第30話 北高のエース

 3Q目、残り一分半。

 スコアは48-41と、追い上げられるカタチとなっていた。

 バスケットの試合は4Qまでなので、このペースのままではいずれ追い付かれることは必至だ。

 順調にリードを守っていた北高が崩れたのは、3Q目の半分を過ぎた頃。

 それまで抑えていたディフェンスが次々と抜かれるようになり、又東高にゴールを決められることが増えた。

 その原因は北高スタメンの体力不足。清水主将や田村先輩はまだ動けているが、タツや藤堂といった一年生の動きは明らかに鈍くなっている。

 対して又東高の尻上がりな調子で、ディフェンスが空けた僅かな隙間を的確につき、得点に結びつけていた。


「タツ、お前まだいけるか?」


 藤堂が控えの先輩と交代してできた僅かな時間に、俺はタツにそう言った。


「まだ、なんとか。交代なくても、いけると思う」


 そう言いながらもタツは肩で息をして、汗を拭う。限界が近いのは明らかだった。

 俊足の藤堂が抜けて、ディフェンス力の要であるタツが抜けるといよいよ危なくなる。

 バスケにおいて七点差は、一瞬の流れに左右されるほどの心許ない点差なのだ。


 俺もディフェンスはできるが、何人ものカバーをするのは不可能だ。タツが落ちると、今の又東高を抑えるには厳しくなってしまう。

 俺にボールは近付かず、オフェンスでは敵の注意を引き付け、ディフェンスではパスコースを潰したりと間接的なプレーをしているうちにブザーがなった。

 第3Q終了だ。

 スコアは50対45と、いつ逆転されるか分からない点差。

 長谷川の得意気に鼻を鳴らす音が聞こえた。



「勝つには、どうしたらいい」


 北高ベンチに戻ると、清水主将はそう言った。タオルを首に巻いて、大量に吹き出している汗を拭っている。

 清水主将の問いに、全員が押し黙った。スコアこそ勝っているものの、北高ベンチは劣勢ムードになっている。

 ましてや、この試合には北高がベスト4に食い込むことができるかが掛かっているのだ。

 今になってそのことが北高ベンチに大きなプレッシャーとして襲いかかっていた。

 そんな中藍田が、チラリとこちらに目配せをしてくる。

 それだけで俺は何を言うべきかを察した。


「──俺に全部、ボールを回してください」


 全部。

 今まで点が伸び切らなかったのは、フリーの選手にパスを回していたから。その選手達が、点を決めきれなかったから。少しでも多くの点を取る為に、俺にボールを。

 だがこれは、チームメイトを侮辱するのと同義と捉えられてもおかしくないことだった。

 チームメイトを信じていない、自分一人の力で。そう言っているのと、変わらないのだから。


 静まりかえるベンチに、俺は恐れ、思わず首を振った。


「今のは──」

「いいぞ」


 忘れてください。言おうとした矢先、それを遮られた。

 声の主は清水主将。そしてその言葉に、周りの先輩たちも頷いた。


「うちのエースは桐生、お前だろ。お前の力も、北高の力だ。それで勝てるなら文句はないさ」

「い、いいんですか」

「桐生君、なにか勘違いしてない?」


 戸松先輩がそう問いかけながら、氷の入ったスポーツドリンクを差し出してきた。


「私たちはエースに託す、ただそれだけ。難しいことなんて、一つも無いわ」

「エース……」


 その響きは、かつて甘美であったものだった。試合で一番目立ち、一番カッコいい選手。

 だが北高の勝利を本気で想う今、それはズシリと重いものになっていた。負担になるわけではない。

 ただ、更なる覚悟が決まっただけ。


「エースって、何なんだろうな」


 4Qが始まる直前、俺は藍田に訊いた。

 藍田はこちらを見ずに、少し時間を空けてから答えた。


「みんなの想いを、背負う人。今の会話からだと、多分そんな感じ?」

「……んじゃ、勝たないとな」

「うん。頑張ってね、桐生くん」


