第42話
エレン・トルスティソンはあるものを見上げていた。
それはリリーファーだった。
リリーファーの躯体は黒く、それは最高技術を持ったリリーファー――『第五世代』であった。
カーネルが開発した最先端技術を兼ね備えたリリーファー。
それが彼女のリリーファー『ムラサメ00』であった。
ムラサメは最高のリリーファーだ。この世界でこのリリーファーを倒すことが出来るリリーファーはたった一台しかいないだろう。
インフィニティ。
インフィニティは最強のリリーファーだと言われている。
最高のリリーファーと最強のリリーファー。
それらが戦うことで、何が生み出されるのか。
それは未知数だ。そもそも戦いに予測など通用しない。時に科学者が『戦闘の予測』を行うことがあるが、こんなことこそが愚かだった。
そんなことが成り立つわけでもなく、そもそもそんなことは気まぐれが重なったことで結果が生まれるのだから、予測という冷徹な宣言が成り立つはずもない。
「……インフィニティと戦って勝つ可能性、〇.七パーセント……」
エレンはスマートフォン端末の画面に浮かび上がる文字を無機質に読み上げた。
まったく、何の感情も抱かずに。
「リリーファー同士の戦闘が予測によって成り立つわけではない。それは確かにそのとおりだろうな」
声が聞こえ、振り返るとそこには黒いローブを着た銀髪の少女が居た。
「……あれ? マキナの方に行ってたんじゃあ?」
「マキナは凡て完璧に進めている。このままならば今日中にも終わるだろうよ」
「そうだね。……噂だと反政府派組織『シュヴァルツ』が明日にもデモを働くらしいし」
エレンが呟くと、少女はニヤリと微笑む。
「なあに……まだ終わっちゃいない。どうせ『あちら側』もそのデモに会わせて行動を開始するのだろう。それにヴァリエイブル連合王国の人間も、凡てまとめてムラサメが、|魔法剣士団(マジックフェンサーズ)が破壊すればいい。そうすれば世界はカーネルのモノになる」
「でもさあ……科学者の方が言ってたよ。『巻き込んですまない』って」
「あなたは人を殺して辛いと思う? なんの理由もなく人を殺して、悲しいと思う?」
「そんなこと思っていたらこんなところには居ないよ」
少女の問いに、エレンは答える。
それを聞いて、少女は高らかに笑った。
「いい、いいね! エレン! それだからこそ、僕は君に『魔法剣士団』のリーダーを任せたんだ。アンドレア、バルバラ、エラ、エリーゼ、バルバラ、ドロテーア、ドーリス、エルナ、フローラ、エルヴィーラ、イーリス、イザベラ、イルマ、ハンネ……どれも僕が直々に鍛えた人間ばかりだ。だけど、君は! 最高だよ……。それでこそ、僕が認めた存在だ」
「インフィニティとの戦闘は、本当に面白いものになるんだろうね」
エレンの問いに、少女は目を閉じて頷く。
「ああ、君が心配せずとも問題はない。インフィニティは最強のリリーファーだ。そして君はそれを倒すためのアンチテーゼだ。同じ黒い躯体のリリーファーだが、性能はムラサメの方が高い。それは間違いない」
「互角ではなく、圧倒的に?」
「それは君次第だ。君がどれほどムラサメの力を引き出せるかによるよ」
それを聞いて、エレンは小さく頷き、目の前にある階段を上っていく。階段はムラサメのコックピットへと伸びていた。
「コックピットに乗っても?」
「構わないよ。君のリリーファーだからね」
そう答えて、少女は踵を返し、その場をあとにした。
エレンはコックピットに乗り込むと、背凭れに体重をかけ、顔を赤らめた。
これから始まるのは、歴史的に重要なターニングポイントとなる戦争だ。
いや、既にその戦争は始まっていた。
どっちに転がっても、世界は大きく動き出す。
その運命を握っているのは――崇人が起動従士のリリーファーであるインフィニティと、エレン率いる『魔法剣士団』が起動従士のリリーファーであるムラサメだけだ。
マーズたちはカーネル中央部にあるリリーファー起動従士訓練学校、その校門前に来ていた。
真ん中には高い尖塔が立っており、その重々しさは見るもの凡てを圧倒させた。
尖塔の頂点を見ながら、マーズは舌打ちする。
「まるで悪魔が住んでいそうなくらい、物々しいわね」
「ヴァリエイブルは……これほど迄に大きな建物は建てませんものね」
「飛行機を飛ばすためにはどうしてもそうせざるを得ないのよ。それがどうしても無理な場合は合図を送って回避を促す。それくらいはしなくては大惨事になりかねない」
ヴァリエイブルでは航空法というものが定められている。軍事に重きを置いているから――というわけではない。寧ろその逆の発想で、商業用の飛行機についての法律だ。
その法律は建物の高さについても言及しており、一部の建物を除いて建物の高さは十五メートルまでという風に規制されている。
