2-7 記述『ひとりのおわり』
水城姫香、組織"七星"の中では6と呼ばれる存在だ。監視というからには長期の任務となろう。6は"七星"の初期メンバーで、ただの一度も切り捨てられたことは無い。とはいえ、まだまだ年齢的に経験不足。初の長期任務にいささか緊張していた。されど彼女もプロ。プロはプロなりに、仕事は完遂する。
ターゲットである柊の居場所は彼が着けている腕輪ですぐにわかる。もし彼がどんな手段で逃げようとも、6にはすぐに捕まえられる自信があった。ただ、ターゲットが超能力者の可能性も考えると油断はできない。
スーツケースを引っ張ってターゲットの家にたどり着く。警察の方からターゲットの両親に話はついているらしい。柊家からすれば、住民が1人増えるようなものだ。正直言って迷惑だろう、ということで警察の方から柊家に金銭が支払われることになっているらしい。
警察という表の機関が何故、"七星"のような得体の知れぬ機関を頼るのか、6には不思議で仕方がない。確かに、警察では超能力の対処など微塵もできないだろう。だからと言って"七星"に頼るのはなぁ……もしかしてどんな人が集まってるか知らないのかな、と6は推察する。
「二階の部屋が1つ余ってるから使っていいわよ。今準備するから少し待ってね、姫香ちゃん。」
「いえいえ!それには及びません!……というか、あたしの役目は翔さんの監視なので同じ空間にいなきゃダメなんです。」
「あら、大丈夫?いいの?」
何が大丈夫?なのか6にはわからない。やっぱり柊くんは超能力を使える……のかな?
スーツケースを抱えて二階に上がる途中、妹の柚希とすれ違う。(綺麗な妹さん……!)
同性からしても見とれてしまいそうな美しさだ。こんな綺麗な妹と生活してるなんて、と羨ましく思えてしまう。
6は一人っ子だ。一人っ子としては兄弟というのは夢の存在で、憧れだ。特に6は父の仕事上そう感じることも多かった。遊ぶ時だっていつも一人。ーーもっとも、6が「遊ぶ」時間などほとんど無かったのだが。
関わってきた人達はいつも皆年上だった。同年代の知り合いなど数える程しかいない。"七星"の中でも6は最年少だし、一番近い7ですら恐らく四、五は離れているだろう。詳しい年齢を知らないので断言は出来ないのだけれど。
「歳が近い同士仲良くやるっスよ!こんな可愛い子がいるなんてテンション上がっちゃうっスね〜!!」
7の能天気な声が脳内で再生されて頭が痛くなる。あのバカ、何考えてるかわかんないから苦手なんだよね……あはは……。
ううん、今は7のことなんて考えてる場合じゃない!目の前の任務に失敗したら、次の交代はあたしかも……!
気を引き締める6の一方、柊はーー。
6と同室、という事実に期待やら困惑やらで思考が吹っ飛んでいた。
外見だけはポーカーフェイスで平静を装っているが、頭が爆発してるエフェクトが今にも出てきそうだ。
当然ながら、柊は女性慣れしていない。中高と男子校で女性と話す機会は皆無だったと言っていい。そのため、女性と話すだけでも正直かなり緊張していた。ましてや同棲、同じ部屋でこれから過ごしていくことを考えれば、気の遠くなるような思いだった。
「あ、俺、先にシャワー浴びてくるわ……」
だから、6が柊の部屋に入ってきた時、柊は逃げるようにシャワーへと向かったのだった。
* * *
ドッドッドッドッドッドッーー。
うるさい。うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいーー。
静かにしてくれ。鳴り止んでくれ。
柊が必死に呼びかけるのは自分の鼓動だ。
静まり返った暗い部屋に、鼓動だけが鳴り響く。
背中の存在を意識すまいとするたびに余計に意識が回ってしまう。意識が回るからには、鼓動は止まない。
そもそもなぜこんなことになったのかと言うとーー。
「水城、すまんがベッドは一つしか無くてな。お前が使っていいぞ。」
「え?あたしが?ううん、それはおかしいよ、柊くんが使いなよ!あたしはただの監視役なんだからさ。」
「そうもいくか。女子が床で寝てるのに俺がベッド使ってるのも気分悪いからな。そういうもんだと受け止めてくれ。」
「えー……あ!そうじゃん!二人でベッドで寝ればいいじゃん!別に別々に寝なくても、さ。」
本気で言ってるのか、と柊は目を見開く。
俺をおちょくってるのか、それとも何も考えてないのか、はたまた何も知らないのか。
「いや……俺は床で」
「ダメ!そんなのあたしが許さない!」
そうして渋々承諾した結果が今の状況である。
隣で眠る水城に顔を向けて寝るなど不可能だ。だから柊は背中を向けて寝ているのだがそれでも背中から伝わる熱に意識がいってしまい、中々眠れない現状であった。
(ほんっと、勘弁してくれ)
柊は振り回されてばっかりだ。彼女の意図せぬ行動に柊はいちいち反応してしまう。勿論、頭では何も無いとわかっている。十分すぎるほど理解はしている。それでも、感情に理性は逆らえない。こんな日々がいつまで続くんだろう。どうすれば超能力者の疑いが晴れるのだろうか…。
* * *
翌朝。
柊が目を覚ますと、隣には誰もいなかった。
夢だったのか……?確かに夢のような出来事だった。
しかしベッドに残る微かな温もりがそれを反証していた。
いつの間にか寝ていたらしい。眠れないと思っていたのに意外と眠れるもんだ。数日で慣れるかもしれないな……そんなことを思いながら柊は寝返りを打った。窓から漏れる朝の光に薄く目を開けると飛び込んできた世界はーー。
いつもの机。いつもの本棚。いつもの部屋。
そしてーー背を向けた、制服姿の、茶髪の青年。
否、少女。
山之上高校の制服。当然、男子の制服。
水城の意図がわからず、柊はゆっくりと起き上がった。
水城は柊が起きたのに気がついてクルリと勢いよく後ろを向いた。
「お前……何やって」
「あれ?言ってなかったっけ?あたしーーううん、オレ、は今日から柊くんと同じ高校行くんだよ」
「……は」
言葉が出ない。おかしいではないか。うちは男子校。こいつは女子。いやーー、今の水城は男子にしか見えない。元々胸は慎ましい方だし、髪だって長くない。男装するのにそこは良しとしてもーーそんなに髪や肌が綺麗な男子はいない。まさに美少年、絵に書いたような美少年だ。
「だから」
「いや、わかった。少し混乱した。監視だもんな。そりゃそうだ。」
監視と言うからには四六時中の監視が必要だ。ましてや長い時間を過ごす学校は外せないだろう。
まさか俺が監視役の交代を望まなかったら、あのハゲのおっさんが学校に来ていたのだろうか。それは無理がないか?
(はぁ……)
水城が学校に来ようが俺は俺。いつも通りに過ごせばいい。
向こうも監視したいだけで関わりたい訳では無いだろう。
学校では無闇に接触しない、というのでお互いの見解は一致した。
(面倒だ……)
着実に柊の普通で平穏な日常が壊されつつあった。
水城の参入で何か面倒なことが起こらなければいいが。
柊は深いため息をついた。
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