第八章 トリプルエース編

第108話

 春は始まりの季節ともいう。それ以外にも出会いの季節、ということもある。

 七二一年四月七日。

 中央、と呼ばれるヴァリエイブル起動従士訓練学校は入学式を迎えていた。この日をもって、全学年は一つ繰り上がる。それは即ち、崇人たち一年生が二年生になり、一年生が新たに入ることを意味していた。

 崇人は自分の教室、その席で今までのことを思い返していた。崇人がここに来たのはもう一年前になるが、様々な出来事が起きた。

 春には、『大会』。大会では崇人、ヴィエンス、アーデルハイト、エスティが参加し、大会で戦った。しかしながら裏で暗躍していた『赤い翼』によって大会はほぼ無かったことにされ、結局それを制した崇人たちとコルネリアが騎士団として取り立てられることとなった。余談だが、あの時ヴィエンスと戦った相手は実は学生ではなかったらしく、どこに消えてしまったのかも解らなくなってしまったという。

 夏にはカーネルが独立するとして、カーネル独立を阻止するためにヴァリエイブルが立ち上がったために起きた戦争に、ハリー騎士団は初めて参加することになった。結果としてカーネルの戦力は削ぎ、戦争は終結したが、崇人の心の中には何かがぽっかりと空いてしまった。

 秋には徽章が盗まれる事件があった。生憎崇人は参加していないのだが、赤い翼の残党を騙った『シリーズ』・ハートの女王が犯人であることは、彼もマーズから聞いていた。そこでシリーズ一体を改めて撃破した。

 冬には法王庁の一派が行ったテロを出発点として大きな戦争が開幕した。結果として戦争は和平条約の締結で終了したが、両軍ともに大きな被害を被ったのもまた事実だ。

 そしてもう一つ。記憶に新しい進級試験――アーデルハイトが企てたテロについてだ。彼の目の前で首謀者であるアーデルハイトが死んでしまったのでテロは未遂で済んだのだが、彼の心の中に大きな痼を残してしまうのであった。

 そして、今。

 彼は無事に――ほんとうに無事に進級して、二年生になっている。これはある意味奇跡でもある。だって、彼は三ヶ月近くものあいだ休んでいて、授業にはまったく参加していないのだから。


「ねえ、タカト」


 リモーナは隣に座っている崇人に語りかけた。ちなみに教室を移動することはなく、卒業によって生まれた空き教室に一年生が入る仕組みになっている。

 そして、彼はリモーナのその優しく語りかけた声で我に返った。


「……どうしたの、リモーナ?」


 崇人は答える。


「どうしたの、って。今日から新年度だよ? 新しい人が入るから、私たちにも後輩が出来るってことだよ? それってすごいと思わないかしら」

「思うけど……いやあ、まあ、あまりすごいなあとは思わないというか……」


 そういうことを元の世界で経験している崇人にとってはアタリマエのことである。

 しかしリモーナと崇人の、このイベントにおける比重はまったく違っていた。


「とはいえ……授業で関わることもないわけだし、確実に絡む機会はないだろ。こっちから歩み寄ろうと思わなくちゃ、後輩側から先輩に来るのは珍しいことだしな」

「それもそうね……。先ずは食堂で声をかけてみましょうか?」

「本当にする気なのか、それ?」

「少なくとも、私は本気よ」


 そう言われてもなあ、崇人は思ったがそれは心の中だけに閉じ込めておくことにした。



 ◇◇◇



 食堂。

 食堂は一年生が入っているからかいつもより混んでいた。崇人はいつものようにうどん、リモーナはカレー、ヴィエンスは定食、ケイスは売店で買ってきたパンというそれぞれ違ったメニューを食していた。


「……やっぱ混んでんなあ……。いつもの人たちが入れなくて、並んでるっぽいし」

「しょうがないよな。先ずは食堂を試してみて、それから……ってのはよくある話だ」


 ケイスはパンを頬張りながら、言った。


「まあ、そう簡単にやってくる一年生なんて」


 ――いるわけないもんな、と崇人が言おうとしたちょうどその時だった。


「タカト・オーノさんですかっ?」


 少し上擦った声だったが、基本的に凛々しい声であった。それを聞いて崇人は振り返る。

 そこに立っていたのは少女だった。ジト目という感じだろうか、目は崇人をしっかりと見ていた。ショートカットの髪は元気で明るい人間であることをなんとなく想起させる。そして彼女の笑顔はとても輝いていた。


