1-35 零課
それは偶然だった。
吉沢が青鷲を持ち帰るため、陸自のヘリで本部に戻ろうとしていた時、新島から連絡が入った。
衛星からの映像にはアメリカ船舶へと侵入する渡利の姿が捉えられていた。
渡利は海の中に潜み、通りかかった船に登った事から、それがクローンマリオネットを使っての犯行だとすぐ判明される。
その後すぐに爆発が起き、兜の姿が映し出された。
「すぐに現場に向えっ! あいつを確保しろ!」
新島の荒っぽい声に、まだ作業が終わっていない吉沢は反論する。
「まだリミッターを取り切ってないし、装備もベーシックだ。それにこのMCRは対テロ仕様だぞ。戦場を想定して作られてない。兜は戦争兵器なんだぞ!? 馬力や装備がまるで違う!」
「こっちは圭人が乗るんだ。AI差がある。なんとかなるだろ」
「まったく。マシンが分かってないね」
「AIもですよ」圭人が口を挟んだ。
遠回しに行きたくないと文句を連ねる二人に、新島の怒声が響いた。
「いいから行け!」
二人は大きな溜息をつきながら、渋々と持ち場に向う。
圭人がラボに行くと、体にタオルを巻いた夏音が頭を拭いていた。
「ケイ。お仕事? 頑張ってね」
「・・・・・・いいから服着なよ。他の人に見られちゃうよ」
あきれ顔で圭人は夏音が寝ていた椅子に座った。無線で吉沢に話しかける。
「吉沢さん。準備はいいですか?」
「よくはないけど、まあしょうがない。キーはもう開いてる。システムがクリアになってないから、多少の窮屈だろうけど、あとはお前の方でなんとかしてくれ。修正なんかはそっちの方が得意だろ?」
「う~ん。AIに頼り切っちゃうと挙動がそっちに引っ張られすぎるから、気持ち悪いんですよね。そういうのは僕の方がありますよ。まあ、なんとかします」
そう言うと圭人は目を瞑り、魂が抜けたように動かなくなった。
抜け殻になった圭人を夏音はどこか寂しそうに見ていた。
弟はそこに居るのに居ないのだ。いや、もとよりこの肉体も弟の物ではない。だけど分かっていても事実を再確認すると寂しくなった。
渡利が青鷲に向って銃を構えた瞬間、警告のアラートがうるさく鳴り響いた。
圭人はすぐに足下のコンテナの隙間に逃げ込むと頭上をかすめた。
青鷲を操縦しながら圭人は機体が自分の意思と僅かに反して動くのを感じていた。
自分の手が思い通りに動かない感覚だ。
思い描いた線のほんの数ミリ横を鉛筆でなぞる様だった。
「くそ・・・・・・。ちゃんと動けって!」
圭人はストレスを感じていた。
それでも圭人に課せられた命令は渡利の確保。逃げていては実行出来ない。
「圭人! 逃がすな!」
新島の声が圭人の頭に響く。
「分かってますよ!」
圭人はイライラしながらも、再びコンテナの上に戻った。
それを見て渡利は銃を放つ。
すると圭人はまた下に潜り、それからまた上へ戻るを繰り返し、徐々に進んでいった。
「今、何発!?」
圭人は再び降りた後、青鷲に備え付けられたAIに尋ねる。
『27発です』
AIは男の声でそう言った。
圭人が聞いていたのは渡利が撃った弾数だった。
兜の扱うマシンガンは三十発の弾倉を付けている。本来取り付けられているはずの大型弾倉はまだ取り付けられていない。
圭人はそれを聞いて次だと思った。再びコンテナの上に戻ると渡利へ向って直進する。
渡利が撃った三発の内、一発は外れ、二、三発目以降はAIが補正し、青鷲の左腕と左肩に当たった。
しかしそれも気にせず圭人は青鷲を走らせ、兜に飛びついた。
弾切れになったマシンガンを捨てた兜と青鷲は手四つの形になる。
被弾したが圭人は気にしない。無人機の利点を生かした戦い方だ。
だがそれをヘリで見ていた吉沢の顔は青ざめる。
「・・・・・・また、家に帰れないじゃねえか・・・・・・」
「すいません! でも割と頑丈にできてますよ。ただ、やっぱり陸自のAIは、固い!」
圭人は力いっぱい兜を押した。だが、四つ足に可変できる兜は足を増やし、バランスを取り、踏ん張りをきかした。
渡利は冷静だった。濡れた髪から垂れる雫を腕で拭い、AIに言う。
「出力を上げろ」
『要求を受理しました』
淡々とした声のAIの指示でバッテリーから電力供給量が上がり、それに伴い各種駆動領域の出力が増した。
するとみるみる間に兜が青鷲を押していく。
圭人は慌ててAIに怒鳴った。
「もっと力がでるでしょっ!?」
『リミッターが掛かっています』AIが答える。
「このポンコツ!」
瞬く間に青鷲は力負けし、船の床に背中が付いた。
力の差は歴然だ。渡利は冷たく言った。
「どうせ無線だ。ここで壊しておく」
兜は青鷲から手を離し、足で胸を踏みつけた。金属が軋む重い音がした。
その後、兜は腰から大きなハンドガンを取り、青鷲に向けた。
「やばっ――」
反射的に圭人は現実でも手を胸の前で交差させる。
それを近くで見ていた夏音は不安げな顔をした。
だが、引き金が引かれる直前、渡利のいるコックピットに赤い光と警告音が鳴った。
『後方に熱源。ロックされています』
AIの言葉を聞いて渡利はすぐに振り向いた。
そこには消えたはずのヘリが戻って来ていた。
ヘリのハッチは開いていて、そこには対戦車誘導弾を構える吉沢が居た。
「残業を増やすんじゃねえよ!」
怒りに任せ、吉沢はミサイルを発射した。
渡利はミサイルを視認後、すぐに圭人から離れ避難するが、誘導弾がそれを追いかける。
渡利はなんとか躱したが、爆風で体勢を崩した。
船体に炎が上がったが吉沢はお構いなしに次の一発を撃った。
『回避困難です』
二発目を確認するとAIは瞬時に判断し、渡利にそう進言した。
渡利もそれを受け入れた。
すぐに捨てたマシンガンと余った弾倉を二つ手に取り、海へと跳ぶ。
「待て!」
圭人の叫びもむなしく大きな水しぶきが上がる。
兜が海に入ってすぐにミサイルはそれを追い、水中で大きな爆発が起こった。
すぐに青鷲が水面を確認するが、暗い水面を貨物船についた火が照らすだけで、兜の姿はおろか、破片さえも見当たらなかった。
それをリアルタイムで見ていた新島はスクリーン代わりの壁の前にあった椅子を蹴飛ばした。
圭人が大きく溜息をつくのを見て、夏音は作戦の失敗を感じ取った。
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