1-32 零課
その映像を見ていた全員が黙り込んだ。
新島はうっすら瞳を開け、別のクラウンアイを展開させた。
「・・・・・・これは、今日の昼に獅子川組で手に入れた情報だ。死ぬ前に千場が言った言葉。俺は聞き取れなかったがクラウンアイに残っていた」
映像の中で今は亡き千場は笑って言った。
『カプセルさ。兄貴はそれを探してた』
「繋がったな・・・・・・。野郎、この国をまた殺す気だぜ」
ジンが映像を睨んだ。
その隣で矢頼が髭を触り、目を細める。
「サリンはリン塩化物から亜リン酸トリメチルを合成した物に、フッ化水素やフッ化ナトリウムを反応させるとできる・・・・・・。千場の言っていたリンやナトリウムもこれで一致する。おそらく購入したのは五塩化リンだろう。にしてもサリンとはな。ある意味、この国で一番有名な劇薬だ。薬の威力より名前から連想する効力が凄まじい。それをテロリストが持った事がマスコミに漏れれば、市民は気が気でないだろう」
矢頼は大きく息を吐き、疲れて椅子に座った。
最年長の矢頼にとって、この劇薬が持つ意味は他の者より重かった。
新島は現場の現状を伝える。
「上がくだしたこの情報に関する規制レベルは特A。バラせば即逮捕になるから、お前らも注意しろ。今現在、この情報を知ってるのは俺達とNBC。あとは公安と一部の警察官だけだ。人数的には20人ほど。現時点で全員のアイスにブロックワードとして登録してある。同じ規制端末を持ってる奴以外とこの話をしたら後ろから撃たれると思えよ。後で夏音にもうるさく言っとかないとな」
新島は頭の後ろを掻いた。
まるで父親みたいな言い方に板見は少し笑った。
「ネットメディア内では徐々にサリンの検索結果が増えてきているけど、リテラシーAIがほとんどはじいてくれてる。でもこれは情報量が少く信憑性が低いからだ。警察関係者から一言でも出れば、記事信頼度が一気に上がってあっという間にニュースサイトのトップに出るよ。どうしても出したくなかったらエターナルドグマに検索制限をかけるよう、上に掛け合った方がいい」
「分かってるよ。けど、その為の圭人だろ」
新島がそう言うと、圭人はむっとした。
「それは僕をツールとして扱うって事ですか? 差別ですよ」
「使えるものはなんでも使うのが俺達なんだよ。差別も区別もここじゃ実利に劣るんだ。嫌なら一生寝てろ」
「酷い事言うなぁ~」
圭人は腕を組んでむすっとし、ぷいっとそっぽを向いた。
そんな圭人の頭にジンはぽんと手を置いてなだめた。
「でもこれで渡利確保を急がないといけなくなったな。一刻も早く捕まえないと、下手すりゃ俺達は解散だ。いや、消されちまうかもしれねえな」
ジンは冗談を言ったつもりだったが、矢頼はむうんと唸り、頷いた。
「・・・・・・充分あり得る。情報を持っていて防げないんじゃ、誰かがトカゲの尻尾にならなきゃならん。公安もそうだが、世の中に存在を知られていない俺達もついでにという奴らもいるはずだ。特に警察庁の中では零課を嫌ってる奴も少なくないからな」
「おいおい」通信を聞いていた吉沢が慌てた。「まだ家のローンが何年も残ってるし、子供もこれから金がかかるんだ。そんなとばっちりで失業はご免だぞ?」
「それも込みでの給料をやってる。文句は受け付けん」
新島は冷たく吉沢の不安を押し込める。
吉沢は歯ぎしりしながら、新島に言われたタスクをこなしていた。
「にしても奴はそんなもので何をしようってんだ? AIに頼り切った社会への復讐ってだけでここまでやるか? これだけやるにはよっぽどの恨みがあるか、考えがあるか、ぶっ飛んでやがるしかねえぞ」
ジンは腕を組んで考え込むが、少ない情報では思考を組み立てようにも困難だ。
そこで板見が手を上げた。
「動機についてなんだけど、一つ手掛かりが手に入った。渡利が滞在したネパールの治安が大幅に悪化する前、彼は外務省に資金要請をしている」
