SOULD OUTにご注意2(キッド)

プレゼントを持って、新しくなったキッドの家に行く。


(戦う準備は良いわ)


あたしの今の気持ちは、戦前。

鎧に身を包み、第六天魔王キッドに戦いを挑むのだ。


(大丈夫よ…!今年は逃げない!)

(絶対に逃げないんだから!!)


ぐっと紙袋を握り、クリスマスリースが飾られた扉をノックする。

がちゃりと扉が開けられる。


「おや」

「あ」


グレーのニットを着こなしたソフィアが扉を開ける。

そして、目に映るのは豊満で形のいい胸。


(うぐっ!いつ見ても羨ましい…!)


「テリー。そうか。君もいるんだね」

「ええ、まあ、呼ばれたから…」


というか、


「あんたもいるのね」

「くすす」


私もキッド殿下の部下だからね。


「それにしても、テリーがいるなんて、これはキッド殿下が与えてくれたチャンスだろうか?」

「え?」

「このパーティーで、もっとテリーと仲良くなれという、あの人なりの気遣いかもしれない」


そっと、手を握られる。


「ねえ、テリー。パーティーの後、時間あるかい?キッド殿下を祝い終わったら、今度は私の部屋で私とお祝いしよう」


私と君が出会えた奇跡を祝うんだ。


「うん。それがいい」


ソフィアが頷く。


「そうさ、それがいい」


もっと手を握られる。


「テリー、」

「へっ」


そっと顔が近づき、


「私と、恋をしよう」

「ちょ!?」

「怖がることはない」


さあ。


「テリー…」


金の瞳が光る。

くらりと目眩がする。


「あっ…」

「ふふっ。その顔も、可愛いよ。テリー」


唇に、ソフィアの唇が近づいてきて――――


「だめーーーーーー!!」


ソフィアの背中に、リトルルビィが頭突きをする。


「うぐっ!」


ソフィアが痛みに、唸った。あたしの手を放し、振り向き、リトルルビィの姿を確認すると、リトルルビィがむすっとソフィアを睨んでいた。


「駄目!テリーは私と結婚するの!」

「何言ってるんだい?リトルルビィ。テリーは、私と結婚するのさ。私の、永遠の伴侶になるんだよ」

「違うもん!テリーは、私のお嫁さんになるんだもん!!」

「あはは。可愛いね、リトルルビィは。でも、駄目だよ。テリーの心は私のものさ」

「違うもん!!違うもん!!テリーは私のおでこにキスしたんだもん!だから、テリーの心は私にあるんだもん!!」

「おでこにキス?ふふっ」


ちゅ。と、ソフィアがリトルルビィの額にキスを落とした。


「ぎゃああああああああ!!!」


リトルルビィが目を見開いて、悲鳴を上げる。

ぎろりとソフィアを睨み、五歩、ソフィアから離れる。


「貴様、よくも!!」


リトルルビィの目が充血し、歯を光らせ、構える。


「何だい?リトルルビィ。私を相手に、吸血でもするつもりかい?」


ソフィアが余裕の笑みを浮かべたまま、金の瞳を光らせる。

リトルルビィと目が合う。

お互いに、にらみ合う。


「ソフィア!」

「ルビィ!!」


「はい、ストップ!!」


ぱんぱん!と手を叩く音が聞こえる。ひょこりと外から顔を覗かせると、奥にキッドがうんざりした顔で二人を見ていた。


「何やってるの。二人とも」


じとっと二人を見れば、ソフィアがくすすっと笑い、リトルルビィはむくれた。


「むーーーう!!」

「むくれない」


お客さんいるんでしょ?


「あれ」


あたしの姿を見て、キッドが微笑んだ。


「なんだ、テリーか」


きょとんとした反応に、こっちが、がくっと拍子抜けしてしまいそうになる。


(なっ…)

(何だ、この反応!?)

(せっかくこのテリーが、わざわざ来てあげたというのに!)


