1-64 零課

 ビルの下で待機するよう言われていた富士見はヘリからミサイルが撃たれるの見て、逃げる事を決意した。

「信じられねえっ! あいつらみんなイカレてやがるぜっ! ヤクザの俺が言うんだから間違いねえっ! もうついていけねえぜ! こんちくしょうがっ!」

 そう言って富士見はアクセルを吹かすが、なぜか車は動かなかった。

「あれ? 故障か? どうなってやがる? うん?」

 きょろきょろと原因を探す富士見だが、後ろを見て理由に気付いた。

 巨大な工業用パワードスーツが後輪を持ち上げている。後輪駆動の古い車はタイヤを空回りさせていた。

 口をあんぐり開ける富士見に窓の外から美人な女が笑いかけた。

「あら、どうかしました? そんなに急いで」

 神崎が銃を向けると富士見は体をわなわなと震わしたが、万策尽きてその場にへたり込んだ。

「富士見宣雄。テロ幇助の容疑で現行犯逮捕するわ。時間」

「ヒトロクサンサンです」と臼田が腕時計で確認し、神崎は富士見に手錠をかけた。

 富士見は捕まったが、安心した。これでもうテロリスト共の馬鹿騒ぎに付き合わないで済む。

 警察車両に富士見を連行する中、ビルから逃げてきた職員達が爆炎を見て大騒ぎしていた。

 神崎は鬱陶しいなと思いながら、人の波に混じって一人の少年が走っているのを見つけた。

「・・・・・・あの顔」

 神崎はう~んと唸って、思い出した。

 比嘉旭。重要参考人の一人だ。

 神崎は腰からしゃっと手錠を取り出し、すれ違い様に比嘉の手首にがちゃりとかけた。

 それがあまりにも鮮やかだったので、かけられた比嘉は驚いて、笑った。

「比嘉旭ね。テロ等準備罪、および実行の容疑がかかってるわ」

「ははは! お姉さん、今の凄かったね。カシャンって」

「ありがと。お姉さん褒められてとっても嬉しいわ」

 久しぶりにおばさんではなく、ちゃんとお姉さん扱いしてもらい、神崎は上機嫌に笑った。そこに次の人波がやってくる。

「もうっ! ちょっとどきなさい!」

 そう言いながらも神崎は手錠を離さない。

 しかし、ふと重みが消えた。

 引っ張って確かめて見るとそこに比嘉はおらず、代わりに人工の皮膚が焼け落ちた義手が入っていた。

 はっとして辺りを見回すと、既にかなり遠くまで移動していた比嘉の姿が見えた。その片腕はない。

 比嘉が道路へと出ると、それを待っていたかのようにバイクがやって来て、比嘉はその後ろに乗った。

「それ、あげるよ。もうボロボロだから。夏音によろしく言っといて」

 じゃあ。と言うと、そのままバイクは走り出し、道路を曲がって見えなくなった。

「ちょっと、待ちなさい・・・・・・よ・・・・・・」

 唖然としながら、自分の失態に嘆息する神崎。

 恨むように比嘉の義手を見て、そして笑った。

「ま、いいか。お姉さんだしね。ふふふ♪」

 30歳を超えてから一度も言われなくなったその言葉は神崎にとって魅力的に反響する。

 それにほとんどの警察官は首相暗殺未遂で奔走している今、比嘉を追える余裕はなかった。

「いや、ふふふ♪ じゃないですよ」

 嬉しそうな神崎の後ろで臼田が手を横に振った。

 神崎は捕まえた比嘉の義手を釣ってきた魚のように持ち上げた。

 すると義手の拳に記録用のマイクロメディアが握られていたのが見える。

 それを見た神崎と臼田は不思議そうに顔を見合わせた。

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