第52話試練の終わりと


「今日で終わりだな。このアホみたいな試練とやらが」

「だな」


席に座っている伊織の反応は淡白だ。


理由は伊織の双子の姉である神無月琴音の失踪だろうか。

流石に、学校側が生徒に言う事はなかったが、この年頃にも関わらず人間は噂を好む。特に悪い物に限っては食い付きもいい。

どこからか耳にした情報を誰かが他の誰かへと伝え、すぐに細菌のように拡散されていく。


この教室では伊織に気を使っているのか、暗黙の了解のように誰もこの件に触れない。

数日前であれば、お構い無しだっただろうが、七日もの試練でメンタルやら意思やらを叩き折られたか。どちらにしても良い事だ。下手に暴走しても見ているこっちが疲れるだけだからな。


「伊織、少し顔を貸してくれ」

「……ああ」


伊織は俺からの提案を一瞬の迷いを見せたが、了承した。翔が俺を制止させるように視線を送ってきたが、俺は構わず廊下に出た。

廊下を歩けば、あからさまな視線は一切無いが、チラチラと伺うような視線を感じる。後ろから一定の距離を保って付いて来る男子生徒へと殺気を込めて睨み付け、引き返させる。

俺がしようとしている話は誰かに聞かせたい話ではない。


誰も居ない屋上へと着き、俺は伊織に問いを投げ掛ける。


「土曜日の夜、神無月琴音からお誘いがあった」

「そうか、初耳だったな。それで?琴音からの誘いを受けたのか?」

「何も知らないふりはよせ。俺のメールアドレスを教えたのはお前だろ?」

何故なぜそうなる。メールアドレスなんて幾つも持つもんじゃないだろ」


普通の高校生はそうだろう。多くて二つか三つ。常識の範囲で生活しているのであればそれが普通だ。

だが、伊織も実家の神無月家経由で僅かに耳にしているだろうが、俺は普通の高校生ではない。この数週間で鎌を仕掛けていたのは伊織達、十二の名月や三皇家の子息だけではない。

彼らが俺についてどこまで知っているのかを少しずつ確認していた。

結果、彼らは俺については聖王協会の何かしらの関係者という事以外には何も知らない。この事が分かった。


俺は伊織にもう少し踏み込んで話す。


「俺がお前達に教えたメールアドレスは、この学校の人間にしか教えてないんだよ。真美にも夜にもフェーンには別の手段を用いて連絡を取っている。現時点で俺のメールアドレスを知っているのは翔と伊織──お前だけだ」

「俺は信用されていなかったという事か」

「いや、信じているさ。俺は信じない事を信じる」

「何だよそれ。頭のネジがぶっ飛んでるな」


伊織はあきれた笑いを浮かべながら、扉にもたれ掛かる。


「そんな生き方、疲れないか?」

「何事も慣れればどうって事もない。それに初対面の相手に警戒しない方がおかしい」

「確かにそうかもしれないな。帝の場合は特にな」


伊織は納得したかのような表情を浮かべ、俺の瞳をまっすぐに見つめた。


「俺だ。帝、お前の言う通り琴音にお前のメールアドレスを教えたのは俺だよ。お前なら、あの晩に琴音を助けてくれると思っていたのにな」

「俺をヒーローか何かと勘違いしていないか?俺はただの高校生だ」

「……違うだろ」


伊織は俺の胸ぐらを両手で掴んだ。


「お前なら琴音を助けられると言った。お前だけがだ」

「それは初耳だな。別の提案をされた」

「だが、お前なら分かってたんじゃないか!?」

「そうだな、知っていた。アレの正体と救い方を」

「……だったら救うべきじゃないのか」


伊織はかすれた声で繰り返した。


「救うべきだっただろ。それが正しさだ。正義だ」

「伊織、正義なんて物は他人に押し付けた瞬間に悪へと変わるぞ」

「知っている。睦月みたいに馬鹿正直に正しさを追い求めている訳じゃない。でも、持たざる者は、何もなせない弱者は正義にすがるしかないんだよ。俺の正義は、きっと誰かの悪と等号で結ばれている。けれど俺は、それでも姉を──あいつを助けたっかた」


