第149話 大海蛇

 「どうですか? お母様。火だと火傷をさせちゃうけど、水なら痛いだけでしょう?」


 「イブリスは偉いねー。良く自分で考えました。」



 頭ナデナデしてあがると、イブリスはとっても嬉しそうにする。

 イフリートの心や体の成長速度が、人と比べてどの位なのかは良く分からないけれど、まだまだ褒めて伸ばす時期だな。今は全力で褒めるぞ!


 向こうへ飛んで行ったここのギルド長は、脳震盪でも起こしたのか、ふらふらしている。特に何処も怪我はしていない様子だ。

 でも、例え水でも音速以上でぶつければ、硬い物をぶつけたみたいに大怪我するぞ、皆も気を付けよう!


 さて、弱っちいデブのギルド長は放っておいて、クエスト依頼ボードを見に行ってみる。

 この、仕事を掲示板に貼って、好きなのを選ぶと言う方式は、全世界で共通なのかな?


 ボードを見ていて、私は愕然とする事実に気が付いた。



 「何という事でしょう、この国の文字が読めません。」



 話はテレパシーと言語の併用で分かる事が判明して、ちょっとそのチート具合に喜んでいたのに、まさかの文字が読めないとは……


 「どうしよう、全く読めないんだけど。」


 「お母様、誰かに読んでもらえば良いのでは?」



 と、言ってもなー……、わざわざ読んでくれそうな親切な人は居なさそうだし……。

 周囲を見回していると、カウンター内のお姉さんと目が合った。

 そうだ、職員に読んでもらえば良いんじゃん。


 私は、つかつかとカウンターへ歩いて行くと、お姉さんは軽く『ひっ』と、小さな悲鳴を上げた。

 あー、まあそうだよね、今ギルド長を吹っ飛ばしたのを見ていたんだもんね。やったのは私じゃないけど。



 「ねえねえお姉さん、何か適当なクエストを見繕ってよ。狩猟か討伐がいいな。」


 「えっ、あっ、はい。では、ハンターズライセンス証を提示して下さい。



 私は、服の下に仕舞っていたクリスタルのハンター証を取り出して渡すと、お姉さんは目を見開いて固まってしまった。



 「えっ!? この色ってもしかして、ランク8!? まさかそんな!! うそでしょ!?」



 お姉さんがあまりにも大きな声で言うものだから、建物内の皆の注目を浴びちゃったじゃないか。恥ずかしい。



 「こんな子供がか? まさか、信じられん。偽造証……では無いな……嘘だろう?」



 奥に居た職員もぞろぞろと集まって来た。

 再起動したポンコツギルド長もカウンターの裏へ回り、私のハンター証と私の顔を交互に見比べ、『嘘だろ、信じられん。』と繰り返し呟いている。



 「あのさ、そういうのはいいから、早く適当なクエスト頂戴よ。私、この国の文字読めないんだ。」


 「あっ、はっ、はいっ! ダイカイダ、ダイカイダ、ギルド長、ダイカイダのクエスト!」


 「お、おう、本来、ハンターランク3が5人以上推奨なんだが、ランク8ならあるいは……」



 この辺りにはランク3以上のハンターは、ランク4のギルド長を含めても3人しか居なくて、今まで保留に成っていた、この村での最高難度のクエストらしい。

 単独受注とは成らないけれど、ランク8の私を含めて4人居れば、何とか成るだろうという事みたい。



 「ふーん、まあ、それで良いです。受注します。ところでダイカイダってどんなの?」


 「でっかいウミヘビです。」


 「ああ、大海蛇か。他の3人は?」


 「ああ、俺と、後ろの職員と、もう一人は今日はまだ来ていないな。」


 「じゃあ、私達はその辺でごはん食べて来るから、後でまた来ます。」



 ここはラウンジは併設されていないのかな? と見回してみるが、それっぽいスペースは無いみたい。酒場すら無いみたい。

 奥にカウンターが有って、その奥に職員が居るだけで、本当に田舎の役場か郵便局みたいな作りなんだよね。ここには女性ハンターは居ないのだろうか?

 近くに食事が出来る所が有るのか聞いてみたら、このハンターズの建物に併設されているらしい。

 一旦外に出て良く見てみると、同じ建物なんだけど、入口は別で、ちゃんと食堂兼酒場が付いていた。昼間は食堂で、夜はお酒も出すって感じみたいだね。


 イブリスと二人で、メニューの文字が読めないので、その食堂のおばちゃんにお勧めのお魚料理を聞いて、2人前注文した。

 そのおばちゃんを何処かで見た人だなーと思って見ていたら、そうだ、ハンターズの受付カウンターの奥に居た人だ。

 えー、食堂のおばちゃんと兼業なんだ。本当に人手不足みたいだね。


 ちょっと待って運ばれてきた料理は、あれだ。アニメで見たことが有る。パイ包み焼きってやつ。『あたしこれ嫌いなのよね』ってやつ。でも、美味しかったよ? 普通に美味しいじゃんね。あの生意気な子供許すまじ。



 「さっき、あのギルド長を吹っ飛ばした水球は、どうやったの?」


 「あれは、お母様の知識の中から考えた方法だから、お母様も知っているはずですよ。」


 「えー? 私の知っている方法? むむむ?」



 いや、何だろう? 音は大してしなかったから、爆豪じゃないし、電磁的な方法でも無い。意外ともっと単純な方法で盲点なのが有ったりするのかな? 音が出ないというのなら、魔導スリングショットなんだけど、あれはもっと加速距離が必要だから、僅か3ヤルト程度の距離であの加速を得るのは難しいんだよなー……



 「分かりませんか? ヒント、でんじろう先生的方法。」


 「お? イブリスはでんじろう先生を知っているのか! ていうか、私の知識を分けたんだから知ってて当然か。」



 ……とすると、身近な材料を使った何か、だよね、きっと。うむむ……あ!