ふんっと鼻を鳴らして、キッドをじろっと見る。


「なんだって何よ。帰るわよ」

「あはは。久しぶりの挨拶がそれなの?」

「あんたも似たようなものでしょう!ふんっ!」

「早く入っておいでよ。いつまでも扉開けておくと寒くなっちゃうしさ」


それと、


「お前らはこっちにこい。お仕置きだ」


キッドが笑顔で、ソフィアとリトルルビィに言う。


「むーーーう!」

「くすす。やってしまいましたね…」


ぞろぞろと家の奥に歩いていく二人。キッドがそれを確認して、あたしに振り向き、また微笑んだ。


「ほら、早く入っておいで」

「ええ」


頷いて扉を閉めて、キッドの家に入る。


中にはキッドのお手伝いさん、もとい、部下の人たちがぎゅうぎゅうで待機していた。ジェフもいる。ビリーもいる。


「痛い!」

「ひゃっ!」


無表情のキッドからお仕置きのデコピンを食らい、リトルルビィとソフィアが悲鳴を上げて、額を撫でた。


「キッドのデコピン痛いから嫌い!」

「お前達が玄関前で暴れてるからだ」

「くすすっ。キッド殿下、お若いのに、指の力もお強いんですね」

「デコピンはよくやるよ」


大嫌いな奴によく使うからね。


(大嫌いって…)

(リオン殿下のこと…?)


「さあ、そんなことよりも!」


キッドが笑顔になり、声を高らかにあげる。


「俺の愛しのテリーも来たところで、始めよう!」


目線を動かし、


「じいや!」


ビリーが、こほんと、咳ばらいをした。


「えー…では、グラスを持っていただいて」

「テリー様、こちらを」


キッドの部下の人が、あたしにグラスを渡す。


(オレンジジュース!わかってるじゃない!)


ぱあっと表情を明るくさせると、グラスを渡したキッドの部下の人も微笑んだ。


「さて、お集りの皆さん、今日は、キッドのためにありがとう」


そして、


「我らがキッドの生誕を、心から祝おうではないか。キッドや、17歳の誕生日、おめでとう」

「ふふっ!いつもありがとう!じいや!」

「では、グラスを持ちまして」


乾杯!!


「乾杯!」

「キッド様!おめでとうございます!」

「キッド様万歳!」

「キッド様永遠に!!」


皆が声をあげる中、リトルルビィも声をあげる。


「おめでとう!キッド!」


皆が声をあげる中、ソフィアが声をあげる。


「おめでとうございます。我らの尊き殿下」


皆が声をあげる中、ジェフが声をあげる。


「おめでとうございますうううううう!キッド様あああああああ!!!」

「あっはっはっはっ!毎年いい気分だ!」


キッドが笑い、手に持つグラスを口に傾ける。

あたしも少し離れたところから、オレンジジュースを飲む。


(うん。今年も美味しい)


ちらっと見れば、皆に声をかけられ、喜ぶキッドの姿。

毎年毎年、とても喜んでいるキッドの姿。


(17歳か)


あたしの運命が、がらっと変わった年齢。


(あたしが近づくのが怖いと思っている年齢)


あたしは、17歳。

メニーは、15歳。


その年に、メニーはリオン殿下と結婚する。

あたしが好きだった、リオン殿下と、結婚する。


「…………………」


いや、


(もう、どうでもいいじゃない)


ごくりと、オレンジジュースを飲む。


「美味…」


ビリーの育てた果物から作られたものだろうか。


(今年も美味しい)


微笑むと、


「テリー、テリー!」


リトルルビィが、あたしの正面に来て、微笑む。


「ケーキ!」


手には、半分ずつに切り分けられたケーキを乗せた紙皿を持っている。


「一緒に食べようよ!」

「いいわよ」


微笑んで、渡されたフォークでそのケーキをリトルルビィとつまんで食べる。

こんな食べ方をしたら、本来はママから怒られるけれど。


(ここにはママはいない)


