第51話ヤベー奴とヤバい奴
「えーっと、助けてもらってなんですが、どちら様ですか?」
「神月だ。東京行きの
「ありがとうございます!」
「きます!」
私は神月さんに注意を促すように声を張り上げます。
神月さんは全ての鞭を消滅させます。
「……す、凄いですね」
「最近、力が少し戻ってきてな」
「そうですか。それは何よりです」
私達の今までの苦労が無駄に感じます。
神月さんは無気力そうに見えて、とても繊細に魔力を操り
体を少しずつ、そしてスピーディーに消滅させて、逃げられないように常時周囲の空間を操っているのか動けなくしていなす。
どこかに潜んであった
「神月さん!」
私達はすぐに立ち上がり、魔術を発動させようとしましたが、いらぬ心配だったようで炎が神月さんを覆っていた
球体から姿を現した神月さんは、左手に炎のボールを出現させて面倒そうに呟きました。
「あの吸血鬼のババアに怒られるかもしれないがしょうがないな。しょうがないよな。襲われてんだもん。俺はただ親切心で助けてるだけだもん」
神月さんは、まるで自分に言い聞かせるように呟きながら、
「じゃあな、エンツォくん」
炎の波が膨大な熱量を孕み
炎の波は瞬時に
「これで終わったな」
神月さんは両手をパンパンとはたきながら私達の方へ振り向きました。
「ババアの部屋、どこか分かるか?」
「ババア?それは一体誰でしょう?」
「カーミラって奴がいるだろ、金髪の。そいつの部屋に案内してくれ」
「でも、許可無く入れないように魔術陣が敷かれてあるはずですけど……」
神月さんは悪びれる様子もなく暴論を吐いた。
「破ればいいだろ」
「えっ?破る……ですか?」
「ああ、破る。あの傍若無人で唯我独尊の年季の入りすぎたババアには、ちょうど良い嫌がらせになるだろ」
恐らく、その嫌がらせのしわ寄せは私達に来るんですけど。他人の部屋に許可無くずかずか力ずくで入ろうとしているあなたに言われたくないと思うんですけど。そもそも、この学校に許可無く入った時点で既にトワイライトに喧嘩吹っ掛けているんですけど。それに、他人の
ツッコミしていいのかな?言っちゃっていいのかな?
「それで神月さん」
「何だ?」
一人で部屋を出ようとしている神月さんを呼び止める。
「カーミラさんの部屋の場所をご存知なのですか?」
「場所が変わってなければな」
つまり、この施設に来た事があるのか。
学校とトワイライトの本部のそれぞれからカーミラさんの部屋に直通のドアがあるから──
「もしかして神月さんってOBですか?」
「違うぞ。何度か招かれただけだ」
「そうですか、そうですよね。私達とあまり年は違わなそうですし」
「そうだな、十五だ」
「そうなんで──」
「私もです!よかったら友達からどうです?」
「まっ、まあ、友達からなら」
ミランダちゃんが異様な食い付きを見せた。
レオ姉があらあらと微笑ましく眺めている。
神月さんは少し困った顔を見せて、ミランダちゃんに端的に返していた。
その反応から私は察する。あの人はフリー。恋愛とは無縁なタイプ。顔はまあまあだから地味にモテるかもしれないけれど、少なくとも彼女はいない。彼女持ちの男子は少し優越感が身から滲み出てるから何となく分かるけど、あの人はちょっと違うかな。優越感とかは感じない人かもしれないけれど無駄な物を全て削ぎ落とした生き方をしている印象。
グレーさんとは少し似ていない事もないけど、神月さんはちょっと異質っていうか、どこか人間らしさを感じない。確かにそこにいるんだけど、どこか別の場所に居て別の場所を見ているみたい。
ミランダちゃんの言葉の猛攻を不器用ながらいなしていた神月さんは私の視線に気が付いたのか、私へと無言でどうしたのか尋ねる。
私は無言で首を横に振った。
神月さんは腕時計を見ると、少し慌てた様子を見せた。
「そろそろ行く、そんじゃまたな」
神月さんは走り去って行った。
