第268話 スパルティア
私は、背中に男を抱き付かせたまま空中に飛び上がると、まだ穴の中程を登っている途中のトロッコにも
私の持っていた
だけど、このあたりが人間の脳の限界なのかな。というか、人間の脳のイメージ力の限界というのかな。想像力の範囲を越えた部分までをも可能にすると言う、オーバースペックな能力を持たされても、それを扱う人間の方がイメージ出来る範囲内でしか使い熟す事が出来ないんだ。
例えば、万能の能力をそのへんの野良猫に与えても、食べたい、寝たい、遊びたい、位にしか利用出来ないだろう。それが人間に成った所でたかが知れている。まあ、そんなもんだ。
今の
まだまだ能力を使いこなせてないのは痛感した。
いや、『ここに在る~』とか『ここに居る~』とかを付ける必要も無かったんじゃないのかな?
いやいや、全ての黒曜石や、全てのマナ喰いをこの世から消し去ったら、誰かが困るんじゃないのか?
……ほらね、こうやって1つの考えが合ってるのか間違っているのかを必ず自問自答してしまう。人間の脳では、唯一無二の『絶対』の答えを出せないんだ。そこが人間の限界点。
神は、何の為にこんな不完全な人間である私に、全能の能力を与え給うたのか。
よく、ヒーローが『目の前にいる1人の子供の命か、この町に住む1万人の市民全員のどちらかの命を助けよう』みたいな選択を迫られる場面があるよね。
神竜達だったら、合理的に考えるまでも無く1人を切り捨てるだろう。
ドラマや漫画のヒーローだったら、どっちも選べないって言って、どちらも救っちゃうんだ。
でも、咄嗟に、どちらも救える手段を見つけられなかったら? 私だったら、後先考えずに、会ったことも無い、顔も知らない1万人よりも、目の前の命を助けちゃう気がするんだよね。1万人の市民さん、ご免なさい。
でも、神は、っていうか、神は今や私なんだけどさ、こんな私にお鉢を回して来た。
私に意見を具申出来る者なんか居やしない。全部私一人で考えて行動しなければならないんだ。
だから、私が選択して実行した事は、絶対の真理であり、唯一無二の答えに成るんだ。良いのか? 良いんだな? 取り返しがつかないよ? 私、迷うよ? 皆が考える『正解』じゃないかもしれないよ? ファイナルアンサー?
誰も私の悩みに答えてくれたりしない。
何だろう、この寂しさと虚無感は……
よし! この世界を私が好き勝手にデザインしてしまおう。
さて、このスパルティアの王族には、2回も『いつも見ているよ。改めなければ滅ぼすよ』と忠告している。
なのに、この様だ。
滅ぼすか? 罪も無い一般市民ごと? でも、統治機構だけ潰しても、難民になるだけだぞ? いっそ、痛みも苦しみも無く、本人も気が付かない内に一瞬で消滅させてやった方が良いんじゃないのかな? 地球の神だって、結構無慈悲に滅ぼしているしね。
それが結局、最善の選択肢なのかもね。
背中に抱きついた男をぶら下げながら、穴の中を上昇して行く私に向かって、途中を登っていたトロッコに乗った兵士が、
私はそれを空中で浄化する。
「おっと危ない。」
ガラスの破片ってさ、透明で見え難い物だから、家の中で割っちゃうとちゃんと掃除したつもりでも、細かい破片が絨毯や畳の隙間に隠れていたりして、意外と服や靴下にくっ付いていたりして、後でチクッと刺さる事が有るから怖いんだよね。
割れたガラスを怖がる神ってなんだかなー……
はい、移動中のトロッコに積んであるのも全部浄化!
あちこちのトロッコに積んである分も、倉庫に保管してある分も纏めて浄化。
そう念じると、いや、念じるまでもない。思っただけで、あちらこちらから眩しい光が発生して、光が収まった後には幾つもの透明なガラス玉だけが残った。
「神にも届き得ると言われた、我が国の秘密兵器が……」
私にしがみついていた男の腕の力が抜け、落下して行くのを魔力で受け止め、そっと地面へ降ろした。
ほう、あれで私や神竜達と戦うつもりだったのか。勝てると思っていたのか? 愚かな。
私は穴の周囲に建つ一番大きな建物である、王城の一番高い塔の上に立ち、前回と同じ姿と成って、屋根を透過し、この城で一番大きな広間、多分謁見の間だと思われる場所へ降り立った。
玉座には誰も座っていなかったが、段の下には前回の時に会った公爵つまり第一王子が、片膝を付いて右腕の拳を床に着け、頭を下げて居た。
第二王子もその後ろに同じポーズで控えている。
武装した近衛兵は、壁際まで下がらせている。この男は既に自分の運命を理解している様だった。
例の馬鹿三男は、壁際で近衛兵に取り囲まれて失禁しながらガタガタと震えている。
「公爵よ、言わずとも分かっている様だな。」
「ははあ! 私は既に覚悟は決めております。ですが! こちらからお願い出来る立場では無いという事は、重々承知しておりますが、何卒、私一人の命と引き換えに、罪無き民はお見逃し下さい!」
この国の
「今回の事を企んだ王は、また寝室で毛布を被って震えているのか。」
もうね、見なくても分かっちゃうんだよね、今の私には。
それにしても、私がピラミッドへ降りてから僅かな時間しか経っていないというのに、この連絡の早さよ。どれだけチキンなんだよ国王。
私は、弥勒菩薩像みたいに力の抜けた右手の人差指を上に向けると、天井に光の門が開いて、正装したまま横たわった姿勢の初老の男が、私と公爵の間に降りて来た。勿論、右手とか光の門とかは演出だ。
「ひっ、ひいい!」
男は、ベッドへ潜り込んでいたはずなのに、いきなり景色が変わったので戸惑っている様だ。
男は、懐に隠し持っていた、
ハンマーが黒曜石を打ち、砕け散ったその中からマナ喰いが溢れ出し、二人を包み込む。
「ぐ、ぐああああぁぁぁ!」
私は、公爵だけを引き剥がし、彼に纏わり付いていたマナ喰いを浄化した。
「よ、余も…… たすけ……」
私は、一言も答えずに彼の命がマナ喰いに食われて逝くのを見守っている。
やがて、全ての生命力を食い尽くされ、グールとなった王は、虚ろな目となり、青い顔をして、口の端からは涎を垂らしながら私の方へ躙り寄って来た。
「父上! 御免!」
剣を抜いた第二王子が、元王の心臓へ背中から一突きすると、剣の先は胸から飛び出し、青い血がぼたぼたと床を濡らす。
既に心臓は動いていないので、血が吹き出す事は無かったが、それでもそれなりの量の血が床の敷物を汚す。
血からもマナ喰いの黒い瘴気が立ち上っている。
血が剣を伝わり、第二王子をも食われようとした時に、第二王子は抗おうともせずにそれを受け入れようとした。
それを見て取った私は、素早く王の体とマナ喰いを滅した。
「お前は、何故あの様な無茶を! マナ喰いの危険性は良く知っていたはずだ!」
「それは、兄さんだって!」
二人はお互いの無事を確かめ、抱き合って声無く泣いていた。
第三王子は、滝の様に失禁しながら床へへたり込んでいた。第三王子を取り囲んでいた近衛兵は、流れて来るおしっこを避けて無表情のまま一歩横へ移動した。
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