ここは、唯一、お行儀悪くしても、許される場所だ。

だから心地好いのだ。


「ねえ、テリー、明日の昼って用事ある?」

「うん?特に用事はないけど、メニーとどこかに出かけましょうかって話にはなってるわ。暇だしね」


だってママとアメリは、夜に城で開かれる『キッド殿下の誕生日パーティー』に行く気満々だから。


「あたしね、仮病使って行かないって言おうと思ってて」

「ふふっ!もう髪切らないの?」

「せっかくここまで伸びたのよ。もうごめんだわ」

「私、テリーの短い髪も好きだったよ。も、もちろん!今の髪型も好き!」

「そう?ありがとう」


にこっと笑うと、リトルルビィの頬が赤らみ、えへへ、と笑う。

そして、ケーキをつまみながら、口を動かす。


「明日、広場でちょっとしたイベントがあるらしくて、良かったらメニーとテリーと行きたいと思ったんだけど」

「ん?何それ」

「私も詳しくは知らないんだけど、クリスマス・イベントらしいから、良かったらどう?」

「何時から?」

「13時だったかな。それくらい」

「いいわね。帰ったらメニーも誘ってみる。どうせ暇だし、行きましょうよ」

「え、本当!?」

「ええ」

「やった!嬉しい!」

「じゃあ、待ち合わせは…」


リトルルビィと打ち合わせしつつ、オレンジジュースを飲み、グラスをテーブルに置く。そしてあたしのフォークにケーキの苺が刺さる。口に運べば、


(ふぁっ!)

「苺、美味…!!」

「確かに美味いね」


横から、微笑むソフィアが声をかけてくる。


「私の分も食べる?テリー」


そう言って、自分の分のケーキをあたしに見せてくる。

あたしは首を傾げた。


「ソフィア、苺嫌いなの?」

「苺は好きだよ」


そうじゃなくて、


「苺を美味しそうに食べた君があまりにも可愛くて」


もう一度見たいから、


「ほら、あーんして?」


フォークに刺さった苺を、笑顔で突き出され、じっと不審な目でソフィアを見上げる。


「な、何よ。何企んでるのよ…」

「失礼な。何も企んでないよ」

「ソフィア、またからかってるんでしょう!」


第一、あたしまだ13歳で、女の子なのよ!


