第50話
その頃、ヴァリエイブルのリリーファー基地。
「総員、コックピットに乗り込んだわね」
マーズが『アレス』のコックピット内部でそう告げた。
今、ハリー騎士団の面々は全員がリリーファーに乗り込んでいる。マーズはアレス、コルネリアはアクアブルーニュンパイ、ヴィエンスがグリーングリーンニュンパイ、そして、エルフィーとマグラスはアシュヴィンに乗り込んでいた。
『了解』
『了解』
『了解』
『了解』
それぞれが同時にそう言った。
もう彼らを止める術などない。
強いて言うならば――同じ条件に揃うことがあれば、出来る話だ。
「以後、私のことは『サブリーダー』と呼べ! そして、これから作戦を発表する。これから、ペルセポネと戦闘を行っているインフィニティを止める! レーダーが、他のリリーファーを捉えているため、もしかしたらカーネルからのリリーファーによる攻撃もあるだろう。なので、私とコルネリアはインフィニティとペルセポネの戦闘に介入し、ヴィエンスとエルフィー、マグラスはカーネルからのリリーファーの攻撃に備えること、以上!」
それを言った直後、ハリー騎士団はリリーファー基地から出発した。
◇◇◇
そして、また別のところにて。
出撃した魔法剣士団が乗り込んだムラサメはカーネルの南にある街エル・ポーネへとたどり着いていた。
「ここからも見えるように、インフィニティとペルセポネがいる」
エレンはそう呟いた。
『エレン、これからどうするつもり?』
「命令通り、インフィニティを倒す。だが……その前にあれが邪魔だな」
『ペルセポネ、か。ペイパス王国の持つ、リリーファー。しかし、ラトロ開発ということもあるが、型遅れのリリーファーだった。エレン、あなたなら一人で倒せるんじゃあないかしら?』
「そうね。だけど、私は出来ることならインフィニティと戦ってしまいたいところね」
『あなたはそう言うと思っていたわ。……それじゃあ、インフィニティはエレン、あなたの方に譲るわ』
「ありがとう、エルナ。それじゃあ、あなたたちはペルセポネを?」
『そういうことになるわね。……恐らくそれ以上の敵が出てくると思うけれど』
それを聞いて、エレンは考えることもなく答えを出した。
「……ハリー騎士団ね」
『ええ。彼らも「インフィニティ」の勝手に始めた戦闘に対して好ましく思っていないはず。だから、私たちはそのハリー騎士団の攻撃も受ける。まあ、私たちに敵うとは到底思えないけれど』
「その慢心が、油断を引き起こす……よく解る話でしょう?」
『ええ。解っているわ。……あなたも、慢心をしないことね』
そして、会話は終了した。
その時だった。
エレンはあるものを感じた。
大地そのものが揺れる、その振動を。
「総員、退避!! 避けろ!!」
彼女の身体は、無意識に震えていた。武者震いだ。彼女は気付かないうちに恐れ戦いていたのかもしれなかった。
『……何だ、エレン。そんなに慌てて……』
「いいから避けろ、来るぞ!!」
そして。
そしてそしてそして。
彼女たち、魔法剣士団のリリーファーに強烈な熱線が命中した。
その熱線は、あまりにも強烈であまりにも高熱であまりにも衝撃的だった。
インフィニティが規格外の強さであるということは、魔法剣士団の面々には周知の事実であったが、これほどまでに圧倒的な強さを誇るとは、誰しもが予想出来なかった。
「何……だっ、これは!!」
エレンはコックピットでキーボードを拳で思い切り叩いた。そのようなもので壊れることはなく、虚しくその音だけがコックピットで響いた。
「エルナ、応答しろ!」
しかし、返事はない。
辺りを見渡すが、彼女が乗るムラサメ以外の姿は見られない。
あまりの高熱で蒸発してしまったというのだろうか。
有り得ない有り得ない有り得ない。
そんなことは断じて有り得ない。
そんなことがあってたまるものか。
「おい……おい! アンドレア! バルバラ! エラ! エリーゼ! バルバラ! ドロテーア! ドーリス! フローラ! エルヴィーラ! イーリス! イザベラ! イルマ! ハンネ! ……誰でもいい、応答しろ!!」
