散りばめられた謎④
タツミを中心にひんやりとした空気が流れ始める。アキラとトーマはそれに覚えがあり密かに視線を交わした。
またあの霧が出る。トーマはすぐに構える体勢を取ったが、意外にも白霧は一瞬出てすぐに消え去った。
その僅かな霧は、『クジラ』の霊が表に出た合図のようだ。
三人が固唾を飲んで見守る中、タツミの体に憑依した彼はゆっくりと目を開ける。その視線はまず対面に座るアキラを捉えた。
「ええと。あの、この間ぶり」
『…………』
「私は本野アキラといいます。あなたは」
『…………』
「じ、じゃあ『クジラ』って呼ばせてもらうね……?」
地下でいくらか言葉を交わしたが、今は何の反応もない。憎悪や悪意の類はないが、それ以外の感情も見えなかった。アキラは助けを求めようと隣を見るが、白鷺も緊張した面持ちで成り行きに任せている。
「おい、他の霊が何処にいるかわかるか」
口火を切ったのはトーマだった。クジラの顔を覗き込んで単刀直入に問う。無理やり視線を合わせられたクジラは顔をしかめて口を開いた。
『知らん。寄るな』
喋った。彼は間違いなくトーマの問いかけに反応した。続いて白鷺が身を乗り出す。
「本当かい? ちょっとした気配とか……」
『くどい、近い』
「お前なあ~っ!」
食い下がるトーマをじとりと睨みつけるクジラ。そんな二人に慌ててアキラが間に割り入る。
「あー! えっと、知らないなら知らないでいいんだけどね」
「本野、もっとちゃんと聞かないと」
「う、うん。この学園と私にかかってる呪いを解くために、協力してくれると嬉しいんだけど」
目の前の彼と比べると、ハチドリは割と、いやとても友好的だったのかもしれない。アキラが必死になって話しかけると、クジラは重たげに口を開き、ゆっくりと声を絞り出した。
『俺はもう、お前たちをどうこうするつもりはない。恨みに呑まれないよう静かに眠るつもりだ。……ただ、』
クジラはテーブルに置いたタツミの手をゆるく握り、開き、次いでアキラに目を遣る。そしてきょとんとするアキラに向けて言い放った。
『お前の事はこの
「私のことを?」
『……離さないと言ったのはお前の方だろう』
クジラは困惑混じりの呆れた表情を浮かべてようやく感情を表した。アキラは以前自分が言った言葉を唐突に蒸し返され面食らったが、次第に頬を緩ませていく。
「……そっか! 私の言ったこと、覚えていてくれたんだね。うん分かった。」
見ているということはつまり無関心ではないということだ。アキラは笑顔を見せてクジラに片手を差し出した。
「私のこと見てて。それで、時々話をしよう。理事長もトーマくんも、ハチドリも。みんなで一緒に。仲間だから」
『……仲間』
クジラはアキラの指先だけをちょんっと握り返した。途端に場の緊張が解け、白鷺とトーマが大きく息を吐く。
「ねえねえねえ! 僕とも話をしてくれるかい!? 他の幽霊のことを何か知らないかなっ」
『知らん』
「じゃあお前、自分が死ぬ前のことどこまで覚えてるんだよ」
トーマの質問はあまりに直球だったが、クジラは気にすることなく考え込む様子を見せる。
『死ぬ、前は……井戸に落とされてずっと』
這い上がろうとしていた。
井戸の中では他の生徒たちの姿は確認出来ず、他の霊を知らないというのも仕方がないだろう。
アキラは脳内に再生されたその光景を思い出しはっとする。
「人間を生き返らせる方法」
「え?」
「って言ってなかった? その……クジラを井戸に落とした男が」
『ああ、確かにそのような事を口走っていた。きっと奴らの狙いはそれだろう』
「奴らって、学舎を襲った賊のことか!?」
トーマが苦い表情で声を荒げる。がたりと音を立てて立ち上がるのを白鷺が目で制しながら言った。
「他の霊のことは分からないけれど、新しい情報が手に入ったね。ありがとうクジラ。そろそろタツミ君の体力が心配だから、戻ってもらってもいいかな? また話をしよう」
「そっか。タツミくん病み上がりだし……。またね、クジラ」
「次までに何か思い出しとけよ!」
方々から言葉をかけられたクジラは一瞬言葉に詰まると少しだけ笑みを浮かべた。
『騒々しい奴らだ、な……』
そうこぼした直後にがくりとテーブルに伏せるタツミ。横に座るトーマがソファーの背もたれに体を預けさせると、その目が薄く開く。
「しんどいんですけど」
「だろうな」
「お疲れ様、タツミくん」
酷く顔色の悪いタツミは片腕で目元を覆って浅く呼吸をする。やはり限界が来ていたようだ。白鷺はタツミにコーヒーを淹れながら話を続けた。
「クジラからの情報は学舎を襲った賊について。これは直接的でなくとも呪いに関係あると思っていい。肝心の残りの幽霊については分からなかったが、みんな頭に入れておくように」
「理事長、人間を生き返らせる方法ってどういう事でしょう?」
アキラの問いに白鷺は顎に手を当てて考える。
「昔の事だ。民間伝承、伝説じみたものを信じた輩が居たんだろう。それについては古い記録を探してみるよ。そして、問題は我々のこれからの動きなんだが……」
未だぐったりとしているタツミと、白鷺の
「特訓だ!」
「とっ?」
「くん……?」
理解出来ていない表情の二人に白鷺は指を突きつける。
「君たちはとにかく貴重な戦力! しかし、すぐにへばってしまっては長期戦で不利だ。これからどんな幽霊との戦いが待っているか分からない。そこで、降霊状態を少しでも維持できるように特訓しよう!」
「ええっ面倒くせー!」
「今時熱血とか流行らないよ」
「つべこべ言わない! これからメニューを考えるから、次の地下探索までに今の二倍は体力つけてもらうよ!」
ぶつぶつ文句を言う二人を無視し、白鷺はぐるりと反転してアキラに向き直る。
「そしてアキラ君、その間に君はアレでアレしていてくれ」
「もう、理事長。アレじゃあ分かりませんよ」
急に難解な注文をされ、アキラは呆れ顔で白鷺に応えた。すかさず白鷺は続ける。
「アレだよアレ! ガムランボールで幽霊の気配を探るんだ」
「ああ、なるほど!」
以前地下への入り口を発見した時のように、またガムランボールで何か見つけられるかもしれない。アキラはぽんと手を打ち頷いた。
「体育祭も近いし、体力づくりをしていても不思議には思われないだろう。ところで君達、追試はないだろうね?」
その言葉にぎくりと肩を跳ねさせるアキラとトーマ。その様子にタツミが冷え冷えとした視線を送る。
「え、もしかして二人とも? 本気で言ってる?」
「べ、勉強してる暇なかったし」
「そうだそうだ!」
「こればかりは二人に無理をさせていた私に文句は言えないな……タツミ君、頼んだよ!」
結局二人は追試の日までタツミの監視下で猛勉強することに決定したのであった。
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