第203話 攻性障壁

 牛頭鬼アステリオスは、私の方が厄介だと認識したのか、ケイティー達を放って、私達の方へ歩いて来た。

 そして、祖力障壁を滅多矢鱈と殴り始めた。しかし、その攻撃は私には届かない。強力な反発力によって、拳の威力は尽く減衰してしまうのだ。


 地球の人にどういう状態かを分かりやすく説明すると、巨大なバランスボールを殴っているみたいな感じと言えばお分かりになるだろうか。


 ケイティー達はというと、牛頭鬼アステリオスの干渉が無くなったので、何時もの動きでオグル達を翻弄していた。

 ケイティーが足を攻撃して動きを止め、ヴェラヴェラが殴り倒し、ラージャが喉を切って止めを刺す。即興のチームなのに、三人の連携が上手く出来ている。

 1頭、2頭と着実に斃して行っている。


 3頭目に移ろうとした所で、牛頭鬼アステリオスが手応えの無い私達の方に業を煮やし、ターゲットをケイティー達の方へ切り替えてしまった。



 「ケイティー、牛頭鬼アステリオスがそっちへ向かった。こっちへ帰ってきて!」


 「もうちょっとだったのに!」



 だけど、牛頭鬼アステリオスまで相手にするには、荷が重い。三人は、目線で合図を送り合い、頷くと、牛頭鬼アステリオスの横や足の間をすり抜け、こちらへ向かって走って来た。


 足の間をすり抜けたラージャに怒ったのか、牛頭鬼アステリオスは、振り向き様に拳をラージャへ叩き付けるが、ラージャはウロコ状のパネルの連なる、絶対障壁の殻に守られ、無事だった。驚いた事に、障壁を張ったのは、頭上の天使の姿のジニーヤだった。

 しかし、10層の障壁殻は、一撃で砕け散った。牛頭鬼アステリオスはジニーヤに手を伸ばして来たが、実態の無いホログラムみたいなものなので、掴むことは出来ない。

 その隙きに私は三人を魔力で引き寄せ、背後へと隠す。

 牛頭鬼アステリオスは、地団駄踏み、何か投げ付ける物が無いかと周囲を見回している。



 「ソピア、これからどうする気? 何か策はあるの?」


 「うん、一つ、試してみたい事があるんだ。」



 私は、祖力と同時に引力も放出した。

 実は、以前に家出した時に、ケイティーと戦う羽目になり、私は感情を爆発させてしまい、ケイティーを祖力で大木に押し付けてしまった。理性の私は、ケイティーを押し潰してしまうのではないかという恐怖に、引力を発生させて中和しようと試みた。

 しかし、祖力と引力は、一瞬相殺したかの様に見えたのだが、力は相殺されるどころか、どちらも強力に両立し、中間地点でぶつかり合ったのだ。中間地点の境界面では空間がひしゃげ、巻き込まれた木の葉や砂粒の原子が、パチパチと光を発して消滅して行くのを見た。私は危険を感じ、直ぐに引力の発生を止めたのだった。



 「あの時の現象を、もう一度再現してみる。」



 祖力障壁のグリッドを捻り、左回転に回す。引力を逆方向へ捻り、右回転で回す。

 それぞれ逆方向に向かう力がぶつかり合う中間地点、私を中心に半径2ヤルト外側の境界面では、巻き込まれた物質の原子が、断末魔の悲鳴を上げ、光を発して消滅して行く。

 あらゆる物を巻き込み、すり潰して行く、巨大な粉砕機ミルだ。これは、攻性障壁なのだ。


 その危険性に気が付いた牛頭鬼アステリオスは、後ろにひかえていた、2頭のオグルを無造作に掴むと、こちらへ向けて投げ付けて来た。


 オグルは、攻性障壁の境界面に当たると、派手に血液を撒き散らしながら、当たった面から吸い込まれる様に、光を発しながら消滅して行った。飛び散った血液も、攻性障壁へと吸い込まれて行く。



 「うっわ、自分でやっておいて何だけど、グロいわ。」



 振り向くと、五人とも無言でコクコクと頷いていた。



 「残ったアイツをミンチにしちゃうから、皆は一塊に成って、私から離れ無い様に付いて来て。」



 地面も半球状に抉られているので、付いて来るも何も、私の魔力で空中に浮かんでいるみたいなものなんだけどね。

 地面を抉りながら、私達は、じりじりと牛頭鬼アステリオスへと迫る。

 牛頭鬼アステリオスは、オークやオグルよりも知能が高い様で、遠くから物を投げたり、逃げたりと、多少は頭が回るみたいなのだけど、この距離まで近付いてしまっては、既に攻性障壁の外側に展開されている引力に捕らわれてしまい、逃げる事は最早出来ない様だ。

 大木へ掴まり、必死に抵抗するのだが、その大木もメキメキと音を立てて、こちらへ倒れて来る。地面を踏ん張る足も、掴み所が無くなり、体は空中に浮いてしまっている状態になっている。