しかし。
その通信に答える者など、誰もいなかった。
「どういうことだ……インフィニティは……それほどまでに強いというのか……?!」
エレンは先程までエルナと通信していたことを思い出す。
もっと早く、自分が気付けていれば――魔法剣士団へのダメージを減らせたのかもしれない。
しかし、結果は最悪のものとなった。エレン一人を残して、魔法剣士団は壊滅してしまった。
「なぜだ……なぜなんだよ……!!」
彼女たちは『最強』の存在だ。
しかしながら、彼女たちは本物の最強を知らなかった――だから負けた。
それだけのことだった。
その頃、漸く戦場に辿り着いたマーズ率いるハリー騎士団は、その変わり果てた光景に呆然としていた。
今まであったはずの瓦礫、人の死骸、廃墟が熱で溶かされ、ごちゃ混ぜになっていた。
「これを……《インフィニティ》一機が行ったというのか!」
マーズはその悲惨な状況を、あまりにも悲惨な状況を嘆いた。
インフィニティは自分達が想像している以上に規格を外れているものだと、改めて思い知らされた。
インフィニティは、もはや人間が扱うことすら許されないものなのではないか。
あのままでは、タカトがおかしくなってしまうのではないか。
マーズはそれをずっと考えていた。
「インフィニティは、あまりにも強いリリーファーだった。だから『最終兵器』と呼ばれる程の強さを誇っていた。……だから封印されていた、ということね……」
『インフィニティというのは、そこまで恐れられていた存在だったんですか』
コルネリアが訊ねる。
マーズは頷いて、それに答えた。
「インフィニティはそもそも『操れる人間』が今までいなかったのよ。そして、姿を現した、唯一の操作出来る人間……それがタカトだったの」
インフィニティは、操縦する人間を選ぶという。
どうしてかは解らないが、インフィニティを見つけた科学者がいざコックピットを見て、操縦を試みようとしたとき、異変が起きた。
リリーファーコントローラーが存在しないのだ。
いや、普通に操作する手段はあるが、それではあまりにも足らなすぎる。
操縦するための補佐となる何かが足りないのだ。
そして、その手段だけではインフィニティを起動することができないのであった。
ならば、どうすればいいのか?
科学者は手段を考えた。方法を考えた。作戦を立てた。
それでも。
インフィニティを起動させる方法は見つからなかった。
最強のリリーファーであるインフィニティを起動することさえ出来れば、それは国の大きな戦力となる。
しかしながら、それを起動する方法が見つからなかった――ならば、それを封印するほかなかった。
いつか、インフィニティを起動させることの出来る人間が現れることを信じて。
「……さて、どうしたものか」
マーズは改めて正面を見る。
インフィニティが放った何かは、あまりにも衝撃的なものだった。掠っただけでも致命傷は避けられない。ならば、それには絶対に当たらない――そうした方がいいだろう。
ならば、遠距離での戦闘ではなく、近接攻撃をした方がいいという結論に至るのは当然のことだ。近接攻撃にすれば、インフィニティが放った彷徨(と思われる何か)は使えない。もし使えばインフィニティの躯体そのものにも影響が出てしまうからだ。
「もちろん、タカトがそこまで考えられるだけの余裕があれば……の話だけれど」
マーズはぽつり呟く。しかしその言葉はほかのメンバーに聞こえることはなかった。
◇◇◇
そのころ。
崇人はインフィニティの中で苦しんでいた。
エスティを殺したのは自分だ。
エル・ポーネがこんな惨状になってしまったのも、自分のせいだ。
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、自分のせいだ。
自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ――!
