第20話決断と実行は早いに限るが、それをするのは難しい


控え室の前に立ち、扉を何度かノックする。


「真美、居るかー」


気の抜けたような声に反応はない。

だが、確かに室内には弱々しい気配が一つある。どう考えたとしても真美だろう。真美しか考えられない。

どうしようかな?凄く入りづらい。


「入るぞー!」

「っちょ!ちょっと待って!」


俺の発した大声に返すように、室内からも大声が聞こえてくる。

俺は真美の言葉を無視し、扉を開ける。


開け放たれた扉の先には、真美が椅子に座っていた。

隠すように袖で涙を拭きながら、隠しきれない瞳で抗議するような視線を俺に向ける。


「泣いてるのか?」

「泣いてないわよ!」

「目が腫れてるぞ。充血してるし」

「……余計なお世話よ」


その後、しばらくの沈黙が過ぎ去り、再び開口する。


「ジョーカーから断られたのか?」

「……うん。でも、ジョーカーさんの判断は間違ってない」

「そうだな。聖王協会の総帥として、正しい選択だ」


真美は俯く。


「それでも、何とか力を貸してほしかったのか?」

「うん、無理だと分かっていたけどね。やっぱりダメだった」

「真美はそこまでして何をしたいんだ?守るべき物なんてあるのか?」

「……これは私の自己満足。この世界で帝達と暮らす選択もあるかもしれない。けど、私は私の大切な物のために最後まで戦いたい!」


真美の瞳に再び燃えるような決意が灯る。

だが、──


「暑くなってるところ悪いが、元の世界まで渡る手段はあるのか?それが無ければどうにもならないぞ」

「……あっ!」

「やっぱりか」

「どうしよう!」


プチパニックを起こした真美に呆れてしまう。


「真美、落ち着け。手段ならある」

「……もしかして送ってくれるの?」

「まあな。途中まで関わっておいて、今ここでハイさよならは後味悪いからな。最後まで見届けるさ」

「……本当に?私の世界に来るつもりは無いんじゃなかったの?」


真美は泣き腫らしたその瞳を上目遣いで、そして弱々しく俺に尋ねる。


「俺は気分屋なんだよ。真美の世界に行くことは本当だ。真偽の確認は能力でできるだろう?」

「……うん。嘘は吐いてないみたい」


真美は微笑む。

とても優しく、とても美しく、とても優雅に。

そして、真美は俺に抱き付く。


「ありがとう、本当だありがとう」

「女子がそう易々と人に抱き付くなよ。はしたないぞ」

「そうね」


真美は去り際に頬にキスをしながら離れる。

頬は朱色に染まり、夢見ているかのように幸せに包まれているかのような表情をしている。

自分自身が絶賛ピンチ中だと言うことを是非とも思い出してもらいたい。俺が手を貸すと言えども、無事に全てが丸く収まる訳ではない。


「何でこうなったかね」

「何が?」

「何でもない」


これは状況とタイミングが悪かったとしか言い様がないだろうな。


「真美の世界へと出発するまで、一週間程の準備が必要だ」

「そんなに時間がかかるの?」

「ああ、ヴァルケン達に任せた仕事が無事に終わるのが大体そのくらいだからな」

「……もしかしてこうなることを見越して、最初から助けてくれるつもりだったの?」

「まっ、まあな」


当然嘘であるが、真美は真偽判定を使っていなかったため、バレずにすんだようだ。

俺もやらなければならない事のあれこれを脳内にピックアップする。


「家に帰るか」

「そうね、そうしましょう」


俺は茶封筒の中に入っていた小さな鍵を取り出す。


「それは何?」

「数分前にジョーカーがくれた魔道具レリックだ。これがあれば一瞬で家に帰れる。使い捨てだけどな」

「何度もいろんな場所を経由して帰らなくてすむのね」

「何度もいろんな場所を経由して悪かったな。多分、ジョーカーもこうなる事は全て予測済みだったんだろうな」


俺が国土異能力対策課や善神騎士団と関わる事も、全力を出せない事も、真美を助ける事も。

全てを見られているようで気持ち悪いな。


鍵に魔力を流し、潰すように強く握り締める。

両目を閉じ、思い浮かべるのは家の座標。

使い捨ての魔道具レリックであるため、丁重に扱う必要はない。使い潰す感覚で大量の魔力を流す。

魔力操作は得意だが、魔術や魔道具レリックの加減が上手くいかないため、膨大な魔力量で無理矢理起動させる。


「こんなに魔力が必要なの?」


怯えるように真美が口を開く。


「……まあな」

「今の間が怖いわよ!」


真美が俺の肩をおもいっきり叩く。


魔術の調整は真美の世界で覚えようとこっそりと誓いながら、魔道具レリックが順調に起動していることを確認する。

鍵が銀の光を帯び、俺と真美を包む。


光が収まると、いつもの見慣れた玄関に立っていた。


本来ならば、この魔道具レリックを行使するには今回のように、大して時間がかかるものではない。

僅かな魔力を注いでやれば、タイムラグ無しで起動する。


「これからどうするの?って準備するって言ってたわね」

「その通りだ、準備だな。ヴァルケン達が帰ってくるまで、俺も俺でやる事が山積みだからな」

「私に手伝う事はある?」


真美の問いに思わず考え込む。

正直に言ってしまえば、手伝われるような事は無い。


「休憩してろ、夜遅いからな」


俺の言葉に、真美は磨りガラスを見る。


「確かに暗いわね。なんだか不思議ね」


興味深げな声で話す真美に一つの疑問が生まれる。


「真美の世界には時差は無いのか?」

「じさ?それは何?」

「世界各地における時刻の差だよ」


真美はいまいち理解していない表情で首を傾げる。


俺が聖王協会を抜けた直後に召喚された世界には時差はあった。つまり、世界の構造が違うのか、そこまで文化は発達していないのか。


「風呂を沸かして入ってていいぞ。入れ方分かるか?」

「大丈夫よ。昨日、ヴァルケンさんに教わったし」


真美は自信満々に親指を突き立てながら答える。


「そうか、ならいい。俺は少し出てくる」

「えっ!?」


真美は寂しそうに俺の服の裾を掴む。


「どうしたんだ?心細いのか?」

「……うん」


真美は甘えるように、コクンと頷く。

まるで保護者になった気分だ。


「それなら、リビングに居るよ」


苦笑した俺に真美が満面の笑みで答える。


真美は一度パジャマ私室に戻り、パタパタと急ぎ足で浴室へと向かう。

よほど我が家の風呂が気に入ったらしいが、真美の世界には風呂くらいはあったと思う。ただ、真美は仮にも魔王だ。家庭用サイズの浴槽ではなく、大浴場しか入った事がないのかもしれない。


