誕生日での秘密事2(キッド)



――――当日。




(大丈夫)

(これで勝負するわ)


手提げの紙袋の中にあるプレゼントを、じっと睨んで、足を前へ進めていく。

皮肉なことに雪が降り始めて、本格的にクリスマス・イブになってきた。


(ああ、帰りたい)

(部屋でのんびりしたい)

(なんでキッドの誕生日をお祝いしないといけないの)

(このあたしが)

(帰りたい)

(もしかしたらこのプレゼントを見て、鼻で笑われるかも)

(うわ、あいつならやりかねない)

(うわあ、帰ろうかな…)


クリスマス用に軽く装飾されたキッドの家のドアをノックしてから、あ、と声が漏れた。


「無理だ。帰ろう。そういえば新しい宿題が出されたんだった。クロシェ先生ったら罪な人よね。でも宿題は大事だし、うん。帰ろう。今なら間に合う。帰れる。帰ろう」


回れ右をして一歩進んだところで、腕を掴まれた。


「どこに帰るって言うんだ?テリー。俺の胸の中にか?」

「うわ、出た…」

「出た、ってお前ね…」


振り向くと、じっとキッドが不審な目をあたしに向けていた。

はー、とため息をつき、キッドの手が、あたしの腕から手に下りていく。

そのままぎゅっと手を握られ、引っ張られる。


「おいで。待ってたんだから」


キッドがふっと笑い、あたしを家の中へ入れると、扉を閉めた。

中にはもう人が詰まっていて、誘拐事件の時に見た顔の人や、通り魔事件の時にいた人や、紹介所の人や、ジェフが、ミスター・ビリーが、料理を囲み、階段でグラスを片手に持って、待機していた。


「さあ、俺の愛するテリーも来たところで、始めるぞ!皆!」

「えーそれでは…」


ミスター・ビリーが、こほんと咳をして、お気に入りのマグカップを持ち上げる。


「我らがキッドの誕生を、心より深く讃えて、乾杯しようじゃないか。キッドや、15歳の誕生日、おめでとう」

「えへへ!ありがとう、じいや!」

「というわけで、」


乾杯!!


わっと、家の中が大盛り上がりとなった。

ある人は肉を噛み、ある人は昼から酒を飲み、ある人はキッドを祝い、ある人はキッドに見惚れ、ある人は一人で楽しそうに料理を作り、ある人はその料理を運んで、


(なんか、)


狭い家の中で、ぎゅうぎゅうにされながらも、楽しそうな声や、顔を見ると、


(悪くないかも。こんな空気も)


珍しいことを、あたしも思うものだ。

一回目の世界では、こんなこと、思いもしなかっただろう。

だって、こんな世界があるなんて、知らなかったから。


(庶民の誕生日パーティーなんてって、思ってたけど)

(変な舞踏会よりも、こっちの方が、全然楽しくて、愉快で、落ち着く)


知らない方がいいこともある。

でも、知っていいこともある。

それは間違いなさそうだ。


料理もおいしいし、オレンジジュースもおいしいし、文句なし。


(…あ、ジェフも楽しそうな顔をして、皆と話してる)

(あんな顔するんだ。彼も)

(なんか、ジェフが少し若返ったみたい)


「……テリー」


耳元で、キッドがあたしを呼んだ。

ちらっと見ると、キッドが微笑み、あたしの手を握った。


「ねえ、上に行こう。プレゼント交換しようよ」


(きた)


「…ええ。いいわよ」

「お、なんか自信ありげじゃないか?俺が喜びそうなものを持ってきてくれたの?」

「何言ってるの。あんたに何を渡したところで喜ぶふりするくせに」

「ははは、テリー。俺が何でもかんでも喜ぶと思ったら大間違いだよ」

「え?」

「いらないものはいらないって言うし、そこはちゃんとしないと来年に繋がらないからね」

「…帰っていい?」

「断る」


(うわ…)


