1-25 零課

 薬の投与により夏音は安静を取り戻しつつあった。

 この薬も偶然の産物だ。神経痛の為に開発された新薬に効果があるかもしれないとAIが判断し、処方したのが功を奏した。

 科学が進化した今も、人体の構造は完全に解かれていない。

「痛いよぉ・・・・・・。もうやだぁ・・・・・・・・・・・・」

 泣きじゃくる夏音の頭を谷岡は母親のように優しく、ゆっくり撫でた。

「どう? まだ痛い?」

 夏音は谷岡の胸に顔をうずめながら、ぐすんぐすんと鼻を鳴らした。

「まだ少し・・・・・・痛いです・・・・・・」

「そう・・・・・・・・・・・・。大丈夫・・・・・・。大丈夫よ・・・・・・」

 谷岡は夏音を抱きしめた。ぎこちなく、しかし、しっかりと抱きしめる。

 すると夏音はその温かさにどこか懐かしさを感じた。

 夏音が思い出した温かさ三つあった。亡くなった母の優しさ。亡くなった父の安心感。

 そして――――

「真一君・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・どこ・・・・・・?」

 あの日、絶望の中で感じた命のぬくもりだ。

 血を失い、下がっていく体温。

 死を実感した夏音を抱いて走った青年の腕。

 そして彼の必死の声と涙の温かさが、夏音を命を支えた。

 それを思い出すと夏音はそのまま眠ってしまった。

 夏音は夏と、海の夢を見た。音はなかった。

 谷岡はしばらく抱きしめたあと、夏音の顔を覗き込む。そこには微笑んだ少女の安らかな寝顔があってほっとした。

「・・・・・・まったく。少し妬けちゃうわ」

 谷岡はその場で圭人を呼び、部屋まで運んで貰った。

 幼子の様に眠る夏音の顔を見て、圭人は複雑な表情で笑った。

 鏡を見た彼は自分の笑顔にひどく違和感を感じた。

 その後夏音を見て、少し羨ましく思った。

「痛み・・・・・・か・・・・・・」

 圭人はぼそりと呟いた。

 忘れかけていたその感覚を必死に探したが、それはデータベースの中にはなかった。

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