1年目12月 夢に惑う彼女と彼と危うい銀翼

第10話 1年目12月①

 「なあああああああああんでまた弘なんだよ!!あ~~やめだやめ!ツモ運ない上和了れない日の麻雀なんて楽しいわけねぇ!」

 「ツモ運以前に待ちがあからさますぎるからでしょうが!てか“和了れない日”って何ですか!」


 夕日が差し込む水曜日のレストア部部室に、弘と風花の怒号が響き渡る。

 月曜日の放課後、「麻雀始めたから付き合え!」のやかましい一言と共に弓道場へ飛び込んできた、レストア部部長の水瀬風花みなせふうか。風花によってまたしても拉致された松ヶ崎弘まつがさきひろと、元から麻雀が出来るレストア部の強羅綾ごうらあや有明沙羅ありあけさらで開始されたレストア部“賭け”麻雀大会は、「風花の破産」で幕を閉じた。それから3日間、連日風花に拉致された弘とレストア部の面々による麻雀講座が続いていた。

 しかし、風花の白星は一向に上がらない。月曜日に比べると、風花は相当上手になっているのだが、綾と沙羅の二人が風花の腕に合わせて徐々に嫌がらせを増やしていく上、風花が弘の助言を無視して直球勝負を挑んでいくので、負けのみが積もっていった。その結果、風花が投げ出して解散という流れが連日続いていた。


 「じゃあ、僕、弓道部のほう戻りますんで」

 「こうなったら将棋で勝負だ!居飛車党なんかに私のゴキゲン中飛車が負けるはずがねえ!」

 「話聞いてました!?ていうか戦法に性格出てるなあ!」


 弘がレストア部に半ば強制的に入部させられてから一か月。弘の放課後は、突然現れた風花によって所構わず拉致され、ゲームに付き合わされて解散、といった流れを繰り返していた。

 連続するのは3日程度なので、弓道部のほうは幽霊にならずに済んでいるが、先輩や同期からは完全に「チンピラに気に入られた可哀そうな1年生」のイメージが定着してしまった。この前はとうとう「例の先輩が1年生の教室に向かっているの見えたから、そろそろ拉致られるぞ」という連絡を弓道部の先輩からいただいてしまった。

 そして学生チャレンジプロジェクト落選通知からも一か月。

 その間レストア部は、特に何もしてこなかった。

 落選してから最初の1週間は、弘が一番気が立っていた。と言うよりも、気が立っているのは弘のみであり、他のレストア部の先輩たちは、極めて普通であった。



 「お~い。弘ちゃ~んって!死んでる?」

 「19時55分40秒ご臨終です。」

 「勝手に殺すな」


 同じ弓道部員である大和美紀やまとみき日置優ひきゆうは、人に静寂を与えてくれない。最近の弓道部は、近畿大会がが近いため居残り練習をしており、レストア部に拉致された弘も解散後に復帰できるようになり、こうして2週間ぶりに3人で話しながら帰ることができる。

 しかし、疑惑の落選を受けてもなお繰り返される、レストア部の不自然な“日常”が、弘の中で違和感を増幅させ、少しでも思考の暇ができるとレストア部のことを考えてしまっていた。

 いや、暇を作っては考えようとしているの間違いだ。現に今、弓道部二人組が弘の知らない話題で盛り上がっている隙にレストア部のことを考えていたし、弘の物思いを打ち破った美紀の死亡宣告に、不愉快を感じなかったと言えば嘘となる。

 その上、最近の弘の心情をかき乱す要因が、出会って一か月程度の変な上級生たちによるものという事実が更に嫌な気持ちにさせてくる。そこそこ気心に知れたクラスメイトでも、部活の仲間でもなく、突然現れて日常をかき乱し、すんと日常に戻っていった訳の分からない3人組なのだ。

 ─もうそろそろ限界だ。あんな訳の分からん連中に白黒つけてやる。

決心がついたというか、吹っ切れたというか、もうどうでもよくなりぷっつりと何かが切れた音がした。その途端視界が開けだす。気がついたら俯きながら歩いていたらしく、顔を上げると─


 「おぼあああああ!」

 「うおわっ!」


 目前に幽霊が現れた。いや、正確にはスマホの画面に表示された幽霊のような何かの画像だ。驚きのあまり飛び上がるのと同時に、弘の奇声を目前で受けた優のほうが高く跳ねた。


 「ぶぉはっ!あひゃひゃはひゃひゃひゃ!」


 一連の流れを見ていた美紀が、とても女子とは思えない気持ち悪い笑いをあげる。


 「後日、SNSに「端から見ると恥ずかしい3人組」と題してアップロードされたのは言うまでもない。」

 「なんのナレーションだっ!ていうか上げるなよ!」

 「いやなんか弘ちゃん元気なさそうだったから」

 「なんの言い訳にもなってねえ!」


 この女─美紀のあるあるだ。驚かせたらとりあえずいいと思っている。弘がいい反応を返すのが悪い、が本人の口癖だ。


 「そんなことはどうでもよくてね?結局聞きたいんよ」


 どうやら本当に仕切り直したいらしく、ツッコミはいれずになるべく穏健に返す。


 「なにを」

 「わあ完全にゴキゲン斜め~!」


 なぜ、こいつらのにやけ顔はこんなにも腹が立つ形をしているのだろう。だが、ここで言い返すとヒートアップして仕切り直しの意味がなくなってしまう。弘は顔が真っ赤になるぐらいに、ぐっと爆発しそうな文句を腹のうちにひっこめた。

 こんなふうに、人をからかうセンスだけが高い美紀にしては──いや、人をからかうのが上手なほど、人をよく見ているからか、弘の顔を見て笑いそうになり、何とかこらえて本題を続けた。


 「いつまでそうモヤモヤしとるんだい。」


 完全に察されていた。


 「だよね。大方、バカ生真面目な弘のことだから、例の問題部のことだとは思うが」


 優にも気づかれていたことは意外だった。元々隠していたわけではないが、察しのいい美紀はともかく、他人に対し強い興味があるとか、勘が働くわけでもない優にまで気づかれているのは、ちょっとしたショックだった。そんなに態度に出ているのか。


 「…なに見つめてんの。男色趣味?」

 「飛躍しすぎだろ!図星なんだよ!そこまで分かるなら察せ!」

 「ここ一か月、お前のため息の理由なんざ9割それだ。今更すぎるって。」


 ぐうの音も出なかった。


 「ということで、そろそろ私たちも無視を決め込むにはしんどい段階まで来てるんよね。」


 まああんな強烈な人間に振り回されてるから同情もあるけど~。と、美紀があくびをしながら釘を刺してきた。相変わらず、美紀の言葉の火力は高い。悩みが絶えず弱っている弘に、情け容赦なく殴りかかってくる。しかも本人は強靭なメンタルの持ち主なので、悪質もいいところだ。

 だが、迷惑をかけていることは事実だ。幸い、決心はついたところだ。


 「…大丈夫、そろそろケリつけてやるわ。」


 それを聞いて、話はついたと言う代わりに、二人は別の話題を始めた。

 …自分の声は、思ったより弱弱しかった。

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