思いっきり表情を歪ませると、キッドが笑った。いや、笑っているわけじゃなくて、笑ってるんだけど、なんか、目が笑ってないやつ。


「断られる相手の気持ちが分かったか?」

「大人げな…」

「ほらほら、誕生日に喧嘩なんかしたくないよ。早く行こう」


握られた手を引っ張られて、人込みの中をかき分け、二階へ上がる。


「こっち」


その扉を開ければ、こじんまりとした部屋が出てきた。


(ふーん…)

(牢屋より狭い…)


「俺の部屋だよ」

「ええ。初めて見た。あんた意外と綺麗にしてるのね」

「じいやが掃除してくれるからね。ほら、そこ座って」


青いベッドに導かれて、ゆっくりと座る。横にニコニコ笑うキッドも座って、あたしは瞬時に思う。


(どうやって…)


「お前今、どうやって逃げ出すか考えただろ」

「……そんな事考えるわけないじゃない」

「あはは。お前本当にわかりやすいね。目が泳いでるよ」

「うるさい。庶民の部屋は狭いから落ち着かないだけよ」

「緊張してるの?あはは。お前も可愛い事言うじゃないか」

「……せっかく祝ってあげようと思ったのに、止めた」


ぷいっとそっぽを向くと、


「へえ。祝ってくれるんだ?」


顎を掴まれて、顔をぐいっとキッドに向けられる。


な、なんか…、


(いつもより、力、強くない?)

(しつこいくらい、手も、いつも以上に握られてる気がする)


「キッド?なんか怒ってるの?」


引きつった笑みを浮かべて即座に訊けば、キッドも微笑んで返す。


「え?怒ってないよ?怒ってないけど」

「けど?」

「お前の行動によっては、何をするかわからないよ?」

「暴力反対!!」

「ほら、馬鹿なこと言ってないで、ちゃんとお祝いして。俺もお前にプレゼント用意したんだから」


(ん?)


見下ろすと、ベッドの端に紙袋に入った、ラッピングされた箱が置いてある。


「…本当に用意したのね。別によかったのに」

「俺がお前に贈りたかったんだよ」

「あたし、そんな大したもの用意してないわよ?あんた貴族じゃないし、ブランドものとか興味なさそうだし」

「っていうことは、お金持ちが好きそうなものではないんだ?」

「…自分で見てみれば?」


手提げの紙袋をキッドの胸に押しつける。


「んっ!」


そのまま素直に、おめでとう、いつもありがとう、と言えたらよかったんだけど、あたしはメニーのような素直な女の子には到底なれないらしい。言いたいと思ってても、口ごもってしまう。

顔を俯かせて、早く受け取れと頭で叫ぶ。それと同時に、その前にあたしの言葉を聞いてくれと叫ぶ。でも、肝心の言葉は出ない。出そうとして、出ない。喉まで言葉がきているのに、出ない。


(あたしとしたことが)


胸がドキドキしている。


緊張?

このあたしが?

キッドよりも倍の人生をあたしは送っている。一応、「おばさん」の類にも入るかもしれない年齢だというのに。


(なんで言葉が出ない?)

(おめでとう、と、一言、言えばいいだけ)

(あ、やばい)

(吐きそう)


「……テリー」


ぽん、と頭にキッドの手が置かれ、はっと我に返る。

見ると、あたしの手元に、ベッドの端に合ったはずのプレゼントが、置かれていた。

見上げた先のキッドが、優しく微笑んでいた。


「遅くなったけど、11歳の誕生日、おめでとう」

「…キッドも」


(ごめんなさい)

(これが、精一杯)


そっと、キッドの手が頭から離れる。


「さーて、何かなー。役に立つものだったらいいんだけど」


ちらっと見上げれば、キッドがいつの間にか、押し付けていたあたしのプレゼントを手に持ち、ラッピングを破っていた。


「開け方汚い」

「いいんだよ。開けるだけだから」


(これだから庶民暮らしの男の子ってのは…)


プレゼントの箱を包みを止めているテープをそっと外して、包みから箱を取り出し、蓋を開けてみると、


「「あ」」


キッドと、あたしの声が重なった。


(これ)