なんだか凄く疲れた。
思い返せば、倒したのは神月さんだけど私達はあの
「終わったね」
「終わったな」
「終わったわね」
私もミランダちゃんもレオ姉も力無く倒れた。
しばらく立ち上げれそうにないな。
あの
そのカーミラさんの部屋は案の定、扉は跡形も無く破壊され、
その翌日、私達に全ての責任を押し付けようとしていた、カーミラさんが執らないためトワイライトの実質的指揮官になっている元老院の人達に呼ばれ、トワイライトの本部に向かった。
ミランダちゃんとレオ姉も一緒だ。
「大丈夫、私が付いてるぜ」
「えぇ、飴でもなめる?落ち着くわ」
「大丈夫だよ。秘策があるの」
それは、何を言われても「はい」と大人しく返して相手を怒らせない事。
最終的な判断はカーミラさんが下すらしいから、怒らせなければこっちの物だ。
木製の扉にノックする。
「失礼します」
「入りたまえ」
年配の男性の声が聞き、ミランダちゃんとレオ姉と扉を通る。
薄暗い部屋の奥には、玉座のような椅子に座る五人の男性達。誰もが年を召している。
カーミラさんが老害と言っていたから、カーミラさんに年齢を聞いたら睨まれたな。神月さんがババアって言ってたから少し気になる。
「今日はわざわざ、お前達の為に時間をとった事に感謝するといい」
呼んだのはそっちだけど。
「早速本題に入るか。君達は聞いたところによると、我がトワイライトの異能力者の逃げろという発言を無視し、勝手に戦ったらしいな。それはトワイライトの意向を踏みにじる事と等しい。分かっているな」
「はい」
カーミラさんが出掛けた途端、こんなに偉ぶらなくても。
「そして、勝手に戦い優秀な異能力者を五人も病院送りか。頼もしい限りだとも」
「はい」
「ウィーレ魔術聖堂も滅茶苦茶だ」
「はい」
「それに
「はい」
「さっきから同じ事しか言わないな」
「はい」
「まさか、私の話を聞いていないのかね?」
「はい」
「……侮辱しているのか」
「はい……えっ?すいません、もう一度言ってももらえますか?」
無心で返していたら、
「お前はもういい!お前は覚悟しておけ。私達を
うわー、心狭いな。これだから中間管理職は。
「ミランダ・メーディン」
「はい!」
「その都合良く助けてくれた日本人の少年。いるはずもないが、一応聞いておこうか」
「神月さんです!」
「か……神月と言ったか?」
「はい!」
ミランダちゃんが嬉しそうに答える。
けれど、元老院達の顔は正反対に強張っている。まさに世界の終焉を目の当たりにしているかのように。
「そっ……その神月という少年の特徴を教えてくれ」
「夜のように美しい黒髪とルビーのように輝く瞳、ワイルドな言葉遣いに──」
延々と話し続けるミランダちゃんに、今にも死にそうな元老院。
死人のように顔を青ざめる人に頭を抱えて震える人、残り少ない髪を抜き始める人、いきなり泣き始める人、私は悪くないと繰り返し呟く人。
なんだかカオス。
ミランダちゃんが何かを言う度に元老院の人達は死へと近付いているような気がする。
「もういい」
中央に座る元老院の人が、息を切らしながらミランダちゃんを見ながら質問した。
「その……か、かみっ、神月……という男と君達はどういった関係だ?」
「友達です!」
ミランダちゃんが満面の笑みで答える。
「……そうか、今回の件は不問とする。帰っていい。むしろ早く帰ってくれ。頼むから二度とその名を口にしないでくれ」
元老院とグレーさんの反応からただ者じゃない事は分かったけど、あの人って何者なんだろう。
案外、行方不明って言われている神童だったりして。
やっぱりないかな。
部屋を後にした私達はカフェテリアで寛いだ。
私はミランダちゃんとレオ姉と普通に授業を受けるようになったからカーミラさんとの接点も極端に減った。けど、次会った時にいろいろと聞いてみようかな。
「それにしても、神月っていうパワーワード凄かったね。最初から出していけばよかったなー」
