第82話 ケイティーの強さ

 右手方向へ森を分け入って進んで行くと、大体150ドンピシャ位にオークが3頭居た。

 こちらが風下だったので、気付かれずに接近出来たのはラッキーだった。

 ロジャーは、身を隠した藪から飛び出すと、すばやく背後へ回り込み、一番後ろの1頭の心臓を剣で突き刺し仕留めた。

 仲間がやられたのに気が付いた2頭が棍棒を振り被るより早く、素早く剣を引き抜き、右側に居るオークの首へ剣を走らせる。オークは、右手に棍棒を持っていたので、背後からの左側への攻撃に対処するのに防御が一瞬遅れ、首への一撃を許してしまった。

 しかし、背後からでは首の僧帽筋の隆起が邪魔して、頸動脈を切断するには至らなかった。

 左側のオークの棍棒が横薙ぎにロジャーを襲うが、バックステップでそれを躱す。

 2頭と正面から対峙する形になった。右のオークは、斬り付けられた首の傷をしきりに気にしている。

 左のオークの大ぶりの一撃を、サイドステップで躱し、空振りをして体勢を崩した喉へ、突きの一撃を入れるが、ほぼ同時に繰り出された右のオークの一撃を脇腹に受けてしまう。

 脇腹への一撃は、サイドステップで威力を殺したが、肋骨の何本かは逝ったかもしれない。

 気管を切断された右のオークは、数回棍棒を振り回したが、呼吸が出来なくなり、その場へ前のめりに倒れて動かなくなった。

 ロジャーは的確に敵の急所を突いて、なかなか上手い攻撃だと思ったが、右のオークを最初の攻撃で仕留められなかったはミスだ。そのせいで脇腹への一撃を許してしまった。痛みで呼吸が苦しそう。

 だが、大ぶりで棍棒を振り回す相手には、先に攻撃させてそれを躱し、姿勢を崩した所を狙うという作戦は有効だ。所謂後の先というやつかな、知らないけど、多分それ。

 頭に血が登っている3頭目も以降は攻撃を受ける事も無く、倒す事が出来た。



 「はい、終了。一撃貰ったな。急所を的確に狙える技量は大したものだが、立ち回りが少々下手だ。ちょっと危なかしかったが、まあ、おまけで合格としよう。回復を掛けてもらえ。」



 記録係のお姉さんが、回復魔法を唱えると、ロジャーの苦痛の表情が消えた。この人、魔導師だったのか。

 私が再びサーチを掛けると、こちらへ向かってくる3頭が居た。多分、今の戦闘の音を聞きつけたのかも知れない。

 80位先からこちらへ向けて走って来る。



 「次、ヘンリー、行け!」



 ヘンリーは、左手に小型のバックラーを装備している。

 今度のオークは、最初から見つかっているので、不意打ちは効かないぞ。


 3頭のオークは、それぞれが右手に棍棒を持ち、ヘンリーを取り囲む様に回り込もうとする。

 ヘンリーは、向かって左側のオークの側へ走り寄り、相手の左側をすり抜け様に脇腹を切り裂いた。

 左のオークは、すれ違う時には相手と反対側の手に武器を持っている為、攻撃動作がワンテンポ送れると読んだからだ。

 その目論見通り、棍棒を振り被る間も無く脇腹を切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。

 そのままの勢いで、前方に居るオークの腹へ突きの一撃を放とうとするが、オークの振り下ろす棍棒とタイミングが被ってしまい、慌てて左方向へ大きく避ける。

 バランスを崩している所へ、右から回り込んで来ていたオークの一撃が来たが、これをバックラーで辛うじて受け流し、なんとか逃れる。初激で1頭を斃したまでは良かったが、その後少々グダグダになりつつあった。左手を痛そうにしている。

 ヘンリーは、オークの武器を持っていない手側、つまり、自分から見て右へ右へと回り込もうとするのだが、オークも二足歩行をして手に武器を持って戦う程度には知能があるので、なかなかこちらの思い通りの形にはさせてくれない。しかし、前後から挟み撃ちの形にはさせない様に上手く立ち回ってはいる。

 これは、膠着状態になるかなと思われたが、焦れた右のオークが振りかぶるのを見るやいなや、素早く走り寄り、腹を横一文字に裂く。腹圧により腸が飛び出し、2頭目も仕留める事が出来た。

 残り1頭となった。1対1ならば、落ち着いて対処すれば勝てない相手では無い。

 ロジャー同様に、先に攻撃させて、空振りをさせた所に攻撃を叩き込むという、後の先方式で、危なげ無く残りを斃し、終了。



 「よーし、何とか勝ったが、少し時間が掛かりすぎだ。それから、左腕を痛めたろう。オークは力が人間の何倍も強いからな。ハンマーや棍棒の様な重量の有る打撃武器を小型バックラーで受け止めるのは駄目だ。立ち回りを工夫しろ。お前もおまけで合格だ。腕に回復を掛けてもらえ。」