「香水?」


赤い色の液体が小さな瓶に閉じ込められている。

ふっ、と、キッドに笑ってみせた。


「11歳のあたしには早いわよ、香水なんて」

「大人になるお前へのプレゼントだよ。必要になったら使えばいい」

「必要になったら…ね…」


香水は確かに好きだ。

でも、なんか、


(この香水、高そうな感じがする)

(キッド、お小遣い大丈夫かしら?破産したりしないわよね?これ、あたしなんかがもらっていいの?庶民が、どうやってこれを手に入れたの?スリ、ではなさそう。…贅沢にも、メッセージカード付き…うわ、甘いやつだ。後で捨てるとして、またキッドの謎が増えたじゃないのよ…)


「…で、テリーは」


キッドがじっと、プレゼントのそれを見つめていた。


「…マフラーをくれるんだね。俺に」


たまたま、見かけたのだ。

ジェフに助けてもらった時に、ジェフの後ろにあった雑貨屋さんでマフラーも置いてあって、それを見た時に、そういえば、キッドはマフラーをしていなかったと思った。


「…持ってたらごめんなさい。でも、外に出かける事多いみたいだし、いざってときに風邪をひかれて倒れられてもごめんだし、せいぜいそれで風邪予防することね」

「お茶の元も別の袋に入ってるし」

「あたしに感謝しなさい。体にいいものばかりでしょ」


胸を張って、笑ってみせる。

我ながら自分の賢さに感心する。

うんうん、と頷いていると、キッドがぎゅっと、マフラーを抱きしめた。


(ん?)


「……ん。あったかい。確かに体が温まりそうだ」

「……そうよ。あったかい格好して、健康でいなさい」

「ふふ。なんか、テリー、お母さんみたいだよ」


くすくす笑い出すキッドは、どこか表情が明るく見える。


(…機嫌直ってる…)


「ねえ、マフラー巻いていい?」

「お好きにどうぞ」

「あ、テリーにやってもらおう」

「なんでよ」

「いいだろ。愛しい婚約者にマフラーを巻くなんて、簡単でしょ?」


(めんどくさ…)


「お前、今面倒くさいって…」

「思ってない!」


慌ててマフラーをキッドの首に巻くと、あ、やっぱり、と思った。下から上まで、見たけど、うん。ぴったりだった。サイズもちょうどいい。

シンプルなデザインで、濃い青のマフラー。

キッドに似合うと思ったら、


(うん。やっぱり似合ってた)


「どう?似合う?」

「…そうね。悪くないんじゃない?」


(すごく似合ってると思うけど、こんな言葉しか出てこない)

(これがあたしだ)

(このひねくれ具合、自分でもどうにも出来ない)


「まあ、体も温まるし、この季節にいいと思ったから、悪くないチョイスでしょ?」


無理やり会話をしようと言葉を吐くと、キッドも微笑みながら、マフラーを握る。


「そうだね。むしろ、俺にとっては嬉しいプレゼントだよ。テリーがこんなものを用意してくれるなんて、思ってなかった。」

「何よ、あたしだってプレゼントの一つや二つ渡すわよ。一応婚約者なんだから」

「うん、婚約者として、この贈り物でしょ。だから嬉しい」


キッドが、にこりと、満面の笑みであたしを見た。


「そんなにテリーが俺を束縛したいなんて、俺、嬉しくてしょうがないよ」





…………………………………………。





(は?)

「は?」



思ったことが口に出た。

束縛?

いつ?あたしが?誰を?

訊こうと口を開く前に、キッドはニコニコしたまま口が動く。


「だって恋人にマフラーって、」


その人に首ったけ、もしくは、束縛していたいっていう意味表示なんだよ。テリー。


満面の笑みのキッド。

真っ青なあたし。


こいつ…この顔は……。


(あたしを思いっきり、からかってる顔だ…!!)