いつもヘラヘラして掴み所の無い伊織は、いつにも増して真剣な眼差しで俺を見ていた。

苦手意識を持っている印象だったが、以外と姉弟としての感情は持っていたらしい。


「そうか、だがもう遅いかもな」

「どういう事だ?」

「あの女は、指名手配犯の元へと向かったらしい」

「はっ?」

「聞いてなかったのか?」


伊織は戸惑いながらも頷き肯定した。


「だが、そのうちまた会うだろうな」

「どうしてだ?」

「勘だ」

「……勘かよ」


だが、これは間違いないと思う。

俺の知っている革命家レジスタンスであれば、もう国外へと逃げる頃だ。だが、そうはしない。それは、まだ達していない、そしてやらなければならない目的があるという事を意味している。

神無月琴音は"封縛の魔女"の異名を持つ、高位の異能力者と聞く。護衛としてか交渉の仲介者として、もしくは尖兵として出てくる事もあり得なくはない。


「まずは、情報を集めない事には何も始まらないだろうな。神無月家は、既に動いてるんだろ?」

「ああ、だが一向に手がかりは見つからない」

「まあ、そう簡単に見つかるなら苦労はしないだろうし、あの女はそこまで馬鹿な真似はしないだろうしな」


伊織は頷き同意した。


「話は終わりだ、教室に帰っていいぞ」

「はいはい」


伊織は先に降りていった。

俺はしばらくただ空を眺め、屋上を後にした。


今日は確か、試練の最終日だったな。

俺達Fクラスは最下位だろうが、断トツではないだけよかったと言うべきかもな。能力だけを見たら、圧倒的に劣っている訳だしな。

……そういえば、勝ち数の殆どは伊織と翔だったな。なかなかのファインプレー。あの二人が頑張っていなければ下に頭一つ抜けた結果だったかもしれない。実際に、そうだったろう。