 次はいよいよケイティーの出番。

 サーチで周囲を探っていると、左手方向から4頭がやって来るのが分かる。



 「4頭こっちへ来ている。風向きで察知されたみたい。どうする? 1頭私が減らそうか?」


 「いえ、大丈夫。4頭いけます。」



 やる気満々だね。大丈夫だとは思うけど、一人で4頭は初めてかも。



 「無理するなよ。無理そうだったらすぐにギブアップ宣言しろ。助けに入る。」


 「わかりました。」


 「ケイティー! 頑張れー!」



 オークが到達するまでまだ少しかかる。ケイティーは、戦闘に入る位置取りを確認する様に周囲を確認する。

 敢えて開けた場所ではなく、適度に盾に出来る様な立木のある場所で、下草が少なく地面が平坦な場所に移動する。



 「来るよ!」



 木々の間から、4頭のオークが見えた。体の大きな1頭を先頭にして走って来る。

 驚いた事に先頭のオークが右手に持っているのは、棍棒では無く錆びた両手剣(ツーハンデッドソード)だという事だ。

 何処かで拾ったか、斃した人間の持ち物だったのかもしれない。



 「おい、ヤバくねーか? 先頭に居る奴、ハイオークだろ!」


 「戻って来い! 検定中止だ!」



 ギルド長がそう叫ぶが、ケイティーは落ち着いた風に剣を右手に立ち尽くしている。


 ハイオークは、オークの上位種だと言われているが、実際はちょっと種族が違うだけみたいなんだよね。

 地球で言うところの、豚と猪みたいな感じ。更に言えば、豚や猪の中にも細かく種類が在るように、ある地域のオークと、他の土地のオークは別の種だったりもする。人間に人種がある様に、オークにもオーク種があるのだ。一般的なオークよりも体格が大きく、若干知能が高い種を単にハイオークと呼んでいるだけで、この世界にも動物学者が居れば、細かく【界、門、綱、目、科、属、種】なんて複雑怪奇に分類しちゃうのかもしれないけど、この世界では大雑把に、オークとハイオークとだけ呼んでいます。



 「おい! 足が竦んで動けないのか!?」


 「そこで見てて。」



 ケイティーは、視線はオークの方から放さずに、左手で私達を制し、そう言った。

 声は落ち着いて真剣そのものだった。

 私はいざと成ったら介入するつもりで身構えた。


 先頭のハイオークが、両手剣を片手剣の如く振り回している。

 ケイティーは、それをひょいひょいと軽快なステップで躱していたが、遂に林立する木の幹に背を着いてしまった。

 一見、追いつめられた様に見える。ハイオークもそう思ったらしく、おおきく振りかぶって袈裟斬りに剣を振り下ろす。

 ケイティーは、半歩右へ避けると、今頭のあった位置の幹へ剣が食い込む。力一杯打ち込んだせいで、両手剣の刃は、深く幹に食い込んで抜けなくなってしまった。

 ケイティーは、その一瞬を逃さず、剣を左から真上へ円弧状に振り抜くと、ハイオークの手首から先が剣を握ったまま腕から離れた。驚くべき切れ味だ。



 「おい、なんだあれは! 軽く振っただけに見えたが、凄い切れ味の剣だな!」



 今、何が起こったのか分からず、立ち尽くすハイオークの顔面に向けて、横一文字に剣を薙ぐ。

 ハイオークは、咄嗟に頭を引いて剣先を躱したが、何故か当たっても居ないはずの両の目に横に赤い筋が走ったかと思った瞬間、勢い良く血が吹き出した。

 急に視力を失ったハイオークは、後ろへよろけて背後に居た1頭のオークごと仰向けに倒れ、間髪入れずに心臓に留めの突きが入る。巻き添えで転ばされたオークも、起き上がる前に首が胴と別れた。

 残りの2頭は、何が起こっているのかが良く分からないという顔をしていたが、目の前の少女は今まで見た事の無い脅威だと直ぐ様気が付き、同時に攻撃を仕掛けた。

 ケイティーは、摺足でスッと2頭のオークに間合いを詰め、その間を通り抜ける。

 右のオークの右手が肩から落ち、左のオークは腹から血を吹き出して倒れた。

 そして、右腕を失ったオークが振り返る間も無く、その首が地に落ちた。


 ギルド長もヘンリーもロジャーも、そして記録のお姉さんも、口をあんぐり開けて放心していた。



 「ケイティーおめでとー!」


 「きゃー! やったやった! やったよ、ソピア!」



 固まっている4人と対象的に、私とケイティーは、二人してぴょんこぴょんこ跳ねて喜びあった。

 いち早く再起動したのは、ギルド長だった。



 「……あ、う、うん、合格。」



 それだけ言った。

 試験が終了したのを確認し、蝋人形みたいに固まっているその他を一緒に運んで、西門前に戻った。

 3人は未だ固まっていた。

 面倒臭いので、門を通って再び持ち上げ、ハンターズの中まで運んであげた。


 審査を待って、ロジャーとヘンリーはランク3へ目出度く昇格。

 ケイティーは、2階級上がってランク4になった。ハンター証は黄緑色に輝いている。

 帰り際に、ラウンジの方を見たら、ロジャーとヘンリーはテーブルで同じポーズで頭を抱えていた。



 前回の試験の時も同じポーズしていたよね、変なの。



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