第38話
クルガードという国があった。
クルガードという町があった。
それが突如として発生した原因は、殆どの人間が忘れてしまっていたが、その戦争自体は殆どの人間が覚えていた。
クルガード独立戦争。
クルガードはヴァリエイブルに面するアースガルド王国の一区画である。クルガードが独立を宣言した(ヴァリエイブルの差金とも言われているが真偽は定かでない)とき、アースガルドはその承認を待つよう命じた。これに対してヴァリエイブルは石油権益を手にするためにクルガードの独立を支持した。
だから、ヴァリエイブルとアースガルドの戦争は、避けられないものとなった。
そんなとある集落。名前もない集落で、一人の少年が泣いていた。
少年はずっとそこにある母親だったものを揺さぶっていた。それは、家だった瓦礫の下敷きになり、身動きが取れなくなっていた。
徐々に身体が冷たくなっていくのを感じて、少年はまた涙を流す。
「母さん」
少年は涙声で、それに声をかける。しかし、もうそれは動くことはない。
そんなこと、少年だって解っていた。
解っていたが、現実を受け入れられずにいたのだ。
「母さん……」
軈(やが)て、少年は。
理解を受け入れる。
そしてそれを――封印する記憶として、彼の心に永遠に留めることとした。
◇◇◇
『果たして、ほんとうにそれでいいのか?』
それを見ていたのは、ヴィエンスだった。そして、その情景は幼子の頃のヴィエンスとその母親だった。
彼の脳内に、コルトの声が響く。
「……悪趣味というか、ひどい人間だなあんたも」
『君の心の奥底に眠る深層心理を呼び覚ましたまでだ。決して何も悪くないよ』
「何をすればいいんだ?」
『先ずはこの事実を受け入れることから始まるだろうね。大方、君はこの記憶を封印していたのだろう。「閉ざされた記憶」、そういえば聞こえはいいが、結局はただのエゴだ。そんなものは、ただのエゴに過ぎない。自分勝手に記憶を改竄することは、ときに人を苦しめる。そんなことを理解もしてない子供が、起動従士になるため、パイロット・オプションを手に入れるなんてできるはずがない』
「やらなければ……解らないだろうが……」
ヴィエンスの頭にふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして、他人にそこまで言われなくてはならないのだろうか。そもそも自分の身体は自分だけのものだ。他人に迷惑をかけなければ何の問題もないだろう……と、そんな感情を抱いていた。
『正直言って、それは違う』
しかし、コルトから帰って来た返答はあまりにも淡白だった。
「……なんだと?」
『君が君であるために、いや、君が君であろうとするためにその記憶を封印した。だからこそ、パイロット・オプションは君には宿らない。宿ったとしても、深層心理に封印された記憶などある君にとっては……無理だ』
「別にパイロット・オプションを解放せずとも、起動従士としてはやっていけるだろう?」
『そうやって、逃げるのか?』
コルトの言葉に、ヴィエンスは言葉が詰まった。
図星だから、というわけではない。
その気持ちを見透かされたから、というわけでもない。
ただ、彼の中ではまだ『この記憶は永遠に忘れ去ってしまいたい』という気持ちがあったのだろう。
そしてそれが、彼の異常なまでに戦争を憎んでいる、その気持ちに発展したのだ。
「戦争を嫌って、何が悪い」
『別に戦争を好きになれ、という話ではないよ。ヴィエンス・ゲーニック。ただ、「戦争を受け入れろ」というだけだ。死んだ人間が、戦争を悲しむことで、戦争を嫌うことで、戻ってくるのか? 答えは否だ。そんなことは絶対に有り得ない。戦争は絶対なる犯罪かといえば、そうでもない。戦争はビジネスという人間も居るからね。たしかに、戦争によって経済が潤うところだってあるさ。だが、それは人命を犠牲にしている、それ以外はクリーンなのか? いいや、違うね。戦争のために駆り出されたリリーファーだって、一台使うだけで整備代が馬鹿にならないし、起動従士の訓練だって、僕がやっているパイロット・オプションの解放だって、そうだ。今や戦争には国家予算の殆どといってもいいくらいお金をかけている。そして……戦争を行うことで、その数倍以上のリターンが見込まれている。それならば、若干の人命を犠牲にしてでも、戦争は永遠に行われるだろう。……戦争はいつからか変わった。それは、人海戦術を使うのではなく、リリーファーという巨大ロボットを使うことで、人材を極限にまで削減した、「ビジネスモデル」だ。戦争はもはや、戦争ではない。ビジネスモデルなんだよ。だから、お前がそれを嫌いになろうとも、その意志には関係なく、戦争が起き続け、人は死に続け、金は世界を回り続ける』