試練は今日の午前中まで、正式な結果は放課後。

興味が無い訳ではないから確認しておくか。


放課後になり、フェーンを連れて掲示板へと足を運んだ。

真美と夜は先に部活動へと向かい、伊織は会長から呼び出しをくらった。翔は伊織に付いて行った。


案の定、俺達は最下位。

一位はEクラス、二位はAクラス、三位は同率でCクラスとDクラス、四位はBクラスで最後が俺達Fクラス。

一位と二位の勝数が多い為、三位から下は負け越している。俺のクラスも知らない間に負け数も増えているし、勝手に模擬戦をして勝手に負けたのだろう。


掲示板に記された結果を確認して立ち去ろうとしたところで後ろから声がかけられた。


「帝さーん!」

「織姫か」


織姫は元気良く手を振りながら近付いてきた。結果の確認に来たのだろう。

後ろには如月と日吉だったか、長い黒髪をポニーテールにしている少女を伴っている。


「帝さんのクラスはどうでした?」

「無事に最下位だ」


織姫は小さく笑う。


「面白い人ですね。私達は……五位みたいですね」

「Bクラスは十二の名月の子息が三人もいるのに結果は芳しくなかったみたいだな」


俺の言葉に如月が一歩踏み出しながら答える。


「私達は積極的に行動しませんでしたから。仮に、模擬戦を申し込んだところで相手方は了承してくださらないでしょうし」

「だろうな」


勝てる気がしないだろうし、勝ったとしても面倒だろうからな。


「睦月くん達男子が頑張ってたみたいですよ。私は何もしてないですけど」

「そうかい。織姫の能力は戦闘に向いてないからしょうがないとも言えなくはないと思うけどな」

「フフッ、優しいんですね」

「このくらいなら、誰でも言うんじゃないか?」

「クラスの男子は変に気を使ってて、逆に関わりにくいというか……」


それは、睦月弟が嫌な顔をするからだと思うぞ。


「それにしても、睦月弟はいないんだな。いつも、一緒に居ると思ったんだがな」

「そんな事はありません」

「おぉ」


ポニーテール少女の唐突の発言に思わず後ろに引いてしまった。

初めて声を聞いた気がする。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

「はい分かりました。睦月殿はしょっちゅう付いて来ますが、本日は断りを入れましたので」

「そうですか」


俺は思わず敬語で返した。


「まあ、人間関係は難しいからな。何らかのコミュニティに属する以上、人付き合いからは逃げられないから大変だろうけど頑張って」


自分で言ってて意味が分からない。


「どうもありがとうございます」


いい加減な俺に日吉は律儀に返した。


「俺達は行くから、またな」

「またね!」

「ごきげんよう」

「それではまた」


ごきげんようって言う人、実在するんだ。

とっくの昔に絶滅したと思ってた。

それにしても、場をわきまえているのか神無月琴音の話を一言もしなかったな。この状況下であれば、睦月弟の近くで暴走させないように見張っておくべきだと思うのだが。

高校生なんだから、そこまで子供ではないという理屈とは無縁な人間だと思うんだがな。自分こそがヒーローとか素で思ってそうだし、無意識のうちに他人を見下している性格だ。火種一つで盛大に暴発するかもな。


「……ボス」

「フェーン、どうした?」


俺は歩きながら、顔だけをフェーンへと向ける。


「……何もしないの?」

「何もしない……とは神無月を助けろと?」


フェーンは無言で頷く。


「何も考えてないが──」


あの時、好きにすればいいと言ったのは他でもない俺だったな。

その結果がこれか。

間違った事をしたとは思ってはいないし、正しいとも思っていない。

けれど、俺は何度同じ選択を繰り返す事になろうとも、選び取る結果は変わらないと思う。

意味の有無は関係ない。正義も悪も興味ない。


「神無月琴音は革命家レジスタンスのところに向かったらしい。俺達が追わずともいずれぶつかる敵だろう」


神無月が俺の話を聞けば、この学校への干渉はより露骨な物になる。

手段も被害も一切考えずに面白半分でこの学校を自身の玩具に変えるだろう。あれは、自分の目的の為ならどんな手も使う。自分自身でさえ、使い捨てるだろう。

そして、革命家レジスタンスは追い詰められれば追い詰められる程、奇策は用いない。正攻法を使ってくる。だが、次の一手を完全に読みきるのは非常に困難。

対策課は数名の異能力者で追っていると聞いたが、それでもあの男を捕らえる事は不可能と言ってしまってもいい。

もしそうなってしまった場合は、ただの傍観者として見守るのもいいが、十中八九面倒事は俺へと襲いかかる。そうなれば、対処するのは結果的に俺になる。対策課もジョーカーもそのような事態に陥った場合は無視を決め込むだろう。


「どう転ぶにしろ、俺がどうにかするしかないのかもしれないな。憂鬱だ」


いきなり呟いた俺の言葉は、フェーンの耳に入ったかもしれない。


自宅へと帰宅し、リビングで寛いでいる。


ソファーに寝そべり、体の位置を微調整しながらベストポジションを探る。


「帝さま、少しお時間よろしいでしょうか?」


ヴァルケンが前置きをして話そうと口を開こうとした瞬間、耳障りなノイズがリビング中に駆け巡る。

眉をひそめながらノイズを放った音源へと視線を向ける。


「テレビか」


音源はテレビであり、画面は様々な色彩の波が無尽蔵に流れる。


「テレビの調子が悪いって事でもなさそうだな」

「電波ジャックでもされているのでしょうか?」


ヴァルケンの言葉に肯定も否定もしない。


画面は一人の中年の男を映す。

痩せ細った金髪のイタリア系アメリカ人の男。顔や体から骨が浮き出ており、それでいて力強ささえ感じる迫力。


『我々同盟社はこの世界のあり方を抗議する』


そして、男は消え、先ほどまで映っていた女性のニュースキャスターが慌てた様子で説明を始めた。


「あの男は誰なのでしょうか?」

革命家レジスタンスだ。あいつは馬鹿なのか?一線を越えやがったぞ」


異能力者は歴史の表舞台に出てはならない。

これは暗黙の了解であり、破ってはならないタブーだ。それをあの男は嘲笑うように越えた。

過去にも大小の事例はあるが、表舞台に出る、もしくは故意に一般人に異能力を見せびらかした者は大抵は処分される。俺も、何人か処分した事はある。やむを得ない状況ならば仕方がないとして減刑されるか無罪放免になる時もあるが、これはその例外にひ入らない。