真美は顔を真っ赤にさせ、すぐに戻ってきた。


「お湯が入ってなかった」

「だろうな」


素で返す俺に真美は肩を何度も叩く。


「湯が入るまでテレビでも見るか?」

「うん、見るわ」


時間は既に夜の十二時を過ぎている。

めぼしい番組もあまり無く、適当にチャンネルを変えていく。

すると、急に速報が流れる。

どうやら、渋谷で原因不明の爆発が起きたようだ。


「始まったか」


俺の呟きに真美が視線で説明を求める。


「こっちの話だ、気にする事は無い」

「そう?……それならいいけど」


真美はこう言いながらも気になっているようだ。

俺とは別件で厄介な奴が動き出したらしい。


チャンネルを延々と変え続け、真美は浴室へと向かう。

浴室に入った事を確認すると、俺はスマートフォンを取り出し、電話をかける。

相手はなかなか出ない。

一度切り、再びかけ直す。


『何だ?こんな夜遅くに』

「俺だ、死の武器商アンダー・コレクター

『そりゃあ、分かっとるわい。それで要件は何じゃ?』

「口調変わったか?まあ、いいや。明日、お前の所に向かう。急用ができてな」

『ヴァルケンが来たが、その分の仕事は大部分終わらせとるぞ』

「仕事が速いな、金は明日持って行く。確か、座布団三つだったな」

『そうじゃ、三億じゃぞ。よくもそれだけの大金をポンポン捻出できるのか不思議じゃのぉ』

「知りたいか?」


俺の質問に、しばらく何も返ってこない。


『止めておこうかの』

「懸命な判断だ。切るぞ」

『ああ』


俺は通話を切り、再び別の番号に電話をかける。

今度は、タイムラグは殆ど無く、すぐに出た。


「俺だ」

『あら、帝様ぁ!』


スマートフォンから響く間延びした可愛らしい少女の声。


「ちょっと用ができてな、戦える奴を数人寄越せるか?」

『大丈夫ですよぉ。こっちは帝様と違って面倒事に巻き込まれてはいませんからぁ』

「ラースから聞いたのか?」

『そうですぅ。帝様の別荘にいますから私達は安全ですぅ。今晩中には帝様のご自宅には到着しますよぉ』

「行動が早いな」


クスクスと笑う声が聞こえる。


『帝様の事なら何でもないお見通しですよぉ。それにしても、異界の魔王ちゃんと二人っきりみたいですけどぉ?』


スマートフォンから聞こえる声が、不意に低くなる。


「声がこえーよ」

『あらぁ、気のせいですよぉ』

「そういうことにしておくよ。それより、あとどのくらいでこっちに到着する?」

『後、三時間くらいですねぇ。私の他にはオリヴィアとレオウェイダも居ますよぉ』

「三人か、これはかなり大所帯になりそうだな」

『どうしてですかぁ?』

「タマリ達も異界に来るつもりだろ?」

『そうですよぉ』


タマリは即答する。


「ヴァルケン達も連れて行くつもりだからな」

『そうなんですかぁ?それでも行きますよぉ。人手は多い方がですよねぇ?』

「どうだろうな」


現時点ではどうとも言えない。

タマリの言う通り人手が多ければ、取れる手段も増加する。別行動も可能となり、いくつかのグループで動く事もできる。

だが、それは報連相がしっかりできる前提だ。

ヴァルケンは大丈夫だが、ラースは勢いで行動するし、テラは気分で動く。


うん、やっぱり人手は必要だな。


「人手は多い方がいいな」


少々、大袈裟すぎる気もするが、観光気分で気楽にいこう。


『今すぐ行きますぅ』

「分かった」

『今晩は、私に帝様のごちょ──』


取り敢えず通話を切る。


長話はあまり好きではない。好きか嫌いかの二択であるのならば、俺は迷うことなく嫌いを選ぶ。


スマートフォンをテーブルに置き、録画してあったスパイ映画を鑑賞する。

さまざまな道具や技術を駆使しながら一見、不可能とさえ思われるミッションをこなす主人公達の活躍をただ眺める。