「……ああ、そうだが」


 崇人は首肯する。それを見た少女はさらに目を輝かせた。


「わあ~! まさか本物にこう簡単に出会えるなんて! 光栄です!」

「……君は、一年生かい?」

「ええ、そうです! 私はシルヴィア・ゴーファンといいます! 起動従士になるために、ここにやってきました!」


 彼女の声は凛々しいものだったが、基本的に明るい声であったのもまた事実だった。トーンが高いからかその声は食堂に響く。即ち、今崇人は――群衆の視線を浴びていたのであった。


「……少し、声のトーンを下げてくれないか。君が喜ぶ気持ちも解らなくはないが、注目を集めると話しづらい」

「あっ……、すいません。以後、気をつけますっ」


 崇人はそう言うが、対してヴィエンスの表情は曇っていた。彼は、シルヴィアの苗字であるゴーファンに気になっていたようだった。


「なあ、ゴーファンってまさか……あの?」


 それを聞いてシルヴィアはヴィエンスの方を向いて頷いた。


「はい、そうです。私はスロバシュ・ゴーファンの娘になります。もっとも、私はその双子の姉……ということになりますが」


 それを聞いてヴィエンスの胸が高鳴った。


「なあ、ケイス。スロバシュ・ゴーファンとはどういう人間だ?」


 ケイスは崇人の質問を聞いて失笑し、肩を竦めた。


「崇人の『世間知らず』もここまで来ると病的だよ。いいかい? スロバシュ・ゴーファンって人は、稀代の起動従士だ。昔、起動従士としてその名前を轟かせた彼は、今のヴァリエイブルをここまで屈強なものにさせたひとりだと言われている。……そんな人さ」

「お父さんはそうでしたけど、私はお父さんに比べれば凡庸な人間ですよ」

「でも聞いた話によれば、今年の入学試験の順位はゴーファン家の二人がトップ2を独占したと聞いたぞ?」


 ケイスの言葉にシルヴィアは首を振った。


「確かにそう言われていますけど、それはそれです。私は努力をしてここまできた……それだけのことですよ」

「それでも、ここまで来れたのはすごいことなんじゃないのか?」


 崇人はうどんを啜りながら言った。

 シルヴィアは「そうですね、そうかもしれません……」と謙虚に答える。


「おー、シルヴィア! こんなところにいたのかー!」


 その甲高い声を聞いて、崇人たちはそちらを見た。

 そこには、その甲高い声にふさわしい小柄の少女が立っていた。黒髪のツインテール。まさに元気の象徴とも言えるような少女だ。

 シルヴィアは彼女の声を聞いて、答える。


「そうよ、メル。今、こちらにいる先輩方と話をしていたの」


 それを聞いて、メルと呼ばれた少女は「ふーん」と言った。

 まるで、そんなことはどうでもいいとでも言いたげに。


「メル……もしかして君がメル・ゴーファンか。シルヴィア・ゴーファンとともにトップを飾ったという」


 ケイスの言葉にメルはえへへといって笑う。照れているらしく、頬は紅潮していた。


「まあ、そんな褒めてもらえるようなことでもないけどなー! 私とシルヴィアなら、そんなのは当然、できるってもんよー!」

「ちょ、ちょっとメル、先輩の前よ。敬語とかきちんとしないと……」

「いや、別に構わないよ。敬語みたいなものはあんまり好かないからね。ほんとは教育上先輩後輩間できちんと敬語なりなんなりを使わないといけないんだろうけど……少なくとも僕の前では構わない」