過去には、気になっている異性に魅了チャームをかけただけで処分された者も、一人息子を殺された復讐に発火パイロキネシスを行使した為終身刑を受けた異能力者も

いるくらいだ。

対策課には荷が重いと判断した聖王協会とトワイライトが重い腰を上げるかもしれないな。

どっちにしろ、革命家レジスタンスのしでかした事は冗談ではすまない。最悪の場合は、俺まで強制的に駆り出される事になるだろう。


「とんでもない事をやってくれたな。……それにしても、あんなふざけた真似をするような奴ではなかったはずだが」


あの男もあの男で状況が変わったのかもしれない。


「同盟社と言っておりましたが、それについては直ちに調べさせましょう」

「ああ、助かる」


ヴァルケンは地下室へと続く階段を降りていった。


スマートフォンが着信音を軽快に鳴らす。


「何だ?もう深夜だぞ、伊織」

『今の見たか!?』


切迫感を隠さない──隠せていない口調で伊織電話越しに問いかける。


「電波ジャックされたテレビの映像だろ?」

『そうだ。両親はあの男について何も言ってなかったが、お前は何か知ってるか?』

「知らないな。だが、あいにく明日は祭日で学校は休みだ。ゴールデンウィークだからな」

『帝、お前の意見を聞きたい。明日、時間あるか?』

「構わんよ。午前の十時に学校前の駅に来い」

『了解した』


伊織はそれだけ言うと、通話を切った。

俺が何も言わないが、何かを知っていると察したのかすぐに話を合わせたのは見事だ。傍受される可能性を考慮している。


革命家レジスタンスが言っていた

今、現時点で判明しているのは神無月琴音ただ一人。他に無数に有象無象がいるのか、強力な助っ人がいるのか。

こちらが追い詰めるという攻める側ではなく、守る側に回るのは初めてだ。

俺の異能力は攻める──殺傷能力が高い物ばかりだ。とても守る事に向いていなさすぎる。何かしらの技なり魔術技マジック・スペルなりを習得すべきかもしれないな。誰か、守備に向いている他人に押し付けるのも一つの手だな。それが一番手っ取り早く確実だ。

ジョーカーに、誰か送ってくれるように頼むか。癪だが、聖王協会としてもこの事態は見過ごせないだろう。


リビングの片隅に置かれた台の上に置かれた携帯電話を手に取る。


「ガラケー、前時代の遺物だな」


ボタンを操作し、目的の人物に通話を繋ぐが──


「繋がらない。まあ、向こうも慌てて対策会議でもやってるのかもな。なら、あいつだな」


俺は別の人物へと通話を繋ぐ。


「あっ、繋がった。もしもし和尚」

『誰かと思えば帝、お前か』


旧友に会えたようなどこか嬉しげな声音に少し、勢いを削がれた気がするが要求を突き付ける。


「状況は分かっているな?」

『ああ、革命家レジスタンスが日本でやりおったらしいの』

「ああ、もう対策課と十二の名月達では荷が重い。誰か援軍を送ってくれないか?」

『それは難しいの』

何故なぜだ……。いや、そうか、ジョーカーと吸血鬼のババアと対策課の長官が既に話をつけたのか」

『そういう事じゃ』


俺が伊織と連絡を取り合ったと同様に、組織のおさ同士も連絡を取り合ったのか。それも瞬時に端的に。


「どういう役回りになったんだ?」

『トワイライトが今回の騒動の沈静化、その後聖王協会がこの騒動その物を事にする』

「そして、対策課が対策課が革命家レジスタンス達を対処か。困難の極みだな」

『既に決まった事じゃ。それに、何かしらの奥の手があるような言い方じゃったらしいぞ』

「そうか、そろそろ切るぞ」


向こうの返事も待たずに通話を切った。


奥の手というのは、新しい"勇"とやらか。

そいつ一人でこの状況を引っくり返せるとは思えないが──いや、もしかするとありうるかもな。

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