第143話 イブリスのハンター試験
受付のお姉さんにちょっと怪しまれてしまった。
何時もなら、しっかり設定を練って来るところなのに、何か気が抜けている感じがする。
魂をちょっと喰われちゃった副作用なのかな。
何とかその場を取り繕って、一応お師匠の養子という事で何とか成ったけど、当人のイブリスは、『僕はソピアお母様の子供なのに!』と、ちょっと膨れっ面だ。
イブリスをなだめつつ、建物の裏手口から出て、その先にある闘技場へ向かう。
建物に入ると、何時もの記録のお姉さんと、試験官の2人と判定員? の4人のおっさん達が居た。
試験官は、キエーとか言った、盾と短槍の人と、自分がやらせたくせに私に訓練場の弁償をさせようとした、魔導師の人だ。
私達の顔を見るなり、嫌そうな顔をしたよ。チッ、何だよ、嫌な気分だな。
「今日は、試験を受けるのは、その子一人だけなのね。」
「お母様、あの男達嫌いなの? 殺っちゃう?」
「いやいや、これは、あなたの実力を見るだけの試験なんだから、殺しちゃだめなのよ!」
「うん、分かった。殺さないよ。」
あれ? この子ちょっと倫理観的な部分が足りないのかな? 私の魂を受け継いでいるはずなんだけどな。教育が必要かも。
試験官は、私達の物騒な会話が聞こえたみたいで、身構えている。
「手足の1~2本位ならいい?」
「ダメダメ、怪我をさせるのも駄目だよ。」
「あの人が、降参するか、戦う気を失くしたら、あなたの勝ちだから、攻撃を止めてね。」
「うん、分かったよ、お母様。」
うーん、ちょっと危なっかしいかも。私がちゃんと命の大切さを教育しないと、間違った方向へ行きかねない危うさが有る。
「えーと、イブリス君は、魔導師なのね。では、魔導師の試験官お願いします。さっき、ちょっと漏れ聞こえたけど、これは技能試験なので、相手を傷付けてはいけません。いいですね。試験官の指示通りにお願いします。始め!」
お姉さんの合図で試合開始なのだけど、試験官の指示通りに攻撃と防御を確認するだけの簡単なテストだ。
「まずは、私が攻撃をしますので、あなたは防御して下さい。」
「はい!」
この試験官、私の時はニヤニヤと人を小馬鹿にした様な態度だったくせに、今日は嫌に丁寧だな。さては、私が側に居るから警戒しているな?
試験官がファイアーボールを生成し始める。
私だったら、ここでその生成途中のファイアーボールを相手側に押し込んじゃう所なんだけど、この子はどうするだろう?
イフリートは火炎の扱いが得意らしいので、ちょっと興味があるぞ。
試験官は、ファイアーボールを生成し終わり、イブリスに向けて発射した。
イブリスは、身構えるでも無く、防御もしないで突っ立っている。
当たる! とそう思った瞬間、イブリスの姿が一瞬揺らめいた様に見え、ファイアーボールは、何も無い空間を直進する様にイブリスの体を突き抜け、背後へ飛んで行った。
「えっ? 今のどうなったの?」
「多分、体を一瞬だけ炎のエレメント化させて、貫通させたんだよ。最初に荒れ地で見た姿だよ。」
ケイティーの質問に私はそう答えた。一瞬と言っても、本当にファイアーボールが通過するだけの時間なので、0.01秒とか、その位の短い時間なのだと思う。イフリートは、炎の扱いは得意なのだそうなので、炎熱系攻撃は全く効かないのだろうね。
試験官はポカーンとしている。何が起こったのか、分からない様だ。
「も、もう一度良いかな? 今のをもう一度やってみせてくれ。」
「いいですよ。」
試験官が再度ファイアーボールを放つが、やはりイブリスは微動だにせず、当たる一瞬だけ体が揺らめいた様に見えると、ファイアーボールは何の抵抗も無く貫通して後ろへ飛んで行った。
まるで、空中に映し出されたホログラムの映像へ打ち込んだみたいな手応えの無さだ。
防御の試験は、もうこれで十分だった。
「えーと、君の使える攻撃魔法を教えてくれないかな?」
かなり慎重だ。過去の前例から、何かヤバイものを感じ取っているのかも知れない。
「えーと、全属性の魔法と、お母様オリジナルの魔法と同じ物も使えます。」
「お母様?」
イブリスが指差す方向を見て、試験官が青ざめる。
私も驚いたんだけど、教えても居ないEMLや電撃、黒玉も使えるって事?
