(8)

 かれんは思わず言って「しまった!」と思い、慌てて自分の手で口を覆った。

 でも、もう遅かった。

 昴は例の大きな切れ長の瞳を大きく見開いてしばらくかれんのことを見ていたが、やがてニコニコと嬉しそうな表情をし始めた。


「――何だ。かれんちゃん、あのポストカードのこと、やっぱり気にしてたんだ」

「べっ、別に気にしてないけど……」

 かれんは昴から視線を逸らしながら、また心の中で「しまった!」と思った。

 視線を逸らしながら「別に気にしてない」なんて、いかにも「気にしてる」と思われてしまいそうな仕草ではないか。

 しかも、昴は気にしてたんだと言った。

 この男、自分が定期的に届いているポストカードのことを気にしていることをわかっていながら、何も言わないでいたということなのだろうか。

(――やっぱり、私は昴には敵わない)

 かれんは心の中で悔しそうに呟いた。


「かれんちゃん、気になるならそう言えばいいのに。僕、よく言ってるじゃない、遠慮しないで何でも言ってねって」

 言葉とは裏腹に、昴の表情は嬉しそうだ。

 自分が昴にヤキモチめいたことをしたから、嬉しがっているのだろう。

 昔から、それこそ幼稚園くらいの時から、昴はいつもこうなのだ。

 物心ついた時から昴はなぜか周りの女の子にモテモテだった。

 かれんは昴が女の子にモテるがいつも面白くなかったが、悔しいから口にこそ出さない。でも、時々、ポロリとヤキモチめいたことを言ってしまうことがあった。

 かれんがヤキモチめいたことを言うと、昴は「かれんちゃん、やっぱり気にしてたんだ」と嬉しそうに言ってくるのだ。

 そう、昔から二人の立ち位置みたいなものは変わっていない。

 変わったのは、年齢くらいなものなのだろうか……。


「遠慮しないで何でも言ってねって、じゃあ、そのポストカード送ってくる『東京時代の子』がどういう子なのか、言ってみなさいよ!」

 かれんはここまで来たら開き直ろうと、昴の方に鋭い視線を向けた。

 でも、本当はまだ聞くのが怖いような気がした。

 あのポストカードに書いてあった言葉、「あの時のこと、覚えてるよね?」「どうして、何も言って来ないの?」「もう、ガマンできない」……。

 明らかに昴と深い関係だったことを表しているような言葉だ。

 昴がポストカードを送ってくる子の話をして、東京時代のことを思い出して、何かしらの心境の変化が訪れたらどうしようか、とかれんは思った。


「うん、もちろん話してもいいよ。――あっ、そうだ! かれんちゃん、ちょっと待っててね」

 昴はニコニコしながらテーブルの上に平積みになっているCDをあさった。

 ザ・スミスのベストアルバム「サウンド・オブ・ザ・スミス(The Sound of the Smiths)」を取りだすと、ラジカセの中に入れる。

 昴がラジカセのスイッチを押すと、スピーカーから13曲目の「心に茨を持つ少年(The Boy With The Thorn In His Side)」のイントロが流れてきた。


「ちょっと、昴!」

 かれんがモヤモヤしながら言った。「何でいきなり音楽流すのよ?」

「だって、その『東京時代の子』のことを思い出すと、このザ・スミスの『心に茨を持つ少年』が聴きたくなるんだ」

「えっ? 『心に茨を持つ』?」

 かれんは思わず訊き返した。

 少年って……。

「そう、あの子、この曲のイメージにピッタリなんだ」

 昴がラジカセの方を見つめながら、懐かしそうに遠い目をした。

「その、『あの子』って、もしかして、男の子なの?」

「うん、そうだけど」

 昴がニコニコして答えるのを聞きながら、かれんはその場にうずくまりたい様な気持ちになった。


 まさか、『東京時代の子』が男の子だったなんて……。

 かれんは「あの時のこと、覚えてるよね?」などと書いたポストカードを送ってくるから、てっきり『東京時代の子』は、かつて昴と深い関係だった女の子だろうとばかり考えていた。

(――私が今までポストカードのことで悩んでいたのって、全部ただの考えすぎだったってことなの?!)

 かれんはついさっきまでの自分のことを考えると恥ずかしいような呆れたような気持ちになったが、(あれっ?)とふと思った。

(――でも、どうして男の子の「東京時代の子」が、昴にあんな文章のポストカードなんて送ってくるんだろう?)

 あのポストカードに書かれてあった文章、「あの時のこと、覚えてるよね?」「どうして、何も言って来ないの?」「もう、ガマンできない」……。

 昴とその「東京時代の子」の間に何があったのかはわからないが、同性が同性に送るには、ずいぶん意味深な言葉のような気がする。


 かれんは思わず昴の方をジッと見つめた。

「どうしたの? かれんちゃん。何か言いたそうな表情して」

「ううん、別に……。じゃあ、その東京時代の男の子の話、してみなさいよ」

「もちろん、良いよ」

 昴は大きくゆっくりと頷くと、「東京時代の子」の話を語り始めた……。

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