「あたしに構う暇あるなら、いい男捕まえなさいよ!」

「うーん。いい男、よりも、テリーと居たいんだけどな」


くすすっと、また笑う。


「苺の一個で、何も企んでないよ。ほら、あーんして?」

「………後で返せって言っても吐き出せないわよ」

「言わないよ。そんなこと」

「………じゃあ」


頂きます。


「あー」


ん。


ぱくっと食べる。

苺の甘さとすっぱさが、ふんわりと口の中に、広がる。


「ふふっ…、美味…!」


思わずにやける。

それを見て、


「…………っ」


リトルルビィが目を見開いて、息を呑みこみ、


「くすすっ」


ソフィアが笑って、あたしの頭を撫でた。


「ひゃっ、ちょ、びっくりした。いきなり何よ」

「だって、撫でたくなったから」

「はあ?意味わかんない」

「テリー!」


リトルルビィが、苺の残ったお皿を、あたしに差し出す。


「私の分も、食べていいよ!」

「馬鹿言わないの。リトルルビィ、最後の苺はあんたが食べなさい」

「テリー食べて!」

「あんた、苺なんて滅多に食べれないでしょう。ほら、食べてよ」

「むううう…」

「な、なんで拗ねるのよ…。意味わかんないわね…」


人の親切は受け取るべきよ。


「ほら、あんたが食べて」

「むう…」

「仕方ない奴ね…」


これならどうだ。


「あーんして。リトルルビィ」


苺をフォークに刺して、リトルルビィに差し出すと、リトルルビィが目を見開く。


「へっ!」

「っ!!!」


ソフィアの目も見開かれる。


「て、テリー!あの、遠慮せず!頂きます!」


ぱくっと、口に入れて、苺を噛みながら、リトルルビィの表情をみるみる緩んでいく。

美味しいのだろうと、誰が見てもわかる顔。


「美味しい?」

「うん…!」

「そうよね。美味しいのよ」


ビリーが選んだのだろうか。いつにも増して甘くて美味しい気がする。


「あんたの誕生日にも、これくらい美味しい奴プレゼントしてあげるわよ。リトルルビィ」

「う、うん、あの、私、」


リトルルビィが、あたしを見上げる。


「私の誕生日ケーキ、テリーに、あーんしたい!」

「あんたは何を言ってるのよ」

「テリー」


横からソフィアが声をかけてくる。顔を向けると、ソフィアもきらきらと目を輝かせて、あたしの顔を覗き込んだ。


「今度、私にもあーんして食べさせてくれないかい?」

「あんたはいい年こいて何言ってるのよ」

「まだ23歳だよ」

「ほざけ。そんなこと言ってたら、あっという間に30歳になるんだからね」

「よし、リトルルビィ、ケーキのおかわりを持ってこようじゃないか」


無視かい。


「うん!賛成!」


リトルルビィが頷く。ソフィアとリトルルビィが目を合わせて、頷く。二人とも、あたしに顔を向けた。リトルルビィの赤い瞳があたしを見つめる。


「テリー、ここにいてね?」

「ん?うん。いるわよ」


頷くと、ソフィアがくすすっと笑って、キッチンの方を見る。


「ケーキはまだあったはずだ」

「まだまだあったよ!」

「行こう。リトルルビィ」

「うん!」


二人で仲良く歩いていく。


(仲が良いのか悪いのか…)


その背中は二人とも、楽しそうだ。

周りを見渡しても、皆楽しそうに談笑している。


(今年もいい感じのパーティーじゃない)


王子と名乗って、もう城下町の家では誕生日パーティーをしないと思ってたけど。


(今年も、悪くない)


そう思ってオレンジジュースを飲めば、


「テリー」


とんとん、と肩を叩かれて、振り向く。キッドが微笑んでいる。


「ん」


瞬きをする。


「何?」


訊けば、キッドがくすっと笑った。


「何って、酷いなあ」


お前からだけ、まだ聞いてないよ。


「俺に言うことは?」

「ああ」


思い出したように声を出して、あえて、大袈裟にお辞儀する。


「キッド殿下、お誕生日おめでとうございます」

「殿下って言うな」

「本当のことでしょう」

「お前は呼ぶな」

「マナーなんだから仕方ないでしょう」

「今はプライベート」

「屁理屈」

「何とでも」


それよりも、


「プレゼントは?」


にやっと笑うキッドの顔を見て、あたしも、にやりと笑う。


「ちゃんと持ってきたわよ。今年は、とびっきりのやつをね!」


そうだ、とびっきりだ。

何て言ったって、


婚約を解消してしまいたくなるような、とびっきりの代物なのだから!!!


「へえ、そいつは楽しみだ」


キッドが『とびっきり』に惹かれて、くつくつ笑う。


「よし、じゃあ見せてもらおうか」

「えっとね…」


紙袋を差し出そうとすれば、


「ここじゃない」

「ん?」

「俺の部屋で」


きょとんと、微笑むキッドを見上げる。


「何よ。またいつもの部屋で手渡し?」

「そうだよ。なんて言ったって、婚約者からのプレゼントだからね」

「いいじゃない、ここで。さっきも皆からここで貰ってたでしょ」

「駄目。お前からは部屋がいい」

「ふんっ!後悔しても知らないわよ!」

「望むところだ。テリー」


悪戯な笑みを見せるキッドを見て、どこか、胸をなでおろしている自分がいた。


(なーんだ)


いつも通りのキッドだ。


(二ヶ月前に会った時、色々あったから、)


―――テリー、好きだよ。


―――俺を好きになって?



(ちょっと気まずかった気が、したのだけど)


そんなことなかった。

キッドは、いつも通り、胡散臭い笑みを浮かべている。


(いつものキッドだ)


「ほら、それ持って、行こうよ」


キッドが微笑んだまま、あたしの左手を掴み、ぎゅうぎゅうの人だかりをかき分けて進む。皆楽しそうに談話して、時々キッドに、またおめでとうございますと声をかけ、笑う。キッドも微笑む。


(この光景好き)

(皆が笑ってる)

(キッドの誕生日は、皆が笑ってる)


だから、この日の、この家は、居心地が好い。


(あ、リトルルビィと、ソフィア)

(まあいいか)


二人で、仲良くおかわりのケーキを食べればいい。


(苺、甘かったな)


そんなことを考えながら、階段を上って、キッドが自室の部屋の扉を開ける。


「ほら、レディ・ファースト」


入って入って。


「そんなこと言って。また変な仕掛けがあるんじゃないでしょうね」


じっと睨むと、キッドがくくっと笑う。


「さあ、どうかな?天井からタライが落ちてくるかもよ?」

「そんな部屋にあたしを入れようっての…!?」

「冗談だよ。ほら、早く入って」

「ぐっ…怖い…!」


そろそろと、キッドの部屋に入る。

そしてすぐに、上、下、横を見回す。


(罠は?)


