(4)

 後輩の真人との外回り営業の途中、かれんと真人は打ち合わせしようと適当なカフェに入った。

(――あの、またいる)

 ふと後ろからの視線を感じたかれんが振り返ると、前に会社の後輩の真人が「もしかして、俺のストーカーとか?」と言っていた女の子がまたいることに気付いた。

 二人が座っている場所から一番遠い席に、いつの間にか例の女の子が一人で座っている。

 かれんは女の子をチラリと見ながら、やっぱりスタイルの良いだな、と思った。

 相変わらず帽子を深くかぶっているので表情はよくわからないが、本当にお人形みたいなだ。

 長い髪の毛はサラサラでツヤツヤだし、真っ赤な口紅を塗った唇も形が良い。


「加賀谷先輩、あの、またいますよ。いやー、困っちゃいますね。やっぱり、俺のストーカーですかね?」

 後輩の真人が、言葉とは裏腹に全然困っていないような表情で言った。

「塩木君、表情かおが全然困っているように見えないんだけど……。それに本当にストーカーだったら、本当に困っちゃうんじゃない?」

「でも、あの、ただ俺たちについて来るだけで、別に危害は加えて来ないですよね?」

 真人がまたまた全く困っていないような表情で言うのを見て、かれんは確かにそうだな、と思った。

 あのは自分たちについては来るが、特に危害を加えたりはしない。

 危害を加えるどころか、話しかけたりなどの何らかのアクションも起こして来ない。

 ただ、気付くと後ろにいる、と言った感じだ。

 そうなると、真人が言うような「ストーカー」でもなく、ただ単に自分たちと行動範囲が一緒だから良く会うだけ、ということになるのだろうか。

 見た目、スタイルが良くて目立つから、やたらと目に留まるだけで、特に自分たちをストーキングしているわけではない、ということになるのだろうか。


(――でも、私たちと行動範囲が一緒って言っても、あの、何やってるなんだろう?)

 あのの年齢は、見た目からすると学生くらいの年齢だ。18歳~22歳くらいと言ったところだろう。

 でも、それくらいの年齢ので学生だったら、平日の昼間なら学校にいるはずだ。

 だとしたら、もう会社に勤めていて働いていると言うことなのだろうか。

 自分たちと同じ外回りの営業をしているとか? とかれんは思ったが、少なくとも服装を見ると営業をしているとはとても思えない。

 今日のあのの服装は、可愛らしいサーモンピンクのふんわりとしたシャツに、白い全面レースの膝丈フレアスカートだ。

 その服装に長くて黒い靴下を合わせていて、やけに高いヒールの靴を履いている。

 さすがに社会人で営業をやっている人間が、仕事着のスカートに黒い靴下なんて合わせないだろう。

 それに、あの形の良い唇に塗られた赤い口紅も、営業をやっているにしては派手過ぎる。


 かれんはあのの服装などを見ながらいろいろと考えてみたが、一体あのがどういう素性のなのか、まったく見当もつかなかった。

(――多分、昴だったら、ちょっと見ただけで『かれんちゃん、あの女の子が何者なのかわかったよ!』とか言い出すんだろうな)

 かれんは昴がいつも悔しいくらい鮮やかに「謎解き」をしてしまうことを思い出しながら、もしなら、昴にあの女の子のことを話してみようかと思った。

 でもな、ともかれんは思った。

 真人の言う通り、あのは自分たちについて来るように見えるだけで、特に危害を加えているわけでもない。

 そんな「何となく気になる」程度のことを、昴に相談してしまっても良いのだろうか。

 まあ、昴は「かれんちゃんがそんなちょっとのことでも僕に頼ってくれて嬉しい」とか言って来るのだろうが、昴に「嬉しい」とか言われるのも何だかモヤモヤした気持ちになりそうだった。


「――塩木君、そろそろ次のお客さんのところ、行こうか?」

 かれんは「まあ、いいか」と思うと、座っていたイスから立ち上がった。

「はい、行きましょう! 俺、次も頑張ります」

 かれんと真人は並んでカフェを出たが、かれんは「ハッ!」と気付くと立ち止まった。

(――やだ、私、テーブルの上にスマホ置きっぱなしにしてきた)

 カフェを出る前にあののこととか昴のこととかを考えていたら、うっかりテーブルの上にスマホを置いていたことを忘れてしまったのだ。

 かれんは真人に「ごめん、ちょっと待ってて!」と言って、カフェに戻ろうと慌てて振り返ったが、振り返ると、例のあのスタイルの良い女の子が自分の後ろに立っていることに気付いた。

「――あっ」

 かれんは思わず驚きの声を上げた。


 女の子はうつむいたまま、かれんにスマホを差し出した。

「これ……」

 女の子が小声で言った。

 いきなり後ろにいてどうしたんだろうと思ったが、この、忘れた自分のスマホをわざわざ持って来てくれたんだ。

 かれんはホッとして、女の子から笑顔でスマホを受け取った。

「ありがとう」

「いえ……」

 女の子はまた小さな声で言うと、うつむかせていた顔を一瞬だけ上げた。

 深くかぶった帽子と長い前髪の間から、少しだけ女の子の瞳が見える。


(――えっ?)

 かれんは一瞬だけ見えた女の子の瞳に釘付けになった。

 見た目のスタイルの良さを裏切らない、真っ黒で大きな奥二重の瞳。

 多分、普通に見たら「キレイ」とか「かわいい」という賞賛しか感じないのだろうけど、かれんは女の子の瞳を見て、なぜか「怖い」と言う印象を受けた。

 何だか、一瞬見えた瞳が、自分のことを睨んでいたような……。

 でも、かれんが「怖い」と思ったのも一瞬だった。女の子はすぐにまた顔をうつむかせた。

 そして、かれんに軽く会釈すると、クルリと踵を返し、履いているヒールの音をコツコツ言わせながらどこかへと消えて行ってしまった。


「――加賀谷先輩、どーしたんですか?」

 真人に声を掛けられて、かれんは我に返った。

「えっ? ううん、何でもない」

「でも、あの、良いですね! わざわざ先輩のスマホ届けてくれたじゃないですか! それに見ました? 一瞬だけ見えたあのの目! すごいキレイな目じゃないですか。ものすごい目力だったし。

 いやー、本当にあんなが俺のストーカーなんて、困っちゃいますね」

「塩木君、何度も言うけど、顔が困ってないから」

 かれんは言いながら、(――ああ、目力か)と思っていた。

 一瞬、睨まれたと思ったが、あれは自分の思い違いだったのだろうか。

 ただ単に、あの女の子の瞳がキレイで、目力が強いだけなのかもしれない……。

(――それに、自分のことを本当に睨むような人なら、スマホなんてわざわざ持ってきてくれないだろうし)

 かれんは気を取り直すと、横にいる真人に「じゃあ、行こうか」と声をかけて、先を急いだ。

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