「あああああああああ――――っ!!」
崇人は頭を抱える。
もう彼にまともな思考など、できるわけもなかった。
気が付けば、コックピットの周りには深い闇に囲まれていた。
「ああああああ、ああああああ!!」
崇人は頭を振る。頭を振る。
少しでも、自分の頭の中で聞こえる『声』を無視したいから。
少しでも、楽になれると思ったから。
「ああああああああ、あああああああ!! うるさいうるさい!! 俺は悪くない!! 悪くないんだ!! エスティが死んだのも! エル・ポーネが滅んだのも!!」
『ほんとうに?』
『ほんとうなの?』
『ほんとうにそうだといえるの?』
崇人の頭に、そんな声が谺する。
その声は、聞いたこともないのに、エル・ポーネの住民の声にも聞こえた。
そして。
『ねえ……タカト?』
彼の目の前に、血まみれのエスティが姿を現した。
それが幻覚だということに――崇人は気付く由もなかった。
「あ、ああ……」
崇人はゆっくりと、ゆっくりと顔を上げ、そのエスティの顔へと手を差し伸べる。
しかし、エスティの顔は徐々に青ざめていき、彼女の目から赤い血のような涙が流れる。
『どうして、私を助けてくれなかったの? 私、「助けて」って言ったよね? 私、あなたに助けて欲しくて、ダメな時でも、たとえダメでも、来て欲しかったのに。ねえ?』
それが嘘だというのに。
それが事実とは違う――彼自身がつくりあげたまやかしであるというのに。
それでも崇人はそれを信じてしまう。
それを疑う余裕などない。
彼の指に、エスティの目から流れる血の涙が滴る。それは指から腕へ、腕から肩へ、そして身体へ、崇人自身の身体を濡らしていく。
「あああ、あああああああ……」
崇人はそれを見て、目を背けたくなった。
そして、彼は手で目を覆った。
手はもう血で赤く染まっていた。そしてそれを顔に当てたことで、彼の顔も赤く染まっていく。
それを見て、エスティは笑っていた。
彼の目の前にいるエスティは、笑っていた。
『うふふ……うふふふふ。ねえ、タカト? どうして私は死ぬことになったのかな? どうしてリリーファーに踏み潰されるような、そんな惨たらしい死を遂げなくちゃいけなかったのかな。ねえ? 解らないよ、タカト……』
エスティの手が崇人の顔に触れる。
それは恐ろしいほどに冷たかった。
「え、エスティ…………」
『ねえ、タカト。どうしてだと思う? どうして私が死んで、あなたが生き残ったんだと思う? 私には、まったく解らないんだ』
そんなことは崇人にだって解るわけがない。
だがそれを答えることはなかった。
『ねえタカト』
エスティは告げる。
『どうして……あなたはそう感情に身を任せていられないの? 私だったら、もし私がタカトと同じ状況だったなら、私は感情に身をゆだね、そりゃあもうとんでもないことになっちゃいそうだよ』
「…………」
もう崇人は答えない。
もう崇人が質問に、言葉に、返す余裕もない。
『ねえ、タカト』
にもかかわらず、エスティは話を続ける。
冷酷な一言を、突きつけるために。
『――あなたはどうして生きているの?』
その言葉は、崇人の精神を瓦解させるには――あまりにも大きすぎる一言だった。
◇◇◇
「とうとうやりやがった! 充分過ぎる結果だ!」
白い部屋。帽子屋はそう言って高笑いした。手を叩き、この結果をとても喜んでいた。
「帽子屋……あなた、何をしたの?」
今までの光景をモニタリングしていた『シリーズ』の誰しもがそれに疑問を抱いた。
――いったい帽子屋は何をしたというのだろうか?
