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「――でも、何であの女の子にも、あの中田って社長が猫をひいた犯人だって言わなかったの?」

 かれんがふと疑問に思って言った。

「だって、あの中田って人が猫をひいた犯人だって女の子に言ったら、野辺さんにもそのことがバレちゃうでしょ? バレたら、さすがに野辺さんと中田さんの仲がギクシャクになっちゃうよ。それは避けたかったし、かれんちゃんの会社的にも良くないかなって思って」


 確かに昴の言う通りかもしれない。

 野辺は善良な人間だが、その善良さゆえに「自分のことを犯人に仕立て上げた」人間とは付き合いにくくなってしまう可能性がある。

「ふーん」

 かれんは昴に感心しつつも、何でもないような口調で言った。

「まあ、あの中田って人も一応報いは受けているし。僕が女の子の声マネしている時の表情、さすがにビックリさせ過ぎたかなって、ちょっと反省したよ。人間見ているような表情してなかったしな。まあ、自業自得なんだけどね」

 かれんは昴が女の子の声マネをした時の中田の表情を思い出して、確かにあの時の中田の表情はお化けか何かを見ているかのようだったな、と思った。



「じゃあ、私たちも帰ろうか? 昴も店に帰るでしょ? 私、一旦会社行くから、乗ってけば?」

「ありがとう、乗ってく」

 昴は笑顔になると、かれんの後をトコトコと着いて来た。

 かれんの車が停まっている場所まで来ると、昴は持っていたトートバッグを助手席に置きながら、「そうだ」と思いついたように言った。

「何?」

「ちょっと、そこで飲み物買ってくるよ。かれんちゃんも何か飲む?」

 昴が近くの自販機を見ながら言ったので、かれんはちょうど飲みたかった缶コーヒーを買って来てと昴に言った。


 昴がトートバックから財布だけ持って自販機の方へ行ってしまうと、かれんは「はあ……」とため息を吐いた。

 ――やっぱり、自分は昴には敵わないんだ。

 今回も、昴はまんまと鮮やかに野辺の家の壁にペンキを塗った犯人を見つけ出してしまった。

 しかも、野辺や自分の会社に配慮するようなことまでやってのけてしまったのだ。

 まあ、今回の野辺の件は自分から言い出したことだし、別に良いんだけど……。


 かれんはいろいろと考えながら、ふと助手席に置き去りにされている昴のトートバッグに目をやった。

 トートバッグの中から、何かがはみ出ている。

 かれんが何気なくそのはみ出ている「何か」を引っ張り出してみると、それはポストカードだった。


 初期の、まだブライアン・ジョーンズが生きていた頃のローリング・ストーンズのメンバーが並んで写っているポストカードだった。

 ポストカードって……。

 かれんは何だか胸騒ぎがして、ポストカードを裏返してみた。


 消印は東京の文京。

 ここ一週間の間の日付だ。

 あて先は「マーズレコード(Mars Records)」の服部昴。

 差出人の住所も名前もない。


 かれんは胸をドキドキさせながら、ポストカードの下の方を見た。

 ポストカードの下の方には、達筆な文字で、


「どうして、何も言って来ないの?」


 という言葉だけが書いてあった。



(――この字)

 この達筆な文字には見覚えがある、とかれんは思った。


 前に仕事帰りに昴の「マーズレコード」へ立ち寄った時。

 店内のテーブルの上のCDとCDの間に挟まっていた、ビートルズの「Live at the BBC」のジャケット写真のポストカード。

 そのビートルズのポストカードの裏に書いてあった文字と、まったく同じ筆跡だ。

 あのビートルズのポストカードの裏には、

「あの時のこと、覚えてるよね?」

 と書いてあった……。


(――これって、どういう意味なの?)

 このストーンズのポストカードを送って来た人物は、筆跡から見て、どう考えてもビートルズの「あの時のこと、覚えてるよね?」のポストカードを送って来た人物と同じだ。

 その達筆な文字の人物が昴に宛てて「あの時のこと、覚えてるよね?」「どうして、何も言って来ないの?」と送って来るとは、どういう意味があるのだろうか。


 かれんはポストカードに書かれた達筆な文字を、ジッと見つめた。



「――かれんちゃん、お待たせ」

 車の助手席のドアが開いて、昴が顔を覗かせた。

 かれんはポストカードを持ったまま、昴の方を向いた。

「あっ、お帰り」

 かれんは何でもないような表情をして言ったが、内心は胸をドキドキさせていた。


 このポストカードを見たことが、昴にバレてしまった……。


「ああ、それ」

 昴はかれんが持っているポストカードに気付いたが、いつもと変わらない表情でニコニコしていた。

「これ、カバンから落ちてたから、拾ったの……」

 かれんはとっさに何でもないような表情のまま、昴にポストカードを渡した。

「ありがとう。それね、僕の東京時代の子が送って来たんだ」

「東京時代の子?」

「うん、すごく良い子だったよ。――はい、かれんちゃんの分」

 昴はポストカードの代わりにかれんが所望した缶コーヒーを渡すと、ニコニコしながらカバンにポストカードをしまった。


(――「東京時代の子」って、昴とどういう関係だった子なの?)

 かれんは昴に突っ込んで訊こうとも思ったが、訊けなかった。

 昴も昴でポストカードのことはすっかり忘れて、また、ストーンズの話の続きを始める。


 かれんは昴が一方的に話してくるストーンズの話を聞き流しながら、心の中ではあのポストカードを送って来た「東京時代の子」のことばかり考えていた。

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