第28話 2年目1月④
やはり、一週間で航空機を修理するために必要な知識全てを身に着けるのは不可能だった。
もちろん収穫がなかったわけではない。航空機について何一つ知識のなかった状態から、ある程度の基礎知識は得ることができた。その分、分からない事も増えはしたが。
だが、今回の場合──あるいは、一般の初学者が普通に航空機について学ぼうとする場合と、違う点が一つあった。旧飛行機研究会のOBが残したテキサンの状態調査記録や米軍、製造したノースアメリカン社の資料、風花がチャレンジプロジェクト用に作成した修理基本方針案だ。
彼らの残した資料群は、通常の航空機ではなく”ノースアメリカンT-6Gテキサン”という飛行機についてよく知るには、これ以上ない量と質を誇っていた。おそらく、国内でこれほど細かにテキサンについて知れる場所はそうないだろう。
そして意外にも、これだけの情報を持っていながら、飛行研創設の50年前から現代まで、テキサンを修理しようという動きはほぼ皆無であった。
もちろん、50年間ほとんどの期間放置されていたというわけではない。外形の保存状態を維持し続ける作業──静態保存のためのメンテナンスはある程度行われていた。5年前に一度行われていない以外は、50年間、毎年。
5年前。風花曰く「飛行研がチャレンジプロジェクトでやらかした事件」があった年。以来、常に数十人の会員を抱え、活動も活発であった飛行研が風花一名のみとなり、チャレンジプロジェクトで明らかな冷遇を受けるに至った事件。
風花は、5年前の事件について触れることは無かった。沙羅や綾がここ1、2年で入部したという話は聞いていたし、部室に保存されている過去の活動報告から、5年前に飛行研会員がほぼ退会していたのは知っていた。
おそらく、今回のテキサン撤去の話が事前に一切説明されなかったのも、5年前の事件が影響している。学校との面談のために、主に作業をしたのが風花ら3年ではなく、弘達1年生であることも、彼女たちが学校と真っ向から対峙したとして、チャレンジプロジェクトの前例から何かと理由をつけて切り捨てられる可能性がゼロではなかったからだ。
「風花は5年前の事件を話さない。でも、逃げているわけじゃない。むしろ常に清算しようとしてるのかもね。」
風花がいないときの作業通話で、5年前の事件について清算しなければ今回もだめなのではないかと、思わず漏らしてしまったとき。沙羅はそう言った。
「弘くんの言いたいことは分かる。今私たちを縛り付けている5年前の事件を清算したら、すべてうまくいくって──。」
「──もちろん、部長にとって触れられたくない話だってことぐらいは分かります。だけど」
「そこは風花のわがまま、なのかもしれないね…。正直私たちにも、風花が何をしたいのかわからない。あんなことがあったからこそ、かもしれないけど…。」
「え、沙羅さんは知ってるんですか?」
「私も綾も、自分で調べるスキルがあるからね。だから松ヶ崎くんも、自分で調べるといいよ。」
そういうわけで、レストア部は相当なハンディキャップを背負ったまま、学校と戦わなくてはならなかった。もちろん、そのハンデを埋めるためにOB会という強力な後ろ盾を作り、沙羅の工作でこちらの有利に働くよう人選が行われている。弘がこうして、自分以外の大人たちと正面切って対峙している間にも、彼女たちと拓斗が裏で何かを進めている。だが、まだ足りない。
──人の心をつかむには。
結局のところ、裏で何をしようが、レストア部のつけ焼き刃である弘がこの場押し切らなければ、何も意味をなさないのだ。
弘は考えた。つけ焼き刃が相応の切れ味を発揮させるのに必要なこと。切れ味の悪い刃は、どれだけ引こうと切れるわけがない。だったらもう、鉄の棒で叩けばいいんじゃないか?
自分が用意できる武器について考える。まず文字通り汗と涙の結晶である修理計画書。そして綾の”プレゼン鉄則指南書”。この中から、なにか武器を選び、とびきりの高威力にする必要がある。
思いついたのは、前日の夜だった。5年前の事件について沙羅と話をした直後。弘が5年前の事件について知り、学校に不信感を抱く原因となった、前年のチャレンジプロジェクト募集要項を眺めていた時。学生チャレンジプロジェクトは、その成果物を最終的に高専祭──畿内高専の文化祭で展示することを義務付けられている。学校にとって、チャレンジプロジェクトは学生の質をアピールする絶好の機会だ。今となっては、学校の広報ありきの企画である気がしなくはない。
しかし、肝心なのは次の文言であった。『畿内高専の擬似セメスタ制度導入に伴う、高専祭の開催時期が4月から11月に移動したことに伴い、チャレンジプロジェクトの実施時期は従来の半年から1年に延長されます。』
すべてが繋がる。本来年間を予定していた修理スケジュールをもう一度確認する。できそうな気がする。いや、やるしかない。
このスケジュールがどれだけしんどいかは想像がつかないが、そんなことはこの際どうでもよかった。これは弘による、全てに対しての逆転奇襲作戦だった。
なにがあったか知らないが、風花たちを理不尽に冷遇する学校組織。5年前の事件に向き合っているのかいないのかよくわからない部長。その部長が振った無茶な作業分担。それらすべてに対する、弘なりのささやかな反攻作戦。
「──私たちは、11月の文化祭までにテキサンを直して見せます!」
それが、弘がこの啖呵を切った大体の経緯であった。
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