第89話

 次にマーズが意識を取り戻したのは敵のリリーファーと向かい合っているところであった。アレスのコックピットに座っていた彼女は、はじめここは本当に先程までいた場所だったのかと疑うレベルであった。

 そしてそれはほかの人間もそうだった。崇人は彼の目の前でアレスが串刺しにされたのを見たにもかかわらず、気が付けばアレスは敵のリリーファーと対面していて、そんなことがまるでなかったかのように動いていた。


「おい、マーズ。お前確かに刺されたはずじゃあ……」

『ええ。わたしもそうかもしれないと思ったけれど、生き残っているわ。面白いものね』


 マーズはそう言って微笑んだ。それを聞いて崇人は疑問符を浮かべたが、直ぐにそれを流した。

 アレスと敵のリリーファーの間合いはそう簡単に詰めることは出来なかった。マーズからすれば、あの槍がどうすれば向かって来ないかを考えているからであって、また、敵のリリーファーからすれば、確実に絶命せしめたはずなのに何故生きているのか解らなかったことに対する不安だ。両者はそれぞれ不安要素を持っていたからこそ、そう簡単に間合いを詰めることなんて出来ないのだった。

 だが、先に痺れを切らしたのは敵のリリーファーであった。敵のリリーファーは槍で空気を突いて、そのポーズのまま突進する。

 しかしながら、そんな簡単な攻撃を受けるほど彼女の戦歴は短くはない。

 アレスはリリーファーが持っていた槍を掴んで、それごとリリーファーを持ち上げた。それはその戦場にいたどの人間も想定外のことだった。

 だが、一番驚いていたのは他でもない、敵のリリーファーに乗り込んでいる起動従士だ。そして、そのリリーファーは抗うことも出来ないまま、地面に崩れ落ちた。叩き付けられた、といった方が正しいのかもしれない。

 どちらにしろ、敵のリリーファーは地面に大きく叩き付けられたことで、中に入っている起動従士がダメージを受けたのもまた事実だ。リリーファーのコックピットはある程度の揺れならば中和出来るようになっている。しかし、それはある意味諸刃の剣であった。どういうことかといえば、もともと起動従士が受けている衝撃をリリーファーが感知して逆方向に力を加える。その力はほぼ衝撃と等しく出来ているので、見かけ上それを中和したようになる。

 しかし、両方向から力がかかっていることを考えると、その中和という単語が非常に怪しく見えてくるのである。

 例えばの話をしよう。リリーファーが倒れてしまうほどの衝撃を受けたとする。しかしそのリリーファーのコックピットの中では一瞬だけそれを中和しようとする。ただし、これはほんの一瞬の事であって、直ぐに状態が倒れた状態に書き換えられる。

 ――それが意味することは。

 起動従士の気が持たない。そんな結果を導き出すということであった。


「相変わらずというかなんというか……リリーファーには欠陥が多すぎる。そういう機能はさっさと無くしてしまえばいいのに」


 呟いて、マーズはリリーファーコントローラを握る手を弱めた。直ぐにアレスから少し離れたところにいたクラインが火炎放射器を用いて倒したリリーファーの周りを炎で覆った。リリーファーはこんなものでは壊れないがリリーファーの換気機能と起動従士はそんなに頑丈ではない。長く熱に当てていれば蒸し風呂に近い状態となるだろう。

 マーズは小さく溜め息を吐いて、先程のことを思い返した。『帽子屋』と自らを名乗った存在がマーズに埋め込んだとされるバンダースナッチの魂。果たしてそれはどういう意味を担っているというのだろうか。


「んっ……」


 マーズは小さく嗚咽を漏らす。帽子屋とマーズの先程のやり取りを思い出したのだろう。途端に身体が火照り、動悸が激しくなっていく。

 彼女はあの時の苦痛をもはや快楽となっていたのだ。彼女自身は認めたくなかったようだが、身体は正直だったのだ。


『マーズ、大丈夫か?』


 崇人からの通信が入って、マーズは慌てて通信のスイッチを入れる。


「え、ええ……大丈夫。大丈夫よ」

『そうか。ならいい。……ところでこのあとはどうするつもりだ? とりあえずこちら側もリリーファーを排除した』

「あ……え、えーと……これからは殆どがクラインによる出撃に変わるわね。彼らが洞窟に入り、ヘヴンズ・ゲートを発見して正確な位置をこちらに送信する。それを受信した私たちはその上で破壊を行う。たしかそういう流れだったと記憶しているわ」

