第178話 タイラント再び

 黒い手は、ベッドからというよりも、床から出ていた。

 つまり、犯人はこの家の床下にありだ。

 取り敢えず、アイノちゃんの寝室はお姉さんの部屋に移してもらい、私達はアイノちゃんの部屋の床下を調べてみる事にした。


 ご両親の了承を得て、ベッドを移動し、家具も退かして床板を剥がしてみる。

 根太も取り除き、ケイティーの照らしたマジックライトで床下を覗き込んでみると、そこには地面に大きく開いた穴というか亀裂が走っているのが見える。

 長さは、4ヤルト位(約4メートル)、幅は2アルム(約66センチ)位か。丁度アイノちゃんのベッドの真下の位置だ。

 マジックライトを穴の中に降ろしてみたのだが、どれ程深いのか、底が全く見えない。



 「この穴は、以前から有った物ですか?」


 「いや、初めて見ました。まさか、床下にこんな物が在ったなんて……」


 「心当たりは有りますか?」



 お父さんは、少し考え事をしてから、何かを思い出した様に話し出した。



 「そう言えば、昔封鎖された廃坑が有って、それが村の方向へ伸びていた様に記憶しています。詳しくは、明日、鉱山管理事務所へ行って、坑道の地図を見せて貰わなければ何とも言えないのですが……」


 「では、明日の朝に早速事務所へ行ってみましょう。と、その前に、ここ、降りられるかどうか確かめてみよう。」


 「ちょっとお待ち下さい! 穴の中へ降りるなんて、とっても危険です! ガスが溜まっているかもしれませんから。」



 それもそうか、ここは専門家の言う事を聞いておこう。調査は明るくなってからだ。

 部屋は、鍵をかけて封鎖し、その夜はお姉さんの元の部屋に皆で寝た。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 翌朝、私達はお父さんと一緒に鉱山管理事務所へ行った。

 事務所は、ここの現場からちょっと離れた場所に在るんだけど、実は私は初めてじゃないのだ。

 そう、お師匠とバシリスコスを倒した時に、汚染残土の廃棄場所として、廃坑を譲って貰う時にお世話になった、あの場所だ。

 徒歩で行くと結構掛かる場所なので、私達はお父さんを持ち上げて、飛んで行きましたとも。


 最初、お父さんが交渉しようとしたのだけど、高圧的に断られてた。

 まあ、そうかもね、一介の土工夫が鉱山の地図を見せろと言って来ても、はいそうですかとは見せてくれないだろうね。

 だけど、その管理のお役人さんが、お父さんの後ろに居る私達三人に気が付き、背の高い順に、ヴェラヴェラ、ケイティー、そして私へと視線が泳いできた時に、私がサムズアップして見せたら、顔色がサッと変わった。



 「はうわっ! こここ、これは、大賢者様のお弟子様のソピア様!!」



 うーん、お役人って、なんでこんなに権威に弱いんでしょうね。

 私が、大賢者ばかりか、国王夫妻とも仲が良さげだったから、もしここで機嫌を損ねたら、あーなってこーなってと脳内で瞬時に損得をシミュレートしたのかもしれない。

 私は別に権威を笠に着る積もりは無いのだけど、相手が勝手に忖度してくれるなら、あえて拒否はしません。聖人のお師匠とは違うのだよ。私は所詮、世俗に塗れた凡人さ。

 お父さんは、お姉さんのお友達だとしか思っていなかったらしく、ポカーンとしていた。


 事務所に通されて、坑道の地図を見せて貰う事が出来た。

 鉱山技師のおっさんの説明によると、13番坑道の第七分岐の先が、自然空洞へ突き当たってしまい、そこが魔物の巣であった為に、人工的に落盤させて、埋めて封印してしまったのだという。

 その13番坑道の第七分岐というのが、丁度村の近くまで走っていたそうだ。



 「その自然空洞というのは?」


 「恐らく、鍾乳洞だと思われます。西側の岩山の麓に入り口が見つかっていますが、調査はされてませんので、中がどうなっているのかまでは分かりません。」



 うーむ、なかなか面倒な事態に成って来ましたよっと。



 「じゃあ、これから私達で行って、ちょっと調査して来るよ。」


 「駄目です!」

 「いけません!」



 管理署長とお父さんにダブルで止められた。

 私とケイティーは、洞窟調査は経験者だよ?