ない。


(タライは?)


ない。


(ベッドチェック!)


何もない。


(机チェック!)


何もない。


(絨毯、壁紙チェック!)


何もない。


(棚チェック!)


本や、サイコロのゲームがしまわれている。それだけ。


「……………」


(何もない)


ほっと、胸をなでおろす。


(何もない)


さて、


(このプレゼントを、突き出すのよ…!)

(ぐふふふふふふふふふふ!!!)


「キッド!あたしのプレゼントを受け取るがいいわ!」


満面の笑顔で振り向くと、


――――――――――がちゃん。




「へっ」

「テリー」



目の前には、キッド。



(え)


「テリー」


ぎゅっと、抱きしめられる。


(あれ)


「テリー…」


ぎゅううううっと、抱きしめられる。


(あれ?)


「テリー…!」


ぎゅうううううううううううううううううううううううううううううう、っと、抱きしめられる。


(?????????????????????)


キッドの乱れた呼吸に、熱い体に、あたしの目が点になる。


「えっと」

「あぁ…」


テリー。


「テリーの声だ」


テリー。


「テリーの匂い」


ん。


「あれ、この匂い…」


くくっ。


「テリー」


テリー。


「テリーがいる」


テリー。


「テリー…」



ぎゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。


(ぐ、ぐるしい…!!)

(潰される…!ぶつって潰される…!)


「き、キッド、ちょ…!」

「駄目だよ。放さない」

「くる、苦しい!」


そんなに引っ付かれたら、プレゼント、渡せない!


「そんなの、後でいい」

「そんなのって、あんた!人が丹精込めて選んだプレゼントを!!」

「テリー以上のプレゼントなんてあるかっ!」


キッドが息を深く吸い込んで、


「はぁ…」


キッドから、吐息が漏れた。


「テリー…」


低い、熱い声が、耳に向かって囁かれる。


「俺が、俺がどれだけ会いたかったことか」


頭をそっと撫でられ、キッドの手があたしの頭に乗った。


「ん、」

「テリー…」


―――ちゅ。


髪の毛が、形のいい唇にキスされる。


「ちょ、」


驚いて、ぐっ、と肩を押すけれど、びくともしない。


「んんっ…」


唸ると、もっと抱きしめられた。


「うううううっ……」

「ねえ、テリー」


また耳元で、囁かれる。


「俺、仕事頑張ったよ。町中に俺がいたでしょ?」


あたしはうんざりして頷く。


「町中なんてどころじゃない。至る所にあんたの顔があって、めちゃくちゃ不愉快だった」

「お前が寂しくならないように、俺、色んな広告の案件に携わったんだ。そうすれば、俺の顔見れるでしょう?寂しくないでしょう?」

「寂しいとかの問題じゃなくて、そういうことじゃなくて、本当にしつこいくらいあんたの顔があって、嫌だったわよ!あたしが何度俯いて町を歩いたことか!!」

「俯いたの?」


ああ、そっか。


「俺に見られてる気がしたんだね?」

「そうよ!監視されてる気分よ!」

「そっか」


嫌でも、俺を感じ取れたわけだ。


「狙い通り」


計算通り。


「これで浮気も出来ない」


だって、いつだってお前を見ているんだから。


「二ヶ月でここまでやってのけたんだ」


俺頑張ったよ。


「ねえ、偉いでしょ」


俺すごいでしょ。


「ご褒美、頂戴」


――――――――!!!!!????