『どうした、マーズ。本当に大丈夫か?』


 さらに崇人に訊ねられ、マーズは一瞬たじろいだ。


「……ど、どうしてかしら? 私は特に何もおかしなところなんてないはずよ」

『そうか……。そうだよな。すまない、へんなことを聞いてしまって。忘れてくれ』


 崇人はそれだけを言って通信を切った。

 ただ、それだけのことであった。


 

 ◇◇◇


 

 その頃、リーダーであったレナが外れて九人となった『バックアップ』は新たにグランハルトがリーダーに昇格し、リミシアが副リーダーになることで全員が合意していた。


「というわけでリミシア。お前が副リーダーだ。僕が何か間違っているようなことを言っていたら直ぐに意見を述べてくれ。いいな?」

『解りました、リーダー』


 リミシアはそう言って頷いた。

 コックピットに置かれているうさぎのぬいぐるみ、クーチカを抱きながら、彼女は再び頷いた。

 この機会は偶然ではなく、彼女の行いによる必然であると考えていたからだ。リーダーであったレナには悪いと思っているが、それとこれは別である。レナが早く第一起動従士になりたいのと同じように、バックアップのほかの起動従士も第一起動従士になりたいと思っているわけだ。

 そしてそれは役職に就いていればなれる可能性は高まる。だから、彼女は今回の副リーダーという職についてとても喜んでいた。これによって第一起動従士になれる確率が高まったということは彼女の中で大きな自信にも繋がったというわけだ。


「さあ、クーチカ」


 彼女は呟く。すでに通信を切っているため、その独り言がほかの人に聞こえることはない。


「頑張るよ、私。見守っていてね、クーチカ」


 クーチカが頷いたかどうかは、彼女にしか解らないことであった。

 

 

 対して、グランハルトもリミシアに対して一抹の不安を抱えていた。

 別にリミシアが弱いというわけではない。確かにレナに比べればその戦力は劣ってしまうが、だからといってバックアップの中で強い立場に彼女はいるのだ。

 だからそれについては非の打ち所が無い。

 問題は彼女の性格、或いは精神についてだ。彼女が起動従士として優秀であっても第一起動従士になかなかなれないのは、どちらかといえばそういう理由に帰着する。

 リミシアは精神を病んでいた。そして、彼女はいつしかリリーファーを『自分が還るべき場所』であると位置づけ、リリーファーに乗ることを夢見た。

 そしてその目的通り、彼女は起動従士になることが出来た。しかし彼女の精神状態がネックになっていた。それがある限り、極限の状態に置かれている戦場に出すことは出来ない――それが一般兵士たちの所属する軍上層部の意見であった。

 当時の国王であるラグストリアルもそれには逆らうことは出来なかった。彼も心の中では軍を恐れていたのだ。人間だけで構成される、戦場ではちっぽけで弱い軍を恐れていた。確かに戦場ならば弱い存在であるが、平和な都市では軍は大きな脅威へとつながる。リリーファーが充分に出せない都市で、縦横無尽に駆け回ることが出来るのは人間だけだ。

 だからラグストリアルはそれを恐れていて、結果リミシアを第一起動従士に任命することはせず、リリーファーが固定されない『バックアップ』に回されることとなったのだ。

 バックアップに回されたリミシアだったが、意外と彼女はそれに対して嫌悪感を抱くことはなかった。それどころかリリーファーに乗れることばかりを考えていたわけだからひどく喜んでいたに違いなかった。

 しかしながらバックアップはあまりにもリリーファーに乗れる機会が少ないことを思い知らされて、彼女は憤慨する。



 ――私の還りゆく場所へ、どうして戻してくれないのか。



 私はリリーファーに還る。私はリリーファーに還らなくてはならない。それを止める人間は排除せねばならない。

 彼女はそういう考えのもと、リリーファーシミュレートセンターを襲撃しようと考えこともあった。結局は未遂に終わってしまい、拘置所に送られるだけで済んだ。

 しかし、その事件が起きてから彼女に『問題児』のレッテルが貼られるようになるのは、もはやを火を見るより明らかであった。

 そしてリミシアはずっとバックアップで活動を続けていた。彼女に貼られていた問題児というレッテルはいつまでもいつまでも消えることなどなく、彼女が関わりを持つたびにそのレッテルが強調されていくのは確かだった。