「……でも、俺は戦争を受け入れることは出来ない」
『すぐに受け入れなくても構わないだろう。彼女……マーズだって、どこかそういうので一種のトラウマがあるらしいからね。だが、彼女はリリーファーに乗り続けている。そんなカカオ百パーセントのチョコレートみたいな苦い人生を送ってきた。だから、というわけでもないが、ウジウジしてても何も始まらないし、何も終わらないんだよ。始まりもなければ、終わりもない。だが、終わりがない物語は、至極さみしいものだ。そして、始まりのない物語も、それは物語と呼べるのかは怪しいが、悲しいものだ。いつかは一人で道を切り開かなくてはならない時だってくる。その時に聞ける先輩は、殆ど居ない。それを君が何処まで理解しているのか……それだけが疑問だけれどね』
コルトの声は、なんだか彼が笑っているようにも思えた。
それは嘲笑っているのではなく、期待を込めた笑み。
つまり、ヴィエンス起動従士として期待しているということの同義だ。
『パイロット・オプションを手に入れるには、凡てを解放しろ。そして……凡てを理解するほかない。怖がってはいけない。お前は戦争を嫌っているのに、戦争へと出向こうとしている。それは矛盾ではあるが、理解し難いものではない』
コルトの言葉が、ヴィエンスの頭に響く。
ヴィエンスはそれを聞いて一人考えていた。
自分は戦争を嫌っている。
なぜだ?
その理由は――母親が戦争で死んでしまったから、ほかならない。
だが、それはただ自分が戦争を嫌う常套句にしているのではないだろうか。
ヴィエンスはそんなことを考えるようになった。
いや、コルトに言われて、改めてそう向き合うようになった、というのが正しい。
コルトはそのために、わざとそのように言ったのではないか? ヴィエンスはそう考えたが、今となってはもう考えるに値しない。
ヴィエンスは考える。自分という存在が、自分を為している要素が、どのように自分に影響を与えているのか、漸く解るようになってきていたつもりだった。
しかし、コルトの言葉を聞いて、まだまだヴィエンスは自分のことを知らないものだと悟った。
そして、
「……ああ、解ったよ。俺は、受け入れるべきだったんだ。あの過去を。受け入れて、向き合うべきだったんだな」
ヴィエンスは小さく微笑んで、前を見つめた。
彼は、前だけを見つめていた。
◇◇◇
彼の身体の中から、力が沸き起こるのが感じる。
それは、彼の中にある力を受け入れたからかもしれない。
それは、彼の中にある力を彼自身が見誤っていたのかもしれない。
そして彼は――。
◇◇◇
気がつけば彼はベッドに横たわっていた。
「ここは……?」
「安心しろ。凡てが終了した。おめでとう、ヴィエンス・ゲーニック。これで君もパイロット・オプションを獲得した。君のパイロット・オプションは……うーん、これは言ってもいいのかな?」
ヴィエンスが目を開けると、そこにはコルトの顔があった。
コルトの顔は少しだけ顰め面だった。
「言ってもいいだろう」
その声は、部屋の外にいるマーズのものだった。
コルトは頭を掻いて、小さく頭を垂れる。
「……それじゃあ、教えてあげよう。君のパイロット・オプションは『鉄血の盾』だ。名前のとおり、かもしれないが、絶対的に防御力を上げる事が出来る。ただし、その場合血を代償とする。そのため……恐らく対象時間は二十分。そして、その後は十二時間程パイロット・オプションを使うことが出来ない。それが、副作用だ」
「鉄血の盾……」
ヴィエンスはコルトから言われた言葉を反芻する。
まだ彼はパイロット・オプションを手に入れたという実感はない。
「まあ、それを試すのもいいだろうが……その副作用からして、そう簡単に使ってはいけないだろうね。その副作用が一番ネックになっている。だから、その二十分は大事にすべきだ。いいね?」