「額は?」新島が尋ねる。
「日本円で三千万円。現地で何か問題があったらしく、それに対応する為の資金だそうだ。けど二十歳そこそこの学生が行政を動かせるわけもなく、却下された。その時、当時省庁は導入したAIの判断を参考にしたそうだ。AIは渡利の要求に最低ランクのEを付け、それを鑑みて官僚は断った。正直、門前払いに近かっただろうね」
ジンは苦笑した。
「逆恨みかよ? そんな要求が通るわけないだろ。それすら分からないような奴なのか?」
それを臼田が否定した。
「その可能性は低いです。渡利の専攻はマクロ経済ですし、成績もトップクラスでした。教授からも一目置かれていたみたいです。それに帰国後もこれといった行動を起こした形跡はありません。もし逆恨みなら、言動に多少影響が出てもおかしくないんじゃないですか? それに当時の彼女は彼は優しく、感情も安定していたと発言してます」
「女の前では平静を装うなんて、男なら誰でもやるさ」
ジンがそう言うと、臼田は新島を見た。
新島は何故自分が見られているか分からなかったが、気にせず疑問を投げかける。
「なら渡利が過激な思想を持つようになったのは沖縄から二度目の渡航をした後になるのか?」
「おそらく違う」板見が否定した。
「あたしもそう思います」臼田も同意した。
「根拠は?」
新島が訊くと、まず板見がデータを出した。オフィスの壁に映し出される。
「これは帰国後から行方不明になるまでの渡利が検索したワードだけど、帰国前と比べると全体的に攻撃的なワードが増えている。そして何より、この関連にサリンが含まれていた。20世紀に起きた一連の事件を事細かに調べている。他にもテロや戦争と経済の関わりで大学にレポートも提出していた、少なくとも怒りの種はあったはずだ」
次に臼田が口を開く。
「渡利は行方不明になる直前。恋人にやることが出来たからと言って姿をくらましています。沖縄以降に計画を立てたなら、恋人との接点を絶つタイミングとして早いかと」
「そうか。なら一度目の渡航を重点的に洗え。関係者への聞き取りもだ。・・・・・・人が足りないな。人員を増やすか、夏音を早く使えるようにしないと」
新島は大きく嘆息し、後者の可能性が現実になればと思った。
「それと」と臼田は続けた。「元恋人の話によると、渡利は一度目の渡航の後に、優しくなったそうです。元々温厚な性格に拍車がかかったようだったと言っていました」
それを聞いて、新島はジンと板見を見るが、二人共肩をすくめた。
「後ろめたい事でもあったんじゃねえか? よそに女ができたとか」
「それとも金に困ってたのかな」
二人の意見は自分を反映していた。
それを見て臼田は「最低」と眉をひそめる。
どちらにせよと新島は前置いた。
「ネパール時代の渡利を知ることが攻略の手掛かりになるのは確かだ。圭人」
新島は不機嫌そうな圭人を呼んだ。先程の発言にまだ怒っている。
新島はそれにまだまだ子供だなと少し呆れ、命令した。
「ドグマゼロの使用許可を二段階引き上げる。この世界のどっかにあるかもしれない渡利の情報をサルベージしろ。それと松木重工のサーバーにハックを仕掛けろ。奴ら、どこでマリオネットを紛失したかは言えないの一点張りだからな。隠し事するならどうなるか分からせてやれ」
むすっとしたまま返事をしない圭人に、新島は近寄り、すれ違いざまに肩を叩いた。
「お前にしか出来ない仕事だ。頼んだぞ」
「・・・・・・大人はずるいなあ」
まだあどけなさが残る少年は天井のLEDを見つめた。新島は笑って、もう一度肩を叩いた。
「だから大人なんだよ。お前もその内分かるさ。多分、夏音より早くな」
そう言って新島はラボへ向かった。残ったメンバーは各自で渡利の事を調べた。
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