あたしは即座に否定した。


「おほほほほほ!何言ってるの!キッド!そんなのただのデマカセ迷信嘘百発よ!贈り物に意味なんて関係ない。大事なのは気持ちよ。人の親切心よ。キッド」

「うん。だから、俺を好きすぎて拘束するものを用意したんでしょ?」

「いやいやいやいや!何を言ってるのよ!拘束なんて、そんな恐れ多いことっ、おほほほ!束縛なんて、そんな重いことすると思ってるの?何事も自由が一番よ。おほほほ!あんた、本当に、ほほ!あんたの頭は能天気なお花畑ね!」

「え?違うの?」


ギロリと、キッドが強い視線であたしを見つめた。


(うっ…!)


こいつ、是が非でもあたしに認めさせたいわけか。


(そうはいくか…!)


「おほほほ。キッド、あたしはね、心が海のように広いの」

「ははっ。お前が?お腹がいっぱいになって眠たくなった?テリー」

「一々むかつくわね…!いい?あたしは心が広いから、あんたを拘束したりなんてしないし、されたら嫌でしょ。婚約だって名乗ってるだけなんだから、好きな人を見つけたいなら見つければいい。で、さっさと結婚したらいい。15歳でしょ?庶民とは言え結婚許可が下りる年齢で、いつ結婚してもおかしくない年齢よ。あたしなんかに構ってないで、さっさと良い子見つけなさいよ」

「んー。そういうのはしばらくいいかなー。テリーの方が面白いし」


ケタケタ笑いながらマフラーを脱ぐキッドに、呆れてため息が出る。


(完全に玩具にされてる…)

(あたしは令嬢よ…貴族令嬢なのに…)


ぐっ、と、親指の爪を噛んでいると、ふと、キッドがひらめいたように提案した。


「……じゃあ、してみる?」

「何が?」

「拘束」


(ん?)


はっとした時には、キッドに両手首を優しくつかまれ、誘われる。


「ほら」


キッドが微笑む。

あたしの手は、キッドの首に触れている。


「握ってみて?」


え?

え?

何々?

どういうこと?


「うん、だから、握ってみて、ぎゅって」


いやいや、無理無理。

握ったら、キッドの首が締まるじゃない。

それって、すごく苦しいことでしょ?


「手に力を入れればいい。簡単だろ?日ごろの俺の恨みでも思い出せばいいさ」


いや、でも、


「テリー?」

「…あんた、どうかしてるんじゃない?」


呆然と、それしか言葉が出なくて、言うと、キッドも微笑みながらあたしを見つめ続ける。


「そうかもね。テンションがすごく上がってるのかも」

「やめた方がいいわ。冷静になりましょう」

「嫌だよ。テリーがやってくれるまで、手を離さない」

「や、やりたくない」

「やってよ。俺の誕生日なんだから、甘やかせて?」

「く、首を絞めることが、甘やかす事なの?」

「そうだよ。だから俺のわがままを聞いて」

「で、でも、キッド」


キッドは、笑う。


「やって?」


その目に、嘘はない。


(………っ)

(どうなっても知らないわよ…!)


震える手に力を込めて、指に力を入れて、ぎゅっと、キッドの首を絞める。

一瞬、キッドがぴくりと、体を揺らした。


「…ん」

「…く、苦しい?」

「…んー。…もう少し強くしてほしいなあ」


(は!?)


「く、苦しくないの?」

「足りない。もっと締めたって平気だよ」

「へ、変態!」

「ふふ。何とでも」


(どうして首を絞められて楽しそうなの…?)


