散りばめられた謎③
若葉の季節が終わりに近づくと、清涼だった風がやや湿り気を含み始める。
中間試験を終えたばかりの桜中央学園ではささやかな祭りの雰囲気が漂い、生徒達はみな口をそろえてある単語を放ち始めていた。
「ねえアキラちゃんは体育祭の種目もう決めた?」
「え」
しかしそれは、疲弊しているアキラたちボランティア部にとってはとても楽しめるものではなかった。
「た、体育祭……!? この時期に?」
アキラは信じられないといった表情で目の前のナギサに向き直る。その反応に首を傾げたナギサは何でもない様子で話を続けた。
「うん、うちの学校は六月にやるんだよ。一学期の中間試験と期末試験の間に。まあ準備期間短いし、全校スポーツ大会みたいなものだけど」
「それって全員参加?」
「もちろん! あ、でも私は見学するけど」
「うそでしょナギサ裏切るの」
「病弱でごめーん」
アキラは額に手を当てながら放課後の教室に立ち尽くす。ゴミだし当番のナギサを手伝っている途中に知ってしまった学校行事。それは、体育祭。
転校前の学校では秋に開催されていたため、予想もしていなかった。
普通の学校生活を送っていたら楽しかっただろうそれは、心の余裕をゴリゴリと削っていく。
アキラは恐る恐る自分のやるべき事を指折り数えてみた。もちろん学生としての本分、勉強の時間は抜いて考える。
まず、先週退院したタツミを交えてのブリーフィング。これはこれから行う予定だ。そして白鷺と二人で話す時間を作りたい。疑った事を謝るためだ。
地下探索も続けるとして、その合間で星野に怨み屋の詳細を聞く必要もある。さらに若菜がいつまた現れるか分からない。その対策も本多に相談しに行く。
そして、英語の追試。
そらみたことかと白い目で見てくる星野が想像に容易い。よりにもよって英語だけ中間試験で赤点を取ってしまったのだ。
アキラは背中を丸めて頭を抱えた。学園に残る幽霊はあと三体。行き詰まっている場合ではないがとにかく時間がなかった。
「やる事が多いっ……!」
「そんなに体育祭いや?」
「体力を……とにかく体力を温存したいの」
「応援してるから!」
「はあ……ありがとう」
投げやりな様子のアキラにナギサは困ったように微笑みかける。その穏やかな視線に気づいたアキラは肩をすくめた。
「ナギサが運動できないのは仕方がないって、分かってるのよ。八つ当たりしてごめん」
「ううん、違うんだ。アキラちゃん、今度どこかに出かけない? 気分転換に」
「え? うん。行きたい。どこに行く?」
「どこでもいいの。アキラちゃんと一緒なら」
突然のナギサの誘いにアキラはやや驚きつつも素直に了承した。ナギサは誘った側にも関わらず本当に希望の場所はないようで、絶えず微笑んでいる。
「そう? じゃあ考えておくね。それであの……追試、終わってからでもいい?」
「当たり前だよ! 頑張ろうね!」
友人と出かける約束。それはアキラの望む『普通』の学生生活のワンシーンのようで、自然と笑みがこぼれる。帰路につくナギサを見送ってアキラは上機嫌で廊下を駆けた。
「お待たせしましたー……?」
そしてその笑顔のまま理事室に向かったアキラだったが、戸を開けた瞬間に漂ってきた剣呑な雰囲気に思わず身を硬直させる。
「えっ? なにこの雰囲気」
ソファーに腰掛ける白鷺、トーマ、タツミの視線を一気に浴び、たじろぐことしかできないまま自身もソファーに吸い寄せられていった。
三人が三人とも厳しい表情をしている。冷や汗を浮かべるアキラに白鷺が口を開いた。
「アキラ君、何か我々に言い忘れていることはないかな」
「言い、忘れ?」
慌てて記憶を探るが思い付かない。助けを求めるようにトーマに視線を向けるが、そのトーマもまたじっとりとした目で見てくるだけだった。