「あー、おほん、その、お母様オリジナルというのは、とっても危険なので、その他のを頼む。」
「分かりました。」
「私が、防御結界を張るので、そこへ、その他の魔法で! 攻撃してみて下さい。くれぐれも、防御結界を抜きそうだったら、私の体を外して! 当たらない様に! お願い! します。」
「イブリス、あの人を絶対に怪我させない様にね。」
「うん、分かったよ、お母様。」
試験官の人、すっごいビクビクしている。言葉を区切って、所々強調しながら、ゆっくりと喋った。
「……」
「えーと、もうやっていいの?」
「どうぞ。」
何で試験官の方がテンパってるんだよ。
分からないでもないけどさ。私が連れてくる連中は皆強いからね。でもさ、いい大人がカッコ悪いよ。
この前、竜達が無双しちゃった時の試験官もこの人だったっけ? 覚えて無いや。もしかして、トラウマ植え付けちゃってるのかな、ちょっとだけ反省。
イブリスは、得意な炎の魔法を使うみたいだ。炎の玉を生成している。
驚いた事に、所謂ファイアーボールでは無くて、本物の火球なんだ。え? あれって、何が燃えているんだろう? 炎って、何かが燃えてないと、ああいう感じのユラユラとする火炎にならないよね? 後で教えてもらおう。
イブリスは、その炎を試験官に向けて投げた。
炎は、試験官の障壁に当たると、まるで粘性の液体の様に、障壁全体を覆い尽くすように纏わり付き、中の姿は全く見え無くなった。
そのまま10秒程見ていたのだけど、一向にギブアップも終了の声も聞こえて来ない。
私は、はっとして、イブリスに炎を止める様に言った。
「イブリス! ストップ! ストーップ!! 直ぐ炎を消して!!」
炎が消えると、試験官は地面に蹲る様に伏せていた。
ヤバイ! 炎で隙間無く覆ったら、呼吸が出来ないし、障壁は熱はある程度通すんだ。つまり、中はオーブン状態だったはず。
私は、直ぐにテレパシーでウルスラさんを呼び、治療術を掛けてくれるように頼んだ。
ヴィヴィさんとウルスラさんが直ぐに飛んで来てくれて、治療術を掛けてくれたおかげで事なきを得た。
試験官は、酸欠で呼吸が苦しかった上に背中に重度の火傷を追っていた。呼吸をしようと熱風を吸い込んだため、気管にも火傷を負ってしまっている。
止めるのがもうちょっと遅かったら本当に殺してしまう所だった。
試験官のその惨状を見ても、ケロッとしているイブリスを見て、ちょっとゾッとしてしまった。
「だって、この人降参しなかったんだもん。人間って、この程度で死んでしまう程弱い生き物なの? びっくりだよ。」
まず、この子には情操教育が必要だ。急務だ。
私は、完治したとは言え、まだ意識が朦朧としている試験官に謝罪をして、ハンターズを後にした。
「私は、この子と少し旅に出ようと思う。」
「えっ?」
「ソピア、私も……」
「ごめん、これは私の問題だから、私だけで解決したいの。」
私は、ケイティーの言葉を遮る様に被せた。多分、ケイティーは私が頼まなくても一緒に来てくれると思う。だけど、魔導師である私の力を引き継いでしまったこの子をきちんと教育するには、少々荒っぽい事もしなければならないかもしれない。魔導師では無いケイティーでは、付いて来れないと思う。
「分かったわ、ソピアちゃんのやりたい様にやらせてあげます。ただし、魔導鍵は隠さないで持っていて頂戴。」
「うん、分かったよ。ヴィヴィさん、どうもありがとう。皆には宜しく伝えておいて下さい。ケイティー、ごめんね。」
「それから、これを持って行って。」
ヴィヴィさんは、私の真剣な表情を読み取り、何時もの様な、茶化す様な言い方はしなかった。
倉庫から新しいレプリカ剣を取り出し、それを私にくれた。
「これは、サントラム学園剣2なの。ちょっと改良されているのよ。」
「へー、どんな?」
「それは、使って確かめてみて頂戴。」
何だろう? 見た目は前のと変わっていない様に見えるんだけど、内部構造をちょっと変更してあるのかな? ベータ版テスターをしてってところか。
私は、ヴィヴィさんにお礼を言って、イブリスを連れてその場で飛び立ち、進路を南へ取った。
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