 「真空砲!」


 「ピンポーン!」



 なーるほど! イブリス賢いわー! いいこいいこ。ナデナデ。

 真空砲というのは、真空の筒で物体を吸い込む力を加速に使う方法。大気圧で押し出すと言った方が適切かな? 某動画サイトで検索してみよう! (私は誰に向けて言っているんだ?)

 二人で楽しく会話をしながらお料理を堪能していたら、受付のお姉さんが呼びに来た。



 「3人揃いました。ハンターズの方へお願いします。」



 お姉さんに続いて、ハンターズへ行くと、筋骨隆々の漁師さんみたいな日焼けをしたおっさんが居た。

 デブのギルド長と、もう一人の職員は? と見てみると、奥の扉からエプロンを外しながら食堂のおばちゃんが駆けて来た。あんたかよ!






 町の真ん中に有る船着き場へ行って、各自一人1艇のボートに乗り込む。

 あー、まあそうか。皆が同じ船に乗ってたら、一撃で沈められちゃうもんね。だけど、私等は操船なんて出来ないよ。



 「何だお前ら、ランク8のくせにボートも漕げないのか。」



 カッチーン。クソデブギルド長が煽ってくるよ。ハンターランクなんて私の半分しか無いくせに、それが悔しくてつまらない所でマウント取ろうとしてくる。小せー男。海の藻屑にしてやろうか。

 いいさ、どうせこの国は、旅の途中にちょこっと立ち寄っただけなんだから。


 私とイブリスは、割り当てられたボートというか、カヌー? に乗り込んで、桟橋を離れた。帆の操作なんて分からないから、魔力で動かすぞ。はっきり言って、飛んで行ったほうが楽だ。



 「その大海蛇っていうのは、どんな被害を与えてくるの?」



 漁師が喰われたり怪我させられたりしてるのか?



 「いや、未だ大した被害は、無い。」



 無いのかよ! じゃあ、勝手に討伐なんてしたら駄目だろう。

 それって、元々海蛇の縄張りに人間が入り込んでるだけなんじゃないのか?

 意思の疎通が出来る相手かもしれないじゃないか!



 「でもね、後から来たのは大海蛇の方なのよ。良漁場に棲み着いちゃって居るらしくて、人間がそこへ入ろうとすると、何処からともなく現れて、暴れて襲いかかって来るらしいの。暴れるせいで魚も逃げてしまうし、漁師達は困ってるの。」


 「どの位の大きさなの?」


 「海上に頭を出しただけでも、30はあったな。全長だと80位は有るんじゃないか?」


 「俺はヤツと戦って傷を負ったぞ。見ろ!」



 漁師の男が、腕まくりをして傷を見せてくれた。

 あれれー? デジャブだぞー? 嫌な予感がするな。

 どう思う? ヴェラヴェラ?



 『--んあ? どう思うって言われてもー???--』



 まあ、見てみないと分からないか。

 地元のハンター達の後に付いて行って、到着したのは、海中から岩礁が幾つも飛び出している、複雑な地形の海域だった。

 私は、範囲500ヤルトで魔力サーチをしてみたが、それっぽい動く物は居ない。

 海中に潜られていると、水の動きと判別が難しくて良く分からないんだよね。

 だけど、大海蛇っていう位なんだから、相当大きいのだろう。そういうのが近付いてくれば、海中でも流石に分かるかな?


 私達は、岩礁の間を縫う様に進み、漁師ハンターがこの辺りだと言う地点で船を止め、辺りを伺う。



 「500ヤルト範囲には、海上には怪しい物は無いね。やっぱり、海蛇っていう位だから、海の中か。」


 「僕は、海中を調べてみてるけど、特に近付いてくる大きな物は無いです。」



 ふーむ、今は何処かへ行っているのかな?



 「今は海中にも居ないみたいですねー。」



 と、言ったその時、私達の目の前に、大蛇の鎌首が5本立ち上がった。



 「うわー!! で、で、で、出たぞー!!」



 あれ? 反応無かったよね?

 あと、これ、大海蛇じゃなくて、ヒドラじゃないの?



 「ねーねー、これって、大海蛇じゃなくて、ヒドラだよね?」



 ジモピーハンター達は、大慌てで逃げ去って行った。

 手漕ぎなのに凄いスピードだ。おばちゃんハンターがちょっと遅れているぞ。


 私は、ボートの上に立ち上がって、ヒドラに話しかけてみた。



 「おーい、ヒドラよー。話は通じるんだろう?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る