「例えばまた不審者に待ち伏せされてたとかまた不審者に透視されそうになったとか」
「あっ! ええっと、それは……はい、すみませんでした!!」
「ったく、そういうのは言えって言っただろ!」
「ごめんっ色々あって機を逃したというか何というか……」
若菜の事を報告し忘れていた。恐らく本多から白鷺の耳に入ったのだろう。アキラは肩身狭そうに白鷺の隣に腰掛ける。
「頼むよアキラ君。その不審者は透視を使ってくる。ただ者じゃないんだから」
「ねえさっきから透視? ってそれ本当?」
タツミが訝しそうに眉を寄せる。アキラはこれ以上この話を続けると要らぬ墓穴を掘ってしまうのではと内心焦っていた。
若菜の正体が、ハーリットと呼ばれる怨み屋だということは白鷺に報告するつもりだ。しかしそうすると情報源である星野の正体も明かすことになる。
白鷺との関係が芳しくない星野は、果たしてそれを是とするだろうか。
アキラは悩んだ末に、ハーリットの件は星野に詳細を聞いてから報告することにした。故に、今ここで若菜の話をして欲しくないのだ。アキラには誤魔化しきる自信がない。
「あの、透視の事はタツミくんには追い追い説明するとして……本題に入りましょう理事長」
「ふむ、それじゃあまずは情報共有だ。みんなこれを見てくれ」
さらりと切り替わった話題にほっと胸を撫で下ろすアキラ。その隣で白鷺がパソコン画面を対面に向ける。
「タツミ君は初めて見るだろう。これはあの夜、アキラ君がこの部屋から撮った写真だ。白い霧と、『クジラ』の地上絵が校庭に浮かび上がっているね」
アキラが白鷺に送った『クジラ』の写真が画面いっぱいに映し出される。タツミはそれを見て黙ってひとつ頷いた。
「我々の推測では、この絵は地下の石室に霊を封印するためのもの。それが地上に現れたという事は、霊の封印が解けて儀式が始まったという合図のようなものなんだ。つまり、この写真の時点で既にタツミ君は地下に居たことになる」
「俺が地下に行く前、理事長とトーマが倉庫で話してる声が聞こえた。その後から記憶がないんだけど」
「タイミング的には合ってるな……。つまり、地上絵が浮かぶイコール儀式開始っていう推測は正しいのかもな」
トーマの言葉に白鷺が同意するように何度か首を縦に振る。
「その後は病院で説明したとおり。現在はタツミ君の中に『クジラ』の霊が眠っていると」
「その事なんだけど」
タツミが片手を軽く挙げてその場の視線を集める。
「起きたみたい」
「起きた……って」
「相変わらず何も反応ないんだけど、何となく分かるんだ。『クジラ』は起きてるよ」
アキラと白鷺は顔を見合わせる。もしかしたらタツミの中に居る彼……『クジラ』と対話できるかもしれない。
「何となく分かるっていう感覚は、俺も理解できるな。説明は難しいんだけど、自分の中で気配が動くっていうか」
「ああ、そんな感じ」
ソファーに深く沈み考え込むような体勢でトーマが言うと、タツミもそれに同意する。
そしてその目はふとアキラに向いた。
「
「タツミくんはいいの? 一時的にでもまた体を乗っ取られるんだよ?」
「俺がやるべき事は理解してるつもりだけど」
「やってみよう」
白鷺が間髪入れずに答える。アキラは対面をちらりと見遣り、トーマが頷くのを見てから口を開いた。
「もしもまた危ない事になったら……」
「その時は俺に任せとけって! ぶん殴って止めてやるよ」
トーマは蹄鉄の指輪を付けた手で拳を握り、眼前に突き出す。アキラも手首に着けた天珠を撫で、心を決めた。
「やろう」
ハチドリのように味方になってほしい。そうでなくとも、少しでも情報を聞き出せたら。
タツミはゆっくりと目を閉じ、首から下げた魔除けの銀の十字架を外した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます