第88話 となりのトロル

 「ちょっと、何よあれ!」


 『フォッフォッフォッフォッフォフォフォフォ』



 偽ケイティーは、指をチョキの形にして上下に揺すっている。



 「ちきしょー! どれが本物だ!」


 「ソピアのおバカ! あんなでっかい私が居るわけ無いでしょ!」



 そう、偽ケイティーは、身長5ヤルト程もあるのだ。



 「でもさ、ちょっとケイティー、ここに立ってて。……そうそう、こうしてちょっと離れて見ると、ほらっ! 遠近法で同じサイズに見えるのだ!」


 「見えるのだ! じゃなーい!」



 うわー、写真撮りてー。ここにスマホが無いのが悔やまれる! 写真撮ってSNSにアップしてー! くそー!

 向こうの巨大ケイティーが腹を抱えて笑っている。

 手前の小さいケイティーが顔を真赤にして地団駄を踏んでいる。

 ケイティーが足元の小石を拾って投げると、それが頭に当たった巨大ケイティーが少し痛そうにする。そのままズンズンと手前に出てきて、小さいケイティーを睨むと、人差し指を鼻先に突き付けて何やら怒ったジェステゃーをする。巨大ケイティーは、太い人差し指で小さいケイティーのおでこを軽く小突くと、小さいケイティーは尻餅を突いてしまった。それを見て、巨大ケイティーはまた腹を抱えて笑う。

 小さいケイティーは、すっと立ち上がると、お尻の土埃をパンパンとはたき、足元の小石を幾つも拾っては投げつけた。

 巨大ケイティーは、そんなの全然痛くありませんよーという具合に、両掌を肩の高さで上を向け、肩を竦めてヤレヤレというジェスチャーをした。


 何これ? コントですか?

 それを傍から見ていた私は、敵に悪意も攻撃の意思も感じられないので、黙って見ていた。というか、面白いので楽しんで見たいた。なんかねー、偽の巨大ケイティーの方が、表情豊かで何だか可愛いんだよね。



 「ケイティー、ケイティー、あのね。」



 呼びかけたら、巨大な方も小さい方も同時にこちらを見て、何よという顔をした。

 あれー? これ、でかい方も本物は自分ですってていなのかな? 明らかにサイズが違って偽なのに? 私もこのコントに付き合わないと駄目?

 あ、そうだ。



 『!--ケイティー、ちょっといい?--!』


 『--なによ! 腹立つわー、あいつ!--』


 『!--いつまでもコントやってても仕方無いからさー。--!』



 ここで、巨大ケイティーは、私達が内緒話をしているのを感じ取ったらしく、鼻くそほじったり、尻をかいたり、変顔したりし始めた。



 『!--それでね、こいつ敵意無いっぽいじゃ……ぶははははは!!--!』


 『--はあ?--』



 私が指をさして笑うので、小さいケイティーが振り返ると、そこには丁度両手の人差し指を鼻に突っ込んでいた巨大ケイティーの顔があった。



 「私はそんな事はしなーい!!」



 小さいケイティーは、剣を抜くと振りかぶって駆けて行った。

 それを私が止めて、落ち着かせる。



 「まあまあまあ、あいつ巫山戯ているけど、悪意は無さそうじゃない。」


 「悪意しか感じられないわよ!! それにソピア! さっきから小さいケイティーって言ってるけど、私がオリジナルサイズですからね! オ・リ・ジ・ナ・ル!」



 はいはい、わかりましたよ。私は改めて巨大ケイティーに向き直ると呼びかけてみた。言葉通じるのかな?



 「おーい、きょだ……トロルよー。言葉は通じるのかー?」



 キョトンとした顔をしている。

 やっぱり通じないのかな? 通説通り、所詮知能はそれ程高くは無いのかも。



 「なんだよー? もっと遊んで欲しいのかー?」



 通じたー!!

 誰だよ、知能が高くなく邪悪なんて言ったのは。



 「おまえ、トロルだよな?」


 「そうだよー? 知って来たんだろうー? お前ら村の奴らとは違うみたいだけどー。」


 「何で人里近くに来たんだよ。皆怖がっているんだぞ。」


 「そうなのかー? 皆遊んでくれているのだとばかり思っていたぞー。」



 巨大ケイティーは、そう言うと、シュルシュルと背丈が縮み、オリジナルと同じ大きさになった。



 「おー、こうして見ると、本当にそっくりだ。アジの開きとか、幽体離脱とかやって欲しい。」


 「おーう、それが何だか分からないけど、教えてくれればやってやるぞー。」


 「そ、そんな親しげに近づいて来て、油断させて食べるつもりなんでしょう!」


 「た、食べないよ!」



 何か聞いたことの有るセリフ。ケイティーはなかなか疑いが消えないようだ。

 トロルの伝承の、知能が高くなくて邪悪とは程遠い感じだ。



 「なにそれ、ひっどー! あたいらは、人間はずる賢くて凶暴と聞いていたんだぞー。」


 「そんな訳無いじゃん!」


 「本当だぞー、いつも先に襲いかかってくるのは人間だし、問答無用で殺そうとしてくるんだぞー。私等にとっては人間の方が魔物だぞー。」



 それは本当の事かもしれない、と思った。どっちも相手を『邪悪』だとか『凶暴』だとか言って語り伝えている。お互いに出くわすと、先に殺られない様に自分から先に攻撃してしまう。どちらも相手を『知能が高くない』とか、『ずる賢い』とか言って対等に意思疎通出来る相手だとはとは考えもしない。魔族の時と似ている。もっと話し合いが大事なのだ。



 「でもお前は、人間を殺そうとしないで脅かして追い払うだけだったでしょう?」


 「え? そうなの?」


 「そうだよ、最初の攻撃だって、力の入ってない一撃で、私達に当てないように丸太を振ってたし。」


 「だって、怪我させたら痛いだろー。泣いちゃうだろー?」


 「村人は何人か怪我したみたいだけど?」


 「えー? そうなのかー? 驚かして転んだ時にやっちゃったのかなー? それはすまなかったなー。」



 話をしてみると、意外と気の良い奴みたいだ。

 何でこんな人里の近くへやって来たのかと聞いてみると、別にこの場所ではなくても良いのだけど、人間から情報を得たかったのだそうだ。



 「魔族の連中になー、人間の中に女神が降臨したと聞いて来たんだー。」


 「はあ……」


 「一度死んだ魔族の少女を死者復活リザレクトしたとかー。そんで、その少女が女神に会いに人間の町へ行ったと聞いたのでー、あたいもその女神様に会いたくて後を追って来たんだー。」


 「その少女の名前は?」


 「たしかー、クーマなんとかー……」



 私とケイティーは、はあー……と溜息を付いて頭を抱えた。

 どうする? 女神は居ないと説得して、森の奥へ帰って貰おうか?

 クーマイルマに会わせて話をさせれば、納得して大人しく帰ってくれるかな……



 「私達さ、そのクーマイルマと知り合いなんだ。会わせてあげれば大人しく森へ帰ってくれるかな?」


 「女神様に会えれば、帰ってもいいぞー。」


 「女神様には会えないかもー。」


 「そうなのかー? まあ、そんなにおいそれと会える様な存在じゃないのかもなー。魔族の連中の話だと、結構気さくな少女だったと聞いたんだけどなー……」



 冷や汗が止まらないんですけど、どうしよう。どんどん話が拡大していくよ。

 とりあえず、クーマイルマに会わせて3人で、いや、ウルスラも交えて4人で話して誤解を解かない事には、どんどん取り返しの付かない事に成っていってる気がする。



 「取り敢えず、クーマイルマに会わせるから、その姿なんとかしてくれない?」


 「なんとかってー?」


 「いや、同じ人間が2人居たらおかしいでしょ。私に化けるのは止めろ!」


 「んーー……といってもー、元の姿は人間を驚かすからなー。」



 トロルは、変身を解除して、元の姿に戻ってくれた。

 背丈は2ヤルト近い、貞子みたいに伸びっぱなしの髪と全身の剛毛で、やっぱりイエティとかサスカッチみたいに見える。

 でも、毛で覆われた顔は、目や口はよく見えないけど、高い鼻と尖った耳は見える。

 うーん、このまま連れて人里へ降りたら大騒ぎになるな。



 「あのさ、やっぱり人間に化けてくれる?」


 「何だよ、化けるなと言ったり化けろと言ったり。」


 「あ、でもね、ケイティーや私以外の人間に化けて欲しいんだ。」


 「そうは言われてもー、あたいは人間の女の姿は良く知らないぞー。見た事のある人にしか化けられないんだー。」


 「あたい? お前、メスだったの?」



 そう言われてよく見ると、細身で女性っぽいのかも。最初に貞子みたいと思ったのは、強ち間違いではなかったんだね。

 そうだ、化けた後に部分的に変更は出来るのかと聞いてみたら、出来るというので、とりあえず私に化けて貰って、後で修正する事にした。



 「それで、身長はケイティー位に伸ばして、顔を少し細面にして、目尻を少し下げて、髪の色を変えて、髪型を……」


 「こうか?」


 「うん、いいね、別人に成った。」



 これで、森の中で合流したハンターだという事にしよう。

 村へ行って、討伐証明どうしようか?




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