 その言葉にメルは軽く目を見開いた。怒られてしまう――とでも思ったのだろうか。

 それを見たケイスは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、


「こいつ変わってるだろ。僕も最初に会ったときから変わってるなあ、って思ったよ」


 そう言いながら崇人を指差した。

 対して崇人はそれを見てバツの悪そうな表情を浮かべる。


「俺はそんなに変人めいていたか?」

「初日からずーっと今日までお昼はうどんだけなんだぜ、こいつ」


 それは否定できなかった。崇人は一年の最初から今日という日までずっとうどんしか注文していない。もちろんうどんとはいえ一種類しかないわけではなくきつねうどんにたぬきうどん、カレーうどんにうどんパスタ、さらには牛煮込みうどんなど、うどんにカテゴライズされたメニューを数えるだけでも十種類近くはある。だから、それでローテーションしていけば飽きることはないのかもしれない。だが、一日くらいはそれ以外のメニューを食べてもいいのに、なぜか彼はうどん関連のメニューばかり食べていた。


「別にこれといった理由はないがな……。うどん、美味いじゃんか」


 そう言ってうどんを啜る崇人。


「……すいません、一つお訊ねしたいんですが」


 丁寧な口調で、しかし緊張が含まれているのか若干声に震えが見られたが、しかし噛むことなく発言したシルヴィアに、


「いいよ、僕たちが答えられることなら、なんでも」


 崇人は気安い口調で応じた。


「起動従士と技術士って一緒にやることは出来るんでしょうか? 或いは、技術士になることはこの学校を卒業することで可能なのでしょうか?」


 その質問は別段驚くべき内容ではない。しかし、彼女が有名な起動従士の娘でなかったならば、それは普通の内容として受け取ることができただろう。


「あ、別に私の話じゃないです。どちらかといえばこっちのメルの話です」

「ちょ、ちょっとシルヴィア!」


 メルはシルヴィアにそれを言われることが想定外だったらしく、頬を紅潮させながらシルヴィアの身体をぽかぽか叩いていた。

 シルヴィアはそれがいつものことなのか気にもとめずに崇人たちに返答を求める。


「……俺はあくまでも聞いた話だがな」


 それに答えたのはヴィエンスだった。

 但し書きをして、話を続ける。


「起動従士クラスに入って二年生にもなれば自分でリリーファーをある程度メンテナンスできるくらいにしなくてはいけないという決まりがあるからか、そういう授業がある。具体的にはメンテナンスを自分で行う、ってやつだな。しかし、そこで使われるリリーファーは起動従士用に用いられるリリーファーではなくて、きっとこれから一年生が使う、そして俺たち学生なら全員が使う『訓練用リリーファー』とやらだ。訓練用リリーファーはそういう風の授業があるのを想定しているから、非常にメンテナンスが楽なんだよ。言うならば、基本的なそれしかやらない……って感じかな。だから専門的な知識を学ぶことを期待しているなら、そっち系に鞍替えするのをお勧めするね」

「……出来ないんですよ」


 ヴィエンスの長々とした説明を、メルは一刀両断した。

 メルの話は続く。


「私の父親……が、起動従士になるべきだ、というんです。俺の子供なのだから起動従士にならないといけない! と憤っていて」

「……まあ、世間体ってもんもあるんだろうなあ」


 崇人は元の世界での友人関係について思い出す。久方ぶりに行った中学の同窓会で友人が言っていたのだ。俺の反対を押し切って三流企業に就職しようと考えているだの専門学校へ行くだのそっちの職は斜陽なのに……そんな愚痴ばかり零している親が多かったからだ。崇人は生憎そんなことに無縁な独身貴族だったからか、親の立場になっている元同級生からは皮肉混じりに「結婚なんてこんなのばっかりだぜ?」なんてことを言われるのだ。

 やはり世間体の概念は地球もこの世界も変わらないのだ――なんてことを悠長に考えながら、崇人は最後のうどんを啜り、完食する。


「世間体は親がそういう立場を守りたいんでしょう? 親が『子供もこうならなくちゃ、笑われる』だの、『親戚でこの学校に行けてないのはお前だけ』だのそういう自慢出来ないから、そういうふうに自棄になっているんですよ、きっと。自慢できる材料が見つかれば子供を顧みずああだこうだと言いふらしますがそれがない場合はグチグチと周りの家についていいます。『よそはよそうちはうち』なんて概念はこんな時だけ通用しない。……ほんと、大人って都合のいい生き物ですよ」