 牛の顔だが、恐怖に目を見開き、悲鳴を上げている。



 「グモオオオオオオオオオ!!!」



 私を蹴飛ばしてやろうと突き出された足が攻性障壁の境界面に接触し、そこからヤスリで削られて行くかの様に、消滅して行く。

 下半身が無くなった所で、既に絶命しているのを確信し、攻性障壁を解除する。

 牛頭鬼アステリオスの上半身が、ドスンと地面へ落ちた。



 「「「「「怖っわ!! ソピアの魔導怖っわ!!!」」」」」


 「なんだよもう、せっかく助かったのにさ。ケイティーとヴェラヴェラもか!」


 『--グロくても良いから、その魔導見てみたかったわー。--』


 『!--はいはい、帰ったらね。--!』



 牛頭鬼アステリオスは、流石に上半身だけで生きていられる、シュト○ハイムみたいな化物では無い様だ。



 「じゃあ、この牛頭鬼アステリオスも倉庫へ仕舞っておくよー。」


 「「「「はあああぁぁぁぁー!」」」」



 張り詰めた緊張が解けたのか、皆座り込んでしまった。



 「牛頭鬼アステリオスなんて、初めて見たわ。」


 「うん、国では、遭遇したらまず助からないって聞いていたもの。」


 「ああ、怖かったー。あはは。」


 「ところで、安堵している所申し訳無いのだけど、奴等の巣を調べないと帰れないわよ。」



 そうだった。一仕事終えたみたいな気になっちゃってた。

 これだけの数のオグルが居たという事は、奴等の巣があるに違いない。ちょっと周辺を探索してみよう。



 「アーリャ、私のサーチは、動体じゃないと良く分からないんだ。あなた達のスワラとか言うのでも手伝ってくれない?」


 「ええ、分かったわ。」



 そう言うと、それぞれが50ヤルト位ずつ三角形に離れ、ピヨピヨ鳴き始めた。

 私も魔力サーチの範囲を800位に広げて、索敵しながら進んで見る。



 「あ、洞窟……なのかな? 5刻(10時)の方向に、何か在るわ。」


 「そっちへ行ってみよう。」



 アーリャの言う方向へ250ヤルト程進んでみると、森の中に崩れかけた石積みの遺跡が見えて来た。

 東南アジアの森の中にこんな様な、森に飲み込まれた遺跡があったと思う。あんな感じに見える。

 遺跡には幾つかの入り口っぽい物が見えるんだけど、迂闊に中に入ってオグルに遭遇したら、こちらの得意な機動力が生かせなくてやばいかもしれないので、どうするか皆で相談する事にした。



 「スワラで調べた感じでは、中には魔物は居ない様に感じますわ。」


 「魔力サーチでは、こういうのの内部を探るのには向いていないんだよね。」


 「誰か入ってみる?」


 「お化けが出るかもよ~?」


 「きゃっ! やめてよーもー!」



 遺跡の調査は時間がかかりそうだし、もうそろそろ日も暮れそうなので、遺跡の事はハンターズへ報告して、後は大人に任せようという事になった。



 「あーあ、王都に着く頃には、真っ暗かなー。」


 「大丈夫、大丈夫。パーッと飛んでっちゃうから、日没前には王都へ辿り着けるだよー。」


 「へっ? 飛ぶって……、きゃあっ!」



 私達は、アーリャ達を持ち上げてあげて、亜音速で王都へ帰った。ソニックブームの発生は、やばいもんね。



 「私達のラリに直ぐに追い付いて来たと思ったら、こんな秘術が有ったのね。あなた達、凄いわ。」


 「別に秘術って訳じゃないよ。多分、これから学院で習うと思うよ。」


 「それを入学前のあなた達が何で使えるのよ。」


 「だって、飛行術は、ソピアが考案したものだもの。」


 「何ですって!? あなた一体何者なのよ! 見習い魔導師って言ってたわよね!? あなたを見習いにしている師匠って一体……」



 アーリャが掴みかかってきた。危ないから、飛行中は危ないからー!



 「ロルフ様だよー。」


 「……なんて事、あの大魔導師にして大賢者であり、サントラム学園の創始者のロルフ・ツヴァイク。あなたが、ロルフ様の弟子だったなんて……」


 「あんなん、ただの好々爺すきすきじじいだよ。」


 「何を仰っているの!? あなた! ロルフ様の偉業をご存知無いの!?」


 「危ない、危ないから、掴みかからないでー!!」


 「……ふう、流石に魔導先進国のダルキリアだけの事はあるのね、こんな人が何人も居る様じゃ、私はもう賢者の称号は、恥ずかしくて名乗れ無いわ。」



 いやいや、あなた達、試験トップ合格だからね。十分凄いから。

 私達が多分、おかしいんだよ。


 私達は、三人を慰めながら王都に到着した。



 亜音速でも、お喋りしてたら、王都まではあっという間。ちゃんと西門から入る事は忘れないよ。




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