第136話 神竜と一緒

 私は、右の拳に魔力を込めて、謎空間への扉を開いた。






 中を覗くと、そこには宇宙が広がっていた。


 光る粒子の奔流が、私の居る場所から四方八方へ広がって行く。

 太い奔流の直ぐ横から、溢れた粒子が渦を巻いて行く。

 それはあたかも、川の水の流れが、岸に近い所で淀んで、小さな渦が出来るかの様な、または、人工衛星から見た、赤道付近で台風が出来る様に似ている様な、そんな感じに見えた。

 その渦は、大銀河の渦なのだ。

 何も無い様に見えた空間に、濃淡が出来て行く。フラクタル模様だ。



 「これは、綺麗なものじゃのう。」



 横から覗き込んでいたお師匠が、そう呟いた。

 ユーシュコルパスがゼロの領域ヌルブライヒと呼んだ空間内に一つの宇宙が出来上がって行く。

 ユーシュコルパスによると、宇宙が出来て物質が溢れ、領域はゼロでは無くなったので、新しい並行宇宙ネオ・ヴェルトラウムと呼ぶのだそうだ。



 『!--それはお前が作った世界。お前のものだ。お前はその世界の神となった。--!』


 「ユーシュコルパス、ゼロの領域ヌルブライヒって何なの?」


 『!--この世界には幾つもの並行宇宙が有るのを知っているか?--!』



 並行宇宙は、時々川の流れに例えられる。

 この宇宙とは別の宇宙が、隣に流れる川の様に平行に何本も、無限に流れているのだという。

 隣同士の川は、とても良く似ている。『if』の可能性によって分化した、似ているけど違う世界が近くにあり、遠くの川になる程、こちらの世界とはかけ離れて行く。

 だから、地球とこの魔法世界は、隣では無いけれど、人の姿形や植物がそう違わないので、精々同じ村内とか町内位の近さは在るのかもしれない。


 肝心のゼロの領域ヌルブライヒとは何なのか?

 それは、宇宙と宇宙の間の空間なのだそうだ。

 川と川の間の空間だという。

 川と川の間には何が在る? 土手? 河原? 中洲? ……まあ、そんな様な領域だ。川では無い部分が在る。


 そこは、ゼロの領域ヌルブライヒと言う通り、大きさも時間の流れもゼロなのだ。

 無とはちょっと違う。すべての領域が、均質にゼロで埋め尽くされている領域なのだ。

 だから、そこへ入ると距離も時間も無視して移動が出来てしまう。

 隣の世界を認識していなかったから、この世界の中を自在に動き回っていられたけど、隣の世界へ行きたいと思えば、瞬時に隣の平行世界へ移動出来たかもしれない。ただし、そこから元の世界へ帰れたかどうかは定かではないが。

 無限に在る平行世界の中から、自分の元居た世界を見つけ出せれば帰る事は出来るだろうが、『if』の可能性で、ほんのちょっとだけ違っている、無数の世界の中からオリジナルを探し出せるかどうかは、神のみぞ知る所だろう。


 その、ゼロの領域ヌルブライヒの中に私が放り込んでしまった、ビッグバンは、一つの新しく生まれた宇宙と成った。いや、正確には宇宙を生み出す切っ掛けと成った。

 ビッグバンのエネルギーが、均質なゼロの領域にゆらぎを生じさせ、斑を生じさせたのだ。

 その、エネルギーの斑こそが物質であり、ゼロの領域は宇宙へ代わった。

 だから、ユーシュコルパスは、この領域を、新しい並行宇宙ネオ・ヴェルトラウムと呼んだ。

 その宇宙の中には、大きさや時間という概念が生まれ、規則性が出来てしまったので、もうゼロの領域とは呼べないからだ。



 「じゃあ、私はもう、あの謎空間には入れなく成ったの?」


 『!--いいや? 新しく生まれたその並行宇宙と我々の宇宙の間にもまた、ゼロの領域ヌルブライヒは存在する。認識出来るなら、何時でも入る事は出来るだろう。--!』


 「そうなの!? やった!」



 じゃあ、プロークに貰った、あの財宝も取り出せるかな?