抱き締められたまま、ぴくっと、目が痙攣した。


「な、何の話?」

「ご褒美」

「な、何に対してのご褒美よ!?」

「俺が頑張ったから。ご褒美」

「な、なんで、なんであたしが…!」

「俺が欲しいから」


結局、ソフィアの件だって、ご褒美くれなかったじゃん。


「だから、俺、王子として頑張ったから」


そろそろ、いい加減にご褒美ちょうだい。


「あたし以外から、貰えばいいじゃない。ミスター・ビリーとか…」


そっちの方が、好きなもの買ってくれるんじゃない?


「そんなのいらない」


テリーが欲しい。


「テリーが欲しい」


テリーが欲しい。


「テリー」


また腕の力が強まる。


(潰される…)


と思ったら、


(え!?)


足が浮いた。


(は!?)


キッドがあたしを抱き締めながら、ひょいと、腕にあたしを抱え出した。


(この、この怪力野郎!)


そして、


「あっ」


ぽーい、と投げられる。


ぽふっ。


「わっ」


背中から、ベッドに倒れた。

その衝撃で、プレゼントの袋をベッドの端に放してしまう。


(あ、やば…)

(プレゼントがっ)


しかし、ぎしっとベッドがきしむ音を聞いて、はっとする。それどころじゃない。


(これ)

(前にも同じ経験が!)


「テリー…」


鋭い目つきであたしを見下ろし、獲物を見る目であたしを見下ろして、キッドが膝からベッドに乗り込む。


「テリー」


ぎぃっ、と、ベッドがまたきしむ。


「き、キッド、まっ…!」

「テリー」


キッドが、目を見開いて顔を青ざめるあたしの上にかぶさり、体を沈ませた。


「テリー」


唇が近づく。


「待ってーーー!!」


ぐーーーーっと肩を押して、必死に口を動かす。


「プレゼント!プレゼントを渡しに来たのよ!」


それに!


「何しようとしてるのよ!このスケベ野郎!」

「何って」


決まってるだろ?


「キス」


口付け。


「だって俺、頑張ったもん」


久しぶりに会ったお前と顔を合わせた瞬間、抱きしめたいの我慢して、ぐっと拳を握って、それを隠して、平然を装った。


「我慢したよ」


部下にオレンジジュースを渡されて、微笑むお前の手を掴むことを、堪えた。


「我慢したよ」


ソフィアとリトルルビィと、楽しそうに会話するお前の前に行って、会話の邪魔をして、愛を囁くのを、堪えた。


「それに」


なんて顔してたの。


「苺、甘かったんだね」


よっぽど、美味しかったんだろうね。


「あんな笑い方するなんて」


表情が緩んだテリーの顔は、見惚れるくらい可愛かった。


「あの顔を見せるのは、俺だけにして」


嫌だよ。


「俺にしか、あーんって、しちゃ駄目」


されちゃ駄目。


「お前は俺の婚約者なんだから」


あいつらのものじゃなくて、


「俺のもの」


駄目。


「テリー」


駄目だよ。


「俺だけしか見ちゃ駄目」


言ってるのに。


「隙だらけ」


やっぱり、俺が傍にいないと駄目みたいだ。


「だから、隙をなくすために」


俺の匂いを。


「テリーに」


口付け。


「テリー」


キッドが熱い瞳で、あたしを見つめてくる。


「キスしたい」


それがご褒美。


「キス、しよ?」


それがご褒美。


「ね?テリー…」


キス。

口付け。


「お前の唇に。くっつきたい」


誘惑してくるような、その瞳があたしに近づく。

唇が、重なる、



―――――寸前に、あたしが、その口を手で押さえた。



ふにっと、キッドの唇が、あたしの掌にくっつく。


「ん」


キッドが、きょとんとして、あたしをじっと睨む。


「……テリー」


無駄なあがきだよ。


「大人しく、キスさせて」

「そ、その前に!その前に!!」


指を差す。

その先には、プレゼントが入った紙袋。


「先に、開けて!!」

「後でいいよ」


今は、


「お前とキスがしたい」


そう言って目もくれないキッドを、あたしが睨んだ。


「せ、せっかく、選んだのに、見ないっての…!?」

「ちゃんと見るよ。キスしてからね」

「駄目!先に見て!プレゼント!」


(そうすれば、この状況も打破できるはず!)

(キッドが呆れて、あたしをとんでもない女だと思い、キスもしたくなくなるはず!)


