第3部 それぞれが動き出す
第7章 依頼
7‐1.一時帰宅
たった一日だが数日ぶりのように感じる梨乃の部屋に、藤原と生田は返ってきたばかりの四人を集めた。
「今後は私用での外出は禁止だ」
「はい……」
やっぱりだった。犯人が分からないとはいえ、実際に誘拐まがいの事件が起きてしまったのだ。上も相応の対応を取らざるを得ないだろう。
もう外の世界を見ることはできないと落ち込んだ梨乃の頭を、生田は撫でる。
「まぁ、梨乃が無事に帰ってきてくれて良かった」
藤原はその隣で一ノ瀬たちを労う。
「三人ともよく見つけてくれた」
「いえ、俺たちがついていながら誘拐なんて……。すいません」
三人の反省の意図は強かった。血が繋がっていなくとも、娘同然に接してきた梨乃を目の前で見失った。心へのダメージは大きい。
「疲れただろう。数日は休みを取るといい……と言いたいところなんだが……」
藤原は何やら言葉を詰まらせた。諦めたのか言うしかないのか、頭を掻きむしったあとゆっくりと続けた。
「あの、な。一ノ瀬と双葉には、長期間の依頼が来てるんだ。それも明後日から」
「明後日……。どんな内容ですか」
「詳細は明日話す。とりあえず今日はもう休んでくれ」
そうやって藤原は何度も言うのを躊躇うのだった。
「何でしょう。私たちに依頼って」
「全然分からないな。藤原さんは所長だからここを離れられないとして、生田さんなら外に出られるくらいの能力と立場があるんだが」
梨乃の家で夕飯を食べる一ノ瀬と双葉は、さっきの依頼の件が気になって仕方なかった。料理を作っている最中から二人はそのことばかりを考えている。
二人のやり取りの横で一人、梨乃が不機嫌そうに顔をしかめて食べていた。
「……」
「……どうした、梨乃」
「別に……」
一ノ瀬が不機嫌な理由を聞いても何もない素振りをする。双葉が聞いても同じような反応が返ってきた。
二人の頭に思春期の問題が軽くフラッシュバックするが、あれはもう完全に解決した問題だ。であれば、梨乃の脳内にまた新しい感情が生まれたということになる。
しかし平凡な人付き合いしかしてこなかった一ノ瀬と双葉には、それが何なのか分からなかった。すでに場はしんとして、一刻も早く夕食を終わらせたいという念だけがうるさく漂う。
「ごちそうさまでした。ちょっと生田さんに用があるんだけど、どこにいる?」
いち早く食べ終わった梨乃が立ち上がり沈黙を破った。
「今日は色々やることがあるって言ってたから、たぶん監視室じゃないか」
「分かった」
そして食器を片付け、家を出ていってしまった。
「生田さんに用って何だ。こんな時間に」
「分からないです……」
梨乃の捜索に時間がかかり遅くなったということもあって、時計の短針はもうすぐ真上を指そうとしている。
夜中に急に出かけることは、思春期のあの夜を除いて今までに一度もない。それだけに梨乃が出ていくのが不思議だし不安だった。
「双葉」
「はい」
一秒にも満たない一瞬の会話。それでも二人は手と口の動きを速める。料理を急いで食べ終え、皿洗いなど後回しにして静かにあとを追った。
梨乃は嘘を言っていたわけではないらしく、家を出てから真っすぐ監視室の方へと向かっている。
ただ、時折周りを見回して警戒している様子を見せた。
誰にも知られたくないような何かを隠しているのかと、気分が悪くなりそうな考えがどうしても頭を過ってしまう。
やがて梨乃は監視室の前で止まり、左右を一瞥してから中へと入っていった。一ノ瀬と双葉は扉の外で耳を澄ます。
* * *
モニタと卓上のライトだけが光る薄暗い監視室で、生田が一人作業をしていた。藤原がいても梨乃にとっては別に問題じゃないが、これはこれでありがたい。
「どうしたー、梨乃。こんな時間に。眠れないのか」
生田は入ってきた梨乃を見るが、すぐに作業をするモニタに視線を戻してそのまま話し始める。
だが梨乃の声は聞こえてこない。それには生田もさすがに手を止めた。
「どうしたんだよ、梨乃。何かあったのか?」
顔をしっかり見てみれば、というより服をギュッと握り俯く梨乃の姿を見れば、ただ事じゃないことは分かった。
ひとまず椅子に座らせ水を飲ませると、梨乃は一言「モヤモヤする……」とだけ言った。
「モヤモヤ……?」
「帰ってきたとき、あの二人に依頼が来たって言ってたでしょ。そのときからずっとモヤモヤしてるの」
生田は少し考える。
この狭い世界にいるのは梨乃を含め六人という数少ないメンバーだ。渦中の二人の言動くらいは簡単に想像がつく。
この感情の問題の答えはすぐに分かった。
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