「ねえ、もっと締めてくれるよね?」


その歪んだ瞳に抗えず、あたしは言われた通り首を絞める。

キッドの、柔らかい首を、ぎゅっと握る。


「……んぅ…」


キッドが唸った。

あたしの手には、力が入っている。

握っている。

キッドの首を握っている。


「…あはっ…」


キッドが笑う。

満足そうに笑う。

嬉しそうに笑う。


「んふふっ」


キッドが笑う。

キッドが笑う。

キッドが笑う。



首を絞められて、笑っている。



その笑みがまるで、

笑う群衆に見えて、


その笑みがまるで、

あざけ笑う囚人達に見えて、


その笑みが、


まるで、




『これより、テリー・ベックスの死刑を始める!』



「だめっ!!!!」


ばしっ、と音が鳴った。

あたしが、手を振り払い、

どすん、と音が鳴った。

キッドを突き飛ばしたのだ。


「おっと」


キッドが背中からベッドに倒れ、体が軽く跳ねる。

その拍子に、あたしもキッドの胸に倒れこむ。

その胸を、あたしは抱き『締めた』。


「ダメダメダメダメ!こんなの絶対ダメ!!」

「…テリー?」

「こんな事したら死んじゃうじゃない!自殺なんて許さないんだから!」

「うーん、これで死んだらどちらかというと、他殺なんだけど…」

「死んだら何もできなくなる!そんなの駄目!」

「ええ?それって、つまり、ふーん。テリーは俺に生きててほしいんだ?」

「当たり前でしょ!死んでいい人間なんていないのよ!あんたを含めて!」

「あはは。大げさすぎるよ。テリー。あの程度で。ただのお遊びじゃないか」


その一言に、あたしは怒鳴った。


「ふざけんな!!お遊びであんなこと出来るか!!そんなに絞められたいなら、抱き締め殺してあげるから!!首はだめ!絶対だめ!!絶対っ……!」

「……テリー?」


(首を見て、思い出してしまった)

(ギロチン刑でのこと)

(牢屋の鏡で、何度あたしは自分の首を眺めただろう)

(何度自分で首に手を添えただろう)

(死ぬつもりはなかった)

(でも、どこか、首を握るその手を、眺めていたかった)

(握られるだけなら死なないから)

(握られたら死ぬから)

(死ぬのは嫌だ)

(死刑は嫌だ)

(絶対嫌だ…!)


体ががたがた震える。熱い液体が、目から溢れてキッドの服を濡らす。


(情けない)

(情けない)

(こんなことに本気になって)

(こんなことに感情的になって)

(恥ずかしい)

(恥ずかしい)

(恥ずかしい)


「……ごめん。テリー。泣かすつもりはなかったんだよ」


そっと、キッドの手が、あたしの頭と、背中に触れ、優しくなで始める。


「なっ、…泣いて、なんかっ、ない」

「ふーん、じゃあなんで鼻声なの」

「いっ、いきなり、は、鼻水が、出てきたのっ!」

「あーそうだね。うん、うん。そうかもね。……あー、…ごめんって。やりすぎた。俺が悪かった。意地悪し過ぎたよ。ごめん、テリー。お願い、泣かないで」


キッドの腕があたしの体に巻かれ、ぎゅっと、抱き締められる。


「お前に泣かれたら、どうしていいかわかんないよ」

「…っ、くたばれ、死ね、首をギロチンに捧げてしまえ」

「はいはい。好きなだけ捧げるよ。お前はそれで満足か?」

「……滑って、転べ」

「はいはい。転ぶよ。転ぶから、」


もう泣かないで?


優しく、キッドの手が、あたしの背中をぽんぽんと叩く。リズムを刻んでいるように、ぽんぽん、と、叩いている。それが、少し心地好くて、


(涙が止まってきた)

(落ち着いてきた)


ぽんぽん、と叩いてる。


(キッドの腕があたしを離さない)

(今は、それが心地好く思えてしまう)

(なんでだろう、怖い記憶を思い出したからだろうか)


ぽんぽん、と叩いている。


(寒いせいだろうか)

(キッドは暖かく感じる)

(この人、こんなにぬくもりがあったっけ?)

(こんなに、心地好い熱をもっていたっけ?)


ぼうっとしてしまう。

まるでその熱に、酔いしれてしまっているようだ。


(なんで、この手が)

(気持ちいいと思うの)


「…泣き止んだ」


くすっと笑って、キッドがあたしの顎の下に指を滑らせ、ごろごろと撫でる。思わず、顔をしかめる。


「んっ…」

「ふふ、ここイイだろ?」

「…あたしは、猫か…」

「うん、確かにテリーは猫っぽいね」

「…くたばれ」

「まだくたばれないかな。やりたいことがあるし、俺、そこまでヤワじゃないからさ」

「………」

「……ごめん。テリーに構ってほしくて、つい意地悪しちゃったんだよ」

「キッドなんて」

「俺なんて?」

「………書類の紙で、指を切ればいいんだ」

「あははっ!それは痛いね!」


ぎゅっと、さらに、キッドの腕の力が強くなる。


「ごめんごめん。俺は死んだりしないから」


(嘘つき。本当はこの世からいない存在のくせに)


