(7)

「――そう言えば、透おじさんは?」

 さっきの昴との会話で気になり、かれんが戻って来た妙子に訊いてみた。

「ちょっと用事が……。でも、もうそろそろ帰って来ると思うけど」

 用事か、とかれんは思った。

 仕事とかではなかったのか、とかれんが何となく昴の方に視線を向けると、昴はいつもと変わらないニコニコとした笑顔をかれんに返してきた。

 その時、玄関の方から「ガチャ」という音が聞こえてきた。

 ただいま、と莉子の父親である透の声が聞こえてくる。


「かれんちゃん、莉子が世話になってありがとう。で……」

 リビングに入って来た透はかれんに笑顔を向けたが、ふと隣にいる昴を見て「誰だったっけ?」という表情をした。

「ああ、透おじさん、こっちは服部昴と言います」

 かれんが昴のことをまた簡単に説明すると、透は「初めまして」と昴に会釈した。

「こんにちは」

 昴もニコニコとしながら透に挨拶した。「ゴルフお好きなんですか? 今日はハーフプレーですね」

「えっ? どうして私がゴルフをして来たってわかるんですか? しかも、ハーフだって。ゴルフバッグは外に置いてきたのに……」

「服装とか今の時間帯とか、ずっと帽子被っていた感じとか見ればわかりますよ」

 透が「?」という表情をし始めたので、かれんは慌てて二人の間に割って入った。

「すみません、透おじさん、気にしないでください。この人、いつもこんな感じなんで」

「ああ、いや、すごい方だとウワサでは聞いていますが……。古町でレコード屋を経営しているんですよね? かれんちゃんの会社の近くで。私も音楽は結構好きなんで、今度お邪魔しても良いですか?」

 透が笑顔で言うと、昴も笑顔を見せながらカバンの中から自分の名刺を取り出して透に渡した。

「ええ、もちろんです。オススメのレコード、紹介させてください」


 かれんはホッと胸をなで下ろした。

 まったく、昴は本当にいつでもどこでもマイペースなんだから、とかれんは少々批判がましい目線を昴に向けた。

 長い付き合いのかれんだって、昴が時々「どこからそれがわかったの?!」というような発言をすることにはビックリさせられていると言うのに、初対面の人にもやってしまうなんて……。


「――あなた」

 一通り透への挨拶が終わると、妙子が透に小声で話しかけた。「実は近所の田中さんの家に行かないといけない用事ができてしまって……。ちょっと行って来ます」

「ああ、わかった」

 妙子はかれんと昴に「すぐ戻るから」と会釈して、家を出て行った。


「――あの、妙子おばさん、どんな様子ですか?」

 かれんが言うと、透は「ああ」と言いながら、さっきまで妙子が座っていたかれんと昴の向かいのソファに座った。

「ああ、莉子のことは心配しているよ。でも、相変わらず何も話さなくて」

「そうですか」

「で、かれんちゃん、莉子の方は?」

「元気です。でも、相変わらず何も話してくれなくて……。妙子おばさんはどんな感じですか?」

「こっちもだ。妙子は何も話さないよ。あの二人、一体何があったんだろう」

 透が小さなため息を吐いた。


「――あの」

 かれんと透の会話を黙って聞いていた昴が、ニコニコしながら口を開いた。「いろいろとお話を聞きたいんですが、良いですか?」

「ああ、もちろんです。服部さんは今までにもいろいろと、厄介ごとを解決したりしてきたとお聞きましたが……」

「僕、そんな風に思われていたんですか? ねえ、かれんちゃん?」

 昴が隣に座っているかれんに笑顔を向けた。

 まったく、自分の母親は妙子と透に昴のことをどのように話したのだろうか、とかれんは思った。

 厄介ごとを解決か……。まあ、確かにその通りだけど。


「あの二人に何があったのかもわかりますか?」

「わかると思います。でも、今の状態ではまだ何もわからないです。一番良いのは僕が真相を暴くよりも、莉子ちゃんと妙子おばさんが正直に話してくれることなんですけどね」

「まあ、確かにそうですけど」

「かれんちゃんから聞いたんですけど、妙子おばさんと莉子ちゃん、この間の母の日の夜まではいつも通り仲が良かったんですよね? で、朝になったらいきなりケンカしてて、それ以来莉子ちゃんは口も聞かなくなった、と」

「そうです」

「何かお二人がケンカしてしまう心当たりとかはありますか?」

「いえ、それが何も……。莉子は、父親の私が言うのもなんですが、今どきのにしては珍しく小さい頃から聞き訳の良いでした。

 私にも妻の妙子にも口答えしたこともないし、特に莉子と妙子は私が呆れるくらいいつも一緒で仲が良かったんです。私の知る限り、あの二人がケンカしているところ見たことは、今までに一度もないですね」

「ふーん。そうすると、よっぽどのことがあったんですね、きっと。

 ――わあ、あれ、すごいですね! 莉子ちゃん、読書感想文であんなすごい賞をとったんですか?」

 昴が部屋の壁に飾られている賞状を見ながら、急に感嘆した声を上げた。


(――まあ、確かにすごいけど)

 まったくこの男は、今、莉子ちゃんが母親の妙子とケンカした原因を聞いていると言うのに、いきなり何で読書感想文のことを持ちだすのだろうか、とかれんは呆れた。

「ああ、莉子は読書が好きで……」

「あれ、何の本を読んだ感想を書いたんですか?」

「何だったかな……?」

 透は首を傾げた。


 昴は透の様子をニコニコしながら眺めていると、話を元の莉子と妙子のケンカの件に戻した。

「例えば、あのお二人がケンカしたとかそういうことではなくて、何か気付いたこととかありませんか? 例えば最近、お二人が、もしくはどちらかが何か変わった行動をしたとか」

「それが……」

 透がいきなり表情を曇らせて言葉を濁したので、かれんは「あれっ?」と思った。

(――まさか、透おじさん、何か心当たりがあるの?)

「何かあったんですか?」

 昴もかれんと同じことを思ったらしく、表情は笑顔のまま、身を乗り出してきた。

「実は、妙子が……。もしかすると、妙子は浮気しているかもしれないんです」


「えっ?!」

 かれんが思わず驚きの声を上げた。「そんな、透おじさん、まさか、妙子おばさんに限って……」

 かれんが言うと、透は暗い表情をしたまま首を横に振った。

「かれんちゃん、私も信じたくないんだ。でも、莉子と妙子がケンカしたのも、それが原因じゃないかって……。それほどのことじゃないと、あの二人がケンカする理由なんて思い浮かばないし……」

「何か心当たりがあるんですか? 妙子おばさんが浮気している心当たりとか?」

 かれんよりは冷静な昴が訊くと、透は今度は首を縦に振った。

「心当たりと言うか、妙子を見かけたと言う近所の人がいるんです。見かけただけなら別に怪しくもありませんが、その、見かけた時の妙子の様子が変だったらしいんです」


 透はその妙子を見かけたと言う近所の人の話を、詳しく語り始めた……。

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