2-2 セイレーンの街
「きたーっ♡ このお店の一番人気、特製ポテトサラダっ♡」
目の前に現れたそれを見るなり、エリスは両頬に手を当て興奮気味に言った。
クレアはといえば……反応に困っていた。確かに美味しそうなポテトサラダではあるが……
「……これが、一番人気のメニューなのですか?」
「そ。隠し味に"あるモノ"が入っているらしいんだけど……はてさて、何だかわかるかしら?」
と、小皿に自分の分を取り分けながらエリスが言う。そして、クレアの返事を待たない内に「いっただっきまーす♡」と手を合わせ、フォークで掬ったそれをぱくりと口に放り込んだ。
………瞬間。
「んんんんんんん〜〜っ♡♡」
頬を上気させ、瞳にハートマークを浮かべながら。
エリスは、その美味しさに悶絶した。
「うんまっ! なにこれ、舌触り超なめらかっ♡ マッシュポテトみたい! ほのかに感じる隠し味のアレがじゃがいもの甘みを引き立てていて……これはいくらでも食べられちゃう!」
そう言って、食べては悶え、食べては悶えを繰り返す彼女のうっとりとした表情と、悩ましげな声に……
クレアは、静かに興奮していた。
この恍惚の表情を目の前で見られるなんて……うーん、刺さるなぁ。いろいろと妄想が捗る。
「ほら、クレアも食べて。じゃないと、あたしが全部いただいちゃうわよ?」
ふいにそう言われ、クレアはハッとなる。いかんいかん、つい自分の世界に入り込んでしまっていた。
「では、お言葉に甘えて」
と、エリス側が半分削られたポテトサラダの山にフォークを伸ばし……
掬って一口、食べてみた。すると、
「…………美味い」
思わず、素の口調が出てしまった。
エリスの言う通り、まず舌触りが良い。じゃがいもを茹でて潰しただけでなく、おそらく少量のミルクを混ぜて一度煮込んでいるのではないだろうか。じゃがいも特有のザラつきやえぐみが、一切感じられない。
また、一緒に混ざっているにんじんやコーンの色味もよく、異なる食感を楽しめるアクセントになっている。
そして何よりも、その味。抜群に美味い。ベースは塩コショウとマヨネーズなのだろうが、それよりももっと深い、コクのようなものを感じる。これは、もしかして……
「………ピーナッツバター、ですか?」
クレアが問いかけると、エリスは面食らったように目を丸くする。
「……よくわかったわね。ピーナッツは、ここセイレーンの隠れた名産なの。だから、隠し味に入れているんだって。ひょっとして知ってたの?」
「いいえ。ほのかに風味を感じたので、そうかなと思いまして」
「へぇー、すごい。あんた、味覚が鋭いんだ」
「諜報部にいた頃、微量な毒の味も感知できるように散々訓練されましたから……そのおかげで鍛えられたのかも知れないですね」
「………そんな軽い口調で、わりと重めの過去を暴露しないでくれる?」
ジト目で言うエリスに、クレアは「すみません」と返すが。
……まぁ、その毒の識別訓練も、貴女の父親・ジェフリーにやらされたものだったのですが。
という一言は、胸の内に留めておくことにする。
「そういえば、諜報部って具体的にどんな仕事をしていたの? ……って、こんなところで聞いちゃいけないのかもしれないけど」
「そうですね、詳細はお話できませんが……国にとって不穏な動きをしている人物や団体を調査し、必要に応じて処断してゆく、といったところでしょうか」
「ほー。毒の識別は、どういう時に役に立つわけ?」
「調査対象となる団体の一員として、長期間潜入捜査することなんかもありましたから。仲間のフリをしているわけですが、知らぬ間に素性がバレていて、食事に毒を盛られていた……などという時のために、ですかね。騙し合い・探り合いは日常茶飯事でしたから」
「ふーん……なかなか大変な仕事だったのね」
「いえ。先ほども申し上げたようにそれが当たり前だったので、さほど大変だとは思っていませんでした」
「そう。でも、よかったじゃない。味覚が鍛えられたおかげで、これから食べるものがきっと物凄く美味しく感じられるわよ。あたしが選ぶ店は、どこも美味しいからね」
「はい。それはとても……とても楽しみです」
会話をしつつもひっきりなしにポテサラを口に運ぶエリスの顔を、クレアは愛おしげに眺めた。
程なくして、メインディッシュである二種類のスパゲッティが運ばれてきた。二人はそれを小皿に取り分け、半分ずつにして食べる。
ポテサラも絶品だったが、このスパゲッティも大変に美味い。ソースに合わせて麺の種類や茹で時間を変えているのか、とても調和の取れた味わいだった。
エリスは心底幸せそうに食べ進め、「こっちも美味しい!」「こっちも!」と興奮気味に言いながら、あっという間に平らげた。ほぼ同時に、クレアも自身の分を完食した。
「ごちそうさまでした」
「はぁん、美味しかったー♡ どっちの味も楽しめて、満足満足♡」
お腹をぽんぽんと叩いてから、エリスは水を一口飲み。
そして、少しあらたまった様子で、口を開いた。
「……あたし、今まで一人で食事することが多かったんだ。料理の味に集中したいから、人がいると邪魔だしって、そう思ってた。けど……」
俯きつつも、ちらっとクレアの顔を盗み見ながら、
「……案外、いいものね。誰かとご飯を食べるのも。
半分こできるし、あんたみたいに味のわかる相手だと感動も分かち合えるというか、その……より美味しく感じられる気がした。これからも、二択のメニューで迷ったら……半分こしてね」
なんて、照れくさそうに言うものだから。
クレアは、ズキューンッ! と胸に何かが刺さるのを感じ、たまらなくなって、
「……それ、プロポーズと受け取ってもよろしいでしょうか?」
「なんでそーなるの? って、おもむろに手を握るな」
「エリスが望むなら、なんだって半分こにしてみせます。これからはソフトクリームやキャンディも、綺麗に半分ずつ舐め合いましょうね」
「いや、舐め合うって何? やっぱあんたって変態だわ。前言撤回。今のナシ」
「……という冗談は置いておいて」
「だからぁ。その冗談なのか本気なのかよくわからないテンション、やめてくんない?」
「では、今から言う言葉は本気だと思ってください。……私の方こそ、貴女との食事、とても楽しかったです。これからも一緒に、美味しいものをたくさん、分かち合わせてくださいね」
そう、優しく手を握ったまま言われ。
エリスは目を逸らしながら、「……うん」と、小さく返事をした。
軍部名義でキッチリと領収書を切ってから、店を出ると辺りは真っ暗闇。すっかり日が暮れ、夜になっていた。
街には暖かな色の街灯がともり、昼とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
エリスは涼しい夜風を感じながら、一度深呼吸をし、
「あーあ。もっとたくさん食べられたらなぁ。人間ってなんですぐお腹いっぱいになっちゃうのかしら。牛みたいに四つとは言わないから、せめてもう一つ胃が欲しい」
などと呟くので、それにクレアが微笑みながら一言、
「もしも私が死んだら、死体の引受人は貴女にします。どうぞ私の胃をもらってください」
「って、またそうやって微妙に怖いこと言う。けど……そうね。医療技術が進歩した暁には、あなたの胃を移植して、今の倍の量を食べられるようにしちゃおうかな」
と、エリスは冗談っぽく返すと、「さ、帰りましょ」と宿に向かってスタスタ歩き出す。
クレアは、その背中を静かに見つめながら。
嗚呼、これは……死ぬのがちょっと楽しみになってしまったな、と。
自嘲気味に笑いながら、彼女に続いて歩き始めた。
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