それについては王国の許可を得て航空灯を頂点につければ問題はないのだが、そう簡単にはうまくいかない。また、うまくいってもある建物の高さを超える建物を建築するのは難しい。
それは、城である。
王国にとって城は権力の象徴である。そんな場所の高さを超すような建物をそう簡単に国が認める訳もなく、結果として殆どの建物が城より低い建物となっている。
しかし、ここは違う。
王政が敷かれていない、別の国と化した機械都市カーネルという場所。
その場所では、ヴァリエイブルのようなことが通用する訳もなく、カーネル独自のシステムが構築されている。そのシステムはあまりにも未来志向だった。
「ここの政府機能を持つのって、何処だったかな。確かカーネルには支所があったはずなんだけれど、まぁこれよりは高くはない」
マーズが歌うように言うと、後ろにいたマグラス――ではなくリボンを付けていたからエルフィーだ――が続けた。
「高い建物を造って権力を高く見せたいのでしょうか……?」
「まぁ、お偉いさんの考えはよく解らないよね。たまに私だって『あれ』の考えていることが解らなくなるからね……」
マーズの言う『あれ』とはヴァリエイブル連合王国の国王、ラグストリアル・リグレーの事だが、彼女がそれには気付かなかった。
改めてマーズは、天に突き刺すように建つ尖塔を見上げる。そのおどろおどろしさに思わず身を竦めてしまいそうになったが、周りにはハリー騎士団の|部下(メンバー)がいる。そう簡単に弱みを見せてなどいけない――彼女はそう思うと、一歩前に踏み出した。
作戦の概要としては、非常に簡単だ。裏門から潜入し、クラスに居る学生を尽く殺していく。
容赦はいらない。情けなどいらない。
そんなものをかければ、やられるのはマーズたちだからだ。
生きるため、勝つための最善の選択肢――それこそが『未来の可能性を潰すこと』、それ以外に他ならない。
「……改めて作戦の概要を説明していくわね。ハリー騎士団はこれから裏口から潜入する。そして速やかに教室を占拠。学生を有無を言わさず射殺していく。銃弾のストックは充分にあるな? そうでないと作戦は実施出来ないぞ」
マーズがハリー騎士団の面々に告げる。彼らは一瞬腰に携えてある拳銃を一目見て小さく頷いた。
それを見て、全員が頷いたのを確認してマーズも大きく頷いた。
裏口には鍵がかかっていなかった。はじめマーズは罠かと思ったが――直ぐにその可能性を否定し、団員達に入るよう指示した。
裏口から入るとその恐ろしい程の静けさにマーズは目を疑った。どうしてこれほどまでに静かなのか、それを呟いたが誰もそれについて知る由もなく、ただその声だけが廊下に虚しく響いた。
一階、二階、三階、四階……その何れもの教室を巡ったが誰も居なかった。
「まさか、私たちの行動が誰かにバレていたなんてことは?」
「そんなことは有り得ないわ。……たぶん」
否定したくても、現実は容赦なく彼女たちに突き付けられる。
もしかしたら、敵に筒抜けだったのだろうか? マーズはふとそんなことを考えたがその迷いを振り切ってまた歩を進める。
そして、ついに彼女たちは最後の部屋に到達した。
リリーファー保管庫。そう書かれた場所には多数のリリーファーが保管されている……らしい。断定的な言い方となっていない訳はそれが変わってしまっている可能性を考慮に入れていないためである。
カーネルが『独立』を宣言してそう時間は経っていないが、幾らなんでもその行動がノープランによるものとは考えにくい。ともなれば、随分と前から作戦を組み立てていたはずである。
「開けるぞ」
呟き、マーズはドアノブに手を伸ばす。その手には汗をかいていた。緊張していたのだ。
このカーネルにある訓練学校が、幾ら新しく出来た場所だからとはいえ、つい昨日にでも突如として完成した訳ではない。
この学校、ひいてはこの校舎が完成したのは今から十五年前になる。尤も、そのうち十三年間(即ち、二年前まで)はヴァリエイブル連合王国の訓練学校の分校という立ち位置であったのだが。
マーズは起動従士になってから、一度この学校に訪れたことがある。
だからこそ、この学校の仕組みについてはこの中では一番知っていた。
この中にはリリーファーがある。それも、分校とは思えぬほど大量に。
はじめは『カーネルで開発した不良品』ということで大量にあるのだという学校の人間の言葉を鵜呑みにしていたが、今思えばこのためだったのではないかとマーズは考え、舌打ちする。
そして――マーズはゆっくりと扉を開けた。
その光景に思わず彼女たちは息を飲んだ。
そこに広がっていたのは、大量のリリーファーが一列に並べられている光景だった。
そのリリーファーは、どれも同じリリーファーだった。そのリリーファーの名前はムラサメというのだが、今の彼女たちがそれを知る由もない。
「カーネルめ……とんでもないのを作っていたようね」
