3-6 リリーベルグの夜
* * * *
──バリーーン!!
と窓をぶち破り、見知った顔が飛び込んできたので。
エリスとクレアは、一旦攻防を中止し、
『………………………』
絶句、していた。
飛び込んできた当人……チェロはと言えば、エリスとクレアの顔を交互に見比べたかと思うと、震える指でクレアをさし、
「な……な………なんであんたがここに?!」
「いや、ソレこっちのセリフだから」
すかさずツッコむエリス。口にはしなかったが、クレアも心中で一言一句同じツッコミをかましていた。
「こんな夜中に二人でいるなんて……どういうつもり?! 一体この
こちらのツッコミなど意に介さず、チェロは立ち上がりクレアへ食ってかかる。
どうして彼女がこの場に現れたのか、クレアにもまるで見当がつかなかったが……
とりあえず、「なんだか面白いな」と思い、
「彼女の身体を、隅から隅まで調べさせていただいていたところです。そうですね、言うなれば………"オトナの身体測定"、といったところでしょうか」
彼の常套スキル、『嘘ではないけど誤解を招く絶妙な言い回し』を発動させ、にこりと笑った。
……いや、今回の場合は誤解も何も、実際にいやらしいことをしようとしていたのだが。
それを聞いたチェロは、怒りと憎しみと悲しみ、全てが入り混じったような顔をして、フン!と鼻息を鳴らし、
「お、おおお、オトナの身体測定ですって?!!」
羨ましい!! と副音声で聞こえてきそうなテンションで、そう叫んだ。
垂らした釣り針にまんまと食いついたチェロに、クレアはさらに追い討ちをかけるようにして、
「はい。彼女が『好きにして』と言ってくれましたので。お言葉に甘えた次第です」
そう、言い放った。横でエリスが顔を真っ赤にして、クレアの頭をスパンッ! と叩く。
その言葉に、チェロは一瞬、
ゾンビのように項垂れたまま、鋭い眼光を放ち、
「………………コロス」
地の底から響くような、低い低い声で、言った。
そして、羽織っている白衣の裏側……大量にぶら下げた精霊封じの小瓶を、手当たり次第に手に掴むと、
「……骨も残らないくらいに、焼き尽くしてあげる………出でよ! 炎の精霊・フロル!! この男の息の根を止めて頂戴!!」
叫びながら、大量の小瓶を床に叩きつけようとする!
エリスとクレアが魔法攻撃に備え、身構えた………その時!
「ちょっとちょっと!! なんの騒ぎ?! 他のお客さんから苦情来てるよ!!」
ドアが勢いよく開き、第四の人物が登場した。それは……
薄めの髪を七三分けにした、中年男性。
この宿の、オーナーである。
オーナーは部屋を見るなりぎょっとし、言葉を失った。そしてそのままゆっくりと、部屋を見回し始めた。無理もない。だって今、この部屋は……
落下し、無残に割れた花瓶。
額ごと破壊された絵画。
所々、焦げ付いた床。そして。
豪快に破られた、窓ガラス……
そのオーナーの表情を見て……エリスとクレアは、考えた。
まずい。部屋をめちゃくちゃにした罪に問われては……
明日の朝食を、食べさせてもらえなくなってしまう。
今、この状況で、それを回避するためには………
──瞬間。
二人はどちらからともなく、ひしっと抱き合って、
「その女が急に部屋へ入り込んで来て、めちゃくちゃに暴れて……!」
「攻撃魔法を繰り出して、あたしたちを殺そうとしたんです……!!」
ビシィッ! とチェロを指さし。
まるで打ち合わせでもしていたかのように息の合った動きで。
全力で、彼女に罪を
両手に瓶を持ったまま固まっていたチェロは、目を点にして、
「……………………へ?」
間の抜けた声を上げた。
オーナーはチェロに鋭い視線を向けると、
「この強盗め! 役人に突き出してやる!」
「ちょ、え?! 待って! 確かに窓ガラスを割ったけど、私は強盗じゃないし、そもそもこの娘とは知り合いで……」
「あ、オーナーのおじさん。今そいつ縛るんで、そのまま連れて行っちゃってください」
チェロの言葉をバッサリ遮ると、エリスは両手を使って二つの魔法陣を描き、先日同様、蔦と鉄を編み込んだ強靭なロープを創り出し……