「テリーがいる限り、契約を守っていかないと」


(そうよ。あたしを守るためにあんたがいるのよ)


「だから、」


テリーの顔を見せてよ。


「やだ」

「おいってば」

「絞め殺す」

「あはは。テリーに絞め殺されるならいいかな」

「だから、そういうところがっ…!」


「やっと顔上げた」


ちゅ、と、瞼にキスをされた。


(………っ!!!!)


「なっ…」


目を見開き、さっと顔を青くして、慌てて起き上がろうと体を起こすと、


「逃がさないよ」


キッドに腕を引っ張られる。

ぼすっと音が鳴って、ベッドと、体が跳ねる。

今度はキッドの胸じゃなくて、肩の上に顔が埋まる。


「むごっ!」

「テリー」


キッドの声が、耳元で聞こえる。


「ねえ、テリー」


笑うような声が、吐息が、

耳に響く。


「こっち向いて?」

「…やだ」


反抗する。

いつも通り。


「ふーん。そういうことするなら、」


ちゅ、


あたしの首に、キッドがキスをした。


「ひゃっ…!?」


ちゅ、


今度は、うなじ。


「やっ、ちょ、だめ…!」


ちゅ、


頭にキスをされて、


「………んっ」


ちゅ、


耳。


「…ゃっ…」


びくっ、と、反応したくないのに、体が揺れる。心臓が鳴る。

ただのキスだ。変な事はされてない。

でも、



でも、



(あたし、キスなんて、家族以外にされたことないのに…!)



「ここが弱点かな?テリー?」

「しゃ、喋るなっ!」

「なんだよお前、今、過去最大に可愛く見える」

「うるさいうるさいうるさいっ!あたしは嘘の言葉に惑わされたりしないんだから!」

「嘘なんて言ってないよ。テリー、可愛いよ」

「うるさいうるさいうるさい!ロリコンめ!11歳のか弱い少女にこんな、…こんなことして、恥ずかしく思いなさい!恥を知れ!!」

「仕方ないだろ。俺だってここまでするつもりはなかったんだけど」


はた、と、キッドの手が止まった。


「そうだよ。俺、ここまでするつもりは全くなかった」

「……恥を、知れ」

「…だって、なんか、触りたくなったんだよ」


そっと、キッドの手が、あたしのうなじに触れた。


「なんか、触りたくなったんだ。テリーの事」


静かな空気が流れて、沈黙が訪れて、キッドが何も言わなくなって、


「…キッド?」


ちらっと、顔を横にして、目をキッドに向けたら、


(……っ)

(なんで)

(なんでそんな顔、してるの)