「あら? とんでもないとはどう言う意味かしら」
そんな声が聞こえて、マーズはその声がした方を向いた。
そこにはひとりの少女が立っていた。
黒と白のチェック柄のスカートに、ブラウンのブレザー。その間からは白いワイシャツを覗かせる。これだけ見れば、とても起動従士とは思えない。
しかし、そんなマーズたちの想像を見透かしているように、少女はニヒルな笑みを浮かべた。
「ようこそ、ヴァリエイブルの人間たちよ。カーネルのリリーファーを見た感想はいかがかな?」
「まったく、性格の悪い都市だこと」
マーズが呟くと、少女はその場で消えた。
「!?」
彼女たちは、それにより、結果としてほんの一瞬隙を生み出してしまった。
そして。
気がつけば彼女たちは何者かに取り囲まれていた。
それにマーズたちは気づくことが出来なかった。
そして、その人間はよく見れば先程の少女と同じ格好だった。
まるで、人造人間のようだった。
まるで、鏡写しのようだった。
その中のひとりが、呟く。
「……おかしい。確かハリー騎士団には≪インフィニティ≫の起動従士が居たはずだ」
そう言って、マーズの胸ぐらを掴んだ。
マーズはそうされてもなお何も言わなかった。
「何処にいる」
「はて。なんのことかな?」
マーズはどこ吹く風という感じで返したが、少女はそれを見てマーズの頬を叩く。
「……マーズ・リッペンバー。君は『女神』として戦場を駆け抜けた起動従士だったな。それが蹂躙される気持ちを味あわせてやろうか?」
「それもいいねえ……と言いたいところだが、お断りさせてもらうよ」
マーズが言うと、少女はきつい目つきでマーズの方を見て、舌打ちする。
「こいつらを連れていけ」
どうやら彼女はリーダー的存在であるらしく、彼女たちはその言葉に従って、マーズたちを捕らえた。
崇人とエスティは下水道を進んでいた。
カーネルには下水道が網目のようになっており、即ちそれを通ることで様々な場所に行くことができる。
裏を返せば、下水道さえ通れればどこへでも行けるということだ。
「この下水道を通ればいいとか言われたけれど……本当に辿り着くのか?」
崇人は訊ねるが、到底答えなど求めてはいない。
何故ならエスティにも解らないことなのだから。少なくとも、この問いは、今ここにいる二人に答えられるものではない。
彼らの目的は、第五世代のリリーファーについて情報を掴むこと、それ以外にほかならない。それ以外に関してはマーズたちが行うのだという。それを聞いて崇人は安心したが、それでも一抹の不安が残っていた。
マーズはカーネルについてよく知っていない。それも言えば崇人なんてこの世界についてまったく知らないというのに、何を烏滸がましいことを言っているのかということになる。
カーネルの実力は未知数だ。何も戦力を一極集中させているとは思えない。リリーファーの研究のみに力を注いでいるわけではなく、他の研究も行っているのもまた事実だろう。それはヴァリエイブルだって変わらない。
ヴァリエイブルもカーネルも、何も一極集中に拘っているわけではないし拘っていないのが事実だ。
「一先ず、この下水道を抜ければ着く、とはこの地図に書いてあるけれど……」
エスティは手に持っている地図を見てそう言った。
「それじゃあ」
そう言って、崇人は上を指差す。
そこには、マンホールがあった。そこからは光が漏れていた。
「ここから外に出ればなんとかなるかな」
外に出ると、そこは廊下だった。窓からは光が漏れていて、まだそこまで時間が経っていないことが見て取れる。
廊下を見て、人の気配が居ないことを理解して、彼らは漸くマンホールから外に出る。
そこは学校の廊下だったらしいが、音が一切ない空間は心理的に圧迫感を感じさせる。
「……ここは、学校か」
一先ず、崇人は事実を確認する。
「それじゃあ、第五世代の情報は見つからないんじゃあない?」
「そうだと思うか? 結局解らないわけではないぞ。……そうだ、図書館でも行けばそれに近い情報が手に入るかもしれない。第五世代のリリーファーは門外不出だったが、ここは門の中だ。門の中なら自由かもしれない」
そんなことを言ったが、それが正しいとは思っていない。寧ろ間違っているようにも見えるが、少しずつ慎重に考えると、そんなことは有り得ないという一つの結論に辿り着いた。
何故ならここはカーネルの中でラトロの次にリリーファーのある場所だからだ。起動従士は何も操縦の仕方だけ学ぶ訳ではなく、リリーファーそのものについて学ぶ必要もある。
動かす物を学ばなければ、それを動かすことなど到底出来はしない。
だからここにはリリーファーに関する書物がたくさんあるはずなのだ。
崇人はそんな思いを抱きながらエスティと共に図書室を探した。
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