 だが、それを誰かが止めることもなかった。グランハルトはそれを目の前で目撃したわけではなかったが、とはいえ自分の意志で止めるべきだろう――そもそもそういう考えをもった人間はバックアップ或いは起動従士にはいないだろうなどと考えていたからだ。だからグランハルトは注意もせず、ただそういうことがあっただけだと思い続けていた。

 しかし、それを許さなかったのはレナだった。彼女は同性だからというのもあるのだろうが、グランハルトをしつこく責め立てた。そしてその行為をしていた人間についても注意をして、結果レナとリミシアはそれから深い仲となっていったのだった。

 それをグランハルトは気に入らなかった。そして、あるときレナに彼は訊ねたのだ。


「なあ、レナ。どうしてあいつをかばう。あいつと一緒にいる。あいつと一緒にいるから、君まで悪者扱いされてしまうときだってあるんだぞ。それでいいのか、君は?」


 その言葉にレナは微笑むと、


「そんなつまらないことか」


 そう言った。

 つまらないこと? グランハルトは考える。自分が言っていることはそれほどまでにつまらないことなのか。それほどまでに面白くないことなのか。

 そう言われても、自分の考えが間違っているなど、自然、考えようとはしない。


「……なあ、グランハルト。あいつはほんとうに悪い人間なんだろうか? 確かにあいつはシミュレートセンターを襲撃しようとしただろう。だが、それは単純な理由で、『リリーファーに乗りたかった』という我々と一緒の単純な理由に過ぎないんじゃないか。それだけを聞いてみればほら、なんとなくでも彼女が悪い人間ではない、って思えてくるはずだ」

「だが……」

「だが、じゃない。そう、なんだよ。何を同じメンバーで潰し合っている? 確かに私だって第一起動従士になりたいさ。でも無駄な争いをする必要があるか? そんな争いをする人間が騎士団でやっていけると思うか? 私は、ノーだ。そんな人間が集団でやっていけるはずがない。有り得ない」


 それもそうであった。彼女の言い分は理が適っている。間違いなどない。

 だが、それでもグランハルトは納得いかない。

 それはきっと、彼女がリミシアに奪われるのを拒んでいたからかもしれない。レナを自分だけのものにしたいのに、リミシアは奪っていく。それをグランハルトは横目で見ていて、意識下で拒んでいた。現実を拒んでいたのだ。

 そして今、リミシアは実質レナの場所を奪ったかたちで副リーダーに所属している。自分が副リーダーでそのまま昇格となって良かった、とそのときグランハルトはほっと溜息を吐いていた。彼からしてみればリミシアが主導権を握るということは自分やレナの居場所を奪ったということに等しいと考えていたからだ。

 第三者から見れば、グランハルトもレナもリミシアも、バックアップの人間凡てのどこかが歪んでいた。

 そしてそれを誰も気がつかない。お互いがお互い狂っているのは解るのかもしれないが、自分が『狂っている』だなんて認識できている人間はそういないだろう。それは別にバックアップに限った話ではない。

 だが、作戦は作戦、私情は私情だ。やはりそういう点は割り切らなくてはならないしそうしないと作戦がうまく進まない。

 だから、彼はそれを飲み込むしかないのだ。

 考えるのはこの作戦が終わってからでいい。この作戦が終わってから、それからレナと話し合うのもいい。そうだ、レナと一緒に過ごすのもいいだろう。それもいい。

 グランハルトはそんなことを考えると、俄然やる気が出てきた。

 彼らの目的地、自由都市ユースティティアは目の前に迫っていた。

 

 

 自由都市ユースティティア。

 法王庁自治領のクローツ大陸部分、その大体真ん中付近にあるのがユースティティアである。円形に壁が作られており、その街に入るのは自由である。どんな人間でもそこに入ることが出来、どんな人間でも住むことができる。

