3-3 リリーベルグの夜




「──で。どうしてこうなったのか、説明してもらえる?」




 部屋の明かりを点け、ベッドに腰掛けたエリスは……

 目の前の床に正座し、殴られた頭をさするクレアに、そう投げかけた。


 クレアはいつもの爽やかな笑顔を浮かべたまま、



「…………………」



 彼女に何と言うべきか、迷っていた。



 有効な言い訳はいくつか浮かんでいるが……

 例えば。



『エリスの苦しげな声が聞こえたので心配になり、部屋に入って確認したら、ただの寝言のようでした』


『エリスの部屋のベランダで猫が鳴いていたようなので、雨樋にでもはまっているのかと思い、そっと部屋に入り救出しようとしました』



 恐らく彼女は、どちらを言っても信じてくれるだろう。

 こうして面と向かって釈明の機会を与え、聞く耳を持ってくれているのだから。それらしい理由をつければ納得してくれるはずだ。

 ……だが。



「………わかりました。正直にお話します」



 クレアは、そのどちらも選択しなかった。

 代わりに、




「私は…………貴女の身体を調べるために、部屋へ侵入しました」




 真実を、伝えることにした。

 衝撃の事実を告げられたエリスは、一度大きく目を見開いて、



「………………え? どゆこと??」



 ますますわからない、といった様子で腕を組み、首を傾げた。

 クレアは俯き、神妙な面持ちになって続ける。



「……職業病なのです。何に対しても、つまびらかに情報を得ていないと気が済まないというか……貴女のことを信用していないわけではないのです。ですが、諜報部にいた頃の習性で、身近にいる人間について疑わしい箇所がないか、調べないと落ち着かなくて……実は、昨夜もあまり眠れませんでした」



 それは、まるっきり嘘というわけでもないが……

 不埒な下心を隠し、代わりに同情を誘うような、実にずるい言い方であった。

 そんなクレアの狙い通り、エリスは少し憐れむような目をして、



「そう……確かに諜報部の仕事は、騙し合い・探り合いが日常茶飯事だった、って言っていたもんね。……ごめんね。寝不足だったのに、気付かないであちこち連れ回して」



 などと、申し訳なさそうに言う。

 クレアは彼女の優しさに罪悪感を感じつつも、したり顔が浮かびそうになるのを堪えた。

 そして、



「………いいわよ」



 エリスは、俯くクレアの顔を覗き込むようにして、



「あなたの気が済むように、あたしを調べてもらって構わないわ。危害のない人間だって解れば、あなたも安心して眠れるんでしょ? まだまだ旅は長いんだもの。寝不足で倒れられたら、あたしだって困るし」



 そう、言ったのだった。

 ………まじか。まさか、ここまで上手くいくとは。

 内心驚くクレアの目の前で、エリスは両手を広げながら尋ねる。



「で? 調べるって、具体的には何をすればいいわけ?」

「……それが、大変申し上げにくいのですが……」

「いいから。遠慮しないで言いなさいよ」

「………その、測らせてほしいのです。貴女の身体の、あらゆる箇所を」

「は、測る?」

「はい。メジャーで」

「メジャーで??」



 懐から愛用のメジャーを取り出しながら言うクレアに、エリスは戸惑う。

 『調べる』と言うので、てっきり武器を隠し持っていないか、だとか、どんな魔法が使えるか、だとか、そういう戦闘能力における話かと思っていたのだが……

 しかし、『構わない』と言ってしまった手前、今更「それはちょっと……」と断ることもはばかられて。



「………わかったわ。好きにして」



 エリスは、覚悟を決めたようにそう言った。






 ──これは一体、どういう展開だろうか?