その言葉について。
最初に訊ねたのは、バンダースナッチだった。
帽子屋はそれを聞いて、鼻を鳴らすと、
「簡単なことさ。彼の心を揺さぶった。あとは勝手にエスティの魂がなんだのどうだのと……馬鹿だ、ほんとうに人間というのは馬鹿者だよ! たかがそれだけで、友人から『なぜあなたは生きているの?』などと聞かれるのだからな!」
「それじゃああれは凡て……」
「そうだ。タカト・オーノが自作自演しているのだよ。だが、その自作自演という事実は本人にすら気付いていないがね。だから勝手に傷つく! 勝手に精神を瓦解させていく! 勝手に自滅していく! 勝手に……僕の思うがままの方向へと進んでいく! これ以上に素晴らしいことが、果たしてあるだろうか!」
「あなた……ほんとうに最低ね」
バンダースナッチはそう言ったが、しかし帽子屋はそれについてただ笑うだけだった。まるで、自分が考えたことに失敗などない――そう言いたげだった。
「最低だとか最高だとか、決めるのは人それぞれが持つ基準によるものだ。だってそうだろう? 君が『最低』だと思ったから僕を最低と罵った。別に構わないよ、そんなことは……。何れ、そんなことなんて考えなくていい、そんな時代が来るのだから」
「そんな……時代? あなたはいったい、何を計画しているというの?」
バンダースナッチがさらに訊ねようとしたが、帽子屋は唇に指を当てて、小さく微笑んだ。
「あとは、また別の機会だ。今はこれまでしか教えられないが、何れ全員に『インフィニティ計画』の全容を伝える時が来るだろう。その時が来るのは……そう遠くないだろうね」
そう言って。
何かを確信したように、帽子屋は口を綻ばせた。
◇◇◇
血が噴いた。
頑丈と思えたインフィニティの躯体だが、しかしそれを操縦する起動従士の身体は頑丈とはいえない。
インフィニティの欠点の一つでもあるが、しかしそれは立派な特徴とも呼べる。
インフィニティは、全力を出せない。
インフィニティは高い戦闘能力を誇っているのは最高の性能があるゆえの話である。
しかし、その最高の性能をフル活用しようと思うと、それに起動従士の身体が耐えきれないのだ。
起動従士の身体が弱いから、インフィニティは全力を出せない――話だけを聞けば、滑稽な話である。
しかしながら、それが滑稽であると思いたくないのが、一人残された魔法剣士団のリーダー、エレンだった。
彼女は今、震えていた。その姿は、あまりにも惨めだ。無惨だ。だが、それを咎める者など、今は居ない。
「……なんだ、なんだ、なんだというのだ、あれは!」
エレンは震える身体を抑えながら、それを見る。
そこには、インフィニティが居た。
しかし、その姿は大きく変わっていた。
巨大だった銀の躯体はどこかスマートになって、カラーリングも青になっていた。また、ボディラインも人間らしいものとなっていた。
腰を曲げ、犬歯を見せ唸り声を上げるそれは、まるで獣そのものだった。
グルル……と唸るインフィニティを見て、エレンは恐怖よりも疑問が浮かんだ。
――あれは本当にリリーファーなのか?
リリーファーはロボットである、というのが科学者たちの見解、そして起動従士たちが知っている常識である。
しかしながら、あのインフィニティの姿を見れば、それが明らかに違うことが解る。
ならば、インフィニティはリリーファーではない、ほかの存在なのだろうか? そうだとしたら、あれはいったいなんだというのか?
リリーファーでないのならば――何か別の定義があるはずだ。
インフィニティは――リリーファーなのか?
エレンはそんな考えを巡らせたままで、その場から動くことはなかった。動揺こそしていたが、先ずは相手の力を見定める必要があるからだ。
しかしながら。
彼女は油断していた。
そしてその状況を嘗めていた。
インフィニティという存在は、常に人間の考えを上回る、恐ろしいリリーファーであるということを。
◇◇◇
「インフィニティ・シュルト。それがあれの名前だ」
帽子屋がそう言うと、ハンプティ・ダンプティは首を傾げる。
「シュルト……どこかの言葉で『罪』だったかな」
「そうだ。責任とも、罪とも言う。このフォルムにはとても似合った名前だと思うよ」
「シュルト、ねえ。……これがあなたの考えていた計画の一つ?」
「一つではあるね。完全体ではない。だが、だいぶ進んだのも事実だ」
帽子屋はそう言って言葉を濁した。
「……君はまだ何かを隠しているようだね、帽子屋」
「ん、そうかな?」
ハンプティ・ダンプティからの言葉をさらりと流した帽子屋は、モニターを指差す。
「さあ……クライマックスだよ。このカーネルの話も、ね」
そして彼らは再び、モニターに集中した。
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