「だ、駄目?見てくれないの…?」


不安げな目で見上げ、泣きそうな声で言うと、キッドの目がぴくりと痙攣する。


「…………………………」


黙り込み、ちらっと紙袋を見て、あたしを見て、ぐっと唇を噛んで、


「テリーさ、わかってやってる?だとしたら悪い女の子だね。お前」

「な、何よ…。見てって言ってるのに見ないからでしょ…」


ふいっとそっぽを向けば、キッドがくすりと笑った。


「……そんな顔されたら、断れないよ」


キッドが、体を起こす。あたしから離れた。体が、少しだけ、ほんの少しだけ、寂しくなる。


――――寂しくなる?


(何を思ってるんだ。あたしは)


「ほら、今年はどんなものを用意してくれたの?頂戴?テリー」


(第一関門はクリアよ)


キッドが離れてくれたのを良いことに、あたしは急いで体を起こし、紙袋を差し出す。


「ふふっ!受け取りなさい!キッド!」


それと、


「お誕生日おめでとう!」


最後くらい言ってあげるわよ。えっへん!


「うん。ありがとう。テリー」


大好きだよ。


――――ちゅ。


頬に、キスをされて、慌てて離れる。


「わっ、わっ!」

「あはは!さて、とびっきりなんだっけ?どれどれ?期待して開けてみようじゃないか」


紙袋から包みを出して、またいつものように乱暴にビリビリと破いていく。

開け終わり、包まれていた箱が、キッドの目に入る。


「ん?箱?」


ぱかっと開ければ、綺麗に箱に入れられた香水。


(見たあああああああああ!!)


ぱああああっと、あたしの表情も明るくなる。


(さあ、売れ残ってたテリーの花の香水!)

(どうだキッド!安物で売れ残りだぞ!)

(くくくくくくくっ!!)

(王子の俺にこんなもの渡すなんてと言うがいいわ!)

(重たい女の子は嫌いなんだと言うがいいわ!)

(運命の相手は違ったと自覚するがいいわ!)

(おっほっほっほっほ!)

(おーーーーーーほっほっほっほっほっほっほっ!!)


「テリー、これ…」


キッドが、プレゼントを見たまま、顔を下におろしたまま、あたしに声をかける。

あたしは、にんまりと、微笑んだ。


「キッドのために選んだのよ。喜んでくれると思って。ね?どう?とびっきりすぎて、驚いたでしょ?」


(くふふふふふふふふ!どうだ!どうだ!!ざまあみろ!キッド!!どんな顔しているかわかるぞ!残念がって、ええええ、今年はこれなのー?ってわがままにごねる顔になっているに違いない!どうだーーーー?どうだーーーー?えええええ?どうだ、キッドーー?ざまあああみろおおおお!!!あんたの婚約者は、あんたに、誰よりも失礼なプレゼントを、売れ残った、しかも、超売れ残ってた、値引きされた、人気のないテリーの花の香水を贈る女なのよ!さーあ?どうだぁ?ええ?どうしてくれるんだー?クソガキーーー?)


にたにたと、にやにやと、その表情がどんな表情か、これからどんな風に婚約を解消してくれるのか想像して、にやけて、口角を上げて、これで解放されるぞと期待して、キッドを見ていると、



キッドが、くすっと、笑った。


「テリー」


キッドは笑う。


「うん。驚いた」


お前、






「そんなに俺を、独占したかったんだね」







「え?」


きょとーん。と瞬き三回。

キッドはにこにこして、顔を上げて、あたしにその笑顔を見せた。


「だって、恋人に香水を贈るのって、」


もっと、傍に近づいて、貴方を独占したいって意味表示なんだよ。テリー。




「……………………………な」


あたしは思わず、硬直した。


「何言ってるの。あんた」

「ふふっ」


キッドは笑う。


「お前が何言ってるの。テリー」


くすくす、笑う。


「プレゼントを見てって、言ったのはお前だよ」


ふーん。そう。


「これを伝えたかったんだね」


俺を独占したいだって?


「いいよ。テリー」


テリーならいいよ。


「特別だよ?」


俺を独占したいだなんて、


「お前だから特別」


さあ、


「俺を独占して」


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