そう言って、コルトは立ち去っていった。
ベッドから起き上がり、立ち上がり、辺りを見渡す。既にエスティもパイロット・オプションを手に入れたのか、コルトとともに部屋を後にしていた。それを見て、彼もそれを追った。
部屋を出ると、マーズが一同を集めた。
「諸君! これから我々はカーネルの実態を調査するため、様々な場所へと向かうこととする! 私とヴィエンスは北方、エルフィーとマグラスは南方、エスティと崇人は中央を調査する! いいか、決して無茶はするな!」
マーズの言葉を聞いて、彼らは敬礼をする。しかしながら、この騎士団のリーダーは崇人であるのだが、崇人が軽視されているという現状は、どうも否めないし、長く軍属だったマーズのほうがリーダー的役割を果たしてくれるだろうと崇人は思っているので、簡単に改善しそうにはなかった。
それを見て、コルトはニヒルな笑みを浮かべる。
「どうした、コルト?」
「だっておかしいじゃない。僕の聞いている話は、リーダーは君ではなくて、そこにいる小柄な少年だろう? リーダーはしかるべき行動を取らねばならないと思うがね」
「だが、私は副団長だ。騎士団長はまだ軍属となって日が浅い。というよりか、まだなって数日しか経っていない。そんな状況で騎士団長になることがあんまり有り得ない。本人の目の前で言ってはいけないことだが、この騎士団は『インフィニティ』を守護するための騎士団だ。本人は謂わばお飾りに過ぎないわけだ」
「お飾りの騎士団長かい? 笑えるねえ」
本人を目の前にして続けられる会話は、崇人にとっても面白い話ではない。
しかし、彼にその実力がないのもまた事実だし、それを知った上でマーズが指揮を取っているのも、当たり前のことだ。
「……まあ、そんなことを言っているのも時間の無駄になってしまうし、一先ずは行動を開始しよう。いいね?」
「我々はどうする?」
「新たなる夜明け。あなたたちは分散して調査してちょうだい。そんな大人数でずらずらいられても困るし」
「解った」
「それじゃ――作戦開始よ」
マーズの言葉に、ハリー騎士団と、新たなる夜明けは大きく頷いた。
◇◇◇
その頃、白い部屋。
「漸くハリー騎士団は行動を開始したか……。なんというかブーストが遅いよね」
「誰も彼も素早いわけではない。人間というのは煩悩と、駆け引きと、様々な負の要素がある。その柵が適当なタイミングに解き放たれないとおかしくなる。今回の彼らみたいに、だ」
帽子屋とハンプティ・ダンプティの会話は続く。
「しかし、人間というのはどこまでも愚かな行為をするものだ」
帽子屋は、本棚から一冊の本を取り出した。それは黒いハードカバーの本だった。重々しい本の表紙を開けると、そこには何も書かれてはいなかった。
「この本は……これからどう進んでいくのだろうか」
「それは君だって知っているだろう?」
その声を聞いて、帽子屋はそちらを向いた。
「チェシャ猫、仕事は?」
「終わらせたよ。さっさと。あれほどまでにつまらない仕事はもう二度としたくないね」
本をかかえている少年は、そう言ってソファに腰掛ける。
「じゃあ、顛末を聞かせてもらおうか」
帽子屋は向き合うようにして、目の前のソファに腰掛けた。
「……えーと、一先ずカーネルの新聞社にはソースを放り投げておいた。そして、反社会派の集団にもね。暫く見張っていたが、奴ら明日にも政府にデモを仕掛けるらしい」
「明日か」
帽子屋は顎に手を当てる。
「予想よりも遅かったね。てっきり当日中に行われるものかと」
「人間はそう簡単に素早い行動はしないよ。特に、きちんと計画を練っているなら、ね」
ハンプティ・ダンプティはそう言って紅茶を一口飲んだ。今の“彼女”は白いドレスを着た幼女の姿となっている。なんでもこの姿が一番活動しやすいし、一番エネルギーの消費が少ないらしい。
「しかし、どうする?」
「予定のズレは、もはやどうにもならない。作戦決行は明日に変更だ。これは、世界を変えるためのものだ。いや……その流れはもう始まっている。≪インフィニティ≫、それが大野崇人の手によって動き始めた時点でね」
「……なあ、帽子屋。お前はいったい何を考えている?」
ハンプティ・ダンプティが茶菓子のクッキーを一口齧る。
それを見て、帽子屋は肩を竦める。
