第11話 1年目12月②
翌日、偶然昼の講義が無くなったので、これ幸いにと麻雀を始めた弓道部二人組の拘束を抜け出して、弘はレストア部の部室へと向かった。
先輩方に物申すため、先回りして部室に行き強制連行からの風花のペースに巻き込まれないようにするための作戦だ。
校内でも特に人気のない、実験自然林を貫き裏門とレストア部部室へと伸びる道を歩き、何故か違和感を覚える。
思えば、自分一人だけで部室に行くのは初めてな気がする。大抵の場合、強制連行で引きずられた道を自分の足で歩くことに違和感を覚えていることに気づいた時、胸の奥に何かモヤッとしたものを感じた。
部室の前に来たとき、そういえば部室の鍵も何も持っていないことに気づいた。先輩の誰かに連絡したら開けてもらえるだろうか、と考えたとき、そういえば今は大抵のクラスでは授業中であることに気づいてしまい、どうすることもできなくなった。
「はぁ~…」
ため息とともに、こわばっていた全身が脱力する。意味もなく緊張していたらしい。一度帰って、放課後になったら真っ先に来よう。そろそろ弓道部の練習にも参加しないと不味い─。と思いつつ、踵を返そうとしたとき、
「誰かいるの…」
部室の中から、眠たげな声が聞こえてきた。
「沙羅先輩?」
声の主は、有明沙羅だった。部室の扉に鍵はかかっておらず、恐る恐る開けると眠たげな─というか半分ほど寝ている沙羅が、机の上に置かれた大きな枕に突っ伏していた。
「なんだ弘か…めずらしいねぇこんな時間に」
「先輩こそ…なんでまたこんなところで寝てるんですか」
「ここは静かだし、林のおかげかプレハブ小屋なのに窓開けたら涼しい…。虫は入ってくるけど」
「僕めっちゃ寒いんですけど気のせいですかね」
伸びをして、大きな欠伸をする沙羅。銀に染めた髪は、何度も染め直したせいか、それとも寝ぐせか、ぼさぼさになってアンテナのように大きくはねている。目にはクマがあり、ぶかぶかなTシャツは幼稚園児のスモッグのようで、小柄な彼女を更に幼く見せてしまっていた。
「先輩は授業ないんですか」
「そもそも今日何曜日だっけ...ってレベルだね」
あまりにも堂々としている。
「めちゃくちゃ眠そうですけど、昨晩夜更かししたんですか」
「えーと確か...調べものしてて...」
「レポートですか?大変ですね...。」
「疲れて...ちょうど日が変わったからゲームして...寝た...7時に」
「朝じゃねえか!ゲームじゃねえか!!」
あげて落とされた。正確には弘の早とちりというか、思い込みなのだが、それでも一瞬見直した自分がばかばかしく思えて、突っ込んでしまった。
「今日もツッコミが冴えてるねぇ。冴えすぎててちょっと目が覚めてきた。」
2回目の大きな欠伸をする沙羅。今度こそ完全に覚醒したらしく、立ち上がって自分の鞄を漁っていた。
目当てのUSBメモリを掘り当て、部屋の隅、衝立で仕切られたパソコンデスクに消えていった。
「それで、何しに来たの。」
部室の真ん中に鎮座する、大きな会議用の長机の端の、パソコンデスクと対角の位置のパイプ椅子に座っていたせいか、弘は一瞬反応に遅れた。
「低学年は...授業終わってるか。でも松ヶ崎君が自らここに来るのって、私が知ってる中では初めてだし。」
「そういう先輩こそ、何しに来たんですか。」
自分の声が怒っているように感じた。沙羅もそう感じたのか、衝立の間から見えるだらけた顔が、一瞬難しそうな表情になった。
「...質問を質問で返すか。」
「...すいません。」
しばらく、会話が途切れた。思えば、弘と沙羅が2人だけで話すことは初めてであった。大抵の場合、風花がいるから、綾ともこうした時間は持ったことが無い。
「...それで、今何やってるんですか。」
本当は沙羅の質問に答えるべきなのだろうが、理性がそう判断するより早く、感情が動いてしまう。
「なになに、さっきから授業に行けって言いたいのか松ヶ崎君は。え~と今の時間の授業は...プログラミングⅢ。Javaじゃん。私出来るねこれ。ということでさぼります。サボってるけど。」
「それで今は何をやってるんですか」
「パソコンの起動を待ってSNS見てたらそのままSNS見てた。」
「─なんでそうなんですか!あなたたちは!」
抑えられなかった。
「あなたたちは!あんなによくできた企画書を落とされて悔しくないんですか!なんでそう平然としていられるんですか!」
理解できなかった。あれだけの能力を持っていながら。
「落ちた後も何をするまでもない!よしんば悔しくなかったとしても、あの飛行機を飛ばしたいんなら、何かできることはあるでしょう!?今は何もしなくていいんですか!」
納得がいかなかった。自身と確信をもって、あの飛行機を修復すると言った風花が─、あれだけの企画書を書いた彼女たちが、うまくいかなかったからと言って、何もしていないのを。
「ましてや授業を受けるでもない。ここに、この学校に、何をしに来ているんですか!」
この学校──
「...言いたい放題だねぇ。松ヶ崎君。」
驚くほど、落ち着いた声だった。言葉と声のトーンの違和感は、弘を放心させるのに十分であった。
パソコンデスク用の、オフィスチェアーにだらしなく座っている沙羅が、悲しいような、呆れたような、そしてわずかに怒りを含んだ、複雑な目線だけを弘に向けている。
「風花が、本当は何を思ってあの飛行機を飛ばそうと思っているのか、知らないでしょ。だって、私も知らないもの。」
「──は?」
「そのまんまだよ。あの
「ちょっと待ってください──」
それではなぜ、沙羅はこの部活に参加しているのか。
「私は単純。あの面白人間が本気でなにかをやると面白そう。ただそれだけだよ。ただ、風花の話となると別だ。君も私も、あの子の真意は分からない。分からない相手が何を考え、何をやっているか、君は自分の見たことのみでしか判断できないのか?」
「──っ」
「だいいち、『やりたいことがあるのにどうしてやらないんだ』『できることがあるのになぜやらないんだ』って、君が言うのか。君が本気であの
「まだ、俺はこの部活を続けていくとは言ってません!そもそも弓道部をやってるんです。」
自分でも苦しいと思う。
「だったら、この時間に弓道部に行けばいいじゃん。こんなところで油売ってる間に、できることはあるでしょ。」
何も言い返せない。
「松ヶ崎君が、他人にストイックを求めるなら、まず自分がストイックに行くべきだと思うよ。」
沙羅の目線は、ずっと弘の胸の深いところに刺さっている。
「そういや、さっきの質問の答え、聞いてないね。...それで、何しに来たの。」
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