彼らは凄い、どんな状況だろうと諦めない。彼らの胸にあるのは決意と信念と信頼と絆。聖王協会ではあり得ない。確かに、決意と信念は個人差があるがそれなりにあるだろう。俺には無かったけれど。

だが、信頼と絆は最低限しか持ってはならないと教わった。信頼と絆は、決意と信念を鈍らせるからだ。

だからこそ、彼らは凄い。俺には難しい芸当だ。


俺はテーブルに置かれた茶封筒を手に取り、中の書類を読む。


白凰優馬、この男は三十年前に行方不明になり、数年前に再び存在が確認された。三十年前の当時の名は木原颯太きはらそうた

これに気付いたのは本当に偶然と言っていいだろう。名前は変わっているが、出自不明であり顔は全くの同じ物だ。

俺を同じ中学校に通わせようとしたが俺は一切通う事はなかった。何かがあれば俺に解決させようと思っていたのだろう。

その結果がこれだ。

だが、残念ながら白凰優馬では俺を脅かす程の脅威にはなれない。


「ジョーカー、アイツ情報を出し惜しみしてやがるな」


所々、不規則に抜けている情報を見ながら呟く。


「まるで絵踏みだ」


今の俺の情報で、俺がどのように行動するかで今後の関係が変わるだろう。

下手に情を出せば、俺さえも要注意人物として扱われる。

失敗すれば、無能の烙印を押される事となる。無能扱いは個人的には一向に別に構わないが、誰かにそそのかされた聖王協会の末端の異能力者達にちょっかいを出される事もゼロではない。その場合は一人残らず始末すればいいが、いちいち対処するのは非常に面倒だ。

流石にそこまではしないしさせないだろうが、ジョーカーが今の俺の実力を確認しようとしている事は確かだ。


俺のすべき事は、まず真美がどうしたいのかを聞き、それを踏まえた上で白凰の対応と、その後ろにいる何かを調べなければならない。ジョーカーは、大事な事程あまり多くを語らないが、今回の黒幕については直接注意してきた。

つまりは、──


「ジョーカーの手に余る何かがいるのは間違いないが、その存在についてはあまりよく分かっていないのか。面倒な奴の調査を押し付けられたな、正体不明とは」

「やっぱり、私の世界に世界に行くのは嫌?」


リビングにパジャマを纏った真美の弱々しい声が響く。

俺は首を後ろに倒す。


「ジョーカーからもいろいろと調べ物を頼まれたんでな。やる事は多いのは事実だな。そのための準備期間もある訳だし」

「……そう?」

「そうだ、お前がどう思おうがその通りだよ。それに、お前には俺に一つ借りがあるだろ?信じられないならそれを使えよ」


不貞腐れたような俺の言葉に真美は笑う。


「やめとく、借りは他の機会に取っておくわ。それにしても……──」

「それにしても?」

「たかだか遊びで作られた借りで、そこまで、世界を渡るなんて本当にバカね」

「馬鹿で悪かったな」


真美は俺の隣に座り、もたれるように俺の肩に頭を乗せる。


「眠いか?」

「少しね、だから今晩はここで寝させて」


どうしよう。今から客と言うか仲間が来るんだが。


「少しだけだからな」

「うん、少しだけ」


真美が俺の肩に顔を乗せ、しばらくすると規則正しい幸せそうな寝息が聞こえだす。

いろいろと疲れていたようで眠りにつくまでが早い。

ソファーの端の畳まれた茶色のブランケットを念動力サイコキネシスで浮かせ、真美にかける。今はまだ三月、それも風呂上がりだ。湯冷めで風邪になる事も十分に考えられる。


そう言えば、俺はまだ風呂に入ってなかったな。成長が殆ど止まり、老廃物が全くと言っていい程出ないが、それでもシャワーくらいは浴びたい。

タマリ達が来るまでまだ時間はある。騒がしくなるな。


そんな事を思いながら、俺も両目を閉じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る