第190話 穴を掘る者
竜達は、四半刻(30分)程作業して、私達が食べているおやつが気になったのか、降りて来て人の姿に戻った。
私は、穴の縁まで行って、下を覗き込んで見たら、底が見えない程の深さに成っていた。
高所恐怖症だったら、こんな手摺も安全索も無い穴の縁に立ったら、確実に気絶しそう。
「じゃあ、今度は私が続きやって来るね。魔導リアクター!」
私は穴の中へ飛び降り、底に着地すると、アーク放電の電弧で氷を溶かそうと試みたのだが、意外と上手くいかない。
土は溶けて熱を保ってくれるのだけど、氷は溶けると水になり、更に熱を奪ってゆく。投入エネルギーが膨大になり、魔導リアクターの維持も大変だ。そのうえ、溶けた水が底に貯まり、在る深さにまで溜まった時にそれは起こった。
ジュババボボボボボッ!!
チュドーーーーーーン!!
はい、突沸アンド、水蒸気爆発ですね。
火山の水蒸気爆発みたいに、真上に吹き上げられてしまった。直径300ヤルトの超巨大大砲だ。
しかし、この大事故でも私の体は全然平気なんだな。爆発の瞬間、イブリスが絶対障壁で私を包んでくれたんだよね。
「お母様、本当におっちょこちょいです。」
「面目無い。」
高度は1000ヤルトは打ち上げられたかな。上から見れば、五芒星は氷の下に透けて見えるかなと思ったのだけど、全然見えないや。
飛行術で地上にゆっくり降り立ち、皆の所へ戻ると、呆れた顔をされた。
アンナークが、今の音にびっくりして意識を取り戻していた。
「えっ!? 何何!? 何が起こったのです!?」
「おまえというやつは、神格を得てもおっちょこちょいは治らんのだな。」
「この世界の先行き、不安しか無いわー。」
「ソピアちゃんのおかげで、うっかり世界が消滅、なんて事に成らなければ良いですね。」
あはは、ユーシュコルパスの所でやらかしかけた事を言ってるんですね。もう許してクレメンス。
村からも見えたみたいで、ぞろぞろ人がやって来るよ。恥ずかしい。
「物凄い地響きと音が聞こえたのですが、一体此処で何が起こったのですか?」
「あー、あの穴を掘っていてね、軽い事故がちょっと……」
「事故、ですか。……やや! この僅かな時間で、この様な大きな穴を掘ってしまうとは、ダルキリアの魔導師とは、凄まじいものですな! 流石、邪竜を討伐しただけの事はある!」
うーん、ヤバい。誤解されている。でも、誤解を解くと私が質問攻めにされそうなんで、誤解されたままにしておこう。なんか、お師匠がやった事にすれば、皆納得するでしょう。
『--なんじゃ、全部わしにおっつけるつもりか。--』
『!--頼むよーお師匠。それが一番丸く収まるよー。--!』
『--ううむ、仕方が無いのう……、わしだけが過大評価されても困るんじゃがのう。--』
『!--お・ね・が・い!--!』
『--うるさいわっ!--』
『--でも、ソピアちゃんを隠すには、ロルフ様は格好の身代わりですわ。ネームバリューといい、何かやりそうな雰囲気といい、適任です!--』
『--こりゃヴィヴィ! お前まで!--』
というわけで、村人達は、お師匠の新型魔導という事でなんとなく納得してくれた。……んだけど、やって来ちゃったよ、あいつが。
「お、おい、見てみろ! あれを!」
「あれは……、まさか!」
見渡す限りの平らで広大な雪原。その真中にそれは居た。真っ白な竜が。
その竜が、ゆっくりとこちらへ向けて歩いて来る。
村人達は、動くことも、まして逃げ出す事も出来ず、言葉を発する者は誰も居ず、ただ立ち尽くし、視線だけは竜に釘付けになっていた。いや、視線を逸らす事が出来ないのだ。
竜は、私達の眼の前までやって来て、立ち止まった。
村人達は畏怖し、誰に命じられるともなく、各々膝を着き、手を合わせて祈り始めた。神竜のオーラが、人々にそうせざるを得ないと思わせるのだ。