 人間からすれば究極の都市。

 それが自由都市ユースティティアであった。

 その場所をリリーファーに乗って、バックアップの彼らは見下ろしていた。もう時間は夕方になっており、明かりがちらほらと点いていた。

 きっとそこでは家族の団欒もあるのだろう。楽しい会話があるのだろう。人々の笑顔があるのだろう。嬉しい世界が、平和な世界が、自由な世界があるのだろう。

 それを見下ろしていたリリーファーは、たじろいだ。ほんとうにその作戦を実行すべきかどうかということもあるが、それが成功するのかどうかということだ。これを行うまでに殆ど敵に会うことのなかった。せいぜい最初の敵だけだ。それ以外に会うことはなかったのは、果たして奇跡なのか相手の作戦なのか。もし後者ならばバックアップの面々はまんまとそれに引っかかってしまったことになる。

 だが、グランハルトはそれを実行せねばならなかった。作戦を遂行せねばならなかった。例え結果が失敗だろうが成功だろうが、作戦を遂行しなければそのいずれも与えられることはない。

 ならば、やらねばならない。

 そう、グランハルトは決意して――ムラサメのコックピットにあるキーボードにコマンドを入力した。

 充電を含め、ものの数秒で自由都市ユースティティアへコイルガンにより弾丸が射出された。

 

 

 ユースティティアのとある家庭ではちょうど夕食の準備をしていた。今日のメニューはビーフシチューである。だからこの家庭の母親はシチューを息子や父親に食べさせてあげようと昼からずっと煮込んでいた。美味しいエキスを含んだシチューだ。そのシチューは彼女の息子の大好物であり、先程今日のメニューを聞いたときとても喜んでいた。作っている方も精が出るというものである。

 

 

 また、別の家庭では父親が息子に向けて絵本を読んでいた。いつも仕事で遊ぶことができないからかたまの休日は遊んでいるのだろう。ともかく、子供はとても楽しんでいた。もうこの絵本は何度も母親から読み聞かせられただろうに、彼はそれを表情にも言葉にも出すことなく聞いていた。それほど父親と遊ぶのを楽しみにしていたのだ。この時間を楽しみにしていて、かけがえのないものだと思っていたのだ。それは父親だって同じに違いない。

 

 

 また、別の家庭では母親が息子と会話をしていた。彼女の息子が話す内容といえば大体ラジオか或いは放送塔から流れる公共放送で流れた解らないことを彼女に質問するといった感じだった。


「ねえおかあさん、『せんそう』ってなあに?」

「戦争……難しい単語を知っているのね」

「ラジオで言ってた!」


 息子の言葉を聞いて、母親は頭を撫でる。


「戦争ってね、とっても怖いんだよ。人がいっぱい死んじゃって、誰かが勝つまで続くのよ」

「こわいね」

「怖いよー? けれど、ここまで戦場になったりすることはないよ。戦火が広がることもない、って広報は言っていたし。だから安心していいんだ」


 その言葉を聞いて、彼は母親の膝の上に寝転がった。

 

 

 どこにでもある平凡な日常の凡て。

 どこにでもあるような世界。

 平和な世界。

 それを、一発の弾丸が、完膚なきまでに破壊した。

 コイルガンにより射出された弾丸は大量のエネルギーを持っている。エネルギー、或いは運動量は物体の速度に依存するのだから、当然のことだといえるだろう。

 そしてそのエネルギーを持った弾丸はユースティティアのとある住宅地へと落下し、凡てを破壊しつくした。


「続け!」


 グランハルトの声に従って、バックアップが総員コイルガンを起動し、弾丸を射出する。そしてそれはユースティティアの様々な場所へと落下し、そこを破壊していった。

 二次災害かは解らないが火事も発生していた。その炎も相俟ってユースティティアは燦々と輝いていた。

 破壊、炎上していくユースティティアの町並み。

 それをものともせず、中央のクリスタルタワーは聳え立っていた。


「あれが法王庁の中心部か……。次はあれ目掛けて攻撃を行う! 一斉射撃、用意!」


 再び、バックアップの乗るリリーファーがコイルガンにエネルギーを充電し始める。

 そして。


「発射ぁっ!!」


 刹那、バックアップの乗っているリリーファー全九機が一斉に射撃を開始した。その目標は、法王庁の本拠地――クリスタルタワーだ。



 ◇◇◇



 クリスタルタワー内部にある地下牢でも慌ただしい空気は感じ取れていた。

 他国の起動従士には人権が適用されない。裏を返せばどんな拷問をしたとしても国際的に処罰されることはないということだ。

 彼女、フレイヤ・アンダーバードもそれを実行されたらしく、身体のあちらこちらがボロボロだった。拷問の種類はあまりにも多く、彼女の精神が幾らか磨り減ってしまうくらいだった。

