1-70 零課

それは緊急の仕事だった。

 急遽呼び出された夏音は圭人と共にヘリに乗っていた。足下には青い海が見える。海は穏やかで波はあまり立っていない。

 青空に白い雲、そして美しい海の間に二人はいた。

「気持ちよさそうだねー。あとで泳ごっか?」

「やめようよ。いくら腐食コーティングされてるって言っても、海水はメカの天敵なんだ。メンテナンスが大変なんだよ」

「ええ~。せっかくの夏なのに~。圭人はあたしの水着姿見たくないの?」

「別に見たくないよ」

 膨れる夏音に圭人は淡々と言い放った。それを聞いて夏音は益々むっとした。

 それを見て同乗している新島が呆れつつも怒った。

「お前ら、何しに来てるのか分かってるのか? 今からコンテナ船を襲ったテロリストと戦いに行くんだぞ?」

「分かってますよ。ちょっと言ってみただけです」

 夏音はむすっとしたままだ。

 新島は更に説教しようとしたが、そこに臼田からの連絡が入った。

『新島さん。こっちは準備出来ました。板見さんもジンさんも矢頼さんもいつでも行けます。そっちはどうですか?』

 臼田は海から高速艇でコンテナ船への強襲をかける準備が整った事を報告した。作戦ではまず圭人と夏音、そして新島が船へ上陸し、混乱する中を海から板見達が敵を確保する算段だった。

「あと少しで行けるよ。ってこら、お前ら! 早く持ち場につけよ!」

 怒る新島の声を聞いて、臼田のインカムから男達の笑い声が聞こえた。

 しかし新島は真面目だ。ガントレットを付け、ハンドガンを装備する。そして少年のままの圭人に言った。

「圭人! 早く青鷲に乗り換えろ! 何の為に急いで直したと思ってるんだ?」

「だって、調整をやり直したせいで細かい数値がまだぱっとしないんですよ」

「それに可愛くない!」と夏音が声をあげた。

「い・い・加・減・に・し・ろ・よ!」

 新島の眉が吊り上がっていく。

 あれから圭人は少し我が儘になり、夏音はよく笑うようになっていた。その後、怒鳴られ、叩かれながらも二人の準備が終わった。

 ヘリが少しずつ高度を下げていく。足下で豆粒の様に見えたコンテナ船はまだ小さいものの、その凄まじい大きさを理解出来る高さにやって来た。

 パラシュートを付けた新島と夏音。そして青鷲に乗り換えた圭人がドアが開いたヘリから下を覗き込む。髪や服が風で強く流れた。

「お前ら、相手の装備はちゃんと確認したな?」

「はい」と圭人。

「多分」

 夏音はあまり自信がなかった。授業中にいきなり呼ばれた為に、ここに来るまでの間準備で大変だった。一応は目を通したが、はっきりとした記憶はない。それを聞いて新島が嘆息する。

「はあ・・・・・・。なら圭人が教えてやれ。いいな? 圭人が船の頭、機関室の頭上から敵を制圧。夏音は派手に動く圭人の陰で人質を奪還しろ。俺はお前らのサポートに回る。相手の装備はアサルトライフルだ。ちゃんと俺を守れよ」

「か弱い姉弟を盾にするいつもの作戦ですよね。分かってますよ」

「まったく、酷い職場だよね~」

 圭人と夏音は互いに顔を見合わせ、うんうんと頷いた。

 新島は言い返せなかった。二人が言っている事は的を射ている。それでも生身の新島達はそう命令するしかない。

 圭人と夏音はその為にいる。頭では分かっていても、新島はその事に悔いていた。

 そんな新島を見て、夏音は笑った。

「冗談ですよ。あたし達しかできないんだからやるしかないし。それに、必要とされるって嬉しいですから」

 その笑顔は新島を救った。自分より半分も若い夏音に励まされた。

 あの時死にかけていた少女が笑いかける。

 その事実は新島の心を揺さぶった。

 それでも今は仕事だ。

 それも命懸けの危険な仕事なのだ。新島は自分の気持ちを心に納め、そして二人に命じた。

「ああ。俺達にはお前らが必要だ。だから頑張れ。いつか、俺が終わらせてやる」

「はい。期待してます♪」

 夏音は嬉しそうににこりと笑い、圭人はそれも頷いた。

 先が見えない中、二人には新島の言葉だけが唯一の希望だった。元の生活に戻る。その為に怖い思いも我慢してきた。

 二人の覚悟を見て、新島も気持ちを固めた。この二人を必ず守る。何が何でも。それがあの日、燃え盛る炎の中で誓った事だった。

「行くぞ!」

「はい!」

 ヘリのローター音が聞こえ、雲が流れていく中、三人は真っ青な海に向ってダイブした。

 誰の心にも恐怖はなかった。ただ、信頼だけが彼らを繋げていた。

 勇気と行動。それが人の唯一の教義、ドグマなのだ。


終わり

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白銀のドグマ 古城エフ @yubiwasyokunin

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