神竜は、祈る人々を無視するかの様に向きを変え、私の正面まで来ると、思念を発した。
『!--近くまで来ているのに、何で来ないのだ!--!』
『!--ゴメンゴメン! 遺跡の調査で偶々来ただけなんだー。--!』
ユーシュコルパスは、私にスリスリしてきた。
村人達が、驚愕の顔で私と神竜の様子を見ている。
アンナークも目を見開いている。
「あ、あのう……、ロルフ様、これは一体……」
「ああ、ユーシュコルパスは、ソピアの眷属じゃからな。」
「うぅーーん……」
アンナークは再び気絶した。
お師匠、言っちゃ駄目でしょう。
気を失っているアンナークを椅子に座らせ、私とユーシュコルパスは、穴の縁まで行って中を覗き込む。
『!--ふうむ、そう言えば、そんな物が在った様な気もするな。--!』
「覚えてないの?」
『!--人間の巣が何処に在ったかなんて、いちいち覚えておらぬわ、わっはっは!--!』
巣って……、神竜にとっては人間の遺跡なんて、蟻ん子の巣が何処かに在ったっけ程度の認識で、殆ど興味無いんだろうね。
『!--この辺りの氷を取り除きたいのだな?--!』
「そうなんだけど、出来る? 遺跡は壊さない様にね。」
『!--容易い事。--!』
見ていると、氷を溶かすでも砕くでも無く、みるみる氷はその体積を減らして行った。
「えっ!? なにこれ凄い!」
『!--これはお前の知識の中から得た方法なのだぞ? 知っている筈の方法が分からないとは、人間とは可笑しなものだな。--!』
知識として知ってはいても、実際に体験として持っていないと役に立たない、と言う事例は良くあるのだ。
前に、イブリスにも指摘された事があるのだけど、イブリスが真空砲を使った時に、私にはそれが直ぐに分からなかった。
知識を膨大に蓄えていたとしても、実生活ではポンコツって、お師匠だけかと思ったけど、私もなのかもね。
人間の脳の処理能力の限界なのかも。
「なんか今、失礼な事を考えたじゃろう?」
昇華現象というのがある。水は、固相(固体)、液相(液体)、気相(気体)と、3つの相状態を取るが、圧力によってその相変化ポイントは変動する。
例えば、地上と富士山の頂上では、気圧が違うため水の沸点が違うという様な事だ。地上が1気圧と仮定した場合、水の沸点は100度だけど、富士山の頂上では87度位で沸騰するらしいよ。
つまり、ある温度、ある圧力の下では本来気体である筈の環境下に氷を置けば、氷は液体状態を飛ばして固体から気体へ相変化する事が出来る。
ユーシュコルパスは、遺跡を壊さない様にという私の依頼を実現させるために、振動も熱も加えずに、大気圧を変化させ、氷を昇華させて静かに膨大な量の氷を除去しているのだ。
今立っている場所が、エレベーターの様に急下降しているのが分かる。軽く、ふわっとした、重力が軽くなった様な感覚がある。周囲の氷が、シューシューと音を立てている。氷から、直接気化している為に、水蒸気が激しく吹き出しているのだ。
竜達と私が苦労して一所懸命に掘った、直径300ヤルトの竪穴は、みるみる底が上がって来て、遂に穴は消えてしまった。実際は、底が上がったのではなくて、上が下がったのだけどね。
私達の立っていた場所は、ユーシュコルパスを中心に、半径500ヤルトの範囲に渡って下降を続け、やがてこの大陸の地面へ到達した。
そして今、目の前には、巨大な穴の底に立つピラミッドが現れた。
ピラミッドの規模は、地球のギザの大ピラミッドと同規模とすれば、底辺の長さはおよそ230ヤルト程。だとすると、このピラミッドが収まっている穴の直径は、正方形の外接円を計算すると、余白の通路の幅も加算して考えると、大体330ヤルトってとこかな。
数学者便利過ぎだよ、電卓要らずだ。
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