じっと、真剣に、真面目に、嘘も、偽りもない、キッドの目が、あたしに向けられていた。

慌てて目線をそらすと、


「駄目」


断られた。


「な、なにが」

「見てよ」

「やだ」

「なんで?」

「なんでも」

「俺の事が好きになりそう?」

「そんなわけ、」

「だったら見てよ」

「…やだ」

「ねえ、見て?」

「…やだ」

「テリー」


どんどん、声がか細くなる。

どんどん、キッドの声が近くなる。

どんどん、キッドの手が、動く。あたしの頬にたどり着く。

どんどん、その目と視線が合う。

どんどん、その青い瞳に魅入られる。


「テリー」


キッドの声が響く。


「…テリー」


体が動かない。

キッドの唇が、近い。

キッドとの距離が、近い。

キッドの吐息が肌に当たる。

キッドの吐息が、熱い。


体が、動かない。



―――――――――――――直後、扉がノックされた。


「キッドや、ここにおるのか?」


ミスター・ビリーの声が響き、はっと、我に返る。

キッドも、きょとんとしている。


すごく、



顔が近い。


キスが、簡単に出来るくらいに。





「……………っっっっっ!!!!!!!」






ばっ、とベッドから起き上がり、

ばっ、と立ち上がりベッドから離れて、

ばっ、と扉を開ければミスター・ビリーがそこにいて、

ばっ、とミスター・ビリーの横を通り過ぎて、

ばっ、と階段を駆け下り、

ばっ、とコートを着て、

ばっ、と一階の窓を開けて、

ばっ、と身を乗り出して、

ばっ、とそこから外へ出た。


「テリー様!?どちらへ!?」

「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!」


ジェフの純粋な声を聞きたくなくて、あたしは叫んだ。


(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!)

(許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ!!!)

(キッドの奴!絶対許さない!!!!)


火照る顔の熱を冷ますために、あたしはそのまま家に背を向けて、帰り道に走り出した。




(*'ω'*)



「…………」

「…………」

「………やってくれたね。じいや」

「最近の若者は進んでますのう。キッド様」

「…………」

「お客様がおいでです。なるべく早く下りてきてください」

「………」

「ええ、とりあえず、その赤くなった顔を冷やしてからで結構ですので」


ぱたん。と扉が閉められる。


また部屋に沈黙が訪れる。


静寂がやってくれば、


キッドがばたりと、起こしていた体を、またベッドに倒した。


「……テリー」


ものすごい顔で出て行ったテリーを思い出して、キッドがぼそりと言葉が流れる。


「あいつも、顔赤かった」

「すげえ赤かった」

「耳も、鼻も、頬も、目じりも、」

「じいやに気づいたときのあいつの顔」

「…最高に可愛かった」


キッドが、自らの腕で顔を隠し、笑った。


「あはは、俺としたことが」

「全く、俺らしくない」

「テリーを可愛いと思うなんて」

「女の子は皆可愛いんだ」

「だってそういう生き物だから」

「だからテリーだって可愛いのは当たり前なんだ」

「あいつまだ全然子供だしさ」

「妹みたい」

「でも、だからってさ」


「反則だって。…あんな顔」


口角の下がったその顔は、まだ赤い。



(*'ω'*)



走る。

走る。

寒空の下を、

走って、駆けて、あたしは、


裏庭に着いた。



ぜえぜえぜえぜえ。


すっ。


「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」


叫ぶと、木からメルヘンな効果音を鳴らして落ちてくるドロシー。

積もった雪から銀色のパンプスをゆらゆら揺らして、慌てて体を起こし、星のついた杖を構えた。


「な、なんだい!?なんだい!?敵か!?吸血鬼か!誘拐犯か!よーし!この大魔法使いドロシーちゃんにお任せだい!!どんな獣だって僕の大魔法にかかれば、あら不思議!とってもキュートな子猫ちゃんに大変身だい!」


――― うん、確かにテリーは猫っぽいね。


キッドの声が、頭でこだまする。

ぐわんぐわんと頭の中で響き、忘れられなくて、あたしはドロシーに怒鳴った。


「余計な事を言わないでよ!!ドロシーの馬鹿!!」

「ひぇええ!いきなり馬鹿って!馬鹿って!!酷いじゃないか!!!馬鹿の意味を知ってるのか!馬と鹿だぞ!僕を馬と鹿のどっちで例えてるって言うんだ!馬か!鹿か!答え次第では許さないが、個人的には鹿の方がかっこよくて好きだよ!」

「もー!!!!何なのよ!!!もーーー!!!!」


(キッドの吐息が忘れられない)

(キッドのぬくもりが忘れられない)

(キッドのあの目が、)


(忘れられない)



「テリー?ねえねえテリー?どうしたの?テリーちゃん?ねえねえ。テリーちゃーん?ちぇ、ちぇりーちゃーん?あー、はん?」


肩をつんつんするドロシーにばれないように、両手で顔を覆い隠すが、そこに集まる熱と、胸の高鳴りが消えることはなかった。


あたしの横には、手提げの紙袋が転がっている。

そこから赤色に染まった香水が、プレゼントの箱から姿を覗かせていた。





番外編:誕生日での秘密事(キッド)END

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