「何だい、僕が悪いことをしているみたいじゃないか。そんなわけは全くないよ。寧ろこれは誰にもいい事だ。世界を凡て元通りにするんだよ。別に悪くはないだろう?」
その言葉に、ハンプティ・ダンプティとチェシャ猫は返すことはなかった。
帽子屋はそれを見て、さらにニヒルな笑いを浮かべた。
――ゆっくりと、ゆっくりと、水面下で、何かが動き始めていた。
北方地区、その中心部にあるパーティカルビル前に二人の人間が立っていた。
一方は黒いハンチング、赤のチェック柄シャツ、黒い迷彩柄のズボンに茶色のローファーの格好をしたヴィエンス。
もう一方は赤のプリーツスカート、紫のキャスケット、茶のロングブーツに黄緑のカットソーという格好をしたマーズ。
それぞれは、いつものように着ているパイロットスーツでは調査に目立ってしまうために、事前に私服風の格好を入手しておいたのだった。
「しかしまあ……目立ちません?」
「大丈夫大丈夫。すっかりあなたは普通にいるちょっと小洒落た学生だから」
「その『小洒落た』部分が引っかかるんですがね……」
ヴィエンスはそう言うが、実は少しだけ照れていた。
マーズ・リッペンバー――彼女のことはよく『女神』などと揶揄されている――が目の前にいること、というのもある。
彼女の服装があまりにも女性らしかった。ヴィエンスの(勝手な)イメージではジーンズにタートルネックのような男性チックな格好をするものだと思っていた。
しかしよく見れば髪はパーマがかかっているしカラーコンタクトも入っている。これが彼女の素なのだろう。
その姿を見て、照れてしまっていたのだ。それは彼のいつもの姿からは想像もし得ないが、彼は女性とまともに話したことがなかったのだ。
それを見て、マーズもどことなく悟っていた。
「ふーん……」
マーズはニヤニヤと笑いながら、ヴィエンスの左手を取ると、マーズは右手でそれを握った。
「!?」
「いや、だって恋人同士の設定のほうが何かと便利でしょう?」
「そうですけどそうですがそうなんですけど!!」
「あーあー、煩いなあ。バレちゃうよ? 私とあなたが恋人同士と思われなかったら、何かと疑われてしまうよ?」
マーズはそう言って小さなため息をつく。
対して、ヴィエンスは。
「……解りました。行きましょう」
そう言って、手を握り返した。
「それで、いいんだよ」
マーズは小さく微笑むと、二人はゆっくり歩き始めた。
北方地区は世界最大級のショッピングモール『テラバイト・ショッピングモール』がある。名前の由来は情報量の単位バイトから取られており、大量の商品が並んでいることからそう呼ばれている。
彼女たちが立っていたパーティカルビルもその一部に含まれており、一先ず彼女たちはウィンドウショッピングと偽って調査をすることとした。
テラバイト・ショッピングモールは人で賑わっていた。ここが鎖国をしていて、いつ戦争が起きてもおかしくない状況だとは、少なくともここを見ただけでは感じられない。
「しかしまあ……いろんなものがあるねえ……。おっ、このワンピースかわいくない?」
「完全にウィンドウショッピングを楽しんでいるようだが……?」
マーズはヴィエンスに言われ、頷く。
「やだなあ。大丈夫だよ。何もしていないと言えば否定はできないが、きちんと任務はこなしている」
「矛盾を孕んでいる発言が聞こえてきた気がする……」
ヴィエンスはそう言ったが、その言葉はマーズに聞こえることはなかった。
「……見ろ、ヴィエンス」
マーズがヴィエンスの耳に口を寄せ、小さくそう言った。
それを聞いて、ヴィエンスはそちらを見た。
そこに居たのは、軍服を着た男だった。二人組になって、会話もせず、背中にはショットガンを背負って歩いていた。
「あれがこの街の警官的役割にいる『治安維持軍』だ。……ああ、だからといって、誰もが見ていい治安を維持するための軍隊ではない。おそらくは、あいつらにとっての治安を維持するための軍隊ということだ。発言が聞き取られれば、少なくとも私たちは確実に牢屋行きか、悪かったら即斬首刑の何れかだ」
ならば今言わなくてもいいのに――ヴィエンスはそう思ったが、その不安をよそに治安維持軍の二名はゆっくりとヴィエンスたちとすれ違い、何事もなく通過していった。
「……そうだ。ヴィエンス、腹が減らないか?」