「ああ、あの人はきっと高名な方に違いない」
「でも、学校の端末機を使って探しても、神月っていう言葉は無かったわ。不自然な程に」
「誰かが意図的に隠したって事?」
私の疑問にレオ姉は付け加える。
「もしくは偽名の可能性もあるわね」
「偽名じゃないもん。神月って言ってたもん」
ミランダちゃんが拗ねたように口を尖らせる。
「そうね、情報の無さが極端すぎた。だから、誰かが隠したらと考えた方が妥当かもしれないわね」
「うん、きっとまた会えるよ」
少なくとも私はそう思う。
これはただの直感だけど、私は神月って人とどこかで会えるような気がしてならない。
暗い病棟で
トワイライトが管理する病棟の一室。
ここには、
辛うじて意識は戻ったが、
──普通であれば。
「お前は……何者だ」
自信をベットに押さえつける何かをじっと睨みながら抵抗らしい抵抗をしない。
それは単に、彼の体が彼だけの物ではなくなったからだ。
彼の衣類に付着した
少なくとも今現在は。
彼の体を黒い流動的な液体のような何かが覆う。
口を覆われようが息は出来る。
目を塞がれようが視界は良好。むしろ良くなっている。
異界で邪神の欠片と恐れられた化け物は、地球の異能力者の体を支配ではなく宿り木として選んだ。
この世界で既に二度の敗北を味わった。それも同じ相手に。
より強く。
より俊敏に。
より強固に。
より効率的に。
より獰猛に。
より狡猾に。
より凶悪に。
彼の体を作り変える。
お前は誰だ。
未だ体を作り変えられている男は突如語りかけられる。
だが、男は冷静に答える。
「私はダルテ・アルターだ。トワイライト特別執行部隊第三隊隊長、斬滅の魔術師の異名を持った異能力者だ。私に話しかける貴様は何者だ?」
俺は誰かだって?そんな事、知っているだろ。
俺はお前と戦った。そして、俺はお前を選び、お前は俺を受け入れた。仲良くしようや。
「何が目的だ?」
俺は強くなる。
だが、まだまだ力が足りない。あの小娘達にさえ手こずるんだからな。
「随分と謙虚なのだな」
「二度も?あれ程の力を持つお前がか?」
ああ、それも手加減されての連敗だ。
自信なんてとっくに砕けた。
だが──
「私と融合すれば話は変わるか」
そうだ。
話が早くて助かるぜ。それに、お前が俺を受け入れた時点で了承したと考えてもいいのか?
「意識の無い私が受け入れたと言った時点で私自身の意思ではないとは思わんのか?」
俺が聞いたのはお前の意識の奥底。
お前が最も素直で忠実な部分。これだけ言えば分かるだろ。
「貴様を望んだのは他でもない私自身という事か」
そうだ。
他の連中は俺を受け入れなかった。受け入れたのはお前、ただ一人だ。
「だが、人は欲望や本能に抗う事の出来る生き物だ。今の私はお前を否定する」
男の心の中の声が形を作り始める。
男が戦っていた時よりも大きく
その化け物が男の胸に鋭い爪を突き立てる。
分かっちゃいねぇな。
口でどうこう言ったとしても、既にお前は俺を受け入れた。
この問答は、お前の意思を聞く為の物じゃない。決定事項を伝える為の物だ。お前の体は俺との同化を始めている。
気が付いていないだろ?お前は意識は戻ったが、何も出来やしない。何も感じる事もない。
それは、今のお前の体の支配権は俺が握っているからだ。そして、俺が経験した情報をお前の脳内に記録しているにすぎない。
お前はもう俺なんだ。
男はその言葉を受け入れた。
ただ、渇望した物が手に入る。その歓喜だけ。
「貴様の名は?」
名前は無い。
だが、前の宿主はエンツォとか言ってたな。
男と化け物の同化が終わる。
「オレはダルツォだ」
男だった何かは立ち上がる。
「まずは潜伏か。一、二年地下に潜る必要があるな」
その日、怪物は病棟から姿を消した。
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