起動従士ではない。はっきり言ってしまえばただの学生だ。ただの学生ならば参加要件は満たしており、普通に大会に参加出来るはず――ヴィエンスはそう考えたのだ。


「そういえば……。全然考えていなかったわ、ごめんなさいリモーナさん。あなたにも大会参加資格が、確かに存在するわ」

「ほんとうですか……!」


 リモーナは頬を紅潮させ笑みを浮かべる。学生にとって大会への参加とはそれほどまでに栄誉のあることなのだ。

 マーズは再び紅茶を啜り、


「となると問題になるのは……そのメンバーね。今は三人だからあと二人。出来ることなら補欠を一人くらい用意しておきたいわね……」


 去年みたいなことになるなんて殆ど有り得ないけどね、とマーズは付け足す。

 騎士道部の部室、その扉がノックされたのはちょうどその時だった。


「失礼します」


 次いで、凛とした声が扉の向こうから聞こえてきた。

 扉が開けられ、そこに立っていたのは一人の少年だった。ウェーブがかった髪に、青い瞳をもつ少年。


「ファルバート・ザイデルといいます。騎士道部はこちらだと聞いてやって来たのですが」


 それを聞いてマーズは立ち上がり、ファルバートの前に立った。


「あなたがファルバートくんね。噂は聞いているわ。まさかあなたも騎士道部に来てくれるなんて……」

「噂は所詮噂に過ぎません」


 マーズの言葉をファルバートは華麗に受け流しながら、話を続ける。


「ところでここに入部すれば『大会』への優先的な出場権が手に入る……そう聞いたのですが」

「ええ、その通りよ。ただ、あなたの言葉を敢えて一つ訂正するなら、『優先的』ではなくて『確実に』ということかしらね」


 確実に? マーズの言葉を聞いてファルバートは首を傾げる。

 ええ、とマーズは頷いて、


「この部活動は『大会』などの起動従士関連の大会に参加するために結成されたチームのようなもの。部活動……というよりもチームと言ったほうが断然正しい言い回しでしょうね」

「チーム……つまりこれに入ればチームの一員として、大会に代表で参加出来ると」

「そう。ただしリーダーはもう決まっているけどね。ここにいるシルヴィアさんよ」


 ファルバートはそれを聞いてシルヴィアとメルを睨み付ける。

 しかしその姿勢を直ぐに改めて、マーズに訊ねた。


「……お言葉ですが、それを変えるつもりは?」

「学力試験及び入学式の日に行ったリリーファーを用いた訓練の結果、それらを総合的に評価した結果よ。それを変えることは、残念だけど出来ない」


 それを聞いて、さらに表情を悪くさせるファルバート。気持ちが悪いだとかそういう感情ではなく、気に入らないのだろう。

 それを見てマーズは笑みを浮かべる。


「……もしかして、気に入らないのか。自分ではなく、ゴーファンの者が評価されているという事実を受け入れたくないのか?」


 それを聞いてファルバートはマーズを睨み付ける。どうやら図星だったらしい。


「はっきり言って君たち三人は甲乙つけ難い存在であるということは百も承知だ。だがな、リーダーという存在は一人でなくてはならない。それでいて中立でなくてはならない。君のようにそうやって……一つの思考を押し付けるような人間には、はっきり言ってリーダーには向いていないだろうな」


 マーズの言葉は簡潔かつ的確にまとめられていて、さらに芯が通ったものだった。だからこそファルバートはマーズの言葉に何も言い返すことが出来なかったのだ。

 自分がそこで言い返していれば、自分が弱く見えてしまう。彼はそう思ったからだ。だから彼は、ただマーズを睨み付けるだけにした。


「……ですから、あなたたちははっきり言ってほぼ同等の実力といえるでしょう。それは確実です。しかしながら、三人が同じ実力を持つゆえに誰がリーダーと化しても問題が起きるのはもはや予定調和だ……。ならば、どすれば良いのか。そんなの、簡単だよ」


 マーズはソーサーを置いていた机を小さく叩く。


「――模擬戦をすればいい」


 マーズの言葉に口を入れるものはいない。皆彼女の話を真剣に聞いているのだ。

 彼女の話は続く。


「新しいメンバーを入れるときも何らかのいざこざがあっても……私は常にそうしてきた。至極単純で一番白黒はっきり付きやすいだろう?」


 それを聞いていくうちにファルバートの唇が緩んでいく。それはマーズが自分を違うシステムで改めて評価しようとしているのを面白く思っているのか、それとも自分が正当に評価されつつあるのを実感しているからか、はたまたその両方からかもしれなかった。

 ファルバートは言った。


「……解りました。それではいつ、どこで行いましょうか? 流石に今日というのは無理ですが、出来る限りマーズさんのスケジュールに合うようにこちらも調整出来れば……と」

