第31話 観戦 〜理奈side4〜

「長谷川じゃない」


 女バスの試合を終えた私は、試合が終わった後に又東高に来ていた。

 陽介が出場している試合を丁度見ることができそうだったので、試合の後半だけでもと観戦しに来たのだ。


 試合会場の来客用のベンチは満員で、私は又東高の女バスにいる知り合いにお願いをしてギャラリーに上げてもらった。

 コート全体を見下ろせるし、絶好の観戦ポジションだ。後で改めてお礼を言わなくちゃいけない。

 そんな絶好のポジションで私の目に入ったのはダブルチームを躱す陽介と、それを追いかける長谷川だった。


「……上手いもんね」


 今のだって、並の選手ならダブルチームに怯んでマークにつかれて早々あんな動きできっこない。

 相手も抜きにくると分かっているのに、それでもディフェンスをかわし続けるのだからさすが陽介といったところだろう。


 ゴールから少し距離のある位置で、陽介はドリブルをやめて踏み込んだ。

 あの動きには見覚えがある。

 1on1ではあまり見せない、1on2になった状況で陽介がよく使う技、ダブルクラッチ。

 流れるような身のこなしで、簡単にネットを揺らす。


「……まあ、あいつが上手いのは百も承知なんだけど」


 見たところ北高は陽介にボールを集めていて、陽介もダブルチームを振り切ってパスを受け取っている。

 今の点差こそ六点差と油断はできないスコアではあるが、あいつ中心にゲームメイクを組み立てるなら大丈夫だろう。

 それより今気になるのは長谷川だ。藍田さんと同じ男バスの、確か陽介と同じ元シックスマン。

 しつこく藍田さんに言い寄って、プライドが高いことで有名だった。

 実力はそこそこある。藍田さんのチームの中では一、二番目だったはず。

 俺が試合の流れを変える、みたいな陽介と似た理由でシックスマンに甘んじていたんだっけ。

 強豪との試合には出たがらないあたり、陽介と比べるまでもないけど。


 あいつ、確かかなり荒いプレーをするやつだったはずだ。格上との試合に出ようものなら、ラフプレーで上の選手に追いつこうとする。

 実力の差を、ラフプレーで埋めようとするのだ。

 自分が出てる試合に勝ちさえすればそれで良いと思っているらしい。


 今も陽介からマークを外されて後ろを追っているが、その表情は怒りそのもの。随分と頭に血が上っている様子だ。


 ──荒っぽいファールに気を付けてって、ちゃんと忠告したのかな。


 そこだけが心配だ。ラフプレーでも陽介を止められるかは定かではないが、余計な心配をさせないでほしかった。


 対して陽介は、ドリブルに身を任せている表情が今まで見たことのない表情だ。

 いつも私と1on1する時には見せない、何か覚悟を決めたような。

 ……見たことのない表情だけど、良い顔してる。

 あいつ、あんな顔もできたんだ。


「ナイッシュ、桐生!」

「あざす!」

「桐生、もう一本!」

「はい!」


 コートに北高の掛け声が飛び交う。ベンチも同様に、盛んに選手へ声を掛けていた。

 ベンチを見下ろすと、以前陽介のことをお願いしてきた戸松先輩が懸命に声を出している。

「集中! ディフェンス一本止めて!」と叫ぶ戸松先輩の横に、スコアボードを記入する藍田さんが見えた。


 普通のジャージ姿だったが、それが藍田さんには随分と映えて見える。戸松先輩といい、北高のマネージャーは他校から見れば羨ましい限りなことだろう。

 藍田さんは、真面目にやってるみたいだ。

 そりゃそうだ。藍田さんも色々信用できない面は多々あるが、多分バスケを好きなのは本当だ。試合中、しかも公式戦なんだから真面目なのは当たり前。


 藍田さんを見ていたらいつだってマイナスな気持ちが出てきちゃうけど、今日だけは純粋に感謝しなくちゃいけない。

 藍田さんの言葉って、多分あいつにとって他の人よりも心に響く言葉だろうから。

 あの位置から陽介を励ますことができるのは、マネージャーしかいない。

陽介がそれで頑張れるなら、それでいい。


 ──って、今はそんなことよりも。

 得点を知らせる笛に釣られてコートを見ると、陽介が再び決めたようだった。

 後ろで長谷川が歯軋りをして、他の先輩からなだめられている。

 ダブルチームで当たっても、陽介を止められない。三人で陽介にディフェンスをすれば、いくらなんでもマークに他の選手に穴が空きすぎる。


 床を蹴り上げる長谷川を見て、悔しいだろうなと思う。

 私も陽介との1on1で負ける度に、かなり悔しい。

 最近はあいつが調子悪くて勝ちが続いているけど、今日の陽介だとちょっと分からない。


 あいつともう一度試合したいな。

 以前男バスと練習試合したことがあったけど、やっぱり1on1より格別だった。小学生の頃は男子に混ざって試合をしてたけど、高校ではそうもいかないし。

 キャプテンにまた練習試合してくれるようにおねだりしよう。

 今日の試合でもパスを回しつつ20点取ったんだ、それくらいのわがままを言っても許してくれるはず。


 試合は残り二分になった。スコアは72-58と、このままいけば北高の勝ちは決定だ。

 ボールはまた陽介に渡り、陽介は他の追随を許さないスピードでコートを駆け上がっている。

 ディフェンス手前、フリースローラインで陽介が踏み込む。あのスピードに乗ったままダブルクラッチなんてしたら、又東高のディフェンスでは分かってても止められないだろう。


「──え」

 思わず、声が漏れた。

 ダブルクラッチのため、高く跳躍した陽介の背後で。


 ──長谷川が、陽介のユニフォームの裾を掴んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます