(6)
(――希恵と手塚さん、この後、二人っきりでどこか行ったりするのかな?)
自分が「帰るの?」と訊いたら希恵は「うん」と頷いていたけど、この後、二人っきりでどこかへ行って仲が進展すれば良いのに、とかれんは思った。
「かれんちゃん、僕たちも帰ろうか? それとも、どこかでお茶でも飲んでく?」
昴がニコニコしながら前を歩き始めたので、かれんは「そうだ!」と昴を止めた。
「そうだ! 昴、手塚さんのことって『観察』したの? 何かわかった?」
かれんの声に昴が立ち止まって、振り返った。
かれんは振り返った昴の表情に、何か「いつもと違う」ものを感じた。
無表情だからいつもと違うわけではない、今までの昴があまりしたことのない表情だ。
かれんが「どうしたんだろう?」と思っているうちに、昴の表情はいつもと同じニコニコとしたものに変わってしまっていた。
「ああ、その『観察』ね。あのね、かれんちゃん……」
昴が何かを言いにくそうに口ごもる。
「どうしたの? 昴、『観察』して何かわかったの?」
「うん。そうだな……。あの占い師さんの言うこと、その通りだと思うよ」
「えっ?」
「希恵ちゃんと手塚さんはその占い師さんが言う通り、『友達としてお付き合いした方が上手く行く』と思うよ。僕もそう思う」
「何で? 昴もあの二人が並んで歩いているところ、見たでしょ? すごく良い雰囲気だったじゃない」
「でも、友達として付き合っていた方が良いと思うよ」
昴は前を向くと、キャロル・キングの「君の友だち」をキャロルそっくりの声で口ずさみながら歩き始めた。
「ちょっと、昴!」
かれんは手を伸ばすと、昴の腕をつかんで引き留めた。「それ、どういう意味? 何がわかったって言うの? ちゃんと説明しなさいよ!」
「かれんちゃん……」
昴は再び後ろを振り返ると、かれんの手を取り、かれんの手のひらに何かを握らせた。
かれんが手のひらを開いてみると、その「何か」はさっき手塚がくれたマリンピア日本海のチケットの半券だった。
「えっ?」
かれんは戸惑った。
どうして、昴は今このタイミングで、マリンピア日本海の半券を自分に渡したのだろうか。
「かれんちゃん、世の中には僕が解かない方が良い謎もあるんだよ」
昴はかれんの方をまっすぐに見つめながら言った。
* * *
(――何が、「世の中には僕が解かない方が良い謎もあるんだ」、よ! あの男、一体何を考えているの!)
かれんはこの間の昴のセリフを思い出しながら、思わずノートパソコンのキーボードを「ガチャガチャ」と叩きすぎてしまい、慌てて手の力を緩めた。
昴に「世の中には僕が解かない方が良い謎もあるんだよ」と言われた後……。
かれんは「もう、何言ってるの?!」と古町のアーケードの中で大声を出し、昴を置き去りにしたまま家へ走って帰ってしまったのだった。
唯一の救いは、最近の古町がかつての賑わいを失いつつあって、人通りが少なかったことだろうか。
だからとは言え、あの時のことを考えると、かれんは怒りと共に恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまうのだった。
(――でも、あれはさすがに昴が悪いんだから!)
昴は手塚を「観察」して、絶対に「何か」を掴んだはずだ。
なのにそれを話そうともせず、「世の中には僕が解かない方が良い謎もあるんだよ」と濁すとはどういうことなのだろうか。
かれんはあのマリンピア日本海に行った後、昴とほぼ口をきいていない。
仕事帰りも「マーズレコード」に寄っていなかった。
昴もかれんの心中を察しているのか、珍しくかれんのことを放って置いている。
ただ、かれんは昴が自分のことを放って置いているのも気に食わなかった。
どうも昴は、どうしても手塚を観察して掴んだ「何か」を、かれんに話したくないようだった。
(――あっ、まずいまずい、そろそろ営業へ行く準備をしないと)
昴のことに気を取られているうちに、気づけばもう出かけなくてはいけない時間になっていた。
かれんはノートパソコンを閉じて、カバンからスケジュール帳を取り出した。
スケジュール帳から、何かが零れ落ちる。
かれんが零れ落ちたものを拾い上げると、それは日曜日に昴が手渡してきたマリンピア日本海のチケットの半券だった。
かれんは昴に手渡されてから、時々このチケットの半券を眺めていたが、どうして昴が半券なんかをじぶんに握らせてきたのか、わからないままでいた。
別にどこにも細工があるわけではない、普通のマリンピア日本海のチケットだ。
ただ、本物のチケットではなく、コンビニなどの俗に言う「オンライン端末」で購入したものらしい。
発行の日付は四人でマリンピア日本海に行く一週間前だった。
かれんは昴がチケットの裏か何かにメッセージでも書いているのかもと思って何度も裏返してみたり透かしてみたりもしたが、特に何か書いてあるということはなかった。
かれんは少しの間、チケットを眺めていたが、やがてスケジュール帳にチケットをしまうと、「行ってきます」と会社を出て行った。
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