 私は、空間に開いた穴の中に意識を向け、慎重に探ってみた。



 「あ、あった。」



 目の前にドシャーっと大量の財宝が出現した。

 ユーシュコルパスの見せてくれた財宝の凡そ10倍もの量が有る。



 『!--なっ! なんじゃこりゃー!--!』



 ユーシュコルパスは、目を見開いて口をパクパクしていた。

 そりゃあそうだよねー。ユーシュコルパスが如何に神竜だとはいえ、転生後未だ100年にも満たないのだから。

 それに比べてプロークの財産は、凡そ4000年分なのだ。比較に成るはずが無い。


 見せたので、私はその財産を再び空間に収納した。



 『!--あ、あ、ああぁ……--!』



 名残惜しそうなユーシュコルパス。前に突き出した手をワキワキしている。可愛い。



 『!--今の財産を我にくれぬか? 人間が一人で持つには過分ではないのか?--!』


 「うーん、これは、プロークの気持ちだからなー……。金額の問題じゃないんだ。」


 『!--そうか……--!』



 あからさまにがっかりしている。何か気の毒に成っちゃうな。



 ユーシュコルパスの庭で、休ませてもらって、大分魔力も回復して来たみたい。

 あちこちを見学させてもらった。庭の真ん中には清流が流れる小川が在って、その水がとても美味しい。あの聖地の泉の水に匹敵するね。


 十分休ませて貰ったので、そろそろお暇しましょうか。

 私達は再び毛皮の防寒着に着替え、洞窟の外に出たのだが、すぐに異変に気が付いた。



 「あれっ? 暑い?」



 洞窟の外へ出てみると、極寒の世界だった筈なのに、防寒着を着ていられない程暑い。

 私達は、慌てて汗だくになりながら、防寒着を脱いだ。

 周囲を見てみると、厚く積もった雪が溶け始めている。洞窟の入り口に下がっていた、巨大な氷柱つららから、ポタポタと水滴が滴り落ちている。

 ただ、ギラギラと眩しいだけだった太陽に、温かみを感じる。



 「これは一体、どうした事じゃ。」



 お師匠が思わず呟いた。

 ユーシュコルパスが空を見上げている。

 私も空を見上げてみたのだが、特に変わった所が在るようには見えなかった。



 『!--瘴気の層が消えている。--!』



 それは、ユーシュコルパスが邪竜となった時に吐き出した、空気を腐らせる瘴気の滞った層なのだという。

 瘴気は、大気の層の更に上の方で、太陽光の熱を遮っていたのだ。

 それが綺麗サッパリと消え失せているのだという。



 「どういう事なの?」


 「うむ、ソピーよ、お前の作り出した黒玉が、その瘴気の層を食らい付くしたのじゃろう。」



 この世界の人は、大気の層の更に上、つまり成層圏にまで登る術を知らない。

 翼で飛ぶ竜とて、大気の層の上までは行く事は出来無い。

 例え、その上に瘴気の層が有ることが分かっていても、どうにも出来なかったのだ。



 『!--ふっふっふ、くあっはっはっはっは!!!--!』



 ユーシュコルパスが急に笑い出した。



 『!--面白い。面白いぞ、ソピアよ。世界を滅ぼす力を持って、世界を救うか。--!』



 うーん、黒玉がこんな所で役に立ったとは。

 吸引力の落ちない掃除機としてお役に立てて何より。

 一歩間違えば、この宇宙ごと消滅していたんだけどね。



 『!--ソピアよ、頼みが有る。--!』


 「うん、なあに?」


 『!--我と眷属の契を結んではくれぬだろうか。--!』


 「「「「はい?」」」」



 ちょっと待て、神竜と眷属の契?

 プロークの方を見ると、プルプルと顔を左右に振っていた。

 お師匠の方を見ると、同じく顔を左右に振っていた。

 ケイティーの方を見ると、私に聞くなと言う様に、視線を逸らされた。大親友、冷たいぞ。



 「どどど、どうすればいい?」


 「わしに聞くな。神の考える事など分かるはずも無い。」


 「主よ、神竜を味方にして置くのは、今後の為にも良い事の様に思えるぞ。」


 「ソピアー。どんどん人間離れして行くわね。本当に女神なんじゃないの?」



 うーん、まあ、いっか。



 「その申し出、受諾しましょう。」


 『!--よし、契約は成立した。では、今からそなたは我の主だ。眷属の契の証に、我の鱗を与えよう。--!』


 「私からは何か渡さなくてもいいの?」



 魂とか血とかをくれとか言われても困るけどね。



 『!--なら、お言葉に甘えて、さっきの財宝をくれ。--!』


 「は?」



 プロークを見たら、頷いていたので、謎空間からさっきの財宝を取り出して、洞窟の前に摘んだ。

 ユーシュコルパス、嬉しそう。



 「それで、ユーシュコルパスは、これからどうするの? 王都で私と一緒に棲む?」


 『!--いや、我はこの地を元の豊かな大地へ戻す仕事が有るから、ここを離れられないのだ。その代り、我を必要とした、その時にはその鱗で我を呼び出せ。何処に居てもすぐに駆けつけよう。--!』



 うーん、神竜を必要とする事があるのかどうかは謎だけど、一応貰っておこう。

 今後、気軽に遊びに来る事も出来るようになったし、神様の相談相手が出来たのも良かった。



 私達は、ユーシュコルパスに別れを告げ、帰途に付いた。




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