「そうね、三日後というのはどうかしら。三日後なら確か『あそこ』が空くはずだし」


 それを聞いていち早くピンと来たのは崇人だった。だから、マーズの言葉に小さく溜め息を吐いた。


「いくらなんでも、流石にそろそろあいつを休ませてやれよ……。絶対に早死にするぞ?」

「どちらにしろ『大会』メンバーになった彼らには遅かれ早かれ連れていく場所だ。ならそれでいいじゃないか。それにバーチャルの世界なら横入りも少ない」

「あ、あの……さっきから何の話をしているんですか?」


 おいてきぼりをくらっていたシルヴィアがマーズと崇人に訊ねる。

 それを聞いてマーズと崇人は二人同時にこう答えた。


「「リリーファーシミュレートセンターだよ」」


 次いで、マーズはその詳細を告げていく。


「要はシミュレートセンターのシミュレートマシンを用いて、仮想空間にダイブ。それによって仮想的に戦闘を行う……そういうことよ」

「でも、シミュレートセンターって少し前に乗っ取られたりしていませんでしたか?」


 訊ねたのはシルヴィアだった。

 確かにその通りだ。二月に、進級試験を初めてそのシミュレートセンターで行った時に、テロリストが占拠して一時学生たちが仮想空間に閉じ込められた。

 それによって大きく批判を受けたのはほかならないシミュレートセンターの人間だ。ひいてはその責任者であるメリアが責任を取って、センターの所長を退く予定だった。

 しかしマーズがメリアのことをなんとかしようと画策した。そして現にメリアはまだこの場所にいる。


「……まあ、いろいろあったけど、今でも彼女はシミュレートセンターにいるし、シミュレートマシンの開発と研究を行っているわ」

「まぁ、そういう事情はどうでもいいですね、模擬戦をする上では必要としない情報です。……模擬戦については三日後、シミュレートセンターで行う。それだけが解ればあとはどうだっていい」

「どうだっていい……か。あなたは少しくらい他人に興味を持ってみたら? 開ける世界だって――」

「そんなもので開ける世界なら、自分自身を信じて生きていったほうがましです」


 マーズの言葉を遮るようにファルバートは言った。

 そして踵を返した彼は、そのまま外へ出ていった。廊下を歩くファルバートの足音がどんどんと小さくなっていくのを聞いて、マーズは小さく溜め息を吐いた。

 扉が再び小さくノックされたのはその時だった。しかし扉はファルバートが無造作に開け放ったままであるので訪問者の姿は丸わかりだった。

 栗色のショートボブをした少女だった。眼鏡をかけて、目がくりっとしている。どこかおっとりとした雰囲気を見せる少女だった。


「えっと……あなたも騎士道部に入りたいのかしら?」


 マーズが訊ねると彼女は俯いた。どうやらファルバートたちよりかはあまり意志が固くないようだった。

 身体をもじもじさせながら少女はただその場に立っていた。


「あ、ジェシーじゃない!」


 しかしその姿をみたいなシルヴィアはそう言って立ち上がった。対してジェシーと呼ばれた少女はびくりと身体を震わせると顔を上げる。

 ジェシーは直ぐにシルヴィアの姿を発見し、そこで彼女は漸く安堵するのだった。

 しかしずっとジェシーの視線がシルヴィアに向いていた訳でもない。時折目線を露骨に反らしていたりする。まるでなにか後ろめたい気持ちがあるのではないか――マーズにそう思わせる程に。


「あ、あのっ……ごめんなさいっ!」


 しかし、ジェシーはマーズたちに向かって頭を下げた。

 突然の行動にマーズたちは驚愕した。彼女がマーズたちに謝罪するような要素がまったく見当たらなかったからだ。

 頭を下げたまま、ジェシーの話は続く。


「わたし……いつも食堂でタカト先輩とシルヴィアたちが話しているのを、とても楽しそうに話しているのを見ていて気になっていたんです。だけどなかなか切り出せなくて……。そしたら今日、あのマーズさんがその会話に参加して、さらに放課後にどこかに向かったので……」

「気になって後をつけた、ってこと?」


 シルヴィアの言葉にジェシーはこくりと頷く。


「そしたら部活動を始めているみたいで、掃除をしている間に聞こえた話とかで、ここが『大会』などのために起動従士を育てる場所だってことが解って……。それで勇気を出して入ろうとしたらファルバートくんが」

「あいつが入ってきて、まぁ高圧的に色々といちゃもんつけているから、その会話に入れる訳もなくずっと待っていた……要するにそういうことだな?」


 ジェシーの言葉を代弁するようにヴィエンスは言った。ただしその言い回しは少しぶっきらぼうなものであった。

 そのぶっきらぼうな言い回しを女子に言うのもいかがなものかと思ったマーズは、それについて咎めようとした。

 それよりも早くジェシーは頷き、そのことについて認めた。


「……じゃああなたは騎士道部に入ろうとは今のところ考えていないのかしら?」

「さっきの話を盗み聞きしてしまいましたが、学力試験と入学式にあった訓練で総合的に評価しているなら、私は『優等生』なんてそんな箔つきではありません。ただの凡庸な学生です」


 自身を凡庸だと言って、ジェシーは首を横に振った。

 しかし、凡庸と卑下するものの、この学校は基本的に頭の良い人間があらゆる所からやって来るので、たとえこの学校で凡庸でも普通の学校で上位に入るくらいだ。要するにこの学校と普通の学校では基準がまったく違う。

 しかしながら、学力の可視化からの順位付けは、少なくともほかの学校よりは厳しいものになるのは事実だ。起動従士として較べられていくのは彼らが生きていく中での回数を考えれば学校でのそれなどちんけなものに過ぎない。

 そもそも他人と較べられるということは社会では必要不可欠だ。必ず一回以上は他人と較べられる。それによって『自分』という存在が社会的に認められるといえるだろう。

 ジェシーに関しては今日来たばかりであるしシルヴィアたちに較べれば『大会』への関心が低いようにも思える。だから彼女を一先ず『保留』としたのだ。


「まぁ、凡庸と言ったってこの学校の『平凡』ってのは世間でも高レベルな人間であることは事実よ」


 マーズは言うと、立ち上がってジェシーの肩をぽんぽんと叩いた。


「……まだ色々と整理がつかないことだってあるだろう。そう簡単に整理がつくことではない。なにせ人生を左右する大事な選択になりかねないからね」

「…………そう、ですね。わかりました。改めて考えてみたいと思います」


 そう言って彼女は頭を下げ、踵を返しその場を後にした。

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