 クレアは困惑と興奮で、どうにかなってしまいそうだった。

 だって、今、目の前で……

 パジャマ姿のエリスが、身体を測っても良いと……

 『好きにして』と、無防備に立ち尽くしているのだ。


 …………これは、都合の良い夢なのかもしれない。



 と、メジャーを手にしたままクレアが動けずにいると、



「は、早くしなさいよ……明日の朝ご飯に備えて、寝たいんだから」



 エリスが、顔を逸らしながら文句を言う。

 クレアは、ゴクリと喉を鳴らしてから、



「………では、失礼します」



 カチカチッ、とメジャーを伸ばし。

 エリスにそっと、近付いた。


 まさかエリス本人から、お許しが出るなんて。

 高鳴る鼓動を落ち着かせるためにも、最初は無難に腕の長さから測らせてもらうことにする。


 その流れで、柔らかな二の腕にもメジャーを巻きつけ、測っておく。

 嗚呼、エリスの二の腕……ここの感触は胸のソレと同じだと世に聞くが……

 揉み比べたい。が、当然ながらそれはぐっと我慢だ。



 そこでチラッと、エリスがどんな顔をしているのか盗み見てみると、



「………………っ」



 顔を真っ赤にして、何かをこらえるように、目を伏せていた。



 ………え。なにそれ。

 『好きにして』なんて言うから、こんなの全然余裕なのかと思っていたら……

 ひょっとして、エリス……




「…………恥ずかしいですか?」



 加虐心を煽られたクレアは、少し意地悪に聞いてみた。

 それにエリスは、慌てて目を逸らし、



「べっ、別に? こんなん、減るモンじゃあるまいし」



 と、強がるように言うので。

 クレアは、自分が彼女を困らせているという事実に、ますます興奮を募らせる。



 そう。これは決して、いやらしい行為ではない。

 仕立て屋に行けば、当たり前のように同じことをされるだろう。

 しかし……

 うといエリスでさえも、なんとなくイケナイことをしているような……むずがゆいような感覚になっているのだった。




 次にクレアは、床にひざまずき、彼女の脚にメジャーを当てる。

 パジャマに隠れてはいるが……適度に引き締まった、ちょうど良い肉付きの綺麗な脚であることは、昼間着用しているスカートの下のスパッツ姿から確認済みだ。

 そんな魅惑の両脚の、まずは股下の長さを測った後、足首、ふくらはぎと、流れるように太さを測り……



「そ、そんなところまで測るの……?」



 少し震えるエリスの声に、クレアは情欲をさらに掻き立てられ……気の利いた言葉を返すことができなかった。

 無言のままメジャーを、今度は太ももに巻き付ける。一番太い部分に当たりをつけ、きゅっと締めてやると、エリスは一層恥ずかしげに顔を歪ませた。



 『食べること以外は、些末さまつなこと』。

 エリスはきっと、そういう考えの女の子だから。

 あまり羞恥心など感じない、大雑把な性格なのかと思っていたが……

 存外、年頃の娘が持ち合わせているような当たり前の感覚を、彼女も当たり前に持ち合わせているらしい。



 ……ならば。


 もっと恥ずかしがらせたい。

 羞恥に歪む顔を、もっと見たい。



 ……なんて思ってしまう自分は、いよいよ変態なんだろうな、と。

 クレアは少し自分にあきれながらも、測る手を下ろそうとはしなかった。




 そうして、彼女の手脚を思う存分堪能したクレアは……

 いよいよ本命に取り掛かるべく、彼女に尋ねる。



「………エリス。胴体も……いいですか…?」



 投げかけられたその言葉の意味を理解し、エリスは耳まで真っ赤に染め上げて、



「え、それはさすがに、その……」

「では、腹部だけならいかがでしょうか? それ以外は、無理強いいたしません」



 クレアは優しい声音を努めつつ、縋るようにエリスを見上げ、交渉する。

 エリスはしばらく考えるように黙り込んでから……… 一言。



「………わかった。お腹だけよ」

「ありがとうございます。では、捲っていただけますか?」

「へ?」

「ですから、服を捲って……直に、測らせてください。駄目、ですか……?」



