1-63 零課
屋上にいた新島は突然の攻撃に呆然としていた。
自分たちの足下の部屋が、夏音と圭人がいる部屋が爆撃されている。頑丈に作られた建物は崩れこそしなかったが、大きく揺れた。
新島はすぐにそれが前方に浮かぶ無人ヘリからの攻撃だと理解し、憤慨して叫んだ。
「貸せッッ!」
矢頼から対物ライフルを半ば強引に奪い取り、スコープすら見ずにヘリへと三発撃ち込んだ。
その内一発が残ったミサイルに当たり、無人のヘリは爆発した。
それを見るとすぐに新島はライフルを捨て、矢頼と吉沢の声も聞かずに屋上から下の階へと続く階段へと走った。
最上階へと降り立った新島が見たのは瓦礫の山と炎だった。
それは一〇年前見たあの光景とぴったり重なった。
匂いも色もよく似ていて、喉がいやに乾いた。
「・・・・・・・・・・・・カノン。夏音! どこだっ!? 圭人っ!?」
煙も炎も上がる中、新島は火傷する体も、煙を吸った肺も気にせずに夏音達がいた部屋に急いで向かった。
頭の中で最悪のビジョンが何度も浮かぶが、それを必死で振り払った。
――まただ。
また目の前で人が死ぬ。あの子達が死ぬ。
周りは炎に包まれていたが、新島は凍えるような寒気を感じた。
10年前、新島から感情の一部を切り取ったあの寒気だった。
階段を降りて少し走ると、突き当たりに一番損傷が激しい部屋があった。粉々に砕けた部屋を見て、新島は泣きそうになった。
心がずきりと痛む。
新島は躊躇無く部屋だった場所に飛び込んだ。
壁が崩れて広い空が視界に飛び込んでくる。
そんな中、新島は辺りを必死に見回した。崩れそうな足場の上に、大小様々な瓦礫が散乱している。
――どこだ? どこにいる?
心の中でいるはずだと自分に言い聞かせた。
「カノン! ケイ! 返事をしろ! 俺より先に死ぬんじゃない!」
叫ぶ新島。
しかし返事はない。あるのは瓦礫の山だけだ。
新島の胸中に絶望が広がる。世界から色が褪せていく。体にヒビが入った幻覚に襲われた。
そんな時、一つだけどこか不自然な瓦礫の山を見つけた。
そこだけ他より大きく、その後ろは比較的他より綺麗だ。まるで何かが守ってできたような場所だった。
新島ははっとしてそこへ駆けつけた。山に登り、重い瓦礫を一つ、二つとどかすと、青と白のボディが出てきた。
壊れているが青鷲だった。
「ケイ! 夏音は? 無事か?」
しかし青鷲は答えない。スピーカーの類いは全て燃え尽きていた。代わりに新島のアイスの中で圭人が叫んだ。
「やっと来れた。新島さん! 姉さんはその下にいますっ! 早くっ!」
圭人の声は事態が一刻も争う事を新島に告げた。
熱で熱くなった青鷲の腕を火傷しながらも新島は動かした。
瓦礫をどかし、腕をどかすと、そこには傷だらけで、頭から血を流す夏音がいた。
目が開いていない。新島の心臓が嫌な跳ね方をした。
「カノンっ! おい! カノンっ! 目を開けろっ! 死ぬなっ!」
新島は大声で叫び、夏音を抱き上げた。
すると、夏音は小さく声を漏らし、目を開けた。
「・・・・・・しん・・・・・・いち……君・・・・・・」
名前を呼ばれて新島は心の底から安堵した。
見たところ、切り傷や火傷は多いが、どうやら命に別状はなさそうだ。
「・・・・・・まったく、心配させるな・・・・・・」
大きく息を吐き、安心する新島の顔を見て、夏音は幸せそうに微笑んだ。また助けられた。そう思うと嬉しくなった。
しかし、次の瞬間に夏音の笑顔が壊れた。
青鷲から剥き出しになった銀色のボディに映った自らの姿を見てしまったのだ。
そこにいたのは、ちぎれた金属の左腕と、ちぎれた金属の左足を持ち、その上左目までもが真っ白な金属で出来た機械の少女の姿だった。
左目から頬、そして首、左肩、左胸から足の付け根まで、全て真っ白な機械の体で構築されている。
人口皮膚が焼け焦げ、剥き出しになった機械の左半身。
一見する夏音は人には見えなかった。
金属の塊がそこにいた。
「・・・・・・あ、・・・・・・ああぁ・・・・・・。やだ・・・・・・。やだよ・・・・・・」
夏音の顔は恐怖で歪み、涙が溢れた。
無事だった右手で震えながら顔を隠し、新島からなるべく左半身を見えないよう動かした。
「・・・・・・み、見ないで・・・・・・。見ないで下さい・・・・・・・・・・・・。あたし・・・・・・、違う・・・・・・。これはあたしじゃない・・・・・・。お願いですから、見ないで下さい・・・・・・・・・・・・」
醜い自分の姿。
そんな一番見られたくないものを、一番見られたくない人に見られ、夏音はパニックを起こしていた。
初めてこの姿を鏡で見た時に感じた絶望が再び夏音を襲う。
あの日、夏音の上に落ちてきた巨大な瓦礫は左半身を押しつぶした。
死ぬはずだった。
それでも夏音は生きていた。
だけど肉体の半分を失った。
夏音は命の代償に醜さを与えられたと思った。
夏音は自分の姿を見て泣きじゃくった。
それでも新島は生きているだけで嬉しかった。ジャケットを脱ぎ、夏音にかける。そして、力いっぱい抱きしめた。
「馬鹿やろう・・・・・・。俺がそんな事気にするわけねーだろ・・・・・・。大丈夫だ。お前は可愛いよ・・・・・・。俺が保証する・・・・・・。みんなもきっとそうさ・・・・・・」
新島はできる限り優しく微笑んだ。
夏音の心が少しずつ暖かな何かに包まれた。
母親に抱かれた時の、父親に頭を撫でられた時の、あの感じが全身を包んだ。そしてすっと表情が柔らかくなる。
「・・・・・・・・・・・・ほんと・・・・・・ですか・・・・・・?」
「ああ。だから、大丈夫だから・・・・・・。今は、しばらく寝とけ・・・・・・」
新島が優しくそう言うと、夏音は安心して微笑み、そのまま意識を失った。
その幸せそうな笑顔を見て、新島は腹の底から息を吐いて、もう一度その存在を確かめるように夏音を抱きしめた。
優しく、子猫を抱くように、そっと抱いた。冷たい金属の感触と、柔らかい肌の感触を慈しむように抱き寄せた。
その光景を物陰から隠れて見ていた比嘉は悔しかったが、どこか安心してその場を後にした。
「・・・・・・また、迎えに来るさ」
それだけ言って、比嘉の姿は消えた。
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