 「まったく、ハンターズギルドも、素人に洞窟調査の依頼を出すなんて、洞窟を舐めているとしか……」



 なんかブツブツ言ってる。

 私達は、これまでの経緯を説明し、洞窟探査は、飛べるので上下方向の移動はクライミング装備無しに行ける事、防寒装備も、魔力で熱を発生できるので大丈夫な事。ハンターなので、魔物にも対処出来る事等を説明したら、渋々納得してくれた。



 「ただし、鉱山管理者の立場から条件があります。専門家を一人付ける事、お宅の床下の穴の調査をさせて貰う事、専門家の中止の指示が出たら、速やかに撤収する事。以上の条件を飲んで貰えるなら、許可を出しましょう。」



 私達に同行する専門家は、お父さんにお願いする事に成った。

 床下と洞窟の入口側からの2面からの調査を行う。


 私達4人は、洞窟内でも食べられる軽食を、鉱山町で調達し、ひとっ飛びで洞窟の入り口だという山へ直行した。



 「あっ、入り口はあそこみたいですね。」



 上空で、地図を見ながら、お父さんが指差して教えてくれた場所へ降りる。

 入り口は、私達が想像する洞窟の入口って感じではなくて、岩と岩の隙間みたいな感じの、縦に長い割れ目みたいなものだった。



 「岩肌に、擦った様な跡があるなー。何か固い物で付けたみたいな……」


 「魔物が出入りしているのかしら? 慎重に行きましょう。」



 なので、一番最初にケイティー、その次に専門家のお父さんが入り、ヴェラヴェラ、私の順に中へ入った。

 お父さんはここからマッピングの作業に入る。灯りは、ケイティーがマジックライトを点灯した。一人一個ずつ、計4個のライトを出して、それぞれの頭の上に設置する。これは便利だね。


 入り口は狭かったけど、中はそこそこ広い空間に成っていた。

 奥へ進もうとしたら、壁際の岩が動いた。



 「う、うわー! タイラントだー!!」



 ああそうだった、岩場の魔物って言えば、こいつだった。タイラント・バイター。

 地球でのワニガメが自動車位でっかくなった感じのやつ。

 それも、1頭じゃない、ひいふうみい……、5頭も居る。



 「は、早く逃げろ!兵士を連れてこよう!」



 でも、慌てて逃げ出そうとするお父さんがその時見たのは、きっと目をお金のマークに変えた私とケイティーだったと思う。

 ミニバンみたいな大きさのが1頭に、RV車位なのが1頭、軽ワゴン位のが2頭、小型の軽自動車位のが1頭の計5頭だ。

 うーむ、一体幾らになるのだろう。

 確か前回、あの一番大きいやつ位のだったかな、血抜きしちゃったから大金貨164枚になったんだよね。血が一番値が付くと後から知って、二人で悔しがったんだった。血も込みなら300枚位になったのかな……、今回は必ず血も持って帰らないと。あ、密閉容器……、仕方無い、水筒の水を捨てるか。2クァルト(約2.5リットル)の水筒が1000本あるから、全部入るだろう……


 ブツブツ値踏みしていたら、お父さんが早く逃げろと服を引っ張って怒鳴って来た。

 恐怖で足が竦んで動けなくなったと思われたかな?



 「あー、大丈夫大丈夫。今サクッとやっつけちゃいますからね。」



 私は、ケイティーに目配せすると、魔力で5頭のタイラントの動きを止め、固定した。

 ケイティーが、同時にスッと近付き、枝打ちでもするみたいに頭を落として行く。

 ドバっと吹き出す血を、私が魔力で受け止めて、空中に巨大な球体を作って行く。5頭分だから、結構物凄い量だ。貴族のご婦人方は、こんなもんを有難がるんだね。


 さて、水筒水筒、倉庫から聖地の水の入った水筒を取り出すと、あれ? ちょっと淡く光ってる?



 「ああ、きっと神様がずっと身近に置いてたから、マナが溜まったんだよー。」


 「えっ? そうなのかな、まあいいや、捨てちゃおう。」



 淡く光る水をドバドバ捨ててたら、お父さんが、ああぁぁ……勿体無い、とつぶやいていた。

 タイラントの血は、2クァルトの水筒192本分にもなった。量的には、一般的ご家庭の浴槽2杯分ってとこかな。



 「「やったね!」」



 私は、パンッとケイティーとハイタッチした。



 「まだちょっと垂れてきてるよー?」



 ヴェラヴェラが、自分の水筒で、ちょっと垂れてきている分を集めていた。

 5頭のタイラントは、私が謎空間へ収納した。



 「はああー、あんたら強いんだな。」


 「だって私、ハンターランク8ですから。」



 首元からハンターズライセンスを取り出して見せた。水晶は青く輝いている。



 「こいつはぶったまげた。俺より全然強いじゃないか。こんなおチビちゃんがなぁ……」


 「チビ言うない!」


 「いやー、スマンスマン、じゃあ、こちらのお嬢さん達も?」


 「ケイティーがランク6で、ヴェラヴェラがランク4です。」


 「はえー、そうか、俺が娘のお友達を守るつもりだったんだが、こりゃあ、守られるのは俺の方になっちまうな。ははは。」



 お父さんは、髪の毛をボリボリ掻いていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る