 まるで母犬に甘える仔犬ような目で言うクレアに、エリスは唇をぎゅっと真一文字に結んだ。


 我ながら、エリスの厚意につけ込むようなことを……と、クレアは申し訳なく思いつつも。

 ここまで来たらもう許される限りのことをやりつくしてやろうという気持ちの方が、僅かに勝るのだった。


 エリスはしばらく、何かを言いかけ口を開けたり、かと思うと閉ざしたり、一頻ひとしきり鯉のようにパクパクした後。



「…………………………」



 じっと見つめるクレアの視線に耐えきれなくなったのか、観念したように、そっとパジャマの裾を捲って……


 白い腹部を、クレアの目の前に晒した。



 その光景に、クレアは思わず喉を鳴らす。

 幾度となくエリスの身体にメジャーを当ててきたが……こうして、普段服の下に隠された部分を直で見ることは、初めてだったのだ。

 柔らかそうな、それでいて、きゅっと締まったくびれがなまめかしいカーブを描いている。んん……今すぐにでも手を這わせ、そのラインを確かめたい。



「………あんまりジロジロ見ないで」



 思わず釘付けになっていると、上からエリスのお叱りの声が降ってくる。

 クレアは我に返り、「では、失礼して」と一言断ってから、彼女の腰に腕を回し……


 きゅっ、とメジャーを引いて、ウエストに巻き付けた。すると、



「……んっ……」



 直に当てられたそれが冷たかったのか、エリスは身体をぴくんっと震わせ、小さく声を上げる。

 その反応に、クレアは……


 自身の中の狼が、ほんの僅かに残っていた理性を、喰い殺すのを感じた。




 自ら服を捲り上げ、羞恥に震えながら、素肌を晒す彼女……

 そんなものを前にして、理性を保っていられる筈がない。


 もう、抑えられない。

 もっと、もっと。エリスを知りたい。

 恥じらう表情を見たい。可愛らしい声を聞きたい。

 彼女の全てを、この手で──


 ──あばきたい。





「……やっ、ちょ、なにして……」



 戸惑うエリスの声を無視して。

 クレアは、腹に巻き付けたメジャーをスルスルと上にずらし始める。

 それに引かれるようにして、パジャマの裾もどんどん捲れ上がってゆき……

 やがてメジャーが、エリスの胸のすぐ下にぴたりと当たる。



「ちょ、ちょっと待って! それ以上は……」



 しかしクレアは御構い無しに、その手をさらに上へ……柔らかな双丘になぞらえるようにして、ゆっくり上げようとしてくる。


 その手をあと少し、あと少しずらしたら……ずらしてしまったら………

 ぜんぶ、見られてしまう……………







「…………〜〜〜ッ! ああもうムリ! エドラ! エドラ!! エドラぁあっ!!」



 刹那、エリスは目にも留まらぬ速さで魔法陣を描き、雷の魔法を繰り出す!

 それを反射的にかわし、転がるようにして距離を取ってから、



「あはは、ですよね。さすがにやり過ぎました」



 と、クレアは呑気に笑った。

 エリスは顔から蒸気を吹き上げ、さらに追加で電撃を放つ!

 狭い部屋の中、クレアは器用に身をひるがえしながらひらりひらりと避ける。彼を仕留め損なった電撃は、宿部屋に備え付けられた花瓶や壁の絵に当たり、それらを次々に破壊していった。



「すみません。貴女の反応があまりにも可愛かったので、少しイタズラをしてみたくなってしまいました」

「馬鹿! 最っ低!! あんたってホントにヘンタイ!!」



 叫んでから、その場にいるありったけの電気の精霊を集めてやろうと、エリスが再び魔法陣を描き始めた…………その時。





「エリス!! 大丈夫?!!」




 ──バリーーン!!



 突然、部屋の窓が割れ……

 声と共に、何者かが飛び込んできた。



 エリスもクレアも動きを止め、そちらを見遣る………と。

 そこにいたのは、飛び込んだ拍子に窓ガラスが頭に刺さり、少しばかり流血した……



 チェルロッタ・ストゥルルソン、その人であった。


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