チェロの身体にぐるぐると巻きつかせ、完全にその動きを封じた。
口元まで縛り付けられ、喋ることもままならなくなったチェロは、「むーっ!」と叫びながら芋虫のように抵抗するが……
暴れる彼女のロープの端を、オーナーの男性がガシッと掴み、
「ありがとう、お嬢ちゃん! すまないがお二人さん、今夜は隣の部屋で寝てくれるかな? 恋人同士なら一部屋で問題ないだろう。今からこいつを役人の所へ連れて行くから、この部屋の片付けはその後だ。怖い思いをさせて、すまなかったな」
「いえいえ♪ あたしたちは大丈夫なんで、その犯罪者をよろしく〜」
ひらひらと手を振るエリスに見送られ、チェロはオーナーに引きずられるようにして退場してゆく。
その目は、市場へ売られて行く仔牛さながらであった……
……そうして、その姿が完全に見えなくなった後。
「……あんた、あの場面でよくあたしに合わせられたわね。お陰で、明日の朝ごはんは予定通り食べられそう」
肩を竦め、エリスが言った。クレアはそれに微笑みを返し、
「貴女ならこうするだろうと思いまして。お役に立ててなによりです。ということで、先ほどの件は不問にしていただけますでしょうか?」
「それとこれとは話が別。もう二度とあたしの身体にメジャーを当てないで」
「むぅ、困りましたね……興奮のあまり測ったはずの数値が全く頭に入らなかったので、またあらためてお願いしたかったのですが……」
「はぁ?! あの時間はなんだったのよ?! つーか、そんなに知りたいならあたしが自分で測って結果だけ教えるから! よくよく考えたら、最初からそうすればよかった!」
「えぇー。それじゃあロマンがないじゃないですか。自ら測り、知ることにこそ意義があるのです。私の楽しみを奪わないでください」
「なにをもっともらしく反論してんのよ、このヘンタイ」
「……だって……」
そこで。
クレアはくいっ、とエリスの顎に手をかけ、
「……『好きなもののために生きよ』。そう教えてくれたのは……他でもない、貴女じゃないですか。エリシア・エヴァンシスカという女性を、より深く知ること。それが今、私にとって唯一無二の『好き』なのです」
優しく、しかしどこか妖しげに。
微笑みながら、囁くように言った。
そんな口説き文句とも取れる言葉を……
しかしエリスは、ジト目で受け止め、
「……って言いながら後ろ手にメジャーを構えているの、バレバレよ」
「おっと。気付かれてしまいましたか。オーナーさん曰く、我々は恋人同士とのことでしたので。同じ部屋で眠れるというのなら、また測定チャンスがあるのではないかと思いまして」
「は? 一緒になんか寝るワケないでしょ。あたしがアッチ、あんたはこの窓の割れた部屋で寝るの。それが、今日しでかしたことに対する罰よ」
「それはまた手厳しいですね」
クレアがそう返す内に、エリスはあっという間に魔法陣を完成させ、「アグノラ!」と叫ぶ。
するとクレアの両手首に精霊の光が集まり始め……それが消えたかと思うと、そこには鉄製の重厚な手枷が嵌められていた。
彼はそれを目の前に持ち上げながら、「これはこれは」と緊張感のない声音で呟く。
「今夜はソレ嵌めたまま寝ること。またあたしの部屋に忍び込んだら承知しないからね」
そう言い残して、エリスは『
残されたクレアは、と言えば。
「…………………………」
窓ガラスが割れ、花瓶の破片や壊された絵画が散乱する部屋のベッドに、手枷を嵌められた状態で、とりあえず横になってみた。
割れた窓から、冷たい夜風が吹き込んでくる。しかし、それ以上に。
………ああっ。このベッド、エリスの匂いがほのかに残っていて……猛烈に煽られる!
手を使えない状況でこの匂いは……やばい。ただの拷問だ。
なのに嗅ぐのをやめられないっ! エリスの髪が触れていた枕! エリスの全身を包んでいた毛布! すーっ、はーっ!!
……などと、先ほどの"身体測定"で高ぶった熱が尾を引いているのもあり。
一人、悶々とした夜を過ごすのであった……
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