星と霧の小夜曲③

「佐倉先生の定期入れパスケース!?」


「はい。地下に落ちていたんです」


 星野から逃げたアキラは真っ直ぐに理事室に向かった。今日は良く逃げる日だと心の中で涙を流しながら勝手知ったる理事室に足を踏み入れると既にトーマと白鷺が話を進めていた。


 どうやらこれまでの経緯について詳しく話をしているようだ。コーヒーを淹れながらその話が終わるまで待っていたアキラがピンクゴールドの定期入れを差し出すと、白鷺は目の玉が転がり落ちてしまうのではないかと思う程開眼した。


 佐倉ひなこ。そう印字されたICカードを三人ともしばらく無言になって見つめる。口火を切ったのはトーマだった。


「ということは、佐倉センセーはあの地下に居たのか?」

 

「それか、別の人が落としたとか?」


「その人は何で佐倉センセーのものを持ってるんだよ」


「うーん、そうよね……」


「まあ落ち着くんだ二人とも」


 自身も落ち着いてるようには見えない白鷺が、憶測を交わし始めるアキラとトーマをやんわりと止める。


「地下のどこで見つけたんだい」


「最初に見に行った部屋に行く途中です」


 あの時は必死すぎたため、ドローンに付いたカメラには映っていなかったかもしれないとアキラは反省した。最初の部屋は扉が元々開いていて、隙間から中の様子を伺ったのを覚えている。


 ふと嫌な仮説を思い出し、アキラは恐る恐る白鷺を見上げるようにして口を開く。


「もしかして、佐倉先生が最初の部屋を開けたとか……?」


 理事室に嫌な沈黙が流れた。もしも佐倉が地下に行っていたとして、あの扉を開けてしまっていたら、起こることはひとつだ。


 アキラはちらりと横目でトーマを見る。トーマがハチドリの部屋に導かれるようにして入っていった時の様子は、明らかに普通ではなかった。佐倉もあのようになっていたら? 定期入れを落としたことに気が付かずに扉を開けるかもしれない。


「……今はまだ結論を出せないな」


 白鷺はそう言って定期入れを机の引き出しにしまい込み、鍵をかけた。


 少なくとも地下空間と佐倉の間に何かしらの関わりがあることが判明した。封印の解けた『クモ』の幽霊と、校庭に横たわっていたという佐倉の死体。


 佐倉の死の真相に辿りつくことが、『クモ』を見つける手がかりになりそうだ。しかしとてもではないが手に負えないように思えたアキラは額に手を当てて俯いた。

 

「本野、元気出せって! これからは俺も居るんだからさ。二人で幽霊見つけてやろう」


 三人だよ! と白鷺が自身を勘定に入れようとするのが何だか可笑しくて、アキラは目を細めた。


――そうだ、これからはトーマくんが一緒なんだ。


 望み続けた仲間。共に呪いに立ち向かってくれる味方。


「私たち、仲間だね」


 アキラが噛みしめるように呟くと、トーマは照れたように笑った。


 ごほん、と咳払いをする白鷺に二人が注目すると、真面目な表情で白鷺は切り出した。


「ここで一旦これまでのことをまとめたい。それぞれが見たもの感じたものを共有しておこう。まずは私だが、」


 白鷺はテーブルの上にデスクトップパソコンを広げ、ある画像を映し出した。


 アキラとトーマは「あっ」と口をそろえて驚く。


 日が暮れて見えにくい写真ではあるが、確かにそれは在った。校庭に描かれた『ハチドリ』の地上絵。地面が盛り上がるように線を描き、まるで地面の中から炎に照らされるように煌々と輝いている。


「そう、『ハチドリ』の地上絵だ。あの夜急に浮かび上がって、消えた。丁度アキラ君と通信が途切れていた時だね。地下では何が起こっていたんだい?」


 アキラはこの絵を部屋の天井で見ていた。トーマが部屋に入ってしまい、上を見たら天井画のようにこの『ハチドリ』の絵があったのだ。そして炎を受けて焼き消されるように天井に溶けて行った。


 アキラはしどろもどろになりながらも自身が見たことを伝えると、白鷺は深く考え込む体勢になり、トーマは眉間に皺を寄せていた。


「やっぱり俺……全く覚えてないな」


 トーマは目をぎゅっと閉じ記憶を呼び起そうとしているようだが、アキラはきっと無駄なことだと感じていた。あの時はトーマであってトーマではなかった。実際に目の当たりにしたアキラだけが感じたことだった。


「つまり、あの部屋の天井に『ハチドリ』が描かれていた。それが消えたと同時に、今度は校庭に出現したということだね」


「はい」


「それはまるで、絵が地面の中からせり上がってきたようだね」


 せり上がる。その表現にアキラはどきりとする。確かに天井の『ハチドリ』は溶けるように消えていった。それが消えたのではなく、天井を通り越して地面の中を進み、地表に現れたのだとしたら。


「天井画と地上絵は同じものということですか」


「これも断言はできないけれどね。今聞いたタイミングからして可能性はあると思うが」


「なら、」


 アキラは視線を落とし、コーヒーカップに添える手を見つめながら言う。


「あの天井画は、最初の『転校生』が描いたもの……」


「そう。儀式の進行により天井画の封印がどんどん上に押し出され、終いには地表に出てきてしまう」


「それが地上絵が浮かび上がった原因って訳か」


 トーマは記憶がないなりに話に付いてきているようだ。儀式の目的は『憑依』だと、白鷺が言っていた。トーマがあの部屋に導かれたのも、『憑依』のための儀式が始まっていたからだと考えると無理矢理だが納得がいく。

 

「それなら『クモ』の地上絵が出た時には、誰かが地下に居たんだな」


 トーマの言葉に同意するように白鷺が頷く。『ハチドリ』の時と同じことが起きていたなら、地上絵が浮かんだ時にはもう『憑依』の儀式は始まっていたことになる。


 今回のトーマのように部屋に導かれ、憑依された人物が居るということだ。アキラは初めから開いていた部屋と、佐倉の定期入れを思い起こす。


 ――扉が開いていたあの部屋は『クモ』の部屋で、なら生贄は。


 結論を出せないという白鷺の言葉を思い出し、アキラは無理矢理考えるのをやめた。話を進めようとアキラは報告を続ける。


「それと、今日病院の帰りにまたあの若菜って人に捕まっちゃって」


「何?」


「またか!? あいつに何かされなかったか?」


「それが変なことを言われて。スカートのポケットに入れていた佐倉先生の定期入れが見えるって……」


 可笑しいでしょ? とアキラが不安げに尋ねる。怒りの表情を表すトーマに対し、白鷺は冷静だった。


「本当にポケットの中が見えると言うのなら、それは透視クレアボヤンスだ」


 聞き慣れない言葉にきょとんとするアキラとトーマを見て、「透視とうしのことだ」と言い直した白鷺。


「透視ってまさかそんな、」


「そうでなくてもアキラ君に付きまとっている訳だから、対策を練ろう。……詳しい者の協力が必要だな」


 ぶつぶつと何か呟きながら机に向かい始める白鷺を、黙って見つめる二人だった。




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