 それを聞くと崇人は頭が痛かった。なにせ崇人は、その都合のいい生き物を十五年経験したのだから。


「大人は都合のいい生き物、ねえ。まあ確かにそのとおりではあるが……君たちをそこまで育てた、というのは感謝してもいいんじゃない?」


 言ったのはリモーナだ。

 それもそのとおりだ。彼女たちの言い分はともかく、メルとシルヴィアをここまで育てたのはほかでもない両親である。彼らへ、そういう感謝を通すというのも考えるべきである。


「それはそれです」


 しかし、きっぱりとシルヴィアは返した。


「確かに育ててくれたことは感謝しています。しかし、しかしですよ。それとこれとは話が違うのではないでしょうか? いくら親が優れた起動従士だったからとはいえ、私たち双子の将来をそうと決めるのもおかしな話です。だから、私はメルの将来を尊重してあげたいんです」

「……シルヴィアは起動従士になりたい。それは君自身の考えでいいのかい?」

「ええ。私は父の戦う姿に憧れて、小さい時から起動従士になろうと思っていましたから」


 となると。

 やはり彼女たちの父親が怒っている原因は――メルにあるということだ。

 しかし崇人は考える。

 別に子供の将来は子供が決めれば良いではないか――ということについてだ。子供の将来は親が決める。そんな古風めいた考えがこの時代に通用するとでも思っているのだろうか。まったくもって同意できないのが崇人の考えだった。

 そこで、ふと彼は考えた。


「……そうだ、メル。僕にひとつ考えがある。今日、ある人に、君にメカニック技術を教えてもらえないかどうか聞いてみよう。それでOKが出たら彼女にご指導願うってのはどうか?」


 それを聞いてメルの表情が明るく華やいだ。それはほかの人にあまりかけられない言葉だったのかもしれない。それもそうだろう。彼女たちの父親はあまりにも有名な起動従士だ。そんな存在の意見を無視するような発言は、並みの起動従士ならば不可能だ。

 でも、崇人は違う。一年前にこの世界に来たばかりで常識の殆どを理解しきれていない。だからこんな荒業が可能になるのだ。


「ありがとうございます!」


 そして、喜んでいるのはメルだけではない。シルヴィアもそうだった。

 彼女は崇人の手をとって、握手していた。そしてその腕をぶんぶんと振っていた。


「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます……!!」

「……一応言っておくが、あくまでも聞いてくるだけだからな? OKかどうかは正直な話解らないぞ?」

「いいんです。それを言ってくれる人が現れた……。それだけで私たちはとても、とても嬉しいんですよ……!」

「そうか……。とりあえず聞いておく。明日、また食堂に来れるか?」

「はい」


 シルヴィアは頷く。


「私たちはいつもここで食事を取る予定ですので」


 そうか、と崇人は言った。

 崇人も行動に移らねばならないな、と呟いて立ち上がろうとした。

 ちょうどその時だった。

 食堂の入口に黄色い声援が鳴り響いた。


「……ん?」


 疑問に思った崇人たちがそちらを見る。どうやらひとりの男が食堂に入ってきたようだった。

 ウェーブがかった髪はパーマをかけているのではなく天然なのだろう。細い目は深い海のように青かった。すらりと伸びた身体はスタイルもいい。モデルをしているようにも見える。

 というより、彼女たちが取り巻く男の光景は周りから見れば有名人がやってきたようにしか見えなかった。


「あいつ、もしかして……」


 それに反応したのは、やはりケイスであった。ケイスはその男の顔をじろじろと覗き込むように見ていた。

 その男がやって来てから明らかに表情を変えたのは、何もケイスだけではない。シルヴィアとメルも――どちらかといえば敵意を持った目でその男を睨み付けていた。


「おいおい、どうしたんだ皆?」


 違和に気付いた崇人は再び座り直す。


「あいつの名前はファルバート・ザイデルだよ。彼女たちゴーファン家の双子がトップツーだって話はさっきしただろ?」

「あぁ」

「あいつが三位だよ。しかも、一位から三位までの差は僅か二点。一位から二位の差は一点だ。これが何を意味するか、解るか?」

「……三人はほぼ同程度の実力だってことか」


 正確には同程度の実力だということが『ペーパーテスト』というシステムで証明出来ただけに過ぎない。ペーパーテストというシステムは、ただ単に勉強さえすればそれなりに点数を獲得出来る。極端な話、前日に凡て詰め込みの勉強をする――いわゆる一夜漬けをすれば本来の実力以上の成績が出るなんてのは良くあることだ。

 だから、ペーパーテストは実力をひとつの物差しで測れたように思えるが、そういうことを考慮すれば、そう簡単に測ることが出来ないというわけだ。


「……しかし、どうしてあいつそこまで人気なんだ? 確かに美形なのかもしれないが、今日はまだ初日だろ。殆ど相手のことを知らない状態でああいう感じに黄色い声援を送っているってこと……なら、何だか悲しくなんないか?」

「あいつがただの頭のいい美形ならな」


 崇人の疑問にケイスは含みを持たせた返事をする。


「……それってどういうことだ? まさかここにいるシルヴィアとメルみたく親が有名な起動従士だったりするのか?」

「シルヴィアたちの父親よりは有名ではないかな。はっきりと比べるようで申し訳無いがね」

「ふうん……やっぱり世襲というか、親から子に引き継がれていくものなんだな……」


 崇人は独りごちって今度こそ立ち上がる。それにつられてヴィエンスとリモーナも立った。

 ちょうど、その時だった。


「あなたが、タカト・オーノさんですね」


 ファルバート・ザイデルが崇人の横に立っていた。彼は崇人を見下ろすように、高圧的な態度を露にしていた。

 取り巻きも一緒にファルバートとともについてきていたので、それも合わさって崇人たちの周りにはギャラリーが出来上がっていた。

 溜め息をついて横に首を振るその光景は、正直先輩に取るべき態度には見えない。

 ファルバートの話は続く。


「……もう一度だけ言います。あなたが、タカト・オーノさんで間違いありませんね」

「あぁ」


 高圧的な態度を取っていたファルバートに、少々怒りを募らせていた崇人だったが、敢えてそれを顔に出すことはしない。

 ファルバートはそれを見て、微笑む。


「あなたは最強のリリーファー、『インフィニティ』の起動従士ですよね」


 ゆっくりと崇人の外堀を埋めていく。

 崇人の表情が誰から見ても嫌悪感を露にしつつあった。


「……何が言いたいんだ、さっきから。回りくどい言い方をしないでさっさと本題を言ったらどうだ」

「あぁ、そうですね。苛々しているようですし、ならばさっさと言うべきでしょう。……タカト・オーノ、あなたはインフィニティに乗るべき人間じゃない。乗る資格を持っていないのに『最強』に乗る、紛い物の人間だよ」


 唐突に、告げられた。

 唐突に告げられたからこそ、崇人は何を言われたのか理解出来なかった。

 それを見て、ファルバートは笑みを浮かべる。


「動揺してますね。……どうしてでしょうか? あなたがインフィニティの起動従士として絶対的自信を持っているならばそんなことないはずでしょうに?」

「……おい、おまえ。言っていいことと悪いことがあるぞ!」


 崇人の代わりに答えたのはヴィエンスだった。ヴィエンスの声から、表情から怒りが滲み出てくる。

 対してファルバートは、それを鼻で笑った。


「おやおや、確かあなたはヴィエンスさんではないですか? 同じハリー騎士団で精鋭の中に居ながらも、埋もれてしまって実際には何も出来ないハリー騎士団のお荷物が、僕に何の御用でしょう」

「てめぇ……」


 ヴィエンスは拳を構え、ファルバートに殴りかかった。


「やめろ!」


 しかし、その拳はファルバートの身体に当たることはなかった。すんでのところで崇人がその場を制したからであった。

 崇人は二人を言葉で制したが、続けて何かを言うことはなかった。言えなかったのだ。

 それを見てファルバートは言った。


「今回はこれだけとしましょう。ですがいつか……私はインフィニティを自分のものとする。私こそが、あの『最強』に乗るに相応しい人間なのだから」


 そしてファルバートは踵を返すと、その場から立ち去った。

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