 それでも、見回りにやって来る人間たちの会話から入ってきた、その『情報』は直ぐに理解出来た。



 ――ヴァリエイブルがユースティティアに攻め入っているらしい。



 あの時の会話では冗談めいた口調だったが、この慌ただしさからするとそれは真実なのだろう。そう彼女は思っていた。


「だとしたら逃げられる機会は今まで以上に大分増えるはず……。どうにかして外の様子を探らなくちゃ」

「おい」


 フレイヤの呟きを遮るように男の声が聞こえた。

 振り返ると柵の向こうに男が立っていた。服の感じからして、神父だろうか。

 神父は鍵を持っていて、それをこちら側にいるフレイヤに差し出そうとしていた。


「……どういう風の吹き回し?」

「これは私が独自にやっている迄に過ぎない。あくまで個人の行動だ。だがこれに関してはきっと、私以外にも賛同してくれる人間は居るはずだ」

「御託はどうでもいい。つまり……逃がしてくれるという考えでいいのか?」


 男は頷く。

 それを聞いてフレイヤはその鍵を手に取った。


「だが、これがバレたら大変ではないのか」


 手錠の鍵をはずしながらフレイヤは言った。

 神父と思われる男は首を振った。


「まぁ死罪は免れないだろうな。敵国の奴隷を逃がしたことになるのだから」

「ならばなぜ、私を逃がそうとする。お前にとって何の利益もないはずよ」

「起動従士には人権がないと国際法で決まっていること自体がおかしいし、そもそもそれに何の違和も抱かない……そっちの方が私にとってはおかしいはずだと思ったからだ。私たちは神の言葉を代弁し、神の加護を受けている。だが、どうして我々は同じ人間から権利を奪い、貶していくのだろうか? それを理解しろだのそれが世界の決まりだのと言いくるめてしまうほうがおかしい。私はそう思った」

「……要するにカミサマに一番近い立場にいる自分達がそんな低俗な行為なんてしちゃいけない、ってわけね。なにそれ、カミサマの下では人間皆平等であるとでも言いたいわけ?」

「非常に勝手なことであるということは私が充分理解している。だから……償いたいのだ。今からでは、遅いかもしれないが……。だとしても私は償わなくてはならない。償わないといけないのだ……!」


 ガチャリ、と音が鳴った。

 それを聞いて男は顔を上げる。

 フレイヤ・アンダーバードは立っていた。ただ壁を見つめて、何か精神統一しているようにも思えた。

 フレイヤは男の方に顔を向けて言った。


「御託ははっきり言って酷いものだったし曖昧過ぎる。あと私があなたを完全に信じるには唐突過ぎる。……だが、どんな理由であれ真実を追い求めようとすることはいいことよ」


 フレイヤは柵の前に立った。それを見て男は鍵を開けた。

 男の隣に立ったフレイヤは、男の顔を見つめた。


「あなたはどうするつもり? このままだと処罰されるのを待つだけになるけど」

「それも構わない。私はそう思っている」

「あら、そう……。もしあれだったら私に付いてこないかしら、とでも言おうと思ったのだけど。どちらにしろこれをした時点で法王庁にあなたの居場所は無くなってしまった。ならば私と一緒に来て、ヴァリエイブルの一員になるのも一興だとは思わない?」


 男はフレイヤから言われた突然の提案に耳を疑ったが、直ぐに彼は頷いた。


「成立ね。それなら私はあなたを安全にヴァリエイブルに届けると約束するわ」


 そう言ってフレイヤは右手を差し出した。対して、男も右手を出して固い握手を交わした。


「そういえば……あなた名前は何て言うのかしら」

「名前?」

「いつまでも代名詞で呼ぶのも酔狂でいいかもしれないが……自然に考えて名前で呼んだほうがいいでしょう? 別にいやならそれで構わないけど」

「アルジャーノンだ。アルジャーノン・ブラッドレット」


 そう言ったアルジャーノンに、フレイヤは微笑み、頷いた。


「解ったわ、よろしくねアルジャーノン。私の名前は……もしかしたら知っているかもしれないが、一応。フレイヤ・アンダーバードだ」

「あぁ、よろしくフレイヤ」


 そしてアルジャーノンとフレイヤはフレイヤが収容されていた地下牢を後にした。

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