マーズに言われたのと、彼の腹の音が鳴るのは同時だった。それを聞いて、ヴィエンスは小さく微笑んで、頷いた。
「私もちょうど腹が減っていたんだ。どこかいい店にでも入って食事がてら今後の方針でも立てようじゃないか。まあ、こういう格好だから何をするかは限られているがね」
「いいですね。たしかに」
ヴィエンスが直ぐに了承したのは、お腹が空いていただけではない。
彼女たちがここまで来たのは、コルトが発明した『空間転移装置』によるものだったため、充分に作戦会議は行わないまま(というより、各自で行うようマーズが支持した)ここまで来てしまったからだ。
「それじゃあ、了解も得たところだし、食事にしよう。えーと、どこかいいところはないかなあ……」
「あそこなんてどうです」
ヴィエンスが指差した先にあったのは、小さなパスタ屋だった。昼過ぎというのもあり食事処はどこも混んでいたのだが、そこだけはまだ若干空きがあるようだった。
「そうね、そこへ行きましょう」
どうせ会話をするならば人が居ない方がいい――そう思ったマーズはヴィエンスの言葉に小さく頷いた。
パスタ店に入ると、少し遅れてウェイターが訪れる。お二人ですか、との声にヴィエンスは頷く。小さく微笑みながら、ウェイターは右手を差し出して、席へと案内する。
案内された席は窓際のある場所だった。ヴィエンスとマーズが腰掛けると、ウェイターはメニューを置きその場を去っていった。
「さあ、どうせ食事代は経費で落ちるんだ。なんでも食べるがいい」
マーズが言うと、ヴィエンスはメニューを見始める。あまり人が入っていないようだったが、メニューの種類は豊富だった。ミートソース、カルボナーラといった定番のパスタからスープパスタ、ニョッキやリゾーニを使ったメニューまである。
「この『パンツェロッティ ミートソース添え』って何なんでしょうね?」
「パンツェロッティは確か詰め物をしたパスタじゃなかったかな。かなり美味いらしいぞ。ただしボリュームが半端ないだろうが」
「ふーん、じゃあ俺はこれにしますかね」
「そうか。それじゃ私はカルボナーラにでもしよう。すいませーん」
マーズが呼ぶと直ぐにウェイターが到着した。
「ご注文、お決まりでしょうか」
「えーと、『パンツェロッティ ミートソース添え』と『カルボナーラ』を一つ。あとアイスティー二つ。以上で」
「かしこまりました。それでは、少しお待ちください。パンツェロッティは少々お時間をおかけしますが、よろしくお願いします」
そう言ってウェイターはメモに注文を書き留め、その場から去った。
「それでは、飯が来る前に少しだけ話を始めようか」
「どこから始めます?」
「君は機械都市カーネルをどこまで知っている?」
「リリーファーを制作・設計している唯一の機関『ラトロ』がある地域だということ、しか知り得ませんね」
「ラトロが設立されたのは二百年前。はじめはリリーファーを製造しておらず、ただの普通の研究所に過ぎなかった。当時、何を研究していたのかは、もう殆どの人間は知らない。ラトロ本部に行けば解るかもしれないが」
「ラトロは初めからリリーファーを造っていない、と」
「そもそもリリーファーが完成したのは皇暦五三〇年頃と言われている。ヴァリエイブルにその資料が残っているからだ。その名前は『アメツチ』。そのリリーファーが今はどこにあるのかも解らない。壊れてしまったのか、未だにどこかに存在しているのかすら」
「『アメツチ』……、そんなリリーファーがあったんですか」
「あったのではない。『いた』のだよ。気がつけばそこにアメツチがあった。ラトロが開発したものとなっているが、それは間違いであるという資料もある。ラトロが開発したのではなく、そのリリーファーは発掘されたものなのだと」
「『アメツチ』とは、いったいどういうリリーファーなんです?」
「それが……どのレベルの強さなのか、解らないんだ。解れば苦労しないがな、どの歴史書を見ても変わらない。『其の時、|天地(あめつち)といふ機神がありけり』という内容しか書かれていない。機神がリリーファーだとするならば、それはアメツチという存在だといえる。だが、ラトロによって開発された事実はヴァリエイブルの資料を見た限りでは有り得ない」
「ヴァリエイブルの資料は、本当に歴史的に正しいって言えるんですか?」