 短いやり取りの後、俺はコートに入る。疲労の溜まった足を前へ運んだ。


 ◇◆


「速攻!」


 清水主将の掛け声で、タツと藤堂の交代である先輩たちが全速力で相手陣へ走る。

 それに釣られ、又東高のディフェンスも何人かが散らばった。

 だがボールは全速力で走った先輩の元へは行かず、俺の手に収まる。先輩たち二人は、少しでも俺からディフェンスを離すための陽動だ。

 前半に大量に得点を決めた俺は、又東高のディフェンス複数人からマークされていた。

 だが先輩たちのおかげでそれは外れ、フリーの状態になっている。


「よし」


 受け取ったボールをピボットもなしにバウンドさせる。このボールは、奪わせない。

 エースと呼ばれ、得点を任されたからには絶対にスティールさせてはいけない。スティールからの逆速攻で試合の流れが傾くなんて、バスケでは日常茶飯事だ。

 いくらドリブルスキルに自信があっても、一度傾いた流れを短時間で変えられるのは至難。

 ましてや試合終盤の第4Qだ。


「桐生、空いたぞ!」


 その掛け声より先に、俺の身体は深く沈んでいた。

 視線の先に見える、一点の隙間。そこへ飛び込む為、脚に力を溜める。


 ディフェンスの一人がドリブルインに反応した時には既に、俺はそれを抜き去っていた。

 視界は広がり、ゴールリングまで7mといったところ。ディフェンスカバーが早く、長谷川を含む二人が行く手を阻んでいた。


「──!」


 俺はディフェンスの正面で、ボールを持って軸足で踏み込んだ。

 長谷川は驚いた表情を見せる。

 ボールを持ちドリブルをやめるということは、もはや二歩の猶予しか許されていないということ。ゴールまでの距離はまだあり、パスコースもない。

 だが。


 俺は全身をバネのようにして跳躍した。そのままボールは頭上に掲げ、遠い位置からのレイアップシュート。

 長谷川はそれに反応し、ブロックをするために跳んだ。


 ──かかった。


 一度掲げたボールを下げ、身体を横に流す。

 すると二人によって塞がれていたシュートコースが、はっきりと視認できた。

 ダブルクラッチ。俺が中学時代に使っていた得意技。

 理奈にも、他の誰にだって、初見でこれを止められたことはなかった。

 慣れた動きから放たれたボールはネットに吸い込まれ、ベンチから歓声が上がった。


「くそっ」


 長谷川は舌打ちをして床を蹴る。


 点を決めると俺にダブルチームが組まれ、長谷川を含むディフェンス二人が俺のマークに付いた。

 ボールを持っていないのにピタリと張り付いてくるディフェンスに、俺は思わず眉根を寄せる。

 想定内だが、次のプレーでこの試合に勝てるかが決まると言っても過言ではない。

 このマークを躱すことができなければ、ボールを貰うことすらできない。


「行かせねえぞ」


 ニヤリと意地汚く笑う長谷川が、身体を押し付けてくる。ボールを持っていない選手への接触は許されているが、脚へ衝撃がある。

 バッシュを踏まれたりと、かなりのラフプレーだった。


「荒いディフェンスしやがって」


 ディフェンスとディフェンスの間に身を投げると、長谷川たちは身体をくっつけてそのコースを潰す。

 俺は身を翻し、空いた外側から飛び出す為にターンして──

 長谷川が素早く反応して、そのコースをもチェックした。

 だがそこに俺はいない。外のコースを潰そうと2人が離れた隙に、俺は再び反ターンをして2人の隙間縫うようにすり抜け、フリーのポジションを獲得した。


 マークは外れた。

 タツからのボールを捕球する。

 ドリブルのスピードに身を預けながら、俺は勝利を確信した。

 又東高ディフェンス複数人にマークされても、問題なくボールを貰えるとしたら。

 1on1だけで、チームを勝利に導ける。

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