「どうなんだかなあ。解らないね。本当かもしれないし、嘘かもしれない。ただ、ヴァリエイブルの資料は、国中にある史料を集め比較参照をした上で作り上げたものだ。決して一つの歴史書のみを見た結果ではない。幾つもの歴史書から作り上げたものなんだ。だから、信頼性は高い」
「しかし……そうだとしても、どことなく信用出来ない」
「まあ、ところどころおかしな点はあるがね……。しかし、ある程度の基準を設けねば、議論は展開出来ないんだよ」
「たしかに」
ヴィエンスが頷くと、ウェイターが注文をもってやってきた。
「失礼します」
そう言って、ウェイターはテーブルに皿を置いていく。先ずは取り分けるための皿を二枚、そして大きなパンのようなものを乗せた皿をヴィエンスの前に置く。次いで、カルボナーラの皿をマーズの前に置いた。
そして、水と水の容器を置いて、小さく頭を下げる。
「それでは、ごゆっくり」
そう言って、ウェイターは去っていった。
「食べようではないか、冷めてしまわないうちに」
マーズはそう言ってフォークを取り出し、パスタを一口分巻き取った。それを見てヴィエンスもナイフとフォークを取り出し、『パンツェロッティ』なる謎の食品(店で出されているのだから食べれるに違いないとマーズは豪語しているが、現時点ではパンツェロッティを食べようとは思っていない)をナイフで切ってみる。
すると中から肉汁が溢れ出してきた。それから少し遅れてトマトソースが溢れ出る。どうやらこのパンツェロッティの中身はトマトソースのようだった。
「トマトソースですね」
「ああ、そうか」
「……自分は食べたくないけど、何だか気になるから注文させたとかそういうわけではないですよね?」
「カルボナーラも美味いぞ」
そう言ってマーズは話題を逸らそうとするが、ヴィエンスは皿に一口分分けてマーズの傍に差し出す。
「いやいや、食べないぞ私は」
「あれほど『美味い』などと言っておいて、ずるいですよ。この美味しさを味わってくださいよ。どっちにしろ量が多くて食べきれないですし」
「うーん、まあいいか」
そう言ってマーズは一口それを頬張る。
すぐに口の中にトマトの香りが広がった。トマトとひき肉のハーモニーが口の中で広がり、それでいてくどくない。まさに完璧だった。
「……美味い」
「でしょう?」
「……待ちなさい。話がずれている。私たちが話していたのはリリーファーについてのことだったのに」
ヴィエンスとマーズがそれぞれ食事に花を咲かせかけていたが――それを既のところでマーズが話を方向転換させる。
「そうでしたっけ?」
「そうよ! あなたさっきからキャラ崩壊しすぎよ! ちょっとは修正する気持ちで挑んで!」
「修正ってどういうことですか!?」
思わずヴィエンスは立ち上がりそうになったが、マーズが咳払いするのを聞いて我に返った。
ヴィエンスは席に座り直し、改めて会話を再開する。
「そういえば、リリーファーって何世代まで存在しているんですか? ちょっと詳しく知らないんですよね」
「そうか。君は知らないのか。……それじゃあ、詳しく見ていくこととしようか」
そう言ってマーズはフォークを皿の上に置く。
「まず現行で起動しているリリーファーで一番古いのは第二世代、正確には第二.五世代の『アレス』になる。そして、『ヘスティア』は第三世代、『ペルセポネ』は第四世代、『エレザード』も第四世代だったかな。大会でも使用された『ペスパ』は第二世代だ。ああ、君たちの乗る『ニュンパイ』は一応第三世代ということになるかな」
「なるほど。それが一応の最高ってことになりますかね」
「いいや、違う。スラム街でも聞いただろう? ラトロは一年前に第五世代を開発していた、と。あれから一年が経っている。第五世代が出来ていて、量産されていてもおかしくはない。寧ろ、そのタイミングを狙って今回の鎖国に踏み切った可能性すらある」
マーズはそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。まだ彼女は何かを知っているようだったが、今それを聞くのも野暮だ――